作:宮原まふゆ
午後から親戚が集まるということで、皆はそれぞれ家に帰っていった。
残されたのは未夢と彷徨、二人だけ。
「・・・とりあえず、帰るか・・・」
「・・・そう・・・だね・・・」
二人は言葉も交わすことなく、歩き続けた。
最初はムスッとた顔で歩いていた未夢だったが、徐々に寂しい気分になっていった。
彷徨との間にある数センチの距離が、何故か今はとても遠くに感じた。
それでも未夢は、下唇をきゅっと噛んで俯きながら、その距離をちじめることもなく歩き続けた。
どちらかが下りて、声を掛ければ、それでいいのだ。
だが、互いに頑固な面があるせいか、なかなか言葉を交わす事が出来ない。
喧嘩をしてるからと言って、二人の時ぐらい声を掛けて欲しいと、未夢は思った。
愚痴でも悪口でも…いや、本当は嫌なんだけど…。
喧嘩しないなら、聞いてあげてもいいんだけど・・・。
そう思っている未夢も、なかなか彷徨に声を掛けるタイミングが掴めずに、黙ったまま隣で歩いているのだが。
―――と、考えている間に西遠寺の石段の下に辿り着いてしまった。
(う…あっさりと着いてしまったよぉ〜…)
彷徨は石段を上り始めていた。
今言わなければ。
このまま一日が終ってしまったら・・・・・・。
未夢は誰かに背中を押されるように、慌てて声を掛けた。
「か、かな…っ」
「未夢」
突如。
彷徨から名前を呼ばれて、未夢はビックリして目を大きく開いた。
静かな声。
未夢はドキドキする胸をきゅっと右手で抑えた。
「・・・何?」
「今朝は…その…悪かったな……」
背を向けたまま、彷徨は少し掠れた声で言った。
ポケットに両手を突っ込んで、どこか遠くを見ている背中。
それはどこか照れ臭そうで・・・ふわりふわりと彷徨の心が伝わってくるようで。
未夢は慌てて頭を横に大きく振った。
私だって・・・私だって・・・・・・。
「わ、私こそゴメンなさい…。その・・・ちょっと・・・ビックリしちゃったから・・・・・・」
彷徨はゆっくりと未夢に向き合うと、照れ臭そうに微笑んだ。
未夢もへへへ・・・と笑う。
二人は一緒に「ごめんなさい」と言って頭を下げた。
そしてお互いにまた目を合わせ、ニッコリと微笑む。
ずっと誤りたかった。
本当は喧嘩なんて、したくなかったんだよ・・・・・・。
彷徨が苦笑いするかのように、口の端で小さく笑う。
「正月そうそうに喧嘩はしたくないな」
「うん。そうだね」
「ルゥも今日俺たちが喧嘩してたから、だいぶ機嫌そこねていたしな」
「出掛ける時駄々こねて、凄く大変だったからねぇ〜」
今朝、二人の喧嘩していた雰囲気がわかったのか、ルゥは眉を寄せて「うーうー」と二人の服を引っ張っていた。
きっと「喧嘩は駄目だよ」と言っていたに違いない。
未夢はあの時のルゥの泣きそうな顔を思い出し、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「今年はあまり喧嘩しないようにしようぜ」
「うん。仲良くねっ!」
未夢は頷くと、ニッコリと微笑んだ。
***
二人が石段を上がる途中、彷徨が思い出したように言った。
「そういえば・・・。お前、本当は今朝どんな夢見たんだ?」
「え?」
「小西がネタにしようとしたから咄嗟に『忘れた』と言って誤魔化してたようだけどさ、本当は覚えてるんじゃないかなと思ってさ」
流石彷徨さん、気がついていたか・・・。
でも、これは彷徨にも言えない事なんだよね。
未夢はタタッと駆け足で石段を上がると、彷徨の前に立った。
「・・・彷徨知ってる?」
「何が?」
「悪い夢は人に話すと良いっていうでしょ?」
「ああ」
「だから、言わないの」
「・・・・・・良い夢だった・・・ってことか?」
「うん。そう」
「だってお前、あの時けったいな悲鳴あげたじゃんか」
「けったいなとは失礼な。・・・・・・その・・・ね、ビックリするほど・・・良い夢だったのっ!」
