作:杏
「オレが知る限り、こーゆー勝負で初めての敗北…。
―――しかし! 物語はまだ終わってなかった―――…!」
「何やってるのぉ? 黒須くん」
「誰に喋ってんるんだろ? 暑さにやれたんじゃない?」
「おーい、黒須ー! いい加減、拡声器戻しとけよー!」
「…………へーいっ」
教職員用の更衣室から出てきた岩本に言われて、三太は大きく手を振る。
返事はしたものの、更衣室前を動く気はまだなかった。
今、カメラを持っていないのが口惜しい。持っていたら、勝負を終えたヤツらを片っ端から捕まえて、「感想を一言ぉ!」…なんてやってたに違いないのに。
「おっ、彷徨ぁ〜! お疲れぇ〜」
「…うるせーよ」
廊下で拡声器。迷惑極まりない親友に、頭にかぶったタオルの隙間から半目でジトッと視線が送られる。
「早く片付けて来いよ、昼休み終わるぞ?」
「んだよぉ〜彷徨までぇ〜。 へいへいっ! 用具室行ってきまーっす!」
口先を尖らせた三太が渋々、体育館の方へ歩いていく。三太が用具室の扉に消えるまで見送り、一時静まった独りの廊下で彷徨は息を落とした。
「あ、あのさ、西遠寺…」
「ん?」
背を向けていた更衣室の扉が開いたと同時、かけられた声に反射的に振り返ると、そこには今、あまり関わりたくない人物がいた。
「――なんだよ」
「…や、あの……、おっ、おれがデートしてもいーのかっ?」
負けは負け。勝負自体に悔いはないし、今さら賞品を取り下げろとか言うつもりはない。
未夢が断ってくれればいい、なんて思ってしまっているのは確かだけど。
「…勝ったのはおまえだろ?」
開け放された窓を背に。片肘を軽くひっかけて、僅かな風の方に顔を向けた。
言葉を探す武岡が俯いていくのを目の端で捉えながら。
そんなこと言うなら、最初から勝負なんて挑んで欲しくないものだ。身勝手な“許可取り”に苛立ちが募る。
「そうだけど…光月には好きなヤツいるみたいだし、……その、」
(…好きな、ヤツ…?)
不可思議な言葉に、彷徨は武岡まで目線を合わせた。
自分より上からの視線がなんとなく気に食わない。脚を投げるように、身体をわざと傾斜させる。
「…だから? 俺には関係ねーよ」
言い淀んだ言葉の続きを待てずに、吐き捨てた。
そもそも、いいとか、ダメだとか。自分が言えるような関係じゃないんだし。
「………そっか。 じゃあおれ、光月誘ってみるよ」
数秒の無言の応酬ののち、彷徨の態度に何を思ったのか、今まで弱気だった武岡がきゅっと表情を引き締めた。
バタン、と用具室の扉を閉めた三太がこちらに戻ってくる。
先に視線を逸らしたのは武岡。近付く三太に目を移し、教室の方へ向かった。
(…未夢に好きなヤツだって? なんでそんなことわかるんだよ…)
武岡は武岡なりに未夢を見ていたのかもしれないけど、一番近くで、長い時間見ているのは自分。
彷徨はそう自負している。それだけは、負けるはずがない。
その自分が今まで隣で見ていて、未夢の視線が特別な意味を持って、特定の誰かに向けられたことがないのは確実な事実。
わかりやすい未夢にそんなヤツがいれば、自分が気付かない訳がない。
「…いいのかぁ? 武岡にデートさせてっ」
「……誰のせ」
「あぁ、未夢っち! キミとぜひデートしたかったよ…! ボクなら送り届けるまでスマートにカッコよくエスコートできるのにっ!」
寄ってきた三太に少しばかり八つ当たりでもしてやろうかとした矢先、まだ更衣室に残っていた望が登場。
望らしいターンでバラを掲げて、大きく独り言をキメる。
「「…………」」
思いっきり気勢を殺がれてしまった。
「コースアウトしたやつが何言ってんだか…」
「っつーか、オマエ遅くねぇ? また勝手にドライヤー持ち込んでたんだろ〜」
これには呆れるしかない。行こうぜ、と三太に目で伝えてきびすを返すと、正面にまわり込んだ望が人差し指を立てた。
思わず身を引いた二人に構わず、ちっち、と舌を鳴らす。
「意中のレィディに呼ばれたら、勝負なんて二の次さ! デート権を逃したのは残念だけど、そんなものなくたって自分の力でこぎつけてみせるさ!」
「―――…! 勝手にしろっ」
キ―――ン コ―――ン…
「おわ、やべっ! 予鈴! いっそげぇ〜〜〜!」
◇◇◇
「きり―――つ、礼――…」
何とか本鈴に滑り込んで、彷徨がいつもの号令をかける。
(あ〜〜〜何でもない顔して、めちゃくちゃ気にしてるよなぁ〜…)
望の言葉はきっと彷徨に重く深く刺さっただろうと、三太は分析しながら親友を窺った。
ノートの端っこを破って、きょろきょろと周囲を見渡し、先生の動きを予測。
隙を見て、後ろの友人にメモを託す。
それが辿るルート、自分と未夢の間に彷徨がいなくてよかった、と小さく息をついた。
賞品なんかなくても、従兄妹であり、一緒に住んでいる彷徨なら、一緒に出掛けるチャンスはいくらでもある。
それが、必要があれば、若しくは目的が合ったから、といった理由で、デートと称するほど甘みはないかもしれないけど、それでも。
(痛かっただろーなぁ〜…ま、たまにはいいかぁ)
環境に高を括って、何度も素知らぬ顔でその機を棒に振ってきたのも、三太はよく知っているから。
原因は自分にもあるから、それなりに一応、心配してはいるけれど、やっぱり自業自得だとも、思うし。
二人の気持ちが通じていることなんて、一目瞭然なのに。なぜ通じないのだろう。これは三太だけでなく、未夢の親友たちも首を傾げるところだ。
(一緒に住んでりゃ、いろいろ考えるのはわからんでもないけどさぁ〜…)
そろそろかな、とそっと斜め後ろの未夢の方を見た。
先生が未夢の列を後ろから前に、ゆっくりと歩いて教壇へ戻ろうとしている。通り過ぎた先生の後ろに、メモを開く未夢が見えた。
(お願いしま〜すっ!)
机に立てた教科書に隠れて未夢に合図を送ったら、わかってくれたけど、自信のなさげな笑みを返された。
「―――黒須くん! ちゃんと聞いてるー?」
「おわぁっ!? ハイ! …すんません、何ページっすか?」
思い切り立ち上がったら、その拍子に倒れた教科書を先生にとられて。
目の前に掲げられた本に、どっと笑いがおきた。
「す・う・が・く! そんなに国語が嫌い?」
「へっ? あっ! はは、ははは〜…」
ポカンとして、その表紙を確かめて。周りの友人たちの机上にあるものと違うことにようやく気がついた。
こんにちは。その後、始まり始まり。
プロットの、ここまでが1話!って思ってたとこまで辿りつきませんでしたw
まぁ、いつものことです…(−−;
三太くん寄りの後半は、予定にないところ。。
やっぱり彼は想定外のことをやってくれます(笑)
展開はお約束。ベタベタなそれが一番難しいんですけどね(^^;
どこかで読んだような…?って感じにならないように、気をつけて頑張ります。
では、次回もお楽しみに!
ご覧戴きありがとうございましたっ。