託された招待状

morning coffee

作:

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「おはよーふたりとも!」
「おはようございます」
「あれ? 未夢ちゃんは?」
「…もう終わると思うんですけど」
ドアを開けた彷徨がバスルームの方を見やる。祐花と大介の視線がそこに移ったとき、ドアが開いて未夢が顔を出した。
「す、すいませ〜〜ん」
「いいのよー」
「どこも女性は時間がかかるなぁ〜」
大介が彷徨に目配せ。二人で肩をすくめる。
「あら、その時間の分、女は綺麗になるのよ! こーんな素敵なレディを連れて歩けるんだから文句言わない!」
「…だってさ。 じゃあその素敵なレディをエスコートさせていただきますか? 彷徨くん」
(素敵なレディ…ねぇ…)
祐花の手を取った大介に倣うように、彷徨も手を差し出す。

―――パシッ

未夢がその手をはたいた。押し黙って、目も合わせようとしない。
「…なに、まだ怒ってんの?」
はたかれた手を無造作にジーンズのポケットに突っ込んで、未夢を覗く。
「彷徨なんか知らないっ! 行きましょっ!」
「昨日も聞いたな、それ」
本気で怒っているらしい未夢に対して、彷徨は苦笑する余裕がある。
「すみません、気にしなくていーですよ、いつものことなんで」
未夢に続いて歩き出した彷徨に、祐花と大介が顔を見合わせて続く。

先をずんずん歩く未夢が立ち止まった。目の前は壁、廊下は左右にのびている。
「…左。 エレベーター」
歩調を緩めることはしない。そのまま未夢を追い越して行って、エレベーターのボタンを押す。
「未夢ちゃん、もしかして…」
「方向音痴!?」
エレベーターを待ちながら声をかけた祐花を遮って、大介が訊いた。
「…え? 違ーう! 私が訊きたかったのは…」
二人に迫られてしどろもどろの未夢。その三人の光景に、彷徨が笑う。
「方向音痴もあるけど…何にも覚えてないみたいですよ、コイツ」
「やっぱり?」
祐花が隣の元凶を横目で睨みつける。睨まれた大介はそそくさとやってきたエレベーターに乗り込んだ。

「な、何もじゃないわよっ!」
「じゃーどこまで覚えてんの?」
「………」
「あ〜そんで、彷徨くんがあることないこと吹き込んで、怒られたってとこ?」
「嘘は言ってないですけど…そんなとこですね」
「誰のせいよ、誰のっ!」
「すんませ〜ん…ごめんな〜未夢ちゃん! 俺が悪かった! 仲直りしてくれよ〜」
「そ、そんな、大介さんのせいじゃ…」
パンっと両手を合わせて頭を下げる大介に、未夢はバタバタと両手を振る。その隣で彷徨が小さく欠伸。
「寝不足かぁ? 彷徨くん。 …未夢ちゃんと一緒じゃ眠れなかったんだろ?」
見逃さなかった大介が、すかさず話題転換。大げさに肩を組みに来て、最後にこそっと付け加える。
「…朝、30分くらいは熟睡できたんですけど」
「やっぱり代わってあげればよかったねー」
「おまえ、そりゃ野暮だろー」
「…どーせ身動きとれなかったんで…」
「おっ! 何、どーゆーこと!?」
「ちょ、ちょっと彷徨っ! やめてよぉっ!」
大介が目を輝かせたところで、レストランの階に着いた。


「早見様と光月様ですね。 お待ちしておりました。 お席はご一緒にされますか?」
「別に出来る? じゃあ、俺らは男同士で…」
「いえ、一緒でお願いします」
今度は祐花が大介を遮った。
「えーなんで…せっかく事情聴取…いや、男同士で語り合おうと…」
「バカなこと言ってないで! 早く来なさい!」
「ちぇ―――」



