作:流那
-それは、ため息が出るほど切ない恋だった。
雨が突然降り出した。放課後のデート帰り
可憐は不機嫌そうな顔をしてタクシーを呼んだ。
「いやだわ。デート帰りに雨だなんて。
せっかく新調した服が台無しだわ。」
「それにしてもあの男、送りますぐらい言えないのかしら。
ったくいくら玉の輿と言っても飼いならされた男なんて嫌いよ」
そうつぶやいているうちに自宅である”ジュエリーAKI”の
大きなビルディングの前に到着した。
「バタン」
タクシーから降りて、ふっと見ると
一人の綺麗かつダンディな34.5くらいの男が
とても哀しそうな眼をして、ジュエリーAKIの
ビルディングの前に傘も差さずに立ち尽くしていた。
可憐はその綺麗な哀しい眼にしばらくの間心が奪われた。
ふっと我に返ると思わずその男の頭の上を傘で覆った。
「すみません。」
男はにこっと笑った。すこしえくぼがあると可憐は思った。
ショートカットで整った髪形に、綺麗な顔立ち。
背の高い、細くスラットした体系の男だった。
「あの・・・どうなさったんですか。」
可憐は思わず尋ねた。
「いえ、何でもありません。」
男は申し訳なさそうに言った。
「あの・・・良かったら家に寄ってシャワーでも浴びていきませんか?
家、このビルの上にあるんです。」
「い・・え、ご心配なく。ありがとうございます。体は丈夫ですから。」
男はフラットしながらにこっと笑った。とても綺麗で爽やかな笑顔だった。
(タイプだわぁ〜)
可憐は、心の中でそう呟きながら、日頃の性分なのか、
胸の奥がいつも以上に強く揺さぶられるのを感じた。
彼の笑顔が、心の中を支配する。
「ところで、今夜、お食事はお済ですか?
傘のお礼にごちそうしますよ。」
来たぁ〜、デートのお誘いだわ。心の中で
少し打算的な思いをめぐらせる。
自分の想いに重なるように巡ってきたチャンスを
逃すものかと心の中で呟きながら、最上の笑顔を浮かべて見せる。
「ええ、まだなんです。私でよろしければご一緒させて頂きますわ。」
可憐は、今夜のデートの男に、初めて感謝したい気がした。運命の出会いは、思わぬところにあるものだと自分の胸に言い聞かせながら。
相手の男は可憐の方に手を傾けた。可憐も軽く手を取ると、
2人は夜の町に消えていった。
この出会いが、彼女の運命を大きく変える。
* * *
朝。美童はいつもの通り、自慢の綺麗な金髪を輝かせながら、
聖プレジデント学園の校門を潜り抜けた。
「美童さま、おはようございます。これ、食後にでも食べて下さい。」
「ありがとう、君の顔を思い浮かべながら頂くよ。」
と毎日のように届けられる、たくさんの女生徒からのお菓子や差し入れのアプローチに、美童はにっこりと女殺しスマイルを浮かべる。女性徒達は、そんな笑顔にぽーっとなりつつも、冷静さを取り戻すと、きゃあきゃあいいながら、向こうで待っているらしい友人の方へ走っていく。
彼へのアプローチはその後も止まることはない。抱えきれない程のラブレターやプレゼント、ため息を含んだ女性徒達の視線が降りそそく。聖・プレジデントの美しい王子様はそんな視線を浴びながら、自慢の金髪を靡かせつつ、いつものように生徒会室に向かう。
「ああ、美しいって罪だ。」
多くのアプローチ、多くの視線を浴びながら、ナルシスト美童は、心の中でそう呟いていた。美童はとにかく持てることが生きがいであり、なおかつ美しい女性に目がなかった。それは、聖プレジデントに通う、お嬢様達も例外ではなかった。そんな毎日が彼の日課であった。その反面、本気になった女には相手にされないという経緯もあるが・・・・。
そう言えば、自分から好きになった女性っていたっけ?
