悲しみを受け止めて

act2

作:中井真里

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「・・・好きだった。ずっと前から。
君の支えになりたいんだ。君の悲しみを
僕が少しでも受け止められればって。そう思った。
君の悲しみは、僕の悲しみだから」




思いがけない彼の言葉。
生まれて初めての告白に
体中が熱くなるものを感じた。




「・・・ありがとうございます」




自然と出てきた言葉。同時に笑みがこぼれる。
しかし、その気持ちを受け止めることは出来ない。
心の中でそう確信していた。



私の心は、自分勝手な想いで汚れすぎているから。
彼の綺麗な心をそんな想いで汚すことは出来ない。
そう思ったから。




「ごめんなさい。あなたの気持ちには答えられません」
「・・・君が謝ることじゃないよ。だけど
これだけは分かって欲しい。君が誰を好きでも
僕の気持ちは変わらないということを」



望はそう言って、悲しげに笑った。



「望さん・・・」



望の悲しげな瞳に強い罪悪感を感じたが
当時の私には、どうしようもなかった。
心の中は、彼への行き場の無い想いや
彼女への嫉妬でいっぱいだったから。




「帰ろうか。送るよ」
「ええ」



私たちはそんなことを言い合いながら
屋上の出口に向かって歩き始めた。
しかし、ふと立ち止まった。
何かが私を導いたような気がした。



しばらく見つめ合う。



「・・・望さん」
「どうしたんだい?」
「ありがとう」



気がつくと、彼の手を強く握り締めていた。
彼も同じように握り返してくれた。



私たちを包む空気は、さっきまでとは比べモノにならない程
穏やかだった。



私の手の中には、彼の握り返してくれた手の温もりだけが
いつまでも残されていた。



気がつけば、空がオレンジ色に染まっていた。
不思議と今まで見たどの景色よりも
美しく感じられた。



(空ってこんなにも綺麗だったんですのね)




今までは気づきもしなかった。
いや、気づこうとしなかったのかもしれない。



自分の想いに夢中で、なりふり構わず走っていたあの頃。
自分の想いしか見えなくて、大切な人を何度も傷つけた。
思えば一番大切なことを見失っていたのかもしれない。




ほんの少し見方を変えるだけで
物事の感じ方がこんなにも変わってくるなんて
思いもしなかった。




見渡せば、素敵なことがたくさん見つかるはずなのに。
自分を、こんなにも温かく包んでくれる人も。




そして、彼の志望校が私と同じであることを知ったのは
その後のことだった。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







「クリスちゃん」



どのくらい時間が経ったのだろうか?


ふと自分を呼ぶ声に、閉じられていた目を開いた。
気が付くと、蒼い瞳がこちらを覗き込んでいる。

その美しい瞳に私の胸は高鳴った。



「クリスちゃん、もうすぐ着くよ」
「・・・・わたくし・・・寝てしまったみたいですね。
すみません。疲れていたみたいですわ」



私達の通う、私立・青陵学園 高等部は
平尾町駅から電車で片道30分の高尾町駅から
徒歩約5分のところに位置している。


先程、高尾町駅より前の南平尾町駅を出たところだった。
まもなく高尾町駅に到着するだろう。




「クリスちゃん・・・どうしたの?」
「夢を・・・見てました」
「夢?」




まさか目の前の相手に告白された事を思い起こしていた
とは言えず、熱くなった頬を隠すようにして俯いた。


「い・・・いえ、何でもないんですの。ほら
着きましたわよ。降りましょう」


そう言って、少し早足で歩き始めた。
彼はそんな私の態度に
首を傾げながらもそれに続いた。


ふたりで並んで歩く、学校への道。
繁華街を通り、住宅街を横切ると
すぐに大きな建物が見えてくる。


学校までの道には桜が立ち並び
美しい花を咲かせていた。




「ホント・・・ここの桜は綺麗だね」
「ええ。未夢ちゃんと彷徨くんにも
見せたかったですわ・・・」



私はそんな会話を交わしながら
自然と繋がれている手の確かな温もりを
感じずにはいられなくなっていた。



やはり自分は彼に惹かれている・・・。
そう思い始めていた。



そうこうしているうちに、学校の門が見えてくる。
風紀委員が校門前指導を行っている。
そこを難なく通過すると、個人用ロッカーからすぐの所にある
2-2と書かれた教室に向かって歩いていく。