「で、何があったの? 彷徨くん」
「………別に、何も…」
迂闊だった。大介さんと二人で語り合う…もとい事情聴取は祐花さんのおかげで避けられたものの、その祐花さんも未夢とデザートを取りに行ってしまった。
「んなワケないでしょー! 若い男女が同じ部屋で一晩一緒でさ、彼女は酔っぱらってるとくれば!」
「何もないですって…」
「祐花には黙っててやるからさぁ〜! あ、もちろん、優や未来ちゃんにも!」
「こらっ! やめなさいよ、中学生相手に…」
祐花さんが戻ってきた。助け舟…だと思ったのに、違った。
「で、昨日未夢ちゃん大丈夫だったの?」
祐花さんが心配して訊いてくれてるのはわかるんだけど。本人が無事そうなんだからわざわざ訊かなくても…。
食後のコーヒーがいやに苦く感じる。いつもはブラックしか飲まないのに、砂糖とミルクを入れてみる。
「……髪だけほどいてやって、そのまま寝ましたよ」
やっぱり苦い。気持ちの問題か…。
「じゃ、何で身動きとれなかったの?」
「……………」
時間ってなんで撒き戻せないんだろうか。余計な一言を言ってしまったあのときの俺が憎い。
「そーいえば、未夢ちゃんがね、やけに首元気にしてたんだけど」
「え…?」
「みつあみで隠して、まだしきりに手をかけるから…」
「ゆ、祐花さんっ!」
未夢が帰ってきた。トレイにいっぱいのデザートを持って。
「…おまえ、そんなに食えるの?」
「別腹よねー!」
「ですよね〜」
美味そうにケーキを口に運ぶ未夢。怒ってたのはもういーのか?…女ってわかんねーな。

「あれ? 未夢ちゃん。 ココどーした?」
ようやくこの尋問から解放される…と思ったのに、大介さんが爆弾投下。今朝、俺がやったのと同じ仕草。
もちろん、未夢の首筋には何もないんだけど。
「………!?」
未夢は真っ赤になってそこを隠す。おいおい、そのまま俺を睨むなよ、俺のせいになるだろ…。
疑いを避けれるように、かける言葉を考えてみたけど。この状況でそんなものは何ひとつないのか、何も浮かばなかった。
「…ばぁか。 おまえ鏡見たんだろ?」
「見たけど……だって、キスマークなんて見たことないし! 気付かなかっただけかもしれないじゃない!」
「「キスマーク?」」

……あー…なんでそれ口にするかな…。
「あははっ、からかわれたわねー未夢ちゃん!」
「いやー嘘じゃないかもしんねーよぉ? 実は見えないトコに…」
「え…っ」
「してませんって!!」
未夢に負けず劣らず、俺も赤い顔してんだろーな…これからは状況を考えてからかわねーと…。
「…コーヒー淹れてきますっ」




「ふふっ、未夢ちゃん、大事にされてるのね」
「……え…?」
「俺だったら襲ってるけどな〜。 …俺もコーヒー!っと」
「お、おそ…?」
「その前に部屋変わるつもりだったんだけどなぁ!」


「かぁーなったくーん!」
「!」
大介が彷徨の腰を後ろからバンっと勢いよく叩いた。
「大介さん! 危ないですからっ!」
コーヒーの波がカップの淵ギリギリで揺れている。
「あれ? おっかしーなぁ、思った反応と違う…無理してる?」
大介の言いたいことは彷徨にも想像が付いている。
「だから何もないって…」
「でも、好きなんだろ? 未夢ちゃん」
「…なんで俺が未夢なんか……」
「じゃなきゃ何にもない訳がない! これが大介論!」
ビシッと決めたわりに、注いだコーヒーと共に砂糖とミルクを2個ずつ手にする。
(…甘そ……)
「いーんですよ、このままで。 俺らは同じ家に帰るんですから」
大介と並んで、未夢と祐花の待つテーブルへ戻る。
「それが別々になったときは、未夢ちゃんは実家だろ? 遠いよなぁ〜」
「……そんなことないですよ、な? 未夢?」
「へ? なに? あ、ちょっと、わたしのフルーツ!」
未夢がフォークに刺したメロンを、未夢の手ごと浚って、頬張った。
「なんの話よぉ?」
「大介さんが生キスマーク見せてくれるって」
「はぁ!? アンタ何言って…!」
祐花がガタンと席を立って、大介に掴みかかる。突然の彷徨の仕返しに、大介は目を白黒。
「ちょっ、俺!? 何も言ってないって! か、彷徨くんっ!」
「大介さぁん、彷徨からかったんでしょ〜? ホンット容赦ないから、ほどほどにしといた方がいいですよぉ?」
「未夢ちゃん、そーゆーことはもーちょっと早くぅ〜〜」
クスクスと笑う未夢の横で、しれっとブラックコーヒーを飲む彷徨。
(瞳ちゃんにそっくりだわ、この子…)



