作:流那
あいつと成り行きで迎えてしまった夜。そして朝。
私は心の中で呪文のようにそう繰り返す。
こんなに悔しくて、くすぐったい朝は初めてだった。
”あいつはどう思ったんだろう。”
そんなことばかりが気になってしまう。
私が本当に欲しい果実は?
そして、あいつが本当に欲しい果実は?
私が欲しい果実は、『彼』だったはずなのに。
私は苦い果実より、甘い果実が好きなのに。
今はこんなにあいつが気になってしまう。
私は苦い果実が好きだったのか・・。
* * *
可憐は、悲しい夜から一変して温かい朝を迎えたような心地がしていた。
そして、あの冷たい涙を溶かしてくれたのは昨日の夜、
今日の朝に他ならなかった。
それはまだ恋とは違うのかもしれない。
しかし、あの夜の絶望的な感情が可憐の心の中で
少しずつ何か別の感情に変わりつつあるのは確実であった。
-朝帰り
朝帰りは慣れているはずなのに、可憐にとって、
今日はいつにも増して照れ臭い朝だった。
と同時に今までは決して感じる事の無かった後ろめたに襲われた。
(私が美童と・・・・。どうして??
あいつとなんてこんな形で寝たくなかったのに。)
いつのまにかあいつの笑顔ばかりが目に浮かんでしまう。激しく意識する。
(こんな気持ち・・玲人にも感じなかったのに)
可憐は心の中で、そう呟いていた。
可憐は”この感情”が何なのか、自分でも分からなかった。それは今まで”甘い果実の男”と付き合ってきた証拠なのかもしれない。可憐はそう思っていた。自分を愛してくれて当たり前の男。甘い言葉をささやく男。だけど、自分にとってはただの男でしかない。自分を暖かく包んでくれるだけの、ただの年上の男。だけど玲人は違った。玲人は愛されるだけの男ではなかった。可憐自身もまた、彼に夢中になった。初めて嫉妬という気持ちが沸いてきた。
(だけど美童は??? 私にとって美童は??)
可憐は自分の心に問い掛ける。
可憐にとって美童は、今まで付き合ってきた男とは違うということは確かだった。確かに女には優しいが、すべての美しい女に優しいのだ。だからもし男と女の関係になったとしても、自分だけを見てくれるとは限らない。そう、そんなこととっくの昔に分かってる。
(美童って、私にとっては苦い果実だったのね。)
可憐はこう呟くと、思わずくすっと笑ってしまった。可憐は、自分にとって思い通りにならない男は美童が初めてだった。そう、思い通りにならない。だから意識してしまう。そして、面と向かって想いとは裏腹の気持ちをぶつけてしまう。悔しいから。自分を女と見ないなんて悔しいから。
(私、やっぱり美童を? でも玲人さんは?私にとって玲人さんは)
可憐は心の中で、呪文のように呟いていた。
* * *
『何だか今日は学校に行きたくない』
可憐は、とても今の気持ちで元気に登校するという気にはなれなかった。
母・Y子の顔も見たくなかった。
可憐は新しい服に着替えると、携帯を手に取った。
携帯の画面には親友の名前が映し出されていた。
「可憐、どうしたんだよ。お前から呼び出すなんて珍しいじゃん。」
悠理が自分の家の車から出てくるなりはしゃいだような口調で叫んだ。と同時に、可憐にいつもの元気が無いのに初めて気がついた。さっきの電話ではそんな様子見せなかったのに。そう思っていると、可憐が悠理の胸に顔を埋めた。
「ど・・どうしたんだよ。」
可憐は本当に綺麗で色香がある。いくら自分が同じ女だと言っても、こんな綺麗な女に顔を自分の胸に埋められたらさすがの悠理も戸惑ってしまう。
「ごめん。私の気持ち、今のアンタなら分かると思って。」
そう一言呟くと、悠理の胸が涙で塗れ始めた。
悠理は、しばらく落ち着くのを待つことにした。
悠理にとって、姉みたいな存在だった女が、
今自分の胸で泣いているということに、
疑問符と戸惑いを隠せなかった。
そして、こんな風に可憐を泣かせた男が許せなかった。
と同時に別の感情が起こった。可憐は自分より、ずっと女だ。
自分の気持ちを素直にぶつけることの出来る女だ。
自分なんかよりずっと。
だから、”あいつ”が意識しない方がおかしい。
悠理は可憐に初めて女としての嫉妬を覚えた。
しばらくして、可憐が少し落ち着くような様子を見せたので、
車の後ろの席に乗せることにした。悠理も隣に座った。
リムジンとまではいかないが、黒い大きな車である。
−ゴー
車は大通りを走り、剣菱邸に向かっている。可憐は、車の中で、一言もしゃべらなかった。いや、しゃべれなかったのかもしれない。悠理は、あの日の美童と可憐の姿が脳裏によぎった。そして、美童と何かあったのだろうか?そう考えていた。
車はあっという間に剣菱邸宅の大きな門の前に到着した。
悠理は可憐の手を掴むと、車を降りた。可憐もそれに続く。
「あたい。今帰ったぞ。」
