作:杏
「お、珍しくお経あげてる…」
石段を中ほどまで上ったところで、聞こえてきた宝晶のお経。
「こんなたまーにのお務めで、仏様も怒んないもんかなぁ…」
煩い程の蝉の声に混ざるそれを聴きながら残りを上り切って、母屋へ真っ直ぐ。
「ただいま―――」
本堂で読経をしている宝晶には聞こえていない。誰もいなくても、必ず口にするようになったのは、賑やかだった頃の名残り。
「…エアメール? 未夢か」
裏を返せば、見覚えのある丸い字。文字を追いながら自室に向かった。
やっほー彷徨! 元気?
わたしは今、家族3人でフロリダに来ていまーす!
と言っても、パパもママも毎日仕事でタイクツ…(> <。)
こんなんだったら西遠寺さんに預けてくれればよかったのになぁ〜(笑)
「…もう1枚? …いくつ送ってきたんだよ」
重なった2枚目のハガキに、気付くのが遅れた。
呆れたように言うけれど、口元が緩んでしまう。誰も見ていないのに、指先で隠す。
プルルルル… プルルルル…
「――はい、西遠寺です」
居間の電話に呼ばれて、そのまま自室の机に置き去り。
せっかくの未夢からの便り。もーちょっと気ィ遣ってかけてこいよ、なんて思ったのだけど。
『あ、彷徨…?』
「…未夢? 帰ってきてたのか」
ハガキよりも電話。文字よりも、声。
受話器から聞こえる懐かしい声に、さっきより胸が躍る。
『うん。 …あれ? なんで日本にいるってわかったの?』
「タイムラグがないからな。 音質もいいし」
『あはは、そっかぁ〜! エアメール、届いた?』
「ああ、今帰って来て、読んだとこ。 どーせひとりで外に出れなかったんだろー? せっかくフロリダ行ったのに、勿体ねーなぁ」
『だ、だって……。 あっ、そ、それより彷徨! 今度の土曜って空いてる?』
「土曜? たぶん学校にいると思うけど」
『生徒会の仕事? 夜は? オマチ川で最後の花火大会あるでしょ? ななみちゃんたちと行くんだけど、彷徨も一緒に行かない?』
「あぁ、花火大会かー…いいよ、俺は。 天地たちとも久し振りに会うんだろ?」
『うん、そっか……』
し―――ん……
(き、気まずい…あぁ、だから電話って…)
(……今まで何をどーやって話してたんだよ、俺…)
「…な、なぁ、花火って、終わるの10時過ぎじゃなかったか? 終電、間に合うのか?」
『えっ、あ、うん、そう! それでね、電車間に合わないから、泊めてもらえないかなって……』
頭の回転の速さの差だろうか、先に話題を見つけたのは彷徨。沈黙が途切れたことにほっとして、そうだったと未夢も言葉を返す。
「ふっ…はははっ! おまえ、それが目的で電話してんじゃねーの? 早く言えよなぁー」
『あ、ごめん…。 もしかしてもう予定ある…?』
「いや、何もないよ。 オヤジにも伝えとく。
まぁ未夢が来るって言っても特別に何かすることはないだろーけどさ。 夏休みだし、ゆっくりしてけよ」
『うん、お世話になります。 …久しぶりだね、会うの』
「そーだなぁ…前に会ったの、ゴールデンウィークだっけか?」
みんなで、だったけど。
いつものメンバーで、モモンランド。
この約束を取り付けるにも、ななみと綾が奔走して、チケットがたくさん手に入ったからー…なんて。
互いに、自分で誘えなかったことに、大きなため息をついた。慌ただしい中で数えるほどの会話を交わしたことに、異常に喜んだ。
未来と優に、夏休みはフロリダで、なんて言われて。喜んで見せたけど、心は複雑で。
誰もいないフロリダの家で、浮かぶのは平尾町の友人の…いや、彷徨のことばかり。
そんな折に誘われた花火大会。これが夏休み最後のチャンスだと、ななみと綾に言いくるめられて。
いざ電話に向かえば、時差ボケも疲れも、吹き飛んだ。
記憶していた電話番号は、未夢の自宅からだと桁が増える。
市外局番。その分、離れた距離を感じてしまって、電話から遠ざかっていた。
いくつか押しては終話ボタン、を繰り返し、繰り返し。
彷徨の声を聞くまでに、何時間かかっただろう。
一方、彷徨も。一度もかけたことのない電話番号は記憶済み。
ゴールデンウィークは未夢の親友たちのお節介に乗じたけれど、夏休みは自分で誘おうと。そう考えながら、動けないまま期末テストを終えた。
夏休み直前の教室で、ななみがわざと大きな声で言った。未夢は夏休みフロリダで過ごすんだってーと。
それを聞いたとき、会えないことに落胆し、自分には連絡がないことに、身勝手にも苛立ちを覚えた。そして…若干の安堵。
あのときの理不尽で自分勝手な心の動きを、その何とも表現できない気持ち悪さを、彷徨は忘れられずにいた。
夏休みが終われば、本格的に受験勉強に向かわざるを得ない。未夢の学校はエスカレーター式だけど。
その前に、短い時間でもいいから。
未夢がフロリダから帰った頃を見計らって、今度こそ電話をかけて、約束を取り付けようと思っていた。
なのにまた、出遅れてしまった。
(ラプンツェル……)
文化祭の演劇部の演目らしい。
夏休み前から、綾がせっせとななみと衣装を作っていた。
「未夢ちゃんが居てくれたら、絶対主役やってもらいたいんだけどなぁ〜」ってボヤいてたから、彷徨は図書室でうろ覚えのラプンツェルを探した。
高い塔の上で、長い髪を垂らして、やってくる王子様をただ待つだけのラプンツェル。
本を読んだ時は未夢を重ねたのに、今、その少女は自分自身。
「冗談じゃねー…」
こんにちは、杏です。
新作は戴いたお題で。このシリーズは長編になります。合間に短編を書いて、リフレッシュしながらのんびりと臨もうと思います。
のんしゃんより、「アニメ設定の遠距離の話」。
のんしゃん、ありがとうございます(*^-^*)
これを戴いたときから、アニメをガンガン観直してます。じゃないと上手く書けないのです。。
キャラクターのセリフ、仕草、表情。お話そっちのけで、必要なとこだけに注目してひたすら流し観。
“アニメのふたり”が描けるように頑張ります。
よろしくお願いします。