作:杏
“ツキを掴め! 四中水泳選手権!”
「明日、緊急開催! 詳細は2−1黒須三太まで! …何ですかぁ? これ」
「―――知らねーよっ!」
緊急開催にふさわしく、手書きのチラシは最低限のことだけを記したシンプルなもの。その割には挿絵に凝っているようだけど。
「さすが三太くん、そっくりじゃない。 …彷徨も出るの?」
「…………」
不躾なまでに不機嫌な表情で未夢を一瞥した彷徨は、何も言わずに台所をあとにした。未夢の手にしたチラシの隅では、彷徨に酷似した少年が泳いでいるイラスト。
「あっ、きゃあっ! あ―――っ! ぱんぱっ!」
息子も認める、親友の完璧な挿絵。
「いつになく不機嫌でいらっしゃいますねぇ〜。 あの様子だと、この水泳選手権には強制出場ってところでしょうか…」
「そんな感じだね〜。 これも恒例行事なのかな、コンテストみたいに。 何でも出来る人は大変ですなぁ〜」
眺めていたチラシをひらりとテーブルに落として、ワンニャーと見合わせる顔にはちょっとだけ同情の色。
勉強ができて、スポーツ万能。ファンクラブまで存在する人気者は、女子のみならず男子からの信頼も厚い。
ごくごくフツーの未夢には、そんな彷徨が羨ましくもあるけれど、その苦労も、そばで見ていてよく知っている。
特に、こーゆーのは好きじゃない、むしろ避けて通りたいイベントだとわかっているから。
ピンポーン
「あ、わたし出るよ〜。 はいは――いっ」
「ちわ―――っす! 彷徨いるー!?」
未夢が玄関に向かう前に、バタバタと聞こえる足音がこちらに向かって来た。
「わ、三太くん! ワンニャー、変身っ!」
「は、はいっ! ワンニャー!」
勝手知ったる、西遠寺。
未夢たちが来てからは割と玄関で大人しく待つことが出来るようになった、なんて犬のしつけみたいなことを彷徨が以前言っていたけど、時折こうやって待ち切れずに上がってくることがある。
トリのレコードが、とか、懐かしのアニメが、とか。三太にとっては重要だが、彷徨や未夢にとっては至極どうでもいい用件が大半で、彷徨の部屋に直行するのが慣例ではあるのだけど。
「…何しに来たんだよ」
「へ? いやぁ、一応明日のエールをー…と思ってさぁ〜。 あれからもーひとり、強力な出場者が現れたから、その報告と…」
「俺は出るなんて言った覚えはないぞ。 しかも勝手に賞品なんかつけやがって…」
ため息まで不機嫌に刺々しく、三太に刺さる。未夢の持っていたチラシと、名簿らしき紙を机に広げた。
「そんな顔するなよぉ! オレだって悪いと思ってるよぉ〜。 でもさぁ、上手いと思わねー? このアオリ! ツキを掴め!って光月さんの月とかけてさぁ〜…」
「わたしが、なぁに?」
「おわぁ! こっ、光月さん!」
「未夢…」
得意げに三太が説明を始めようとした矢先に、背後から未夢の声。お盆の上に冷たい麦茶を乗せた未夢が首を傾げている。
「ごめん、開けっ放しだったから。 お茶、どーぞ」
「あ、ありがと〜。 光月さん、明日の昼休み、絶対来てくれよぉ!」
慌ててチラシを指差して未夢に迫る。彷徨の視線が気になって、頬がピクピクと引きつってしまう。未夢が話を戻さないことを願いつつ、意識的に頬を上げた。
「いいけど……ねぇこれも四中の伝統行事なの?」
「違うよぉ! 光ヶ丘が今日の授業で彷徨に勝負ふっかけてさぁ!」
『今日こそ決着をつけるとき! さぁ西遠寺くん! このボクの華麗な泳ぎに勝てるかい!?』
『…やだよ、めんどくせ』
『さては自信がないから逃げるつもりだね!? 挑まれた勝負から背を向けるのが美少年コンテスト出場者のやることかい?』
『どーでもいー…』
「…って感じでさぁ〜」
「へぇ〜…。 でもそんなの、いつものことじゃ…」
2−1ではしょっちゅう繰り広げられる、もはや日常の一コマ。
現実に勝負が行われることは滅多にないこれが、今回はなぜ、実現したのだろうか。
「だと思うだろ!? ところが! この勝負にノってきたやつがいてさぁ〜、それから…」
「……三太!」
「ま、まぁ、明日見に来ればわかるよ!
彷徨! 頑張れよ、明日! ちゃんとおまえらが決勝で当たるように組んどくから! じゃーなぁ〜っ!」
中途半端に疑問を残して、そそくさと三太は去っていった。遮った彷徨はまたため息。
訊ねてはいけない空気だけが、ふたりの間を漂った。
こんばんは、杏でございます!
夏っぽい新作、…になる予定です。
私の中でプールネタ=未夢ちの水着、ってのがセオリーなんですけど、、水着姿の未夢ちは登場する予定は残念ながらありません(TxT)
自分の中学時代はプールの授業なかったんですよぅ。プールなかったんです。学校に。
そのせいか、なんかイメージ湧かないんですよ…(←言い訳w
記憶は小学生まで遡り…そこまで行くと水遊びみたいなもんで、これまたイマイチ使えない(^^;
ま、なんとかなるでしょう!
こんなですが、またお付き合いください。よろしくお願いします。