僕は大抵惚れられる方が多いからな。ミュスカくらいかもしれない。
そう考え始めた時だった。
一人の、これまた女生徒の中でも郡を抜いて目立っている女性が
美童を呆れ顔でみつめていた。可憐である。
「まったく。あんたは本当に朝からよくやるわね。
いつものことだと分かっていても、いい加減あきれるわ。」
「まあね。それが僕の生きがいだからね。可憐だって、昨日の高そうなロシア
料理の店に一緒に入っていった結構いけてる男、あれからどうなったの?」
美童はにやけながら言った。
「やあね、あれ見てたの?どうも何処かで見たような
ブロンドの男がいると思ったら、やっぱりあんただったのね。
あんたも相変わらず、可愛い娘連れちゃって。」
可憐はさっきにも増して、またまた不機嫌な顔を見せた。
男のことで不機嫌なのはいつものことだが、
どうやら昨日の男とはいつもより何かあったらしい。
しかもいつもとは違う様子なので、美童は何となく気になっていた。
「まあ、僕も可憐も目立つからね。あんなところに居ればすぐ目立つよ。」
そう言って、にこっと笑った。 美童は他に何も聞かなかった。何があったかは具体的に分からないが、可憐の顔には聞いて欲しくないと出ていた。
「そろそろ僕、授業はじまるから行くね。今日美術移動教室だから。可憐もいそがないでいいの?」
と可憐の答えも聞かずにさっさと行ってしまった。
「ったく。相変わらず女の気持ちにだけは勘が働くんだから」
(でも・・・ありがと。)
と心の中でつぶやいていた。「有閑倶楽部」の中でも
恋の相談が唯一できるのが、美童であり、
自分の気持ちを一番わかってくれるのも美童であった。
いつもは一方的に自分の愚痴を聞かせるのだか、
さすがに今日はそんな気にもならなかった。
だから、先程のような彼のさりげない気遣いには
いつも心のどこかで感謝していた。
* * *
「ふう」
可憐は再度、ゆううつそうなため息をついた。
「さて、私も授業に行くとしますか。」
そういって、教室まで駆け出していった。
「ふう」
放課後。だれもいない生徒会室で、
可憐はまたまた、ひとりでため息をついていた。
「よりにもよって、好きになった男が、私のパパに関係のある人だなんて」
可憐は自分の父親のことを、ただ死んだとしか聞かされていなかった。それは病気かもしれないし、事故かもしれないし、とにかく可憐自身は父親の死の真相は知らなかった。
けれども、偶然ジュエリーAKIの前でせつない瞳を浮かべている様子の彼と出会って、玉の輿狙いの中で、ここぞとばかりに好きになった綺麗な男が、父親である、紫麗(しれい)の知り合いだったなんて。。彼は黄桜紫麗という人にお世話になった。でも彼の消息がずいぶん前に分からなくなってしまった。彼の残した奥さんの写真と彼の残したさまざまな品を手がかりに、ついにここを探し当てたのだという。
あの人って、パパのなんなんだろ?
とりあえず、美童にでも話してみるか。
外国のことなら外国人に聞くのが一番よね。
と思い始めたときだった。
「ああ、今日も1日お疲れ〜」
と運動部部長が、いつものように元気な声を張り上げて
生徒会室に入ってきた。
いつもの通り、元気良く、生徒会室に入ってきた悠理だったが、
来ているのが可憐だけだと気づくと、思わず拍子抜けしてしまった。
「なんだあ、可憐だけかあ〜、みんなはまだか?」
と沈黙を打ち消すかのように、何かもの想いに耽っている様子の可憐に
悠理は尋ねたが、全く反応が無い。
悠理がじっと眼を凝らすと、可憐は疲れたように
すやすやと寝息を立てて寝ていた。
その様子には、女の悠理でさえ、色香を感じてしまうほどだった。
「そっとしてといてやるかあ〜」
