夢の続き

-2-

作:宮原まふゆ

←(b)










午後から親戚が集まるということで、皆はそれぞれ家に帰っていった。
残されたのは未夢と彷徨、二人だけ。

「・・・とりあえず、帰るか・・・」
「・・・そう・・・だね・・・」

二人は言葉も交わすことなく、歩き続けた。
最初はムスッとた顔で歩いていた未夢だったが、徐々に寂しい気分になっていった。
彷徨との間にある数センチの距離が、何故か今はとても遠くに感じた。
それでも未夢は、下唇をきゅっと噛んで俯きながら、その距離をちじめることもなく歩き続けた。

どちらかが下りて、声を掛ければ、それでいいのだ。
だが、互いに頑固な面があるせいか、なかなか言葉を交わす事が出来ない。

喧嘩をしてるからと言って、二人の時ぐらい声を掛けて欲しいと、未夢は思った。

愚痴でも悪口でも…いや、本当は嫌なんだけど…。
喧嘩しないなら、聞いてあげてもいいんだけど・・・。

そう思っている未夢も、なかなか彷徨に声を掛けるタイミングが掴めずに、黙ったまま隣で歩いているのだが。



―――と、考えている間に西遠寺の石段の下に辿り着いてしまった。


(う…あっさりと着いてしまったよぉ〜…)


彷徨は石段を上り始めていた。
今言わなければ。
このまま一日が終ってしまったら・・・・・・。
未夢は誰かに背中を押されるように、慌てて声を掛けた。


「か、かな…っ」

「未夢」


突如。
彷徨から名前を呼ばれて、未夢はビックリして目を大きく開いた。
静かな声。
未夢はドキドキする胸をきゅっと右手で抑えた。

「・・・何?」

「今朝は…その…悪かったな……」

背を向けたまま、彷徨は少し掠れた声で言った。
ポケットに両手を突っ込んで、どこか遠くを見ている背中。
それはどこか照れ臭そうで・・・ふわりふわりと彷徨の心が伝わってくるようで。

未夢は慌てて頭を横に大きく振った。
私だって・・・私だって・・・・・・。

「わ、私こそゴメンなさい…。その・・・ちょっと・・・ビックリしちゃったから・・・・・・」

彷徨はゆっくりと未夢に向き合うと、照れ臭そうに微笑んだ。
未夢もへへへ・・・と笑う。
二人は一緒に「ごめんなさい」と言って頭を下げた。
そしてお互いにまた目を合わせ、ニッコリと微笑む。

ずっと誤りたかった。
本当は喧嘩なんて、したくなかったんだよ・・・・・・。

彷徨が苦笑いするかのように、口の端で小さく笑う。

「正月そうそうに喧嘩はしたくないな」
「うん。そうだね」
「ルゥも今日俺たちが喧嘩してたから、だいぶ機嫌そこねていたしな」
「出掛ける時駄々こねて、凄く大変だったからねぇ〜」

今朝、二人の喧嘩していた雰囲気がわかったのか、ルゥは眉を寄せて「うーうー」と二人の服を引っ張っていた。
きっと「喧嘩は駄目だよ」と言っていたに違いない。
未夢はあの時のルゥの泣きそうな顔を思い出し、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「今年はあまり喧嘩しないようにしようぜ」
「うん。仲良くねっ!」

未夢は頷くと、ニッコリと微笑んだ。




***




二人が石段を上がる途中、彷徨が思い出したように言った。

「そういえば・・・。お前、本当は今朝どんな夢見たんだ?」
「え?」
「小西がネタにしようとしたから咄嗟に『忘れた』と言って誤魔化してたようだけどさ、本当は覚えてるんじゃないかなと思ってさ」

流石彷徨さん、気がついていたか・・・。
でも、これは彷徨にも言えない事なんだよね。

未夢はタタッと駆け足で石段を上がると、彷徨の前に立った。

「・・・彷徨知ってる?」
「何が?」
「悪い夢は人に話すと良いっていうでしょ?」
「ああ」
「だから、言わないの」
「・・・・・・良い夢だった・・・ってことか?」
「うん。そう」
「だってお前、あの時けったいな悲鳴あげたじゃんか」
「けったいなとは失礼な。・・・・・・その・・・ね、ビックリするほど・・・良い夢だったのっ!」
「・・・ふ〜ん・・・」