教室に向かうまでの間、私達は生徒の注目を一心に浴びていた。
やはり、彼の存在感は普通の人を圧倒的に凌ぐものがある。
私はそんな視線から外れるように、下を向いて歩く。



横の彼は、そんな私の様子を見つめて、首を傾げていた。
かつて、彼の手からひっきりなしに顔を出していた美しい薔薇が
一本も存在していないことに、そのときの私は気付く由もなかった。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






-ガラガラガラ




「あっ、クリスちゃん、光ヶ丘くんおはよ〜」
「おはようございます」
「おはよ♪」




教室のドアを開けると、数人のクラスメイトが
こちらを向いて挨拶をする。



私も、彼もニッコリ微笑んでそれに答えていく。
そうして程なく教室のほぼ中央にある席についた。
彼の席はその横に位置している。



荷物を置いて、ほっと一息。
しばらく特に仲の良い、知子や佳奈と談笑をしていたが
思いがけない情報が耳に入ってきた。



「今日ね、このクラスに編入生が来るんだって」
「そうなんですか・・・望さん、知ってました?」
「僕は知らなかったなぁ」
「何でも、男の子と女の子のふたりらしいわよ。
たまたま職員室で見た娘がいたらしいんだけど
男の子はとっても格好良くて、女の子も凄く可愛い子だったって。
なにせ、難関と言われている、うちの編入試験をパスした子達だからね。
期待大よ。どんな子達なのかなぁ」




(編入生か・・・。どんな方達なのかしら?)



思わぬ出来事に、胸が躍った。
春特有の心地よい緊張が
体中を覆っているのが分かる。



ちらりと横を見ると、彼も緊張しているのか、
表情に若干の硬さが感じられた。



やがてドアが開き、騒がしかった教室が
静寂に包まれる。



そして、扉の向こうからは、担任で美術教師の冴島翠先生が顔を出す。
明るくかつ、愛嬌のある先生で、男女問わず人気が高い。
彼女は壇上に立つと、高らかに宣言した。




「諸君、今日は編入生を紹介するよん♪ふたりとも入って」




冴島先生の声と同時に、扉の向こうから、
一組の男女が、少し寄り添いながら
緊張した面持ちで歩いてくる。



その姿を確認するやいなや、私と望のふたりは
思わず立ち上がって声を上げていた。
気が付くと教室中の視線が私達に注がれている。
しかし、それに構っていられる余裕は
このときの私達には残されていなかった。




「「未夢ちゃん、彷徨くん!」」




間違えるはずがなかった。
私の、私達にとって、掛け替えのないふたりを。




「・・・久しぶりだな」
「えへへ・・・久しぶり」




彼らはそんな私達の姿に気が付くと、ニッコリ笑った。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







それから、私達4人はクラスメイトの相次ぐ質問責めを
さらりと交わすと、校舎の中央にある中庭に出ていた。



青陵学園・高等部の校舎はこの中庭を囲むようにして
位置している。庭の中心には大きな桜の木が植えられており
季節の始まりに相応しい、美しい花を咲かせている。





「おふたりとも・・・ひどいですわ。黙っているなんて。
わたくし・・・とっても・・・とっても心配したんですのよ」




私は拗ねたように言って、制服のポケットから取りだしたハンカチで
止めどなく溢れ出してくる涙を拭いた。




「ふたりとも、事情を話してくれないかい?」




望はそんな私の様子を、少し心配そうな面持ちで見つめながら
話を切り出していた。




未夢ちゃんと彷徨くんのふたりは、目を閉じると
何かを思い出すように話し始めた。




「あれから俺達、未夢の実家近くにある私立高校に通ってたんだ」
「お互いの気持ちを確認することが出来たし、
同じ時間を過ごすことも出来る。本当に幸せだった・・・。
でもね、決定的な何かが欠けてるって気が付いたの」