悠理はそんな彼女の姿にドキッとしながらも、そっと忍び足で生徒会室から出て行き、生徒会室のドアを静かに閉めた。悠理は、他のメンバーが来ても静止できるように、ドアの前で見張っていることにした。
一方可憐は、夢の世界にいた。
そう、あの男との幸せな時間。
* * *
-チン
東京でも1.2を争うほどのフランス料理のフルコースを堪能したあとの、
ちょっと静かなひととき。お互いワインをたむけると、
打ち解けたように話し出した。
男の名は皆川玲人(れいじ)と言った。長い間、絵を描くのに世界中を回っている画家だと言う。今日は滞在先のロシアから久しぶりに日本に帰ってきたところだったが、考え事をしているうちに突然雨が降りだし、どうしようかと思っていたところらしい。
「俺って、考え込むと周りが見えなくなるんだよなあ」
玲人はにこっと笑いながら可憐に呟いた。
可憐は彼の意外な一面に、可愛いと思いながら、自己紹介をした。
「私は黄桜可憐です。よろしく皆川さん。」
「玲人でいいよ。こちらこそよろしく、可憐。」
玲人は可憐に向けてとびっきりの笑顔を見せた。
その笑顔に心が奪われ、一瞬言葉が出てこなかった。
「玲・・人さん」
こんなにドキドキしたの・・・今まではじめて。
可憐は心の中でそう呟いていた。
玲人が可憐を包む温かさは、今まで可憐が求めていても
決して得ることの出来ないぬくもりだった。
その夜以来、可憐は玲人と機会を見つけては会うようになった。
可憐は次第に玲人への想いを強くしていった。
そして玲人もそんな可憐をやさしく包んだ。
それは小さい頃になくした父親の温もりのようだった。
可憐はいつまでも彼の側にいたいと思った。
こんなに温かい気持ちになったのは初めてだった。
可憐は、玲人に抱かれるたびにそんな想いにかられていた。
それはあの日の夜以来かもしれない。
はじめて抱かれた。今でも忘れられないあの夜。
「プルプルッ」
放課後。可憐はいつものように、メンバー達との話に華を咲かせていた。それは無くてはならない、あって当たり前の空気のような空間だった。突然可憐の携帯が鳴り出した。アドレス帳の一番上にある名前を目にして、可憐の心は踊った。いつもと違う表情の可憐に「有閑倶楽部」の面々は唖然とした様子には少しも眼にくれず、足早に生徒会室を出ていった。その表情は、誰が見てもまさに恋する女の表情だった。
「可憐」
自分の名前を呼ぶ声にドキリとした。
自分の名前が”かれん”の3文字で良かったと思った。
もっと長かったら呼ばれている間
ずっとドキドキしなければならないから。
「俺。今日、時間空いてるか?」
電話の向こうの玲人の低い声が今日は一段の響く気がする。
「うん。でも当然どうしたの?」
可憐は何か予感したように答えた。
「今夜、俺の部屋に来ないか?」
まさに予想通りの言葉だった。
「行くわ。」
そう一言答えて電話を切った。
可憐の心はいままで以上に一層心が踊っていた。
好きな人と一夜が過ごせる。今の可憐にはそれだけで十分だった。
約束の18時。可憐は買い物袋をぶら下げて、
玲人の部屋に向かった。その足取りは、
まるで幸せが自分の目の前に舞い降りてくる瞬間のように
幸せな気持ちで満たされていた。
-カランコロン
チャイムの音が、まるで可憐にとっては
カウントダウンを告げる音のような気がしていた。
-バタン
ドアの開く音がした。普段着姿の玲人が顔を出した。
トクントクン・・・可憐の心臓が突然鳴り出した。
止まってぇ・・と心の中で叫んでいた。
「よぉ、待ってたよ。まあ入れ」
部屋は以前に来たときより片付いていた。
(今日は仕事はしていなかったのだろうか?)