悠理の声とともに、邸宅の門が自動で開いた。とにかく、可憐の話を聞こうと、屋敷の奥にある自分の部屋に連れて行くことにした。何か五代が言っているようだが、悠理は一つのことに夢中になってしまうと、五代の話など耳に入らなかった。普段なら、その話を可憐が代弁してやるのだが、今の可憐にそんな気力は無かった。
悠理は自室の扉を開いた。メイドがいつも掃除しているからか、とても綺麗だった。中央にテーブルとソファが2つあり、カーテンはやベットは、明らかに百合子の趣味であるフリルの世界であった。そして、あちらこちらに機械や何やらがちらばっているのが見える。
机の上には悠理には珍しく、ノートパソコンが載せられていた。机の上にあるコルクの壁に写真が飾られている。そこにはメンバーの6人が笑っている写真もちらほら見受けられる。可憐はそんな中でも美童の笑顔を眼で追ってしまっていた。そして、一つの倒されている写真立てが眼に付いた。可憐はこの写真に何故だか無償に興味が沸いたが、今日は自分のことを話に来たのだと思い、その好奇心を抑えた。
(ふ〜ん。これはみんな”あいつ”の影響か。ナルホドね。)
可憐は心の中でそう呟いていた。しばらくして、私服に着替えた悠理が部屋に戻ってきた。可憐はというと、部屋にあるソファに座って悠理が戻ってくるのを待っているところだった。その間にメイドがコーヒーとケーキーを運んできた。
「可憐、大丈夫か?」
悠理は心配そうに可憐の顔を覗き込みつつ、可憐の向かいのソファに座った。
「何とか。でもさぁ、アンタにこんな醜態見せたの、初めてよね。」
「うん、あたいも初めて見た。」
悠理は納得したようにうなずいた。
「でもさぁ、なんであたいなわけ?野梨子でも、美童でも良かったじゃん。」
”美童”という単語に可憐の表情が曇ったのを悠理は見逃さなかった。悠理はやっぱり・・と心の中で自分を納得させていた。
「今、私の気持ちが分かるのは、アンタだけかもしれないしね。」
「・・・・それ、さっきも言ったな。」
「そうね。」
2人はしばらく黙ってしまった。アンティークの置き時計の針の音が無償に大きく聞こえている。2人のケーキは未だに手をつけられていない。いつもの悠理なら夢中になってパクついているはずなのに・・・。
「・・・可憐、あのさ・・・もしかして・・・
美童と・・その・・何かあったのか?」
可憐は驚いたように悠理の顔を見た。
「・・・・まあね。」
「この間、偶然2人でいるのを見かけたからさ、どうしたのかな?と思って。美童と可憐ってシュチュエーションも珍しかったし、それであたいたち、どうしたのかな?と思ったわけ。」
「あたいたち?」
可憐は少しからかうような言い方をした。
「えっ?・・・あっ、ほら魅録。あいつも偶然いたからさ。」
(やっぱり何だか妹みたい。)
可憐は慌てる悠理が可愛くて仕方が無かった。
そんな悠理を見ながら、可憐の心は少しずつ、
いつもの安定を取り戻しつつある状態だった。
「私はアンタがうらやましいな。」
「・・・・何だよ急に。」
悠理は核心を突かれたような気がして、
胸をドキッとさせながら答えた。
よくよく見ると、悠理の顔が真っ赤になっている。
そんな顔さえも、可憐にとっては可愛くて仕方なかった。
「こんなにも自分の気持ちに素直にいられるじゃない。
私には出来ないから。」
悠理は何だかむっとした。いつもの可憐らしくないから。というのもあったが、何だか自分が女らしくないということを面と向かって言われたようで、悔しかったから。そして、立ちあがり、堰を切ったように叫んだ。
「・・・何言ってんだよ。お前は美人で、女らしくて、それでいて器用で・・・ちょっと本気を出せば男を夢中に出来るじゃないか。あたいこそ、お前がうらやましいよ・・あたいなんて、あたいみたいな女、男が相手にするわけないじゃん。あたいには普通の女さえも演じられない。あいつとだって、”男同士”のやり方でしか接することの出来ない不器用な女だよ。あたいは。こんなあたいの何処かうらやましいんだよ!」
可憐も負けじと言い返す。
「そうよ、うらやましいわよ!私はあんたみたいに不器用な女にもなれない。そして、自分の気持ちに素直になることも、自分の本当の気持ちを認めることも出来ない女よ。だから・・・あんたが知っているほど”いい女”でもない。!私が演じている女なんて、所詮自分で努力して作り上げたもの。偽りでしかない。そう、男の前にいるために仮面を被った自分自身よ!」
そう言い終わると可憐の眼から涙が溢れ出していた。
「可憐・・・」
悠理は可憐の気迫と涙に圧倒され、しばらくその場に立ち尽くした。
先程と同じような沈黙が続いた。
「ごめん、悠理。アンタの気持ち、分かってるつもりだったのに、
ちっとも分かってなかったね・・私」
可憐が突然口を開く。
「あたいもごめん。あたいさぁ、こんな自分が