大事に大事に、優しく未夢ちゃんを包んで守ってるのは、優さんみたいだなーと思ったのに。
あ、でも優さんみたいにほんわかしてたら、優さんと未来のかけ合わせは守れないかしら?
未夢ちゃん、見事に二人分ふわふわしてそーだもんねぇ…。その分、彷徨くんが瞳ちゃん以上にしっかりしちゃったのかな?

しっかり者の瞳の血は色濃くあらわれてる。
この平然と上手ーくやりかえすタチといい、お酒の強さもそうかしら?
中学生にしちゃよく飲んだわよね。…大介が悪いんだけど。
教授も彼女の立派なナイトだって言ってたし、将来が楽しみねぇ…。

「ねぇ、未夢ちゃん?」
「はい?」
「ふたりの結婚式には呼んでね!」
「へ…? けっこん、しき…?」


昨日の式の記憶に、彷徨と未夢が重なった。

優さん、泣くんだろうなぁ…未来、飲みすぎて潰れなきゃいいけど。
瞳ちゃんもきっと、見てるだろうな…。



fin.




最終話、お読みいただきましてありがとうございます。

今回は1話1話を短めにしようと思ったのですが…長いっすね、最後(^^;

お題(裏)は“親子”って感じです。
友人(新婦さん)が、両親への手紙で言ってました。
彼はお父さんに似ています、やっぱりお父さんみたいな人を選ぶんだなぁ、と。
そこからうまれたストーリーですが、彷徨くんと優さんの共通点って出てこなくて。
そしてそれは、今の未夢ちゃんじゃなくて、他の優さんを知る誰かに感じてもらいたいな、と出てきた早見夫妻。
この先、こんな大人のオリキャラはなかなか出てこないと思います。
大介さんは、大人版三太くんなノリだなぁーと思って書いてました。いいキャラしてくれてよかった(笑)

そしたら、話が変わっていき、じゃあ瞳さんも知ってることにしちゃおう!と祐花さんが中学の同級生になり、だんだんと結婚式はうわべだけに…。
実質酔っぱらい中学生の暴走話…となってましたね。すみません、力不足です。。
書く方はとっても楽しいし、書きやすいんですけどね。

あ、祐花さんの瞳さんの呼称は、決めていません。“瞳”と言うときもあれば、“瞳ちゃん”と言うときもあります。これって無意識の所業だと思うので、私の思うままのニュアンスで書きました。
でも、未夢、ななみ、綾のような3人娘ではなく、あくまで、未来と瞳、…と祐花って感じだったと私は思っています。
このガールズトークも、楽しそうですね(笑)

あの夜、本当に何もなかったのか?
それは彷徨くんの胸に秘めておいてもらいましょう!

気が向けば、ご感想もお寄せいただけると、飛び跳ねて喜びますw
褒めすぎ注意の生き物です。図に乗ってつけあがります(笑)

さて、また予定外に長いお話になってしまいましたが、ご覧いただけました皆様に、感謝いたします。
ありがとうございました。

2013.07.26 杏

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