可憐はそんなことを考えていた。
「夕食、まだでしょう?材料買って来たから今作るわね」
「俺も手伝うよ。」
そう言って、玲人は屈託の無い笑顔を見せた。
可憐の胸がギュッと締め付けられる様に熱くなった。
少し時間が経って、熱々のトマトとナスのバスタが出来あがる
白い皿に盛ると、手分けしてテーブルに運ぶ。
「玲人って、何でも出来るのね。私、見直したわ。
私なんてまだまだって思ったもの。」
「可憐もなかなかだよ。さすが、毎日自炊しているだけあるな。」
食後の2人だけのゆったりとしたひととき。
可憐のいつものような他愛ない話に、玲人は耳を傾けていた。
いつもと変わらない時間だったが、可憐はそれだけで嬉しかったし、
また玲人も可憐のいつもと変わりない様子に、深い愛情を感じていた。
「いてっ・・・」
「どうしたの?」
「ごめん。コンタクトがはずれた」
「大丈夫?」
可憐は思わず顔を近づけた。
その瞬間、唇に柔らかいものが触れた。
可憐は彼の唇に吸い付けるように強く押しつけた。
「玲人・・・好き。愛してるわ」
「俺も」
玲人は可憐の体を抱き寄せた。可憐は玲人の胸に顔を埋めた。
温かい。それに、何かいいにおいがする。
そのどこかで感じたような香に、可憐の胸の高鳴りが一層強くなった。
2人は、はっと我に返った。お互いの顔がほんのり赤くなった。
「俺、シャワーでも浴びてくるわ。お前も後からは入れよ」
「・・・うん」
-シャー
浴室の向こうから、シャワーの音が響いてくる。
いよいよ玲人と一夜が過ごせる、
可憐の心はそんな想いで満たされていた。
-バタン。
浴室のドアが開いた音がしたかと思うと、
上半身裸に、タオルを羽織った姿の玲人が浴室から出てきた。
細身の体系には予想もつかないガッチリした体に思わずドキリとする。
「風呂、開いたぞ。」
玲人は少し頬を赤く染めて、眼をそらすように言った。
「ありがと。」
シャワーを浴びている間、可憐は、何だか
今までの緊張が一気に洗い流されていくような気がした。
そう思うと、これからの夜の時間が
この日のために用意されていたような
運命的なものを感じるのだった。
シャワーを浴びた玲人の姿は、可憐の心臓を
どきどきさせるには十分だった。また、玲人も目の前に居る
10以上の年下の彼女に年甲斐も無くみとれていた。
「玲人」
「可憐」
2人は抱き合い、そのままベットにもたれかかった。
まるで可憐が押し倒したかのような格好になった。
「俺、押し倒されるの、好きじゃないんだ」
玲人はくるっと体を起こし、可憐の上にもたれかかった。
可憐は下から覆い被さるようにして、玲人の唇に軽くキスをした。
「俺、しゃれにも無く緊張してる。お前は?」
玲人は、頬を赤く染めながらぼそっと呟いた。
可憐は何だか可笑しかった。自分よりも一回り以上、
上の男が、自分と寝るのに緊張している。
これはちょっとした優越感だった。
「あたしだって、もちろん緊張してるわよ」
「そうは見えないんだけど」
玲人は怪訝そうな顔をして言った。
「好きな男と寝るのに緊張しない女はいないわ。」
玲人の手が、ゆっくり後ろのホックをはずした。
可憐は、今日はたまたまフロントホックにしなくて良かったと思った。
彼に緊張した顔を見られて余計ドキドキしてしまうから。
「愛してる、可憐」
「私も」
玲人は可憐を強く抱きしめた。また、可憐もそれに答えた。
そして2人は長めのキスをした。それは今まで以上に強く、激しいものだった。お互いが求め合える、そんな瞬間だった。
可憐は玲人の胸に深く深く抱かれた。それは今まで以上に温かい夜だった。ほんのり今まで感じたことの無い、父親のような匂いがした。今だけは彼は自分のもの。という独占欲さえ感じていた。
そして長い長い夜が過ぎていった。可憐は
体がこのまま溶けていくような感覚を感じていた。
このままひとつになればいいのに。心からそう思っていた。
ひとつになれば、同じ空気を、同じ息で感じられるから。
* * *
それから、どのくらいの時間が過ぎたのだろうか?
窓には光が差しこんでいる。
玲人はまだ気持ちよさそうに寝息を立てていた。
可憐は下着を抱え、浴室に向かった。
鏡に映る自分の姿を見て、自分が自分じゃないような気がしていた。
その姿はまさに、好きな男に抱かれた朝の女の姿だった。
玲人が起きたらどんな顔をすればいいんだろう?
そんなことばかり考えていた。
可憐は簡単に部屋を片付けたり、朝食を作ったりした。
そろそろ玲人を起こそうとベッドに向った。とそのとき。
パサリと音がした。
コルクボードから写真がひらりと落ちた。
写真には玲人らしい男と自分ほど美人でないにしても、
面影がそっくりの若い女が写っていた。
これはママ?そう感じ始めたときだった。
「Y子」
思わずこぼれた玲人の言葉に、可憐の胸がズキンと響いた。
「ママ・・・やっぱりこの写真はママなの?」
可憐の頬に、いつのまにか涙がつたっていた。
いままでの玲人の言葉は嘘だったのか?