何だか悔しくて。でも、努力しても、あたいは所詮あたいだからな・・」
「そうね。所詮自分は自分よね」
可憐は自分を納得させるようにうなずいた。
「ありがとな、可憐。何だか心がすっきりしたよ」
「私もすごくすっきりした。ありがと」
2人は残りのコーヒーを、ぐっと飲み干すと
にっこり笑い合った。そして、お互い決心をした。
自分の気持ちに決着が付けよう、自分の気持ちに素直になろうと。
「アンタも苦労してんのね。”あいつ”も苦い果実だったんだ。
アンタにとっては」
可憐はボソッと呟いた。
「苦い果実?なんじゃそりゃ?あたい、苦いのは嫌いだじょ」
「・・・なんでもない」
可憐はそう言うと、”くすっと”意味深な笑いを浮かべた。
(こいつにはやっぱりまだ早かったか。)
内心そう思っていた。
「なんだよぉ、そんな言い方されたら
気になるに決まってるじゃないかぁ!」
「アンタにはまだ分からない方がいいかもね」
「可憐のばかぁ〜」
「あら少なくともあんたよりは馬鹿じゃないわ」
思わず顔を見合わせた。いつもの悠理だ、いつもの可憐だ、お互いがそう思っていた。そして、お互いが、いつもの自分に戻れたことが、嬉しかった。
そのとき、奥の方からガタッと扉の開く音がする。
「悠理〜、今帰ったわよ。おみやげいっぱいよ。服もこんなにたくさん買っちゃった。でもあんたにとってはは着たがらない服ばっかりなのよねぇ」
悠理の母、百合子がいつものように賑やかな声を屋敷中に響かせながら、悠理の部屋に入ってくる。どうやら剣菱家の豪華クルーザーによる、ヨーロッパ周遊旅行から帰って来たばかりの様子だった。そして、目の前にいる可憐に眼を輝かせた。
「かあちゃん、おかえり。結構早かったな」
「あらぁ、可憐ちゃんいらっしゃい。あっそうだ、この服、可憐ちゃんに似合
いそうね。ちょっとあっちの部屋で着て見ましょうよ」
そう言ったかと思うと、思わぬ着せ替え人形の登場に胸をわくわくさせながら、可憐を悠理の部屋の真向かいにある、衣装部屋に引っ張って行ってしまった。可憐は呆然としながらも、それに逆らうことは出来なかった。
* * *
「なあ、可憐。今日泊まってけよ。明日、土日だしさ」
あれから百合子さんの着せ替え人形になったあげく、
夕食をごちそうになり、3人でお茶を飲みながら世間話に花を咲かせていたが、気がつくと、時計は夜7時を指していた。
いい加減、悠理の父、万作も帰ってくる頃だろう。
「いくらなんでもそれは悪いわよ。」
こうは言ったが、正直な気持ち、家には帰りたくなかった。
もう少し、気持ちの整理がつくまでは、華子には
会わないつもりだったから。
「何いってんの。遠慮はいらないわよ。可憐ちゃんはもう
私にとって娘みたいなもんなんだから。」
百合子はさりげなく可憐に目配せをした。
百合子にとっては、今の可憐の気持ちが
手に取るように分かっているようだった。
(おばさまには適わないわ・・・。)
分かってはいたが、改めてそう思った。剣菱家、家族だんらんの賑やかで、和やかな夕食が済み、シャワーを浴び、悠理と可憐は百合子の目を盗みながら、悠理の部屋に戻ってきた。
2人はパジャマに着替えつつ、ソファーで食後の紅茶を飲みながらくつろいでいた。あんなに食べたのにもかかわらず、チョコチップクッキーをおいしそうに頬張っている。TVでは何やら絵の盗難事件が起こったとかで騒いでいる。悠理のパジャマは今日は猫の着ぐるみのような仕様になっていた。一方で可憐はさすがに悠理のようなパジャマは着たくないので、百合子のネグリジェを借りることにした。まあ、こちらも百合子の趣味全開で恥ずかしいことは恥ずかしいのだが・・・。着ぐるみよりは何倍もましだった。
一方で可憐は、先程の倒れている写真立てが気になって仕方が無かった。
「ねえ、あれ何?」
思わず例の写真立ての方を指差して聞いてしまった。
すると悠理は顔をぽっと赤くした。
(なるほどね。)
この時点で可憐にはどんな写真か創造が付いてしまった。本当に素直で単純なやつだなと思っていた。そして、そこが可愛いだけど・・・とも思っていた。
「な・・・なんでもないよ。」
「ふ〜ん」
可憐は含み笑いを浮かべながらジーっと悠理の顔を見つめた。
「な・・何だよ。」
「でもさぁ、何で倒れてるの?」
(だって、あいつはお前を・・・・)
悠理は可憐に聞こえないようにボソッと呟いた。
「あいつが何なの?」
「何でもないよ。」
「ふ〜ん」
あれからどのくらい時間が経っただろうか?
悠理と可憐はベットに並んで横になっていた。
悠理のベットは大きくて、2人がすっぽり入ってしまうばかりか、
それでも余裕があるくらいだった。
「ねえ、悠理、あんたってやっぱり可愛いわね。
女のあたしから見ても十分可愛いわよ。自身持ちなさい。」
「何だよいきなり。いつも人を本当は男じゃないの?
