体育祭

−ばんそうこうの秘密【前編】−

作:宮原まふゆ

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パンッ!


ピストルの音と共に、生徒達の声援がグランド一面に湧き上がる。
今日は市立第四中学校の体育祭だ。

「さあっ!一斉に走り出しました!トップは白軍2年1組の黒須三太くん、2位が青軍3位が桃軍の順になっております!皆さん頑張ってくださーいっっ!!」

放送部も体育祭の活気で意欲満々のようだ。
古舘伊○郎ばりの真似をしながら、声を張り上げている。
テントにいた未夢達も三太に向かって大声で声援を送っていた。

「凄いねぇ〜三太君」
「さっすが陸上部だよねぇ〜。この時ばかりって時に大活躍してるよねぇ〜」
「普段はそんなに活躍してないもんねぇ〜。邪魔ばっかりはしてるけど…」
「そ、それをいっちゃ……」

三太がコーナーを周って未夢達のテントまで来た。
未夢達はヒモで仕切られた境界線まで近寄って声援を上げた。

「三太くーんっ!頑張れぇーーーーーーっっっ!!!」

すると三太は皆に向かってニカッと笑うと、ピースサインを両手でしながら未夢達の前を走り去って行った。
三太は余裕で1位を取り、満足げにテントに向かって手を振った。

「基本的にお祭り人間なのよね、三太くんって」
「そうかもぉ〜」
未夢は苦笑いをして綾に同意した。
「未夢、次は西遠寺くんが出る番だよ」
「あ、ホントだ」
見ると、丁度真中で足を地面に蹴るような仕草をしながら、声が掛かるのを待っているようだ。

「西遠寺くん、結構早いんだよね」
「え?そうなの?」
「そうなんです〜っ!!!!」

「うわっ!!!」

突如のクリスの登場に未夢達はビックリして驚きの声を上げた。

「去年の彷徨くんの大活躍!今でもこの脳裏に残って離れませんわっ!汗を流しながら走るあの姿っっっ!!!ああもうっカッコよ過ぎですわっかーなーたくぅ〜んっっっ!!!鹿田さんっ!」
「はい、お嬢様」

シュタっとクリスの横に鹿田が現れる。

「ビデオの準備は万全ですわね」
「勿論でございます。絶好のポイントに合わせて2台づつ、高性能高画像の最新ビデオを装備させております。更に彷徨さまの勇姿を追う為にカメラマン2人用意して万全の態勢を保っております」
「まるで芸能人並みだねぇ〜」
ななみが感心するかのように腕を組む。

「流石鹿田さん!完璧ですわっ!これでまた彷徨くんアルバムがまた一冊増えるのですねっ!!さぁっ!!ゴールで彷徨くんを待ってこの特製彷徨くんタオルを渡さなきゃ!!!

『あの…このタオル、どうぞ…』
『え?いいの?汗かいてるけど…』
『かまわないですわ』
『あれ?このタオル…』
『昨日徹夜で彷徨くんのイニシャルを刺繍致しましたの。彷徨くんに使って貰いたくて…』
『ありがたく使わせて貰うよクリス、優しいんだな』
『優しいだなんてっ…』
『俺、優しい奴スキだぜ…』
なんてっなんてっっなんてっっっ!!!
きゃぁあああああああああっっっっかぁ〜なぁ〜たぁ〜くぅ〜〜〜〜〜〜んっっ!!」

クリスは地面をフワフワと漂うかのように、ゴール地点へと向かって行った。


(クリスちゃん、過ごすぎぃ〜)


未夢は短く息を吐くと、彷徨のいるスタート地点を見た。
もうそろそろ走り出すようだ。

「未夢、はい。双眼鏡」
「え?私に?」

無理やりななみから渡されて、未夢は躊躇いながらも双眼鏡を覗き込んだ。
覗き込むとグラントの向こう側の人間がくっきりと手に取れるように見える。
双眼鏡を覗き込みながら、ゆっくりと動かした。
すると、そのレンズの向こうに彷徨の姿が見れた。


(あ、彷徨だ)


彷徨は少し視線を地面に向けて、屈み込んでいた。
未夢は調整ボタンを少し動かしてみる。
少しぼやけて、その後彷徨の顔がアップで捕えられた 。
真剣な横顔――――――。


ドキッ。


(な、なんでドキドキするのよっ!)

(――――でも。)


(前にも同じシチュエイションがあったような……。)


ドキドキしながら、それでも未夢は彷徨から視線を外せないでいた。


パンッ!


