君さえいれば

プログラム1番 晴天

作:

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秋晴れ。早朝の花火。…とくれば。

そう、今日は体育祭。



「暑い〜」
「焼けちゃうぅ〜」
100メートル走を終えて、共に微妙な順位で団席に戻ってきた未夢と綾は、早々にテントに避難して水分補給。
「ビリじゃないだけいいよね〜」
「だよね、だよね〜」
なんてぬるーい会話を突っ込むはずのななみは、この後の800メートル走。すでに集合場所だ。

3年生の100メートル走が行われているコースの脇は、各団の鉢巻を巻いた生徒たちで埋め尽くされていて、あちこちからの声援と、大きな掛け声。
「頑張るなぁ…」
決して冷めた目で見ているとか、応援したくない訳ではないけれど、午前中からこの暑さ。どうにもテンションが上がらない。

9月の半ば。朝晩は涼しくなったけれど、日中はまだまだ暑い。今日も30度を越えるかもと、朝の天気予報が言っていた。


各学年8クラスずつある四中は、1、5組を赤、2、6組を白とクラス単位で団を分ける。以下、青、緑の四団。
応援団の中心は3年生だが、彼らの招集、競技中にそれを担うのが2年生の中から決められる学年団長と、応援隊長。
未夢たちの赤団は、当然のように指名を受けた彷徨が団長。そして、その彷徨と春の球技大会で絶妙なコンビネーションを見せた三太が、応援隊長に抜擢された。
3年の半数がいない今、赤団を取り仕切って声を張り上げている二人。テントからはその姿は見えない。

「やけたよね〜…」
「西遠寺くん?」
「うん…。 普段は本の虫だからさぁ、夏休みもそんなにやけてなかったんだけど、後半の、応援団の練習始まってから、一気だったよね〜」
「ますますカッコよくなったーってファンの子たちが言ってたしね〜」
ちらほらと、生徒たちがお茶を飲みにやってきては、戻っていく。一瞬だけ、彷徨の後姿が見えた。
「ふぅん…」
「彼女ができても人気が衰えない!ってのがすごいよね〜」
「うん…」

だんだん、生返事。
「未夢ちゃん、見とれてる?」
綾に言われて我に返った。
「えっ、な、なに言ってるのぉ、綾ちゃんってば! ちょっと、か、考え事?」
「うそだぁ〜今のは絶対見とれてた!」
「もぉ…っ。 あっ、ほら、100メートル終わった! 次、ななみちゃんの800だよ! 応援、おーえんー!」
誤魔化しながら、綾の手をひいて生徒たちの合間をぬって前に出る。



『『フレー! フレー! あ――か――だ――ん!!』』

みんなより長い鉢巻をつけて、応援の指揮を執る彷徨と三太。腕をピンと伸ばして、目線は空の向こう。
三太までカッコよく見えてしまうのはきっと、体育祭マジック。
息はピッタリ、この二人に「せーの」の掛け声は要らない。その分、赤団の応援はハイペース。
やけにみんながお茶を飲みに来た気がしたのはこのせいかと、綾は納得。

競技の合間、二人が一息ついて振り返った一瞬、彷徨が未夢に目を合わせた。
サボってないで参加しろ、と言われた気がして、ごめん、と小さく舌を出して返事をする。


「位置について――……」
パンっと鳴った軽いピストルの合図と共に、一斉に走り出す。女子800メートル走が始まった。
「「ななみちゃーん! 頑張れ――!」」

『『いけいけ! 赤団!』』
「「いけいけ、あかだん!」」

『『頑張れ! 赤団!』』
「「がんばれ、あかだん!」」

トラック4周は、見ている方にも長い。
初っ端からハイペースな応援をしていた男子たちは、彷徨と三太を除き、すでにテンション下降気味。

『『おせおせ! 沢田!』』
「「おせおせ、さわだ!」」

『『ファイトだ! 天地!』』
「「ファイトだ! てんちィ!!」」

「すごい、先頭集団にいるよぉ!」
「さすがななみちゃん!」
きゃあきゃあと熱が入るのは、未夢たち女子が中心。声援が、さっきよりワントーン高い。

「あ、未夢ちゃん!」
綾が隣で体操着の袖を引っ張る。指差す方を見ると、彷徨たちと戻ってきた3年生が交代。
「…ちょ、ちょっとごめんね」
「うん、行ってらっしゃい」


人の群れを抜けて、キョロキョロと彷徨たちを探す。みんな同じ格好、でも長い尻尾の後ろ姿はすぐに見つかった。
「彷徨! 三太くん!」


「…頑張ってね」
朝、最後の練習と準備のために先に家を出た彷徨と、今日初めての会話。
「おう、任せとけ」
「光月さんと小西さんの分も、稼いでくるさぁ!」
「あはは…、お願いしまーす」
自分たちの微妙な走りもしっかり見られていたらしい。
「コケなかっただけ、頑張ったんじゃね?」
「どぉゆー意味よぉ…」
「光月さんにケガでもされたら、彷徨のあとの競技にぜんっぶ響いてくるもんなぁ!」
「さ、三太くん…っ」
ニヤニヤと二人をからかう三太。真っ赤になる未夢から、ついっと彷徨は視線を外す。
「…行ってくる」
「あっ、うん、行ってらっしゃい!」
わたわたと慌てながらも、笑顔で見送った。


「新婚夫婦の朝のひととき…」
「クっ、クリスちゃん!」

「晴れて恋人同士になったふたり…ひとつ屋根の下ならもう夫婦も同然…。
 行ってくる、行ってらっしゃいなんて、夫の出勤を見送る新妻みたいな未夢ちゃん…。
 体育祭でまで見せつけてくれちゃって…このあと、200メートルでダントツの1位でテープを切った彷徨くん、
 『未夢、おまえの分まで頑張ったよ、ご褒美は?』『やだ、彷徨ったらぁ。こんなところで?』『そう、今ここで。周りなんて関係ないさ』『もぉ…じゃ、じゃあ…』
 あま〜い新婚夫婦はところ構わずご褒美のキスを交わして、そのまま体育祭なんて抜け出してふたりきりの屋上でイチャイチャいちゃいちゃ……」


雲ひとつない快晴の空。
未夢とクリスの周辺半径2メートル程だけ、一時的に大荒れの模様。



ご覧いただきありがとうございます。杏でございます。

季節ネタをぽいっと投入。体育祭。
自分のはとおーい昔なんで、記憶が…(><;

こちらも戴いたお題があるのですが、まだそれには到達しないので、伏せておきます。
初の恋人設定。うまく、甘めの二人が描ければいいのですが。

次回もよろしくお願いします。

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