とかもっと女らしくしなさいとか散々言ってくれているくせに。」
「たまにわね。それにしても、悠理って、”あいつ”が好きだったのね。」
悠理は顔を真っ赤にさせて答えた。
「悪いかよ。」
「あら、女が男を好きになるなんて自然のことよ。」
「それはお前と美童にとっての”自然”だろ。
あたいにとっては違うんだよ。」
「照れなくてもいいのに。」
「///お前なあ・・・。」
悠理は赤面しつつ、話を変える。
「可憐は美童が好きなのか?」
「正直、まだ分からないわ。」
(私にとってのあいつは、ただの友達?違う・・・)
可憐は自分の心に問い掛けてみる。それは今の自分には結論の出すことが出来ない質問だった。そう、可憐の心の奥底には美童のことを考えるたびに、玲人の存在が大きく立ちはだかっていた。玲人の気持ちに決着を付けない限り、美童への自分の気持ちに決着を付けることは到底出来無い、可憐はそう思っていた。
「可憐、あたいさぁ、どうすればいいのかなあ?」
「そうねぇ。アンタは素直なアンタでいれば
それでいいんじゃない?そうすればあいつも気づくわよ。
アンタもあいつもガキだからいつ気づくか分からないけど。」
「ガキはひどいなあ、それでお前はどうすんだよ?」
「まあ、とりあえず自分の気持ちに正直になることかな。」
「お前も意外と苦労してんだな。」
「やっと分かったね、アンタにも。私の苦労が。」
「あたい、もうちょっと頑張ろうかなあ」
「そうね。女は度胸よ、悠理」
「分かってるよ。」
「・・・・もう寝ようか?」
悠理が眠そうに言った。
「そうね。おやすみ。」
「おやすみ。」
悠理は手元にあるリモコンで電気を消した。
これも”あいつ”が作った物なんだろうか?と思いながら、
可憐は眠りについた。それは長い長い夜だった。
* * *
一方こちらは美童。
彼は、可憐と思わぬ朝を迎えてしまったことに驚いていた。と同時に顔が赤面しているのが分かった。自分の体に可憐の色香が残っている。ふわふわとしたソバージュの髪の感触が残っている。朦朧した意識が現実になった瞬間が頭から離れない・・。そう思ったら、顔が上げられないくらい恥ずかしくなってしまった。
いままで自分が過ごしてきたのと明らかに違う夜。
意識の無い、空白の夜。
その謎の空白の時間の中で感じたのは、お互いの愛情の埋め合わせかもしれなかった。だけど美童にとっては、今までの夜には決して感じたことの無い、不思議な愛情を感じていた。
あのとき込み上げて来た笑いは、照れ臭さと同時に、美童の心の何かを満たすものだった。
(僕は・・・嬉しかったのか?)
心の中でそのような疑問符がぐるぐると回っていた。
あの空白の夜、心の奥底に感じていた愛情、
朝、可憐の笑顔を見た途端に込み上げて来た感情。
それは紛れも無く、彼自身の素直な気持ちだった。
(こんなに素直な気持ちになれるなんて・・・)
美童は自分でも驚いていた。と同時に、
抑えられない感情が心の中に芽生えていた。
彼は自分の想いが止められないところまで来ているのに気づいていた。
そんな彼の心の中に思い浮かぶのは、「彼女」の「涙」だった。
そして、彼に「彼女」を抱きたいという感情を抱かせたのも
その「涙」だった。
(そう言えば、”あのときも”泣いてたな・・・。)
美童は心の中で、その「涙」を連想しつつ、
自分の心の中にある気持ちと重ねてみた。
そして気づいた。自分の心の中が
一つの言葉で支配されているということに。
『会いたい』
* * *
刻(とき)はもう夕方だった。
美童は大通りを途方もなく歩いていた。結局あのまま学校をサボってしまったのだ。可憐に会いたかったが、恐かった。自分の気持ちを知られてしまうのが恐かった。自分の気持ちが溢れ出して止まらないのが恐かった。だから会えなかった。
(いまからでも会いに行こうか・・・)
そう思ったときだった。
肩に何かがポンと触れた感触がした。
「美童、お前こんなところで何してんだよ」
美童の肩に手を触れたのは、魅録だった。
「・・・・ちょっとね。」
「ちょっとね。じゃねえだろ。悠理も可憐も
今日は学校に来ねえし・・。清四郎と野梨子も心配してたぞ」
「可憐が??それどういうこと?」
美童の顔色が青くなっていくのが分かる。
魅録は美童の表情の変わり様に驚きつつ、話を続けた。
「ああ、それなら、どうやら悠理んちに泊まったみたいだから心配ねえよ。だけど、もう2日も家に帰ってねえみたいだな。あいつ。おばさん心配してたぜ。それに美童、お前も最近変だぞ」
「みんなに心配かけちゃったみたいだね。」
美童は申し訳なさそうな顔をした。
(だけど、仕方なかったんだ。今の僕にはこうすることしか出来なかったから。)
美童は何処かで可憐が学校を休んだことにほっとしていた。今の自分にはどうすることも出来ないから。自分だけの想いでいっぱいになってしまって、きっと「彼女」を傷つけてしまうから。
「俺、今日はちょうど四輪なんだ、送ってやるぜ」
「うん。ありがと」
-バタン
助手席のドアが開く。
美童は助手席に座って、ドアをバタンと閉めた。
* * *
-ゴー
車は大通りを走っていた。美童はしきりに横の魅録を気にしていた。
(魅録は僕の気持ちに気づいているのだろうか?)
そう聞きたかったが、そのタイミングが掴めずにいた。
そう想っていると、魅録の方から口を開いた。
「・・・お前、可憐が好きなのか?」
「うん。自分でも驚いてるけど」
「そうか・・・」
美童は魅録の顔が一瞬曇ったのを見逃さなかった。
横をみると、すでに魅録は片手で何事もなかったように
タバコを吹かしている。
(魅録の奴も可憐が好きなのか?それとも?)
