白衣かなたんver1.0(仮)-short stories

Love4 ++ 雨のFaraway ++

作:中井真里

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雨がしきりに降り続けるあの日、
一人の少女に出会った。



少女の瞳からは涙が溢れ出していた。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







-10月






その日は、朝から雨だった。





夜勤帰りの未夢はその中を歩いていた。
頭の上には、水玉色の傘が揺れている。



しきりに降り続ける雨。


涙の雨。




未夢は胸の奥が
ズキリと痛むものを感じていた。



(バカだな、私。こんな結果になることくらい、
分かっていた筈なのに・・・)



何だか、無性に泣きたくなった。



そのとき、1人の少女が飛び込んできた。



「ご・・・ごめんなさい。わたくし
少し考え事をしてたものですから」


少女は未夢の姿に気が付くと
ぺこりと頭を下げる。


見たところ、17・8歳の少女。
しなやかに伸びる赤い髪が雨に濡れている。


整った美しい顔立ち。
瞳からは涙が溢れ出していた。





雨・・・涙・・・・





そんな彼女の姿を見ていると
このまま放っておけないような気がした。



そう決心して、今にも倒れそうな体で
その場を立ち去ろうとしている彼女に
後ろから声を掛ける。



「ねえ、あなた。うちに寄っていかない?
このすぐ近くなのよ」



そう言って、微笑んでみせる。



少女は一瞬躊躇ったが、
未夢の笑顔に信用出来るものを感じたのか
黙ってこくりと頷いた。








◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇








少女はふと気が付いて眼を開けた。
窓からは朝の光が射し込んでいる。




(そうか・・・わたくし、昨日親切な人に
お会いして、看病して頂いて、それから・・・)




内心そう思いながら、
自分はベットの中にいる。
そんな事実に気が付いて
辺りを見回してみる。




そして、自分の部屋でないことを確認すると
(わたくし、連れ戻されたんじゃ無かったんですわ)



そんなことを考えながら、
ほっとため息をついた。




布団の上では、自分より5つくらい年上の女性が
気持ちよさそうな寝息を立てて眠っている。




肩まで伸びる金色の髪が
光に反射して、一層輝いて見えた。




その姿は、まるで天使のようで・・・。




少女は起こさないように
ゆっくりベットから降りた。



すぐに台所を探し当てると
冷蔵庫の中から、適当な材料を取り出す。




そして、まな板を置き、包丁を握った。



まず、野菜を適当な大きさに切って
皿に盛り付ける。



次に暖まったフライパンに卵を割り入れる。
最後に食パンを取り出し、蜂蜜を塗り
オーブンに入れる。




しばらくして、2人分の朝食が出来上がった。








◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇








未夢はふと台所の方から漂ってくる
匂いに気が付き、眼を覚ました。




「あれ・・・私、あのまま眠って・・!?」



そう呟いて、ベットの上に
少女の姿が見えないことを確認すると
慌ててあちらこちらの部屋を探し始めた。



4LDKのマンションだけに、部屋がいくつもある。
もちろん、彼女ひとりで借りたわけではない。
両親が、上京時に使っていたものを
譲り受けた形になっている。




そして、最後にキッチンルームのドアを開けると
少女が顔をニッコリさせながら
中央のテーブルに腰掛けていた。




「あの・・・朝ご飯、簡単なものしか作っていませんが
食べて下さいな。昨日のお礼です。それから冷蔵庫や台所、
勝手に使っちゃってすみません。」



「よかったぁ。もしかして、
出て行っちゃったかと思ったから」



未夢は、少女の姿を確認すると
安心してへたり込んだ。



「す・・・すみません」
少女は慌てて頭を下げた。



「いいよ。こうして元気になったんだし。
それより早くご飯食べようよ。
私、作ってもらったのなんて久しぶりなの」


そう言って優しく微笑んだ。


少女は、その笑顔に、傷ついた自分の心が
少し和らいだような気がしていた。








◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇








テーブルの上には目玉焼き
トマトとレタスのサラダ
ハニートーストが
美味しそうな湯気を立てていた。




「そう言えば、あなた名前聞いてなかったわね」




未夢はトーストを頬張りながら、
はっと思いついて、話を振る。



少女は暫く黙っていたが
何かを決心したように口を開く。



「わたくし、花子町クリスティーヌと言います。
母がフランス人なもので。クリスって呼んで下さいな
今後もお見知り置きを。」



そう言って、軽く頭を下げた。
その瞳には、なぜか強い意志が感じられた。



「私は光月未夢。平尾町病院でナースをやってるの」



(花子町・・・どっかで聞いたことあるような?)
未夢はそう思いながら、目の前のクリスという少女に
普通の子とは違う雰囲気を感じ取っていた。



もしかして、何処かのお嬢様かしら?