幸せな夜を迎えた朝に、こんなことを知ってしまうなんて、
可憐には考えられなかった。
「ママにも渡せないものがあるの。」
可憐は強くそう思った。可憐ははっと我に返った。
一瞬でもこんなこと思うなんて。
「私もやっぱり恋する普通の女だったんだな」
自分の中に潜んでいた、思いもよらない独占欲に驚きながらも、
そうつぶやいた瞬間、現実に引き戻された気がした。
* * *
一方、こちらは美童。女性徒達との
放課後のやりとりもほどほどにして、
足早に生徒会室に向かった。
どうも朝の可憐の一見不機嫌で、悲しそうな表情が
気になって仕方がなかったからだ。
「そう言えば今日は・・・。」
美童は何か思い付いたように、携帯を手に取った。
「もしもし野梨子?」
「美童?突然どうしたんですの?」
突然の電話に驚きながらも、すぐにいつもの口調に戻る野梨子に、
さすがと思いながら、美童もいつもと同じような口調で
平静を装いつつ、口を開いた。
「文化部の仕事は終わった?」
「今終わったところですわ。」
「ちょっと準備して欲しいものがあるんだけど。」
美童は一言そう付け加えた。ちょうどそばに清四郎も居たらしく、思ったよりも事が運びそうだと憶測していた。それから魅録にも電話をした。そして野梨子・清四郎と同じように、必要なものを準備するよう頼んだ。
-生徒会室
みんなを見張ろうとドアの前にいた悠理も、
可憐と同じように眠ってしまっていた。
美童・野梨子・清四郎・魅録の4人は、
可憐が眠っているのを確認すると、
悠理を外に連れ出し、叩き起こした。
悠理はいつもの面々が自分の前に顔を覗かせているのを見て文句を言った。
「なんだよ、みんな遅いぞ。退屈で眠っちまったよ。」
「それどころではありませんよ。悠理。」
いつものように何か企む様子でにこっと笑う清四郎。
「準備があるんだからな。お前も手伝え」
何かはりきっている魅録。
「頼みますわ、悠理」
そしてこちらも少しいたずらっぽく笑う野梨子。
「力仕事なら、やっぱり悠理がいないとね。僕は力はないし、
男2人じゃ足りないからね。」
美童の一言に、悠理の好奇心も、
さすがに騒ぎ出したらしく、
怪訝そうな眼をして大声を出した。
「一体何の準備だ?」
可憐に聞こえないように悠理を静止しながら、美童は悠理に耳打ちした。
「・・・・・・そういうことなら任せろよ。」
悠理はぽんっと胸を叩いた。
* * *
いつのまにか忘れていた父の温もり。
あたたかく、何だかくすぐったい、あの胸の温かさ、大らかさ。
私がこれほど年上の男を求めるのも、
父の面影を何処かで追っているからかもしれない。
もしかしたら、玉の輿願望なんて、男と付き合う口実だったのかもしれない。
ママを楽にさせるなんて嘘。私が男の人の心が欲しかっただけ。
寂しかった。でも良い子で居なければならなかった。
そして今度はママが私を楽にさせるの。
ずっとそう思っていた、思って来た。
でも初めてママが憎いと思った。初めて嫉妬を感じた。
私の心って、こんなに醜かったんだ。
私もやっぱり普通の女だったんだ。
いままでどんなに恋をして来たか分からない。
でもこんな激しい気持ち初めてだったのに。
かなしい かなしい かなしい。
せつない せつない せつない。
憎い 憎い 憎い
でもこの気持ちはママには言えない。言えるわけが無い。
だからこの気持ちは封印するの。
封印すればするほど好きになるってことくらい分かってる。
だけど封印するの。だから彼に対する私の想いだけ
私に下さい。想いだけ。
パパ、どうして私の前から消えたの?
