プールサイド

act10 特別賞

作:

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勝って欲しい。けど、勝って欲しくなかった。
結果は僅差。
他の三人を引き離して、ずっと独走だった武岡とそれを追う彷徨の一騎打ちになっていて。
(武岡くんも、表に出さないほうなのかな…?)
テントに向かう二人が未夢の前を通ったとき、双方とも表情はなかった。三太の結果発表を一瞬疑ったほど、喜びも悔しさも見当たらなかった。


決して痛い顔をすることはなく、それでも瞳の奥に滲む、誰にも聡させずに歯がみしているような殺した感情を、未夢は見つけてしまった。
自分のことのように感じとった未夢の方が、痛切な表情になる。
そんな自分を見て表情を失くしていた勝者に、未夢が気付くはずもなかった。



◇◇◇


昼休みに何があっても、午後の授業は変わることなく行われる。

五時間目の国語の授業は、ほぼ全員が睡魔と闘っているだろう、退屈極まりない時間。
未夢も、いつもなら迫り来る敵と睨み合っている時間。
今日はそんな強敵も寄せ付けない。

気になることが、ある。

賞品もそうだけど。それよりも、浮かない優勝者の表情。それから。




(彷徨…)

教科書を読み上げる先生が自分の隣を抜けていく。その背を見届けて、隣の生徒がそっと手を伸ばしてきた。
その手が机の上に残したのは、一枚の紙切れ。

“彷徨のフォローお願いします!”

たった一言。だけど、差し出し人は明白。
先生の隙を見て、こちらに両手を合わせる姿に、未夢は困惑して眉を下げた笑顔を返した。






「彷徨っ! ねっ、今日委員会ないよね? 買い物当番、付き合ってもらえないかな?」
終礼のあと、既に帰り支度を済ませていた未夢は、彷徨の席に直行した。いつも通り、いつも通り、と念じながら笑いかける。

今朝、ワンニャーから手渡された買い物メモには、大型なものは特になくて、彷徨もそれを知っている。
『やったぁ、今日は少なくてラッキー!』
自分が玄関でそう言ったのを、彼は隣で聞いていたのだから。
彷徨がそれに気付いてしまったら。ドキドキしながら返事を待つが、彷徨は返事をすることなく、カバンに教科書たちを詰めて、立ち上がる。
見守る三太の視線が突き刺さって痛い。
(あぁ〜あんなこと言わなきゃよかったぁ〜…)
委員会がなくても、一緒に帰るなんて滅多にない。それぞれに親友と、男同士、女同士の放課後を過ごすことが多くて。
フォロー出来るかどうかはわからないけど、とにかく放課後の彷徨を確保するには、これしか思いつかなかった。


「…いいけど」
それだけ言って彷徨はすいっとカバンを浮かせた。未夢の肩越し、自分たちに注目するヤツを確認。
今日のところは、ただ動向を追っているだけらしい。
すたすたと廊下へ向かいながら、明日からをどうすればいいものか、考えていた。
「なにやってんだよ、いくぞ!」
後ろに続かない気配に彷徨が振り返ると、ぼけっと彷徨の姿を目で追っていたらしい未夢は、その場所に立ったままだった。
「…え? あ、うんっ」

慌てて追いかけてきた未夢の目が、微妙に、挙動不審。
(……あぁ、気にしてたのか)
「おっせーよ。 早くしないと遅れるぞ?」
おどおどと見上げる未夢の額をこつんと小突く。いつも以上の気安さを、わざと周囲に見せつける。
「うんっ」

タイムセールまで、あと10分。





◇◇◇

「さぁさぁ! タイムサービスだよぉ! 卵がなんと、1パック10円! 1パック10円だよぉ〜! おひとり様、1パック限り!」

「……ふたり分、いるのか?」
「あ、ううん。 1パックでいいみたい。 わたし並んでくるから、彷徨は先に入ってて」
ポケットに入れていた買い物メモを彷徨に渡して、未夢は列に並んだ。


「……買い物カゴ片手に一人でスーパーをまわる男の子って、変な感じ〜」
テンポよく流れる行列を進みながら、ガラス越しに見えた彷徨をちらりと窺う。
(…なぁんだ、特に落ち込んだりもないんだ)