「あの、どうかなさったんですか?」
クリスは不安な面持ちで未夢の顔を覗き込んだ。




「ううん。何でもないの。それで、どうして
あんなところを歩いていたの?雨の中を
それもびしょ濡れで」
「わたくし、わたくし・・う・・ううっ」



クリスは瞳いっぱいに涙を溜めると
机に俯して泣き出してしまった。



未夢は彼女が落ち着くのを待って
話の続きを促した。




「わたくしの父は、花子町医院という
大きな病院を経営しているのですが
あろうことか、このわたくしに
お見合いの話を持ってきたんです」




(なるほど・・・花子町病院の・・・あれ?)
未夢は先程までの疑問が
解けたような気がしていた。
同時に新たな疑問が沸いてきた。



「うんうん、それで?」
そして、ただならぬ事情に
思わず身を乗り出して話を聞く。




「それで、喧嘩になって、家出をしてきたのですが
何分、家出なんて初めてなもので、何も持たず
家を出てきてしまって。もう、無我夢中でした。
だって、わたくしには好きな方がいるんですもの。
あぁ〜いっちゃいましたわ・・・ふふ」




クリスは言い終わると、赤くなって下を向いた。
未夢はそんな彼女の姿を微笑ましく思っていた。




「そっか・・・私の逆だね。私、
好きな人がお見合いすることになって。
彼、同じ職場のドクターなんだけど、
大きな病院のお嬢さんだって話でさ。
それも凄く美人らしくて。
私なんてお呼びじゃないって感じなんだよね」




未夢はそう呟くと、悲しそうな表情で
窓の外を見た。昨日とは打って変わって
青々とした空が広がっている。



こんなときの青空はなぜだか
不安な気持ちになる。
自分の居場所を失ってしまいそうで。



「未夢さん・・・」
クリスにはそんな未夢の気持ちが
痛いほど分かるような気がした。




自分も同じだから。



好きな人を追いかけて。
それでも追いつかなくて。



「クリスちゃんはいいな。自分の気持ちに正直で。
私はいつだって臆病で、自分に嘘をついてばかり・・・」
未夢はそう呟くと、顔を曇らせた。




あなたを好きだという想いばかりが積もっていく。


行き場のない想いを抱えながら
いったい何処へ行こうとしているのだろう?


時々不安で溜まらなくなるの・・・。



クリスはそんな未夢の姿に
自分を重ね合わせていた。





「ねえ、未夢さん。今日お仕事は?」
「夜勤明けで休みだけど?」
「だったらたまにはパーッとしません?
私って遊園地も行ったことないんですもの・・・」
「うん。行こう!」




意見が一致して、思わず微笑み合った。
その姿は、まるで実の姉妹のように見えた。









◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇








一方、平尾町病院・外科医室では
部屋の中央に置かれたソファーで
二人のドクターが向かい合って座っていた。



「ねえ、西遠寺くん。どうするんだい?
”彼女”誤解したかもよ」



百戦錬磨の望も今回の事態は
お手上げとばかりに、両手を開いた。





「・・・・・」





彷徨にもはや言葉を返す余裕は無くなっていた。





その頃、平尾町病院では”西遠寺彷徨”の
お見合い話で持ちきりになっていた。
なにせ、この病院ではクール・硬派で定着している
彼がお見合いするというのだ。
話題にならない筈が無かった。