「・・・ふ〜ん・・・」
彷徨はまだ納得いかない様子で曖昧に頷いたが、未夢がそれで良いならと追求するのを止めた。
良い夢なら、それで良いのだ。
「で?富士や鷹は夢に出たのか?」
「残念なことに出ませんでしたなぁ〜。ついでに茄子も南瓜も出ませんでしたなぁ〜」
「お前な・・・」
「でも今日の夕飯には南瓜は出るかもぉ〜」
「本当か?!」
彷徨の嬉しそうな声に未夢は思わず笑ってしまった。
「笑うなっ」と、彷徨が腕を伸ばして未夢の頭を軽く小突こうとした。
それを上手くよけて…よけたつもりだったがツルリとした石に足が滑り、未夢の体がぐらりと後ろに倒れた。
「きゃあっ!」
「未夢っ!!」
未夢は倒れながら、目を大きく見開いた。
あ。
真っ白だ―――――………
未夢が見たその先は、真っ白な空。
ゆっくりと、舞うように落ちてくる雪の群れ。
それは羽が落ちるように、未夢の頬に触れて、すっと消えた。
「おいっ大丈夫か?未夢?!」
「…雪…」
「あ?」
何を言い出すんだ?と未夢の視線と同じように上を見上げた。
「…降って来たようだな」
「うん」
「それより、大丈夫か?お前。俺が掴んでなきゃ頭から転げ落ちてたぞ?」
「大丈夫。ありがとね、彷徨」
「ったく…。新年早々心配させる奴だなぁ、お前は。」
彷徨は未夢の肩を掴んだまま、ほっとした表情で笑った。
(あれ?これって……)
見覚えのあるシュチュエーション。
今朝見た―――彷徨が出て来た夢だ。
白い空間の中、彷徨に肩を掴まれて……。
真剣な瞳で自分を見つめる彷徨に、顔を赤らめながら自分も見つめて………。
ソノアト ワタシタチ ナニヲ シタ?
「ん?どうした?どこか痛いのか?」
心配げに彷徨は未夢を覗き込んできた。。
余りにもその視線の近さに、未夢はかぁーと顔を赤らませカチコチに肩を硬直させた。
「だ、大丈夫だよ…ど、どこも痛くない…よ?」
「お前、変だぞ?顔が急に赤くなったし・・・熱でもあるんじゃないか?」
と言いながら顔を更に寄せてくる。
これでは夢と一緒ではないかっ!
ちょっと…待ってよ…心の準備ってのがぁーーーーっっっ!!!
(ひゃあああああっっっ!!!)
「彷徨さん、未夢さん、どうしたのですか?」
突然。降って湧いた如く聞こえてきた、のんきそうな丁寧口調。
「あ、ワンニャーただいま」
「ワ、ワンニャー?!」
ぎょっと横を振り向くと、ルゥを抱いたワンニャーがちょこんと立っていた。
「玄関から彷徨さんと未夢さんの姿が見えているのに、なかなか家の中に入って来ないものですから…。雪も降ってきてますし、風邪を引いては大変かと思いまして。……お邪魔でしたかねぇ〜」
ムフフッと意味ありげにワンニャーが笑う。
ボッと顔中火がついたように熱くなり、未夢は慌てて否定した。
「じゃ、邪魔してないわよっ!」
「こいつ、ちょっと熱があるようなんだ」
「いや、それは…」
違うんだけどなぁ・・・と思ったが、あえて未夢は言わなかった。
言ったらもっと熱が出そうだ。
「それはいけませんっ!今夜もお正月の料理でいっぱいですし、沢山栄養をつけて休ませないと。さあさあお二人ともっ、家に入りましょーっ!」
「マンマッ!パンパッ!イキュ〜ッ!」
ルゥが急かすように二人の腕を掴んで引っ張った。
未夢と彷徨は目が合うと、にっこりと笑って返事をした。
「「はぁーい」」
(あれは…正夢だったのかな…)
最初は最悪な夢だったと思った。
その後も最悪だった。
意味のない喧嘩もしたし。
でも結局は、なんだかんだいって良い夢だったかもしれない。
かなりドキドキした夢だったけれど・・・。
もし。
いつか夢のようなことが実際起こっても、きっとドタバタ慌てるんだろうな……。
でも、もう、最悪とは思わないかも。
だって。
ほら…。
「おーいっ未夢。早く来いよ」
玄関の前で彷徨が待っている。
未夢は大きく「はーい」と返事をすると、弾むように彷徨に近寄っていった。
END