作:あかり
淡いピンクや黄色の花たちは2日間、居間でみんなを穏やかな気持ちにさせてくれた。
3日目からは水を替えてもくったりしてしまって、頑張ってはくれたのだれど、やっぱり4日目には限界がきてしまって、くにゃりと元気なくしおれてしまった。
ルゥ君はしおれてしまった花たちをみて、ずっと泣いていた。お花さん、眠らせてあげようって何回も言ったけど、嫌だと突っぱねて途方にくれてしまった。彷徨も最初は私と一緒に「眠らせてやろうな」なんていっていたのに、途中から放心したようになってしまって、そのいつもと違う様子にどうしていいか分からなくなってしまった。
「やぁーっ」
抱っこをしていた私の腕から飛び出して、彷徨のほうに抱きついたルゥ君。呆然としていた彷徨は、その衝撃ではっとしたみたいだった。
私とルゥ君とワンニャーをかわるがわる見て、飛び込んできたルゥ君を抱きなおした。飛び出したルゥ君が怪我をしなかったことにほっとしたら、今までぼーっとしていた彷徨に腹が立ってきた。
文句を言おうと思って、彷徨の顔をみたら、すごく青ざめていて。言おうとしていた言葉を飲み込んだ。
私が「大丈夫?」って口を開きかけたとき、彷徨はぽんぽんってルゥ君の背中を叩いてあやしながらつぶやくように言葉を紡ぎだした。
「ルゥ、よく見てごらん。このお花はもう元気がないだろう?精一杯力を振り絞ってきれいな花を咲かせて、俺たちに見せて喜ばせてくれたからもう生きる元気がなくなってしまったんだ。お水をあげたからっていってもう元気になることはないんだ。それなのに、こんなふうに外に放って置くのはかわいそうだろ。ちゃんと供養をしてやらないとだめだ。じゃないと、うちにきてくれたこの花がかわいそうだ。それに、ルゥがそんなに泣いていたら、この花もすごく悲しむ。ありがとうって笑って送ってやるんだ。」
ルゥ君にそんな難しいことをゆっくりと話す彷徨におどろいた。
ルゥ君は確かに賢いとは思うけど、そこまで理解はしてくれないだろうと思うのに、ゆっくり話す彷徨に根負けしたのか、まだ泣いてはいたけれど、大泣きはやんで、ちゃんと木箱に入れて土に埋めさせてくれた。しばらく機嫌は悪かったけど、私が話したときみたいには大暴れはしなかった。
しばらくして、泣き疲れたルゥ君を部屋にワンニャーが戻した後二人きりになって、なんて声をかけたらいいのか分からなかった。
はじめて西遠寺にきたとき以来のすごく気まずい沈黙に、なんて言って良いか分からなくなってた。
「あのさ、なんとなく、ほんとにぼんやりとしかもう覚えていないけど思い出したんだ。」
沈黙を破ったのは、さっきと同じようにつぶやくような彷徨の声だった。
「何を?」
いつものように返そうとした返事は失敗して声がかすれた。
「たぶん、母さんが亡くなってから何日かしたときのこと。未夢のお母さんがうちに来てくれて、母さんがいなくなったこと、受け止められなくてずっと泣いてた。親父もずっと泣いてて、家は時間が止まってた。でも、未夢のお母さんがきてくれて、始めはただ抱きしめてくれてたんだけど、ゆっくり言い聞かせるように未夢が話してくれた物語をしてくれたんだ。俺の母さんもいつもニコニコ楽しそうだったでしょって、頑張ったんだよって。それから、笑顔を忘れちゃ駄目だって。お別れは悲しいけど、頑張って生きたお母さんのことを悲しい気持ちだけで見送らないでほしいって。俺や親父に会えたことをすごく喜んでいた母さんのことを悲しい気持ちだけでみないで楽しいことをたくさん覚えていてほしいってそんなこと言ってた。俺は、小さかったしよく分からなかったけど俺に会えて母さんが喜んでくれていたって聞いて悲しい気持ちも確かにまだあったんだけど嬉しい気持ちも少しできて・・・なんていっていいか分からないけど、少しほっとしたんだ。今まで忘れてたのにな。なんか、ルゥが泣いてるの見て思い出した。」
「そっか。」
「あぁ。もう10年くらい前の話だし、母さんのこといなくて寂しいと思わなかったわけじゃないけど、でも、いなくても大丈夫になってて。今更、思い出してこんなに動揺するなんて思ってもみなかった。・・・なんでだろうな。なんで、この気持ちを忘れちゃったんだろうな。」
つぶやくように出てきた声はいつもの彷徨の声とは全然違っていて、それがなんだかすごく悲しくて口からどんどん言葉があふれてきた。
「彷徨のお母さんは、忘れちゃってたなんて思ってないよ。きっと。それに、大丈夫だったってことはちゃんとその分、元気に過ごせてたってことでしょ。寂しいって思わなかったわけじゃなかったんなら、忘れてたなんてわけじゃないよ。ちゃんと、彷徨の心の奥にはお母さんを大事に思ってる気持ちがあったんだよ。」
私のだす言葉たちを聞いている彷徨の表情が、少しずつ緩んできて、私が一気に話し終えたときにため息のようにふぅって一息ついた。
「そっか。・・・そうだといいな。」
「そうだよ。」
「・・・ありがとな。なんか、似てるな。未夢と未夢の母さん。」
「そうかな?」
「あぁ。似てるよ。」
そう言って、やわらかく笑って、硬く握っていた手を緩めた彷徨をみて、私もなんだかほっとした。もう表情は青ざめてなんかいなかったから。
それから、一緒に彷徨のお母さんのお部屋に行って、お線香をあげて手を合わせていたら、ふわっと暖かな風が肩をひとなでしていった。