そう思ったら聞かずにいられなくなってしまった。
「魅録はさ、悠理が好きなの?それとも・・・可憐が好きなの?」
「・・・・やけにストレートな質問だな」
「そりゃそうだよ。君の答え次第で
僕の今後の身の振り方ってもんが変わるんだから」
「わかんねえ。あいつと、悠理といると心地がいいんだ。素直な自分でいられる。俺にとってあいつは空気のような存在なのかもな。だけど、可憐は、最近、本当の恋ってやつを見つけた最近の可憐は・・・・すっかり変わっちまって。綺麗になったつうか。それが寂しくなっちまってさ。もともと派手なやつだけど」
(これは、すっかり惚気られてしまった・・・)
美童は内心そう思っていた。魅録の言葉から
彼の答えはすでに出ていると感じた。自分がそうだったから。だけど敢えてその答えを指摘しないことにした。自分の気持ちは自分で気づくものだから。
そう思っている内に、車はグランマニエ邸に到着した。
「ほら、着いたぜ」
魅録は照れ臭くなったのか、そっぽを向いている。
「うん。ありがと。助かったよ」
美童はじっと魅録の顔を見つめた。
そして意味深な笑みを浮かべてこう言った。
「魅録、すでに君の答えは出ているよ。
あとは君自身が気づくだけだよ」
「な・・・・何言ってんだよ。相変わらずキザな奴だな」
「じゃあね、僕はいくよ。」
「あ・・・ああ」
魅録は頼りない答えを返すと、車を自宅の方向に走らせていった。
「さて、僕も本気を出すことにしますか」
そう呟くと、ポケットから出した携帯を手に取った。
* * *
-朝9時
可憐は剣菱邸での朝を迎えていた。
心の中にあるもやもやは消えなかったが、
悠理の素直さに救われた気持ちがしていた。
ねぼすけの悠理は未だに気持ちよさそうに寝息を立てて眠っている。
可憐は机に置いてあった紙と万年筆で、メッセージを認めた。慌てて書いていたせいか、肘が写真立てにあたって下に落ちた。悠理が起きないように、慌てて拾おうとする、逆さまになっていた写真立てが、表を覗かせていた。写真には可憐のほぼ創造通りものが映っていた。可憐は安心したような顔をして、ペンを置いた。
「悠理、昨日は本当にごめん。私、今から
自分の気持ちにけりをつけに行って来ます。
といいつつ、玲人とデートだったりして・・・。
私も頑張るからアンタはアンタの魅力で
頑張りなさいよ。じゃあね。」
by KAREN
そんなメッセージを残し、昨日百合子に
コーディネートしてもらった服に身を包み、
足早に剣菱邸を後にした。
待ち合わせ場所は可憐の方から指定した。
そう、あのロシア料理の店。可憐にとっては思い出の場所。
でもその場所が悲しい場所になってしまうことに、
今の可憐には迷いが無かった。
ショーウインドーにはいつもより一層美しい彼女の姿を
映し出している。ちょっと派手だけど、
自分のスタイルにぴったりフィットしたコーディネートだと思った。
待ち合わせ時間は昼の12時だった。あらかじめ
この店のランチタイムの席をリザーブしておいた。
待ち合わせ時間には少し早かったが、店の中で待つことにした。
-カラン
ドアに付けられているベルの音がする。
と同時に『いらっしゃいませ』という声が響いた。
「12時の席をリザーブした黄桜ですけど」
「黄桜様ですね。あちらの席になります」
黒いタキシードを着た店の従業員は可憐を席まで案内した。
可憐は席に座った。目の前には玲人の幻が映っているような気がしていた。幻はにっこり笑って可憐の方をまっすくに見つめている。可憐はこの笑顔と低い声、そして暖かい手、暖かい胸に夢中になっていた。可憐は眼をつぶってこの店での彼との出来事を思い起こしていた。楽しいこと、哀しいこと、この店が可憐のすべてだったような気がしていた。彼を失うことはそのすべてを失うこと同じだった。だけど今のままでは自分は前に進めない、
強くそう感じていた。
* * *
あれからどれくらい時間が経過したのだろうか?ふと携帯を見ると、時計は12時を回っていた。そろそろ来るかしら?そう思っていたとき、携帯の着信音が鳴った。画面には「皆川玲人」と表示されていた。
「可憐か? 俺。ごめん一時間ばかり遅れる。
ちょっと突然、人と会う用事が出来ちまって」
「わかった。うん。じゃあ待ってる。」
そう言って電話を切る。可憐はウエイターに事情を話し、
料理を運ぶ時間を一時間遅らせてもらうことにした。
それから1時間後。カランとベルの音がしたと思うと
玲人が息を切らして店の中に入ってきた。
「可憐、悪い。昨日の夜、急に仕事の電話が入って」
「ううん。いいの。」
可憐は思わず首を振る。
「ところでさ、話って何だ。」
「・・・やっぱり別れよ。私達」
口に出して言えないだろうと思っていた言葉が
いとも簡単にさらりと出てきたことに、可憐自身も驚いていた。
玲人は突然の可憐の別れ話に驚きつつも、納得した顔をしていた。
そしてしばらく黙っていたと思うと、突然口を開いた。
「・・・・美童君に、会ったんだ」
「・・・・・。」