どうして どうして どうして。
「ねえパパ。今日もお出かけ?お仕事?」
「ううん。パパはね。大事な用事で出かけなきゃいけないんだ。
遊んでやれないでごめんね。」
「ねえ待って、パパ。可憐まだ今日パパと
お話してないの。ママだけじゃ寂しいよ!!」
「ごめんね。ごめんね。ごめんね。」
帰ってきてパパ。パパァ。
可憐はいつのまにか、眼をさました。
あの夜の感覚がいつまでも体に熱く残っているようだった。
思わず涙が出てきた。
思わず唇を触った。まだキスの感覚さえも
残っているような気がした。
玲人・・・玲人・・・玲人
ふっと気がつくと、そこは生徒会室ではなかった。
生徒会室も豪華だが、生徒会室よりも
ずっと豪華なつくりの家具が周りにはあった。
そして、かなり派で目のベッドに寝かされているのにも気がついた。
「私・・・いったい???」
「可憐・・・。良かった。ずっとうなされていたんですのよ。」
傍らには、ほっとした表情のの野梨子が
可憐の手を硬く握り締めていた。
横には美童が心配した顔で見つめている。
「可憐、ごめんね。僕・・・何もしてやれなくて」
今度は美童が可憐の手を握った。
「ちょっとぉ・・・何で私が悠理の家に居て、
おばさんのベットで寝てるの?そして何で美童が私の手を握ってるのよ」
「あ・・・ご・・・ごめん」
美童の頬が少し赤くなった。野梨子はその様子を見て、
もしやこれは?と何となく察知していた。
自分のことは鈍感なのに、人の事となると
何故か敏感な野梨子である。しばらく沈黙が続いた。
「私も言いすぎたわ。ごめん、美童。あと・・・ありがと。」
「う・・うん」
「それより可憐、はやく着替えをなさらないと。」
沈黙を破るようなタイミングで野梨子の声がした。
「着替え?どういうこと?ちゃんと説明してよ!」
可憐は何か釈然としない野梨子に、とまどいを感じていた。
「可憐は何も考えなくて結構ですわ。さあ行きましょう。」
と、可憐は野梨子の手を引かれるままに、
百合子の衣装部屋の方に向かって行った。
「いつもの可憐だ」
美童は正直ほっとしていた。
何だか最近、君が気になって仕方が無い。
君の笑顔、君の泣き顔、しぐさの一つ一つが気になってしまう。
人一倍プライドが高くて、だけどそんな君が
時々せつなげに何処かを、何かを見つめているのに、
何だかとまどってしまう。
悲しい顔をしているたびに、何かしてやりたい、
守ってやりたいと思う。
これが僕の、本当の、正直な気持ち。
だけど僕は恐い。自分の気持ちをさらけ出すのが恐い。
こんな気持ち初めてだ。
この僕をこんな気持ちにさせたのは可憐、君だけだ。
* * *
「かあちゃん、準備は出来ただが?」
悠理の父、万作の響くような声が聞こえる。
「ふふふ・・今日くらい、思いっきり綺麗なドレスを着せてあげないとね。」
また悠理の母、百合子の話声も聞こえてきた。
野梨子は、可憐にスカーフで目隠しをしたあと、
衣装部屋のドアを開ける。ドアさえも、
まさに百合子の趣味全開という造りになっていた。
可憐はここまで来れば流れに従うしかないと半ば諦めた様子で、
野梨子の指示に従うことにした。
衣装部屋では百合子がいまか。いまか。という状態で、
可憐が来るのを待っていた様子が伺える。
「野梨子ちゃん、私がいいって言うまでスカーフを解いちゃダメよ。」
「わかってますわ、おばさま。」
野梨子はにこっと笑って答えた。
「おばさま、どういうことですか?」
可憐は訳がわからず百合子に尋ねた。
「可憐ちゃん、もう少しガマンしてね。うふふ・・可愛くなるわよぉ。
娘と言っても悠理じゃあこんなことできっこないもの。」
百合子はにっこり含み笑いをしながら答えた。
可憐は何なんだろう?と思いながらも、百合子の気迫に負け、
おとなしくしていることにした。
「もういいわ。野梨子ちゃん、スカーフを解いてあげてちょうだい。」
野梨子がスカーフをほどくと、鏡の前には
普段の美しさが何倍もましたような、
綺麗なお姫様のような可憐の姿を映し出していた。
その豪華なドレスには百合子さん御用達のフリルが施され、
その一つ一つには、ダイヤモンドやら、ルビーやら、
エメラレルドやら、宝石商の娘の可憐もびっくりするような、
何カラットともする美しい宝石が散りばめられていた。
「これが・・・私?」
「可憐ちゃん、お誕生日おめでとう」
「可憐、お誕生日おめでとう」
まだ驚きが覚めない可憐の手を野梨子が手を引いていった。
5人と5匹が首を長くして待っている、剣菱家のパーティ会場へ。
「有閑倶楽部」より。シリーズ第一話。
じつはこれが処女作だったりします。
う〜ん、やっぱり恥ずかしい。