「決定的に欠けているモノ・・・ですか?」
「それはいったい何だい?」




私と望は、首を傾げながらそう聞いた。



「・・・それはお前達だよ。花子町・・・今こそあの約束を
果たすときだ。そう思った。それから未夢の父さんと母さん、つまり
優さんと未来さんに事情を話して、ここの編入試験を受けさせて貰ったんだ」
「パパもママも、すぐに賛成してくれて。凄く淋しそうだったけどね。
今は二人で西遠寺に住んでるの。昔みたいに四人家族ってわけには
いかないけど・・・。えへへ」




未夢ちゃんはそう言ってにっこり笑った。
彷徨くんも照れ臭そうに横を向いて頬を掻いている。
ふたりの言葉が私の胸に深く深く刻み込まれた。




「クリスちゃん・・・黙っていてごめんね。
びっくりさせたかったの。それから・・・ありがとう。
心配・・・してくれてたんだね」



新緑色の瞳から、涙が零れる。



「いいえ・・・いいえ。私、ずっと待ってました。
おふたりがそうやって帰ってきてくれるのを」



自然と出てきた言葉。
ずっと言いたかった言葉。



幸せそうなふたり。
お互いの存在を確かめ合うように
心から幸せそうな表情を浮かべているふたり。



でも、以前のような痛みは感じない。
胸の奥が暖かな感情で満ちてくる。




「未夢ちゃん、彷徨くん。そう言えば
大切なことを言い忘れてましたわ。ねえ、望さん」
「そうだね・・・僕もすっかり忘れてたよ」





目の前のふたりは、訳が分からず、不思議そうにこちらを見ている。
私達はお互いに目配せをすると、再び前に向き合った。








「「おかえりなさい」」







未夢ちゃんと彷徨くんも、その意味が分かったらしく
すぐに言葉が返ってきた。







「「ただいま」」








そう言って、4人で笑い合う。
無くしていた時間。
取り戻したかった時間。





それが今・・・ここにある。






桜の花びらが、風に揺れて散っていた。
そんな私達の新しいスタートを祝福するように。







THE END






(おまけ)





「それにしても、クリスちゃんと望くんって
そんなに仲よかったっけ?」
「意外な組み合わせだよな。お前達」
「わ・・・わたくし達はそんな関係じゃありませんわ」



「クリスちゃん・・・僕はまだ君のことが・・・」
「わ・・・わたくしも・・・その・・・」



(わたくしも、望さんが好きです)
(クリスちゃん・・・僕は嬉しいよ・・・)



そんなクリスと望の周りには、すでに彼らだけの世界が形成されていた。
未夢と彷徨はその様子に、思わずため息を突くのだった。









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こんにちは、流那です。
春企画の作品をお送りいたしました。


私にとっては久々の未夢×彷徨×クリス×望。
正確にはクリス×望と書く方がいいかもしれません。


春、変化というテーマを頂いて、
いろいろ考えを巡らせた結果
このような形になりました。



設定はアニメ最終回から2年後。悲しみと向き合い、
新たな現実に向かって歩いていくクリスの姿を
書いてみたくてこのような設定にしてみました。



一番苦労したのは、回想シーンとのバランスです。
あちらこちらに表現力の無さが目立っていますね。
また、残念なのが未夢ちーをあまり絡められなかったこと。
この辺りは私の力量不足です・・・。かなたんもいつもながら
妙に老けすぎてらしくないですし。



それでは読んで下さって、本当にありがとうございました。



'04 3.15    流那



('04年 春のイベントに参加させて頂いた作品です。)



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