前編

作:あかり

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残暑が厳しいとニュースが伝えたのはほんの数日前だ。
それなのに、今日はもう半袖では随分肌寒く感じるようになってしまった。
急な変化に小さな体は驚いたのか、今日の朝から何回か響いている「くしゅん」の声はルゥからだ。何をしていても、そちらのほうが気になってそのたびにその方を見てしまう。
宇宙人であるルゥを病院に連れて行くなんて事はできないから、ワンニャーは少し緊張しているみたいだ。だから、俺と同じか少し早いくらいにルゥのことを見ている気がする。
いつもは「有能な私にお任せください。」なんて言いいながらとぼけたことをしていることが多いのに。

今回の事だって、ほんの数日前、肌寒くなってきましたとニュースが伝えたのをきいてその日のうちにしっかり衣替えを済ませてしまっていたのだ。「今日から少し寒くなりましたからね。ルゥちゃまの暖かいお洋服を準備したんですよ。今日のうちに入れ替えも済ませてしまいました。えっへん。私、有能ですから。彷徨さんや未夢さんの制服も一緒に出しておきましたけど、他のものも早めに済ませてくださいね。」なんていっていた。準備してたおかげで、今はくしゃみをしてはいるけれど、ルゥは寒い思いをしていない。あの時は、えらく気が早いなと思ったのだけど、きちんと体調管理のことを考えてのことだったんだと今なら分かる。
やっぱり、なんだかんだ言って自分とは違う大人なんだと思うのはそれに気づいた瞬間だ。自分の力不足を思い知らされる。

地球なんていう慣れない環境の中で、空回りすることが多いけれど、人様の子供を赤ん坊を預かることを任される責任ある立場にあったから責任感はすごく強い。俺だってもちろん皆を預かっている立場なのだから、このうちにいる間は皆にもしものことがあったらいけないと思っている。親父がいない今、この家主は俺なんだから。でも、やっぱりどこか足りていないんだ。何かが起こったときに何とか今まで乗り切れてはきたけれど、あれはたまたま運がよかったからだ。それに、そこにはワンニャーの知恵だったり経験値だったりが大きな力になることが多かった気がする。そう、見守るだけでなくて何かあったときにはどう対応したらいいのかきちんと知っているんだ。
まあいつも、いつでもそんな冷静な対応ができるわけじゃないことは残念だけど。でも、急に父の役割を任された俺とはぜんぜん違う。ルゥにとっては、俺も未夢も父や母のように見えるのかもしれない。それでも、やっぱりたった14年しか生きていない中学生だって言うことは紛れもない事実だ。不足の事態に対応するには、限度があるんだ・・・。


「あ、ルゥ君これ着よう?あったかいよー。」
「はぁい。」
二人の声にはっとした。いつもならぜんぜん思いもしないようなことをずっと考えていた気がする。声のほうを振り向いてみたらルゥはきちんと長袖を着ていた。それでもやっぱりくしゃみをするものだから未夢はもう1枚上着を着せることにしたらしい。フードをつけたポンチョを「似合うねー。」なんていってニコニコしながら着せてた。たぶん、未夢の好みで買ってきたのだろうそれは、背中に白い羽が2枚ついていてフワフワ浮かんでいるルゥに似合っていると言えなくも無い。
なんとなく、ぼーっとルゥを見ていると、視線に気がついたのか、ルゥがこちらにもフワフワと近づいてきた。「あれ?ルゥ君、どこにいくの?ああ、彷徨のところかぁ。昨日、たかいたかいしてもらってすごく喜んでたもんねぇ。今日もしてもらいたいのかな?」なんて未夢が言っている。おいでと手を伸ばすと小さくてあったかい体がふわっと腕の中に納まった。
「たかいたかいがしてほしいのか?ルゥ?」
未夢の言葉を真に受けたわけではないけれど、そうたずねるときゃっきゃと笑うからそれっといいながらルゥを天井の方へあげてみた。
満面の笑みを浮かべるルゥの顔になんだかほっとする。自分が小さいときもたぶん親父にしてもらっていたそれをするときのルゥの顔をみると自分もこんなだったんだろうか?と不思議に思う。未夢だったら満面の笑みで喜んだんだろうと小さな頃もなんとなく想像できるけど。
フワフワ浮かぶことができるルゥはたぶん地球の赤ちゃんよりも軽い。でも、なんだか昨日よりも少し重く感じるそれにちょっと違和感は覚えたけれどすぐに忘れてしまった。
それに抱えあげるときに感じた肩や肘に感じたピリッとした動かしにくさも。そんなに強くは感じなかったから。


