作:杏
「おかえりなさい、彷徨さぁん! これ見てください!」
未夢が帰って来てから2時間。
委員会の仕事を終えて、やっと帰ってきた彷徨にワンニャーが突きつけた紙。
「ただいま…。 夏祭り?」
「そうです! でも、場所がこのあたりではないらしくて、わからなくて…」
「あぁ、隣町のやつなー」
「隣町かぁ…大きいの?」
「ぱんぱっ!」
「うわっ」
ワンニャーから受け取ったチラシを眺めていると、横からルゥを抱えた未夢が覗き込んできた。
「なによ、人をおばけみたいに…。 ねぇ、大きいの? このお祭り」
「…ああ、この辺では一番大きいかもな」
別に突然出てきて驚いた訳ではなく、あまりに未夢が寄ってきたことに狼狽えたのだけど、未夢はそんな彷徨の心中には露ほども気付くことはない。
それは今に限らず、彷徨がこの思いに気付いてから、ずっとで。
初めこそ、その鈍さが有り難かったのだけど、最近はそれが少しもどかしくもあった。
「行きたいですぅ〜彷徨さん〜。 連れてってくださいぃ〜〜〜」
「わたしも行きたい〜! ねぇ連れてって〜」
ワンニャーが彷徨の背中にのしかかって、右肩から顔を出した。未夢まで至近距離に顔を寄せて、ねだるように甘えた声を出す。
「やめろ、暑いっ! やだよ、祭りなんて。 人多いし、もしバレたらどーすんだよ?」
「気をつけますからぁ〜」
「うんうん、気をつけるよぉ〜」
振りほどいて自室に向かうが、諦めずについてくる未夢とワンニャー。
「ねぇ彷徨ぁ〜行こうよぉ〜」
「彷徨さぁん〜」
追い付かない距離をとって、彷徨のあとに続く未夢たち。
そんな状況に焦れたルゥが未夢の手から離れて、彷徨にダイブした。
「ぱんぱぁ〜っ!」
「いいですねぇ〜ルゥちゃまだけ受け止めてもらえて…。 わたくしなんて落とされたんですけどねぇ〜…」
「だよね〜ワンニャー。 わたしたちは振りきってルゥくんだけしっかり抱っこなんて…。 ルゥくんだけ特別扱いなんて、ズルいですなぁ〜」
「………」
どーゆー意味で言ってんだか、ルゥを抱えながら複雑なため息をつく。
そんな彷徨の頬に小さな手が触れ、腕の中のルゥがふわりと笑った。ルゥには、彷徨も優しい笑顔を返す。
「ぱんぱぁ〜」
それを見た未夢の目がキラリ。ニッコリと笑って彷徨に抱かれているルゥの頭に手を伸ばす。
「ルゥくんも行きたいよね〜お祭り〜」
「行きたいですよねぇ〜ルゥちゃまぁ〜」
ルゥの髪を撫でながら、上目遣いに彷徨を見ると、隣でワンニャーも続く。
「あーいっ! まんまぁ〜」
未夢が笑えば、ルゥも笑顔になる。三人の視線が自然と彷徨に集まる。
「………わかったよ」
期待に輝く目に、彷徨が折れた。
「夏祭り?」
「あぁ! 隣町の七夕祭りねー」
「うん、昨日ワ…みたらしさんがどこかでチラシ貰ってきてさぁ〜。 ふたりも一緒に行かない?」
次の日の昼、学校で弁当を食べながら、未夢は綾とななみに話した。
「行く行く〜! ななみちゃんも行くよね? おいしいものがいっぱいだよぉ〜」
「あのお祭り大きいから、屋台も多いんだよね〜。 でも、あたしたちだけで? うちのおばあちゃん、そういうの厳しいからなぁ〜」
「あっ! それなら大丈夫。 ルゥくんもみたらしさんも一緒だし。 ……彷徨も」
クリスにバレたらとんでもない。
キョロキョロと教室を見渡してから、最後は小声でこそっと続けた。
「じゃあボディーガードは完璧じゃない? 行こうよ〜ななみちゃん〜」
「う、うん〜。 じゃあ行こっかな」
「やったぁ! じゃあ決まりね、今度の日曜! 楽しみ〜」