彷徨はまだ納得いかない様子で曖昧に頷いたが、未夢がそれで良いならと追求するのを止めた。
良い夢なら、それで良いのだ。

「で?富士や鷹は夢に出たのか?」
「残念なことに出ませんでしたなぁ〜。ついでに茄子も南瓜も出ませんでしたなぁ〜」
「お前な・・・」
「でも今日の夕飯には南瓜は出るかもぉ〜」
「本当か?!」

彷徨の嬉しそうな声に未夢は思わず笑ってしまった。
「笑うなっ」と、彷徨が腕を伸ばして未夢の頭を軽く小突こうとした。
それを上手くよけて…よけたつもりだったがツルリとした石に足が滑り、未夢の体がぐらりと後ろに倒れた。


「きゃあっ!」
「未夢っ!!」


未夢は倒れながら、目を大きく見開いた。




あ。


真っ白だ―――――………




未夢が見たその先は、真っ白な空。
ゆっくりと、舞うように落ちてくる雪の群れ。
それは羽が落ちるように、未夢の頬に触れて、すっと消えた。

「おいっ大丈夫か?未夢?!」
「…雪…」
「あ?」

何を言い出すんだ?と未夢の視線と同じように上を見上げた。

「…降って来たようだな」
「うん」
「それより、大丈夫か?お前。俺が掴んでなきゃ頭から転げ落ちてたぞ?」
「大丈夫。ありがとね、彷徨」
「ったく…。新年早々心配させる奴だなぁ、お前は。」

彷徨は未夢の肩を掴んだまま、ほっとした表情で笑った。


(あれ?これって……)


見覚えのあるシュチュエーション。
今朝見た―――彷徨が出て来た夢だ。

白い空間の中、彷徨に肩を掴まれて……。
真剣な瞳で自分を見つめる彷徨に、顔を赤らめながら自分も見つめて………。


ソノアト ワタシタチ ナニヲ シタ?


「ん?どうした?どこか痛いのか?」

心配げに彷徨は未夢を覗き込んできた。。
余りにもその視線の近さに、未夢はかぁーと顔を赤らませカチコチに肩を硬直させた。

「だ、大丈夫だよ…ど、どこも痛くない…よ?」
「お前、変だぞ?顔が急に赤くなったし・・・熱でもあるんじゃないか?」

と言いながら顔を更に寄せてくる。

これでは夢と一緒ではないかっ!
ちょっと…待ってよ…心の準備ってのがぁーーーーっっっ!!!


(ひゃあああああっっっ!!!)





「彷徨さん、未夢さん、どうしたのですか?」

突然。降って湧いた如く聞こえてきた、のんきそうな丁寧口調。

「あ、ワンニャーただいま」
「ワ、ワンニャー?!」

ぎょっと横を振り向くと、ルゥを抱いたワンニャーがちょこんと立っていた。

「玄関から彷徨さんと未夢さんの姿が見えているのに、なかなか家の中に入って来ないものですから…。雪も降ってきてますし、風邪を引いては大変かと思いまして。……お邪魔でしたかねぇ〜」

ムフフッと意味ありげにワンニャーが笑う。
ボッと顔中火がついたように熱くなり、未夢は慌てて否定した。

「じゃ、邪魔してないわよっ!」
「こいつ、ちょっと熱があるようなんだ」
「いや、それは…」

違うんだけどなぁ・・・と思ったが、あえて未夢は言わなかった。
言ったらもっと熱が出そうだ。

「それはいけませんっ!今夜もお正月の料理でいっぱいですし、沢山栄養をつけて休ませないと。さあさあお二人ともっ、家に入りましょーっ!」
「マンマッ!パンパッ!イキュ〜ッ!」

ルゥが急かすように二人の腕を掴んで引っ張った。
未夢と彷徨は目が合うと、にっこりと笑って返事をした。


「「はぁーい」」





(あれは…正夢だったのかな…)


最初は最悪な夢だったと思った。
その後も最悪だった。
意味のない喧嘩もしたし。
でも結局は、なんだかんだいって良い夢だったかもしれない。

かなりドキドキした夢だったけれど・・・。

もし。
いつか夢のようなことが実際起こっても、きっとドタバタ慌てるんだろうな……。
でも、もう、最悪とは思わないかも。


だって。
ほら…。


「おーいっ未夢。早く来いよ」

玄関の前で彷徨が待っている。
未夢は大きく「はーい」と返事をすると、弾むように彷徨に近寄っていった。






END


←(b)


[戻る(r)]