可憐は意外すぎる彼の言葉に、何だか拍子抜けしてしまっていた。自分は昨日から今の今まで、必死で言葉を捜していたというのに。こう話ている間にも料理は途切れず運ばれてきていた。二人は話の合間を縫ってそれらを口に運んでいた。評判の店の、評判の料理のはずなのに、何だか味もわからない状況だった。
「美童・・・どうして美童なの?」
可憐は心底驚いて、彼に尋ねる。
「グランマニエ家とは以前から交流があってね。
まさかあそこのご子息が君のボーイフレンドとは思わなかったけど。」
(美童の奴、余計なことするんだから)
可憐は内心そう思っていた。だけど心の何処かで嬉しいという気持ちもあった。同時に無性に悔しいという気持ちも。
「美童君に言われて初めて気がついたんだ。
俺はお前を通してあいつを見ていたと言うことを。
そして、お前も俺を通して別の男を見ていたということを。」
「・・・・・」
可憐は何も言うことが出来なかった。悲しくて、悔しくて。可憐は自分自身に対する嫌悪感に陥っていた。相手を傷つけて、自分だけは傷つかずに自分の気持ちに決着をつけようなんて考えていた自分に。恋は綺麗ごとではすまない、自分が幸せになれば、必ずどこかで傷ついている人間がいる。だけど自分が傷つくことを恐がっていたら、恋なんて出来ない。そんなこと、自分が一番分かっていた筈なのに。
(私はやっぱり自分の気持ちに素直になれない、自分自身を傷つけることさえ、心のどこかで恐がっている。男にとっては苦い果実でしかない女だ。)
可憐は心の中でそう呟いていた。
「だけど、これだけは覚えておいてくれ。俺は、絶対に間に合わせの感情でお前と付き合ったんじゃない。俺は・・俺はいつもお前に本気だった」
玲人は、今までにない真剣な眼差しで可憐を見つめていた。
「そんなこと、言われなくても分かってるわ。私もあなたに本気だったから。だけど、私、あなたへの本気は今日でおしまいにする。あなたとは・・・もう会わない。」
「俺は・・・・」
玲人は可憐の傷ついた姿見て、何も言えなくなってしまった。
外はいままで青い色を覗かせていた空が黒い雲に覆われたかと思うと、雷が鳴り、大粒の雨が降り出した。店内には、心地よい音楽に掻き消された雨のザーという音がかすかに響いていた。
-カチャ
可憐は食後の紅茶もそこそこに席を立った。
「私、もう帰るわね」
「俺、車だから家まで送ってくよ」
玲人も思わず立ちあがる。帰り際に、玲人は可憐が手持ちのバックから取り出したカードを遮り、自分のカードを差し出す。
「ありがと。」
可憐は小さく呟いた。
−カラン
店のドアが開く。背中には、”ありがとうございました。またのお越しをお待ちしています”というウエイターの声。
外には悔しいくらい激しい雨の音が鳴り響いていた。
-ゴー
玲人の車が大通りを抜け、「ジュエリーAKI」のビルディングに向って走っている。外は相変わらず、どしゃぶりの雨が降り続いている。雨で窓が曇って外が良く見えなかった。いつもなら、さまざまな話題に華を咲かせるはずが、そんな気分になれるはずもなく、お互い黙ったまま、横を振り返ることはなかった。
(何だか2人だけの空間に取り残された気分だった。ずっとこのままでいられれば、お互い自分の本当の気持ちに気づかないままでいられれば、どんなに楽だったか)
可憐の心の中は、そんな気持ちでいっぱいだった。
「ここでいいわ」
可憐の言葉に玲人は車を止める。
「こんなところでいいのか?」
「ええ、ちょっと歩けばすぐだから」
車の外に出た可憐の頭の上に、いつのまにか薄い青色の傘が覆っていた。可憐はその傘の色から、彼そのものを表すかのような、純粋で温かい色を感じていた。
「最後に抱いて。いままでよりずっと強く。」
「ああ。」
2人は抱き合った。端から見れば恋人同士のようだった。可憐は自分の体温が彼に残るように、そして彼の体温が自分に届くように、ぎゅっと彼の胸に顔を埋めた。また、玲人も可憐の肌の匂い、体温を感じるように、両手で可憐の体を強く優しく包み込んだ。
「元気でな。それとさ・・この傘、持ってけ。」
「ありがと。さよなら。」
玲人は別れ際に可憐の手に何かを握らせた。が、このときの可憐に、それを感じ取る余裕は無かった。
雨音が一層強くなる。
彼の温かい胸が好きだった。
彼の不器用な優しさが好きだった。
彼の繊細さに惹かれた。
確かに本気であの人を好きになったはずなのに。あの人の前では、甘い果実の女を演じてしまう。結局、素直で可愛い女にはなれなかった。そして、いつのまにか、私の心は別の男に向けられていた。
そんなこと、分かっていたはずなのに、会えないというだけでこんなに悲しいのはなぜだろう。
悲しくて、涙が溢れ出して止まらなくなる。
だけど、泣いてもいられない。私の気持ちには、まだ決着が付いていない。
私の恋は、まだ・・・終わらない。
そう思ったら、無性にあいつに会いたくなった。
『美童・・・会いたい。』
可憐の心は呪文のように繰り返していた。
雨はいつのまにか、止んでいた。少し眩しい太陽の光に、虹が差し込んでいるように見えた。そして、虹の向こうに何かが見えたような気がした。可憐は何かに導かれるように、走り出した。