体調を崩したことなんて久しぶりすぎて、忘れていたんだ。
体の些細な変化を見逃してはいけないんだってこと。


「彷徨、そろそろルゥ君が目を回しちゃいそうだよ。」
手をさし伸ばしてそういう言葉で高い高いをしながらくるくる回っていた動作をとめてみた。ルゥは結構喜んでるみたいで目を回しそうには見えなかったけれど、自分のほうが少しふらふらしている気もしたから素直に差し出したら、未夢の腕の中にスポッと納まった。
ニコニコしているルゥを「おやつもらっておいで」なんて言ってワンニャーに渡したかと思ったら、未夢は突然手を顔のほうに近づけながら「ね、彷徨おでこみせて」とにじり寄ってきた。なんだか恥ずかしいな、なんて思ってよけていると強引にひんやりした手が触れてきた。ちょうどいい冷たさで、なんだか気持ちいななんて思ってそのまま声にだしてしまって口に出した後、頬に熱が集まるのが分かった。「彷徨、何言ってるの。絶対熱があるよ。測って。」と強引に体温計を渡されてしまった。自分の体が熱があるなんて思いもしなかった。たぶん、頬が赤くなったのを見られたんだろうと思って結構気まずくなって「いらない」といって机に放っておいたら、腰に手を当ててすごい勢いで怒りだしたからちょっと驚いた。なんでそんなにむきになるんだろうって。
「彷徨、なんでテーブルに置いちゃうの?測ってって言ってるのに。」
「彷徨、自分じゃ分かってないかもしれないけど、いつと様子が違うんだよ。」
「何で分かってくれないの?・・・いいもん、ワンニャーに言っちゃうから。」
最後にはそういって、ワンニャーまでつれてきた。
ワンニャーはあわてた様子で、それでも「彷徨さん、もしお熱があってルゥちゃまにも風邪がうつったら大変なので万が一のために測ってください。」なんて必死に言うから、しょうがなく測ったんだ。
『ピピッ』
体温計特有の高い音が鳴って、みてみると表示は38.9℃。まさかと思って見直してみたけれどやっぱりその数字は変わらなくて、もう一度測ってみたけれどやっぱりその数は変わらなかった。
「38.9℃!そんなに高いのになんで自分じゃ気づかないの!!あんなにいつもいろんなことに気が回るのに!!」
今度も、やっぱりなんでか腰に手をあててそんな風に口早に言ったかと思うと、手を引いて部屋まで連れて行ってくれた。熱を見てしまったら、なんだか体調が悪いことを自覚してしまったみたいでそこからは少しフィルターがついたようにしか覚えていないけど、「早く薬飲んで。」なんていって水と薬を渡してくれたり、風邪がうつらないようにって思って言った俺からは離れていろって言葉には「風邪ひいてる人がなに言ってるの。」なんていってずっと付き添ってくれたように思う。
風邪がうつったら大変じゃないかと思う気持ちもあった。
でも、本当はついていてくれたことすごく、すごく嬉しかった。
体調が悪くなったことなんて数えるほどしかないけれど、体調が悪いことに気がつくのはいつも家族じゃない誰かだった。それに家に帰っても、タイミング悪く檀家の家に親父が行って家を空けているときが多かった。親父は帰ってきて「すまんかったのう。」といって心配してくれてもちろんそれはちゃんと嬉しかった。
だけど、やっぱり一番きついときに誰にも一緒にいてもらえないのはきつかった。
心が冷えるって言うのはあのときのことだと思う。

でも、だからといって、そのときしかない人生の大切な瞬間に立ち会っているだろう親父を家に呼び戻すなんてことできなかった。
母の命日をどんなに父が大切にしているか知っていたから。

だから、冷たい布団の中で小さく、小さく丸まって、早く時間が過ぎるのを待ってた。柱時計の進む音だけがやけに大きく聞こえる家の中、いつも以上に静かな家がどんどん布団の熱を奪っていくように思えて。ただひたすら、父が帰ってくる時間になることだけを願っていた。
今も、カチカチと時計の音だけが大きく響いてて、14歳になって成長期が来たはずのでかくなったはずの身長は小さかったころと同じ背丈になっていた。
やけに大きな冷たい布団、知っているはずなのに見覚えがない気がする大きな家。
周りの様子を見て分かった、これは何度も見た嫌な夢だって。
そう、さめるまでいつもやけに時間がかかったように思ってしまう嫌な夢。
これは夢だ、これは夢、これは・・・。



「今日は、私がちゃんとついてるからね。安心して休んでいいよ。」



ふと聞こえた暖かい声。小さいころの夢、時々みる目が覚めたときにひどく心が冷える夢から目が覚める。いつもはすごく時間がかかる、起きたときも冷汗をぐっしょりかいて嫌な気分で目が覚める夢。
遠くから聞こえてくる優しい声が嫌な夢を終わらせてくれたみたいだ。
夢が終わって、今は目が覚めてるはずなのにフィルターがついたようにボーっとしている。
それに、いつもはひどく冷えた体で目が覚めるのに、今日はそうじゃない。
声を聞いた耳から少しずつ暖かな熱が広がってなんだかぽかぽかしてる気がする。
さっきの声はいったい誰の声なのか分からない。多分、この傍にいまいてくれている人からなんだろうと思うのに、その人は暖かな光に包まれてて顔が見えない。
声だけではいつも聞いている未夢のようで、でも遠い昔にきいた母のようで、
どちらの声かは分からない。
けれど、その人の手が少し離れたところにあることがなんだか寂しくて近くにいてほしくて手を伸ばしてみた。直接ふれてしまったら今見ている夢が覚めてしまいそうだったから袖の端っこをさわってその感触に優しい声を出してくれる誰かがすぐ傍にいるんだと分かって安心した。
「ありがとう」夢の中のせいか声が出たのかは分からなかったけど、傍にいてくれることが嬉しかったからそういったら、その人はもうひとつの手で額をなでてくれたから、すごくほっとしてまた吸い込まれるように目を閉じた。





夢の中、今度はずっと暖かい光に包まれていて、安心して休める場所を見つけられた気がした。















彷徨君からみた未夢ちゃんが、寒い冬の中で暖めてくれる焚き火のようなあったかな光だったり、真っ暗な中にともされたろうそくみたいなほっとする光だったらいいなあと思います。

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