ぷれしゃす・メモリー

もーにんぐ・コール

作:

 →(n)




「わたし、ここ知ってる―――…」



……ジリリリリリリ! ジリリリリリリ! ジリリリリ…


「……でんわ…?」

目を見開いて前を見つめていた未夢が、そう呟いた瞬間だった。自宅の古臭い黒電話の音に、現実に押し戻されたのは。

「…ろく、じ……」
薄暗い中で時計を確かめると、黒い文字盤にぼんやりと光る白い針は、上と下にほぼ垂直に立っている。
(…せっかくの休みだってのに……!)



土曜の早朝。静かな西遠寺の母屋には、けたたましく電話が鳴り続けていた。
もちろん、未夢やワンニャーの部屋にも聞こえているはずだけど。

(…あいつらの夢には届かないだろーな…)
天井に向かって大きく息を吐くと、それはほのかに白く、目に映る。
諦めのため息に体当たりするように勢いよく布団から出た彷徨は、二度寝を妨げそうな冷たい廊下に進み出た。



◇◇◇

「おはよぉ〜〜〜」
「おはようございますぅ、未夢さん」

まだ眠そうに目をこすりながら未夢が食卓につく。ふわぁっと大きなあくびをしたところに、ワンニャーが湯呑を差し出した。
「もうすぐ朝ごはんできますよぉ〜。 寝不足ですかぁ?」
「ありがと〜。 ん〜〜〜〜なんか今朝の電話で起こされてから、目が覚めちゃってさぁ〜。 もーちょっと寝たかったよぉ〜」
ズズッと熱いお茶を一口飲んで、朝から疲れたように背もたれに身を委ねた。

「かなり早い時間の電話でしたねぇ? わたくしはてっきり未夢さんのご両親からの国際電話だと思っていたのですが…」
「そーだったのかなぁ? まぁ、ママたちのことだから大した用事じゃないと思うけど…。 彷徨が出たの?」
「…さぁ? そういえば彷徨さん、まだ見てませんけど…」
「まだ寝てるの? くぅ〜〜〜わたしにばっかりイヤミ言うクセに〜〜〜〜!
 今こそ恨みをはらす時よ! 見てなさい! 彷徨が起きてきたらた〜〜〜っぷりっ、いつものセリフを返してやるんだからぁ!」

「…せめて着替えてきてからにしろよ。 説得力ないぞ?」
「もちろん! 今のうちに着替えて、優雅に紅茶でも嗜みながら……わ! か、彷徨っ!」
リベンジに燃えて両手を腰に高笑いをする未夢が振り返ると、台所の戸口には彷徨。とうに身支度は整っており、パジャマ姿で髪もまだ梳いていない未夢は負けを認めるしかない。
「…わ、わたし、着替えて、ルゥくん起こしてくるっ」
気まずさに目を泳がせて、未夢は慌てて台所を出た。


「…ったく、どこまでガキなんだか…」
「はは〜…未夢さんも負けず嫌いですからねぇ〜」
呆れる彷徨に、食卓に朝食を並べながらワンニャーが最大限にフォローの言葉を探す。
「ワンニャー。 俺、今日ちょっと出掛けるから昼飯いらねー。 夕飯までには帰るようにするけど、遅かったら先に食べてていいから」
「あ、はい〜。 遠くまで行かれるんですかぁ?」
「んー…」



「ルゥく〜ん! 今日は何して遊ぼっかぁ〜? とりあえず、朝ごはんだよぉ〜」
「あーいっ! まんま、まんまぁ〜」
腕に抱いたルゥに笑いかけながら、これは“ママ”なのか、ごはんの意味なのか?なんてふと考えて、苦笑する。

「…あれ? おじさまの部屋、開いてる…」
さっきは気付かなかったけど、中途半端に開いていた宝晶の部屋の襖。その奥にひらひらと揺れる何かを見つけて、ルゥが未夢の手を抜け出した。
「あっ、ちょっと、ルゥくんっ! 勝手に入っちゃ…! ……何だろ、地図?」
机に広げられていたのは、住宅地図。廊下からの僅かな風にパラパラとめくられて、元のページがわからなくなってしまっていた。
「まんま、まんまぁっ」
膝をついて地図を覗き込む未夢のスカートの裾が、ルゥに引かれた。示す部屋の角には、小さな風呂敷包み。ついさっき押し入れから出したようで、周囲には段ボールやら木箱やらが乱雑に置いてあった。
「彷徨、何か探してたのかな……?」
ルゥの気になった包みを、手に取ろうとして。突然、手元が暗くなる。
未夢の上におりた、大きな影。

「何やってんだよっ」
「…わぁっ! ご、ごめん…」
彷徨が近付いてきたのに、全く気がつかなかった。
「ワンニャーが、朝飯できたって」
「ぱんぱぁっ!」
「ルゥ、おはよう。 ほら、いくぞっ」
抱き付いたルゥを片腕に抱えて、すでに部屋を出ようとしている彷徨が振り返る。
「あ、うんっ」

「…ねぇ、何探してたの?」
「おまえが見てた包み。 檀家さんの大事な預かり物らしくてさ、急に必要になったから、届けに行けって」
「ふぅん……?」
「朝飯食べたら出掛けるから、ルゥのこと頼むなー」
廊下を先に進む彷徨が、前を向いたまま、後ろの未夢に向かって話す。
「…あっ!」
「なに?」
背後でポンっと手を打って立ち止まった未夢。台所の戸の前で、彷徨も足を止めて未夢に目を向けた。
「今朝の電話、おじさまだったの!?」
「ああ、おかげで土曜なのに6時に起こされて、それからさっきまでずっと探しモノだぜ? 勘弁してほしいよなー」
軽いため息をつきながら、台所の暖簾をくぐる。食卓に並んだ純和風の朝食が、ワンニャーと共に待っていた。




こんにちは。いつもご覧いただきましてありがとうございます。
前作、“鈍色の空”で年内書き納めの予定だったのですが、書かないことにストレスがたまってきたので(笑)
予告通りに新作を投じます(^^;

今回はリクエスト作品。戴いたお題は、読み進めるにつれてきっと明らかになっていくと思います。
戴いた方には感謝と共に、遅くなってしまったことをお詫び申し上げますm(_ _)m
改めて、最終話にきちんと発表させて戴きますね♪

これを完結させて、今度こそ書き納めです。お楽しみ戴けると幸いです。

メリークリスマス♪ 杏


 →(n)


[戻る(r)]