虹の向こうから、雨に打たれてすぶぬれになった男がこっちに向って歩いてくる。可憐に気がつくと、にっこり微笑んだ。
「美・・・童・・・どうして」
ブロンドの髪が、雨に濡れて一層光り輝いているように見えた。
「さっき・・・まで・・お店の前で待ってたんだけど・・・なかなか帰って・・・来ない・・から。でも・・・・やっと会えたね。」
可憐の手から傘が離れた。可憐は美童の胸に顔を埋めて、堰を切ったように泣いた。涙が美童の胸をつたっていた。美童はそんな彼女を強く強く抱きしめた。
(温かい胸・・・こいつといると、何だか本当にあったかい。私はこんなにも、こいつに会いたかったのか・・・)
可憐のそんな想いが、可憐の胸を一層熱くしていた。
「可憐・・よ・・かっ・・た」
そう美童がつぶやいたかと思うと、彼の胴体が力を失い、可憐の肩に倒れこんだ。可憐は驚いて、苦しい表情をしている美童の額を触ってみる。
「熱っ・・・美・・童、す・・・ごい熱じゃない・・・こ・・んなに・・・なるまでど・・うして・・・」
こんな状態になってまでも、美童の腕は、可憐の腰を、手を強く握り締めていた。
とにかく病院まで連れて行かなければと思ったが、可憐の力では自分より大きい体の美童を運んでいくのは不可能に近かった。可憐は次第自己嫌悪に陥っていく。
私のせいだ・・・私が自分の気持ちをはっきりさせなかったから・・・私がこんな女だから。あんたがこんな状態になっても、私はあんたの温もりを求めてる。私ってなんて調子のいい女なんだ・・・
そう思ったとき、昨日の夜、悠理と交わした会話が脳裏に浮かぶ。
(私は私の魅力・・・・素直な自分自身)
そうだ、私は美童を守りたいんだ。大切だから。それが今の私の素直な気持ち。だから、こんなことしてる場合じゃない。私はいつまでも傷心のヒロインでいるつもりはないんだから。
そう心に決めた刹那。
-ブッブー
近くからクラクションの音がしたかと思うと、「バタン、バタン」と車のドアが閉まる音がした。
見慣れた男女がこちらに向って走ってくる。
「可憐!!」
悠理の叫ぶ声がする。
「悠・・・理・・美・童が私・・をまっ・・てねつが・・。」
可憐は思わず悠理にしがみ付いた。安心と不安で涙が流れ出す。
「可憐、どうした!?」
魅録も少し遅れて走ってくる。
「美童が、美童が死んじゃうよぉ〜」
悠理も大声をあげて泣き出す。
魅録が額を触る。
「すごい熱だ・・とにかく、菊正宗病院に運ぶぞ。悠理、俺は頭の方を持つから、お前は足の方を持て」
魅録は携帯で清四郎に連絡を入れると、悠理に支持をした。
悠理は涙と鼻水で顔がぐしょぐしょになった状態で、美童を魅録の車の後部座席に寝かせた。可憐も後部座席に乗り、美童の頭が可憐の膝の上に乗っているという格好になった。そして、助手席には悠理が乗り込んだ。
* * *
-ゴー
車が菊正宗病院に向って走っていく。車の中で、可憐は押し黙ったままだった。美童の手を握って離さなかった。また、悠理もそんな可憐の様子に何も言うことが出来ずにいた。それは魅録も同じだった。
同時に、悠理は複雑な想いを浮かべていた。今、自分の横にいる男は自分より、ヘッドライトの後ろに移っている女を見ていると言うことに。可憐のことも、美童のことも心配だったが、それと同じくらいに男の心の奥底が、女の方に行ってしまわないかということに必死だった。
しばらくして、菊正宗病院に到着した。病院では心配顔の清四郎と野梨子が待っていた。
清四郎のはからいと、医師の適切な処置により、美童の容体は大事に至らず、すぐに安定した。そして、5人が見守る中、無事意識を取り戻した。
「・・・可憐・・・・みんな・・・・僕は・・・。」
「とりあえず、これで安心ですね。」
「わたくし、美童が倒れたと聞いて、本当に驚きましたのよ。」
「ったく世話がかかる奴だ。悠理と同じだな。」
「美童〜良かったよぉ〜」
「・・・美童・・・。」
可憐がギュッと手を握り締める。
「あんた、急に・・倒れるんだから。私、腰が抜けちゃったわよ。全く、肝心なときにカッコ悪いんだから・・。」
可憐の瞳から涙が浮かべられていた。
「可憐・・・ごめん・・ね。」
「なんであんたが謝るのよ。謝るのは私の方じゃない。」
『さてさて、邪魔者は退散しますか・・・』
清四郎の小声によって、4人は2人に気づかれないように
こっそりと個室から出ていった。
「清四郎ったら、私達を誰だと思ってるのかしらね?」
「あんなことしても、僕達にはバレバレだよね」
(でもやっぱり嬉しかったかな)
美童は内心そう思っていた。
そして何だかおかしくて、嬉しくて・・・くすっと笑う。
それにつられて可憐も笑った。
その笑顔が美童にとっては、可愛くて、いとおしくてたまらなくて・・・・思わず顔を近づけると、軽く可憐の唇に触れた。それは短い時間だったのかもしれないし、長い時間だったのかもしれない。それはさまざまな意味で、可憐の心を強く揺れ動かすものに違いなかった。そして、少し驚きながらも、可憐もそれに答えるように顔を近づけ、美童の唇にそっと触れた。それはほんの少しだけ、可憐が素直になった瞬間だった。
