作:杏
「―――そういやぁ、彷徨くん。 あの頃言うとった天使は、見つかったんかい?」
「…天使、ですか?」
古稀は…いや、喜寿は過ぎているであろう老婦人の口から出た、失礼だがあまり似合わない言葉を、彷徨は瞬きをしながら繰り返した。
幼い自分が、天使に会ったと言っていたらしい。
老婦人が昨日のことのように聞かせてくれた昔話を思い返しながら、家族たちと帰路についた。
(天使なんて言葉、なんで出てきたんだ…?)
『いや――――――っ!』
……うるせー…。
「なにいってんだよ。 おまえのほうが、あとにはいってきたんだろっ」
なんだ、こいつ。近所の子供か?ひとの顔見て叫びやがって、シツレーなやつっ!
『あんた、なにものっ!? あんたもいえで?』
「いえで?」
『そ――――よっ!』
…なんだ、子供の家出か。どーせすぐに寂しくなって帰るんだろ。
「おれはとーさんのしごとおわるの、まってんのっ!
とーくからきたから!」
おまえと一緒にすんなよ!おれは空き地に家出するほどガキじゃねーしっ!
『パパもママも、しんぱいちてるかな?』
…………。
『パパとママがわるいんだもんっ!
みゆのたんじょーびわすれて、おちごとば――っかりっ!』
誕生日、か。…かーさん……。
…いや、おれにはカンケーねーしっ!
はら減った―――っ!べんとーべんとー!
『わぁっ!』
うわっ!?
『かわい――っ! おいちそうっ!』
びっくりした…なんだ、べんとーのことか。いきなりデカい声出すなよ…。
ぐぅ〜〜〜きゅるる…
そっか、こいつ家出だから、昼メシ…。
「…………。 くうっ?」
『いーの?』
かーさんなら、わけてあげなさいってゆーよな、きっと。
『おいちーっ! これ、たまごやきっ!? いろいろはいって、すっごくきれーっ!
……いーなー、こんなのつくれるママがいて。 うちのママなんて、なんにもつくれないんだよっ』
………。
『あした、みゆのおたんじょーびだから、みゆのためにおりょーり、つくってみるっていったのにー…』
「それ、おれがつくった」
『え?』
「ぜんぶ、じぶんでつくった」
『なんでっ!? あんたのママも、つくってくれないのっ!?』
「しんじゃった、ちょっとまえっ」
「いーよな、いきてたら。 あしたがだめでも、こんど、つくってくれるかもしれないだろ?」
おまえはまだ、いつか作ってもらえるから。…そんな顔、すんなよ……。
「わっ! なにすんだよっ」
『みゆがなきそーなとき、ママ、いつもあたま“なでなで”ちてくれるの』
…かーさんと、一緒だ…。
『なでなで』
「…ないてなんか、ねーだろっ」
もう平気だし。おれは男だっ。女の前でなんか、泣けるか…!
『…ごちそうさまでちた。 あ、あの、ホントに、おいちかった。 …ありがと』
「べつに…。 のこったら、もったいないし、なっ。 …じゃーおれ、ほんよむから。 じゃますんなよっ」
『うん…』
べんとーばこしまって、本出して…と。
いつまでもこんなとこにいないで、早く帰ればいーのに。
『―――あ、あのねっ!』
「! …なに?」
とつぜん顔出してデカい声出すの、やめてくんねーかな…。
『ママのおともだちもね、ちょっとまえに、しんじゃったの。 ママ、さいしょはかなちいって、いっぱいいっぱい、ないてたけどねっ!
もうないてないよっ!』
「ふぅん…」
『おともだち、おそらのうえから、ええっと…ウチューのカナタから、ママのこと、ちゃんとみててくれるからって!
だ、だからね、えっと、えっと……』
「―――しってる」
『…うん……!』
―――ぽすっ
「……? ったく…」
(わたしが起きてるから、寝てもいいよって言ったのはどのクチだよ…)
ため息は電車の騒音に紛れた。自分の心音も、肩にもたれた未夢に届いていないことを願う。
視線をあげれば、向かいの席ではみたらしさん姿のワンニャーも、その膝に抱かれたルゥも眠っていた。
(ばーちゃんの言ってた天使って、あれか…?)
当時は土管が並ぶだけで、遊具はなかったあの場所での出来事。なぜ少女を“天使”と表現したのかはわからないが。
(懐かし…確か、母さんが亡くなってから、オヤジの仕事の度に誰かのとこに預けられてて…。
でもあの日だけは、預かってくれるところがなくて…。
……あれ、あいつも、“みゆ”って……)
朧気な少女と、隣で眠る未夢。同じ名前で、髪と瞳の色も同じで。未夢も、あの場所を知っていて。
「………………まさか…?」
記憶を巡らせて、何か決定打はないかと探していると、ふと、ルゥの手に握られた何かが目についた。起こさないように、そっと取ってみる。
「…かなたさぁん?」
「わり、起こしたか?」
「いいえ〜。 それ、さっき未夢さんから頂いたんですよぉ。 ルゥちゃまが包みを気に入ってしまいまして〜…ふあぁぁ〜」
くしゃくしゃの包みを開くと、白地にイチゴ柄。昔からある、イチゴミルク味のキャンディー。
「…俺ももらった」
「へ?」
「……いや、昔の話」
(………進歩のないやつ…)
隣のぬくもりに心のうちで悪態をつく。肩が動かないように、欠伸を噛み殺して。
心地よい電車の揺れに身を任せて、彷徨はもう一度夢の中におちていった。
“ねぇ、彷徨。 彷徨は、天使っていると思う?”
“てんし? いないよ、そんなのっ”
いつだったか、母さんにそう訊かれて…当たり前にそう言ったら、母さんはクスクス笑ってた。
“そう? 母さんは、いると思うなぁ。 翼を持って、空から舞い降りる子じゃなくても、きっと”
そう言って俺を抱きしめてくれた母さんは、嬉しそうな、楽しそうな、そんな笑顔で俺を見て、空を見上げた。
“あなただけの天使が、いつか見つかるわ…”
“え――――?”
“優しくて、あったかい子よ、きっと。 あなたみたいに…”
…あぁ、そういうことか……。
fin.
こんにちは、杏でございます。ご覧戴きありがとうございます。
なんとかまとまり、4話で完結出来ました!
こちらはyueしゃんからのリクエスト、「りとるメモリーを彷徨視点で」でございました!
yueしゃん、リクエストありがとうございます!大変遅くなって申し訳ありません。
ホントは未夢ちゃんの誕生日前日設定にして、そのあたりで書こうと思っていたのです。。
そして、…す、すみません。。ひとっつもリク通りじゃない仕上がりになってしまいました(><)
前置き長くて、彷徨くん視点で書けたの最後だけだし!未夢ちゃんも思い返しちゃってるし!
子供の一人称って難しくて、どう描こうか悩みました。子供に情景を説明させるとどーしても不自然になってしまって。。
わかりにくいなぁ…と思いながらも、独り言的なものに留めました。
答え合わせは、いつの日かです。くっつけるつもりはなかったので(^^;
このお話がお好きな方、たくさんいらっしゃるみたいなので、世界観や幼い二人のイメージを壊さないように…と必死でした(^^;
いかがだったでしょうか。。
もしよろしければ、ご感想をお寄せくださいませ。お待ちしております。
これで本当に、今年の作品は最後になります。また来年、次の連載(たぶん)でみなしゃんをお待ちしております。
今日の外は真っ白です。みなしゃんお身体には十分、ご自愛くださいませ。
2013.12.28 杏