綾のダメ押しにななみが了承して、決定。
ウキウキと上機嫌な未夢が、卵焼きを頬張る。
「浴衣出さないとね〜」
綾がデザートのさくらんぼをひとつ、口に入れる。ななみは食後のサンドウィッチの袋を開けて、大きく一口。
「あたしはいいやー、浴衣じゃ動きにくいし、食べにくいんだよねー」
「あはは、ななみちゃんらしいね〜。 未夢ちゃんは?」
「そういえば浴衣…持ってきてないや…」
綾に訊かれて、未夢が弁当箱を仕舞いながら答えた。残念そうにそう言って元気をなくす未夢に、ななみが提案する。
「思い切って買っちゃえば? ほら、セットの安いのもあるし、放課後、見に行かない?」
「うんうん、私も浴衣は買えないけど、小物とか見たいし!」
「うん、じゃあ買っちゃおうかな〜」
「よし、決ーまりィ!」
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「見て見て〜! 買っちゃったぁ〜」
ゴキゲンに帰ってきた未夢が、居間で買ったものを広げて見せる。
「わぁ〜浴衣ですかぁ〜いいですねぇ〜」
「ふーん…」
ななみの一押しだった白地に淡いピンクの花が散らしてある浴衣に、鮮やかな黄色の帯。
巾着に髪飾り、下駄。浴衣に合わせて、綾が薦めた小物類も、一揃い買ってきたらしい。
「天地たちと行くんなら、俺行かなくてもいいよなー?」
「え〜わたくしたちはどうすれば…」
「一緒にいればいーじゃん」
「なんでそんな行きたくないのよぉ?」
「何でわざわざあんな人混みに出向いて行きたいんだよ?」
チラリと未夢を見やって、質問に質問を返す。
未夢がぱっと顔を輝かせた。
「そりゃお祭りだも〜ん! 確かに人は多いけど、それも楽しいじゃない!」
「わっかんねーなー」
「まんま? ぱんぱぁ〜?」
読んでいた本のページを捲る。未夢の膝で、ルゥが二人を交互に見上げていた。
「ほら! ルゥくんも、パパも一緒がいいって〜。
それに、彷徨がいるならってななみちゃんちのおばあちゃんに了解もらったんだから!」
「……俺は天地のばーちゃんに会ったことはないぞ」
「彷徨さぁん、人混みだからこそボディーガードが要るんですよぉ〜。
女性三人だけじゃ危ないですし〜」
こっそりとワンニャーが耳打ちしにやってきた。
「わたくし一人じゃ不安ですよねぇ〜ルゥちゃまもいらっしゃいますし…」
「連れてってくれるって言ったじゃない〜」
彷徨がほんの少し表情を歪めたのを見て、ワンニャーは耳元で続ける。
未夢は未夢で、腰に手を当てて拗ねるように頬を膨らませて。チラリ、チラリと彷徨を見る。
「わかったよ、行くよ…」
行きたくはないけど、ワンニャーのガードだけで行かせるのも、やっぱり不安で。
自分をそっと窺う未夢に、ノーとも言えなくて。
(行くしかないのか……)
昨日よりも大きなため息が出てしまった。
こんばんは!杏です!
今日は七夕。 今宵、皆様の上に天の川は広がっているのでしょうか?
杏の住むところは朝から生憎の雨でして、空にはどんよりと雲が広がっております(;x;)
ま、毎年こんなもんですけどね(苦笑)
昨日、思い付きでノートに書き上げたものなのですが、今日、完結までアップするのは難しそう。。
(あと1時間で7日が終わってしまうのです)
なので、せめて1話だけでも!!
プロットどおりに進めば、近日中には公開できるはず。
季節ものなので早く上げれるように頑張りたいと思います。
今回は2〜3話で終われる予定です。
短いお話ですが、またお付き合いいただければ幸いに存じます。