また、それは可憐にとっても同じだった。眩しいくらいの美童の笑顔。それがあまりに綺麗で胸がしだいにドキドキしていくのが分かる。それを美童に知られるのが、恥ずかしくて、少し悔しかった。
「ねえ、美童」
可憐は何処か真剣な眼差しで美童を見つめている。
「可憐?どうかした?」
「私さ、パパとママの過去、パパの失踪について、もっと調べてみたいんだ。」
「・・・・どうして?」
「自分の気持ちに決着をつけたいの。ママへの気持ち、
玲人への気持ち。そして・・・パパの気持ち・・・あなたへの気持ち」
(そうすれば、もっと自分の気持ちに素直になれるかもしれないから。)
「うん。僕も出来る限り協力するよ」
「ありがと」
2人の、2人だけの時間はこうして刻々と過ぎていった。
* * *
病院からの帰り道。悠理は魅録の車の助手席にいた。いつもなら。清四郎・野梨子が後部座席にいるはずなのだが、今日野梨子に用事があるとかで、清四郎が家まで送るということで、成り行きや策略が分からないが、とにかくふたりっきりというシュチュエーションだった。
「あのさ・・・悠理・・・聞きたいことがあるんだが・・・」
「なんだよ・・」
「”あれ”ってどういうことだ?」
悠理の顔が見る見るうちに真っ赤になる。魅録はそっぽを向いていたので顔色までは見えなかったが、少なくとも照れているのは分かった。
「どういうことってそのまんまだろ?」
「/////」
魅録はすでに顔が真っ赤になるのを隠し切れない状態だった。
「お前はどうなんだよ?」
「・・・・・」
悠理の言葉に魅録は少し黙って、何かを考えているようだった。
さっきの顔とは打って変わって魅録は真剣な顔をしている。だけどその表情の変化に悠理は気づかずに、話を続けた。
「まあ別に無理しなくていいよ。気長に待つからさ。でもお前は本当に鈍感だからなあ」
と言い終わらないうちに、悠理の唇に、魅録の唇がほんの一瞬だけ、そっと触れた。
「////・・・なっ・・」
悠理は何も言えずに卒倒してしまった。
「こ・・こー言うことだよ。悪いか?」
魅録の顔は真っ赤になっている。
「悪くないに決まってるだろ?」
悠理はそんな魅録の気持ちが嬉しくて、満面の笑顔を見せる。
魅録はそんな悠理の笑顔が、いつもよりずっと綺麗で、眩しかった。
「そ・・・そうだ、美童の具合も心配なくなったわけだし・・その・・景気付けに今からひとっ走りするか?」
魅録は話題を変えるように言った。
「ああ。あたいもそう思ってたんだ。」
「お前ならそう来なくっちゃな。よし、そうと決まったら一気にスピードあげるから、しっかり捕まってろよ」
「うん。(お前の隣でな。)」
このとき見せた魅録の笑顔は、いつもより、ずっとずっと輝いているように見えた。
2人の乗った車は当ても無く走り出した。まるで新しいスタートを切るように
新しい未来に向って。
* * *
(おまけ)
一方こちらは清四郎の部屋。清四郎と野梨子が
なにやら密談をしている様子だった。
「それにしても、様子のおかしい美童と可憐に発信機と盗聴機を付けておくっていうっていう僕の作戦は正解でしたね。思わぬ収穫がありましたし」
「ついでに魅録の車にも付けておきましたが、こちらにも思わぬ収穫がありましたわね。」
「「これでしばらく退屈はしなさそうですね(わね。)」」
2人の悪魔はにんまりとした顔を覗かせている。
「野梨子、ちょっとはしたないですよ」
「あら・・清四郎こそ」
「僕はちょっと気になることがあったので、調べていたんですよ」
「黄桜のおじさまのことですの?」
「さすが、野梨子、するどいですね」
「で、調べはつきましたの?」
野梨子は先ほどの顔とは打って変わって少し真剣な顔をしている。
「まあそこそこですよ。ただ、失踪事件についてはロシアまで調べに行く必要がありますね。」
「そうですか。ということは、第2部は
ロシア編ということになりますわね。」
「そういうことになりますね」
「ロシアと言えば、あの方は登場なさるのでしょうか?」
「野梨子、それ以上はやめて下さいよ」
うっと口をおさえる清四郎。
「やっぱり登場なさるんですのね」
「・・・・・」
押し黙る清四郎。
「それにしても今回、僕達の出番が少なすぎて不満ですね」
「そうですわよね。作者の可憐びいきには何とかならないものかしら?」
「でも2部からは僕達の活躍の用意されているようですよ」
「またこんな悪役でないことを祈りますわ。」
「僕は結構楽しいんですけどね。これだけっていうのが不満なだけで」
「わたくしは清四郎みたいに図太くありませんので」
「十分図太いと思うんですが・・」
清四郎は思わず苦笑いを浮かべていた。
お話の続きは2部に続きます。最初に書いたものとは、
大幅に流れを修正してしまったので、すでに別ものという感じがします。
次は野梨子と清四郎もしっかり活躍できればいいなあと思っています。
やはりこの2人はストーリーの引き締めにおいて重要だと考えているので。
最後までお付き合い頂いた皆様、本当にありがとうございました。
よろしければ2部でまたお会い致しましょう。