音が鳴ったかと同時に、双眼鏡の中にいた彷徨が居なくなる。

「え?」

未夢は双眼鏡を目から外して、スタート地点を見た。
彷徨はピストルの合図と共に一斉に走り出していた。

「ほらほらっ!未夢っ、西遠寺くん一番で走ってるでしょ?」
「言ったとおりでしょ?未夢ちゃん」
「う、うん…」

未夢はボーっとしながら彷徨を見ていた。
真剣に走る彷徨に、今だドキドキが止まらない。
何故こんなにも鼓動が高鳴るのかは判らない。ただ、いつも側にいる男の子の違う一面を見たようで、未夢は新鮮な感覚を覚えてならなかった。
いつもなら何も感じ無いのに……。


今日だけが…特別?
……チガウ……
未夢の中で誰かが呟く。
そう、あれは――――――。


「1位は白軍2年1組の西遠寺くん、しかしっ!その隣には青軍2年3組の嘉島くんが接近して西遠寺くんを捉えようとしてますっ!!両者一歩も………ああっっっ!!!」

アナウンスの驚愕した声が響き渡り、一斉に皆が振り向く。

「彷徨っ!」

未夢が悲鳴にも似た声を上げた。
走ってる途中、突然彷徨と嘉島との足がもつれるように絡まり、二人同時倒れ込んだ。
二人ともうずくまって暫らくその場から動かない。
後者に走っていた者は、それを避けるように二人の横を走って行く。

「白軍の西遠寺くんと青軍の嘉島くんとの接触があったもようです!大丈夫でしょう
か?」
切羽詰ったアナウンスの声がグランドに木霊する。
彷徨と嘉島はそれぞれ素早く起き上がると再び走り始めた。

「大丈夫かなぁ〜西遠寺くん」
「うん…」


(彷徨……)


未夢は心配そうに彷徨の走りを見守るしかなかった。
彷徨の膝からは遠くからは土ホコリでそんなには目立たないが、血が出ている事は誰から見ても判った。
それでも怪我をしていることさえ気がつかないかのように、彷徨は力強く走り続けた。
未夢は無意識に横に置いていたタオルを握り締めていた。


(彷徨っ…彷徨っ…彷徨っ頑張れっっ!!)


何度も何度も心の中で声にならない声を上げる。
手にジワリと汗を掻いているのが判り、未夢はギュッとタオルに力を入れた。
祈るように胸にあてながら…。


(彷徨っ…頑張れっ!彷徨っ…頑張れっ……!)


彷徨はグングンと加速して行き、見る見る内に先頭の群れの中に入っていった。
うわぁーっと歓声が上がる。

「未夢っ!西遠寺くん凄いよっ!もう先頭に戻ってるっ!」
「イケェーいっ!!!」

最後の最後でとうとう彷徨は一位を奪回して、ゴールのテープを切った。
未夢は目を大きく見開くと、ゆっくりと肩を撫ぜ下ろした。

「一位白組西遠寺くんです!最後のデットヒートは素晴らし走りでした!!」

アナウンスの興奮する声と大歓声を無視するかのように、彷徨は足を引きずりながら走り終わった組の後列に向かうと、ドサッとしりもちを付いて座った。
荒く呼吸する彷徨の姿が手に取るように見えた。
皆が盛り上がってる中、未夢だけが心配でならなかった。
彷徨の膝の怪我が気になって仕方ない。彷徨の事だ。気がつかなかったって笑って言うだろう。だが後になって凄い怪我だったら……。

「わ、私っ、ちょっと行ってくるっ!!」

未夢はスクっと立ち上がると一目散にゴール地点へと向かった。
競技は再び始まって、先ほどの歓声も別の者に向けられていた。
人ごみを分け入って彷徨を探す。

「確かあそこで座り込んだはず…あっ……」

未夢の目が彷徨を捉えた。
が。未夢はその場から彷徨のほうには行かなかった。いや行けなかったのが正解かもしれない。
未夢の目に飛び込んで来たもの。
それは女の子に囲まれてる中、クリスが彷徨の横に座り込んで彷徨の膝に白いタオルを照れながら押し当てている姿だった

いつもなら、そんなに気にしない光景だ。
いつもなら。
だけど――――――。

「………」

未夢は握り締めていたタオルを見た。
ピンクチェックの柄に花の刺繍がアクセントになっている可愛らしいタオルだ。

「………」

未夢は言葉もなくクルリと彷徨に背を向けると、先ほどまでいたテントへと戻って行った。







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