ここに来るまでも普通だった。
悔しくないことはないんだろうけど、だからと言って、何をどうする訳でもなく。それが彷徨らしいと言えば、そうなのかもしれない。
「…変に気を遣って、損しちゃった」
「何が?」
「わぁっ! いいいいいたの!?」
「いたのって、おまえが来たんだろ」
無意識に、当たり前に。メモを片手に先に品定めをする彷徨を探して、ちゃんと辿り着いていたらしい。
「…なに、心配してくれてたの?」
「……そりゃあ…、ちょっとは、ね。 彷徨が負けるのって初めて見たし。 …残念だったね」
その話題は出さない方がよかったかな、と。音を淀ませて、上目遣いにそっと見上げる。
未夢が初めて目にした、彷徨の敗北。
自分がそれを一瞬でも、ひとカケラでも願ったせいじゃないかと、考えてしまっていた。


「武岡は県代表だぞ? 簡単に勝てる訳ないだろー」
「で、でも! もーちょっとだったじゃない! あと1回分あったら、抜けたかも…」
さらっと言う彷徨に、思わず肩に力を入れて力説。あまりに何でもない様子が、かえって未夢のほうを悔しくさせる。
「1回?」
両手を握りしめる未夢が、彷徨の瞳に映る。真剣すぎる目が、今にも泣き出しそうだ。
二、三度瞬きをしても、未夢の姿は固まったように崩れない。


(―――…? …あぁ)
ようやく未夢の言いたいことがわかった。

「ばぁ――か」
その涙を引っこめたくて、いつもの調子でバカにしてやる。
案の定、未夢はむぅっと眉と口元を曲げた。
「あと25メートルもあったら、逆に離されてた」
「へ? そーなのっ? あんなに追い上げてたのに??」
「そりゃ、あのペースが続けば抜けるかもだけど…あと25もスパートかけらんねーよ」
理解できてるのかどうなのか、きょとんとする未夢。
横目で見ていた未夢から目を逸らして、これでも相当頑張ったんだぞ、と小さく繋げる。

本当はこんなこと言いたくないけど、結果は伴わなかったけど。
精一杯やったことくらい、未夢には知っておいて欲しい。
(誰のために必死になったと思って…)


(頑張ったんだ……)
「……なんで?」
無表情に真っ直ぐに、彷徨を見たまま。口先から出てしまった疑問は、訊きたいけど訊きたくない、ホントの言葉。
「――え?」
「あ、何でもナイっ! じゃーそんな彷徨に優しい未夢ちゃんから残念賞! 頑張ったで賞をあげちゃお〜!」
聞き返した彷徨にパタパタと両手を振った。
醜い嫉妬を。扇ぎ払って、自分の中から追い出す。

「頑張ったで賞? 何だよ、それ」
ニコッと笑顔をつくると、つられるように、彷徨もふっと柔らかく笑ってくれた。
「え、えっと、え〜〜〜っとぉ〜…あ! 今日の夕ご飯! かぼちゃづくしで我慢してあげるよぉ〜」
考えナシの賞品には、目についた彼の大好物が立候補。
未夢は両手で持った大きなかぼちゃを、彷徨の前に差し出した。

にっこりと笑う未夢に、僅かに頬に上る熱を感じた彷徨が言葉をなくした一拍、長い一瞬をおいて。

「…誰が持って帰って、誰が作るんだよ?」

呆れたようなため息とともに、ごもっともな指摘が返ってきた。
未夢はそれを気に留めることなく、彷徨の持つカゴの中にかぼちゃをイン。


「もちろん! 彷徨が持って帰って、ワンニャーが作るのさぁ〜」
「…全然、おまえからじゃないじゃん」
「えへへ〜気にしなぁい、気にしなぁ〜いっ!」



fin.



こんばんはぁ〜〜〜杏です!最終話です!
こっちで10話…その後を5話で終われる自信がないので、やっぱりわけてよかった!…ってことにしましょう。うん。

彷徨くん、負けちゃいました。
頑張ったで賞は、かぼちゃより、未夢ちゃんの笑顔だったでしょう。

さぁ、明日から武岡くんと違うバトルが始まるのか…!?
こっちはプロットできてます。例によって雑ですが。
いい加減に終わらせましょう!マジで冬になる…!

なかなか纏まった時間がとれません(><)
タイトルが未定のままです!困った…。

みなしゃんにご覧戴けること、大変嬉しく思っております。
ありがとうございます。
ところで、閲覧数の伸び方がすごい気がするのですが、リピ読みしてくださってるんでしょうか?
よろしければ、それがどの作品なのか、はたまたテキトーなのか、教えてくださいませ(^^*
気になるので…。。

それでは、次回。
“(タイトル未定)〜after the POOLSIDE〜”にて、お会いできることを楽しみにしております。

2014.10.06 杏

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