しかもお相手は、大病院の令嬢という。




院長である、花子町は
”彼”、彷徨の評判を聞きつけて
娘とのお見合いを打診したのだ。




ゆくゆくは花子町医院の跡取り
という意味も含めて。




彷徨も最初は断っていた。
しかし、院長の手前、
そう言うわけにも
行かなくなったのだ。



形だけでもと、上司から迫られ
断るに断れなくなってしまった。
噂というのは無情なもので
それに尾ひれが付いたように広まった。




中には彷徨のことを”野心家”と
罵る人間も少なくなかった。




当然、未夢の耳にも入った筈だ。
そう考えると、彷徨の胸はズキリと痛んだ。
誰にどう思われようと構わない。



だけど、未夢にだけは
本当の自分を分かって欲しかった。



本当は誰よりも不器用で、子供で。
行き場のない感情を持て余している。



そんな自分を。



きっと”彼女”なら分かってくれる。
そんな気がするから。



彷徨は拳を握りしめると、
何かを決心するように立ち上がった。
その瞳は、今までに無い
強い意志と気迫で満ちていた。




望は、その様子を
黙って見守るしか出来なかった。



彷徨の真剣でひたむきな瞳に
呑まれてしまったから。



何者も寄せ付けない強い気持ち。
改めて、彼の想いが
本物であることを知ったから。




望は思わずゴクリと息を呑んだ。
額からは汗が流れていた。



そして、彼の胸に刺さっている薔薇が
ポトリと床に落ちた。



まるで、事の起こりを前兆するように。
望はその薔薇を拾うと、自慢の金髪を
掻き上げながら、小さく呟いた。





「すべては君たち次第だね・・・」








◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







-ファンタジー・パーク





「うわぁ。遊園地って凄いんですのね」



クリスは、まるで幼い子供のように
目を輝かせながら、辺りを見回している。


未夢は、そんなクリスの姿に在りし日の自分を
重ね合わせていた。


そして、想う。自分は純粋な心を無くしてしまったと。



”彼”を純粋に愛していた自分。



誰かを愛する心はときに、
相手をナイフのように傷付ける。



純粋に人を愛すれば愛する程、自分がそして
相手が傷付いていく。



それが怖くて、一歩も踏み出せずにいる自分。
だけど、心の奥底から彼の姿を追い求めている醜い自分。



どれも本当の私。



私は私でしかないんだ。



クリスが自分に向けている
偽りのない笑顔を見つめながら
未夢はそう感じ始めていた。



「未夢さん、ほらほら。早く行きましょう」



クリスが数メートル程離れた先で
こちらに手を振っている。



(そうよ、どんなことがあっても、私は西遠寺先生が好き。
この気持ちは変えられないし、譲れないから。だったら私は
彼を好きでいればいいだけ)



未夢は自分の心にそう言い聞かせると
クリスの方に向かって走り出した。



それから二人は、何かを吹っ切るように遊び回った。
その瞬間だけは、少女に戻れたような気がしていた。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇








-午後





未夢とクリスはベンチに座りながら、一息。
年甲斐もなく、はしゃぎすぎてしまったのか
少し足が痛かった。



先程までホットコーヒーを片手に
他愛もない話で盛り上がっていたが
突如、哀しそうな表情で空を仰ぐと
こちらに向き直った。



そして、ぽつりと一言。




「未夢さんの好きな人ってどんな方なのですか?」





未夢は突然の質問に一瞬戸惑ったが、
手を胸に当てると、一言呟く。




「不器用だけど、優しくて、温かい人・・・かな?」




そう言いながら、未夢の頬は桜色に染まっている。
今のクリスには、たったそれだけのことで
彼女の中にある”想い”の強さを感じ取れた。




届かなくて、愛おしくて。


だけど遠くて・・・。




そんな気持ちを抱えながら、
あの息苦しい家を出てきたのだから。



父の愛は、自分にとって
鉛より重かった。



母が死んだ今、自分の居場所は無いに等しかった。
父が作り出した偽りの場所など、欲しくなかったから。




母の遺言を今でも想い出す・・・。




「ねえ、未夢さん。死んだ母が、
死ぬ間際にこういったんです。
いつか、消えない虹を掛けなさいって。
そして、いつの日か、小さな自分の手を、
優しく包み込んでくれる人と出会いなさいって。」




クリスはそう言ってふんわり笑った。





「消えない虹?」




未夢は、ぽかんとした表情を浮かべながらも
そう呟いてみる。しかし、意味を理解することは
出来なかった。




「どんなことがあっても消えることのない
心の虹って意味だと、私は思っています
そしてそれは、心から信じ合える人と
結ばれることによって、つくられる・・・。」





「心の虹、心から信じ合える人・・・」





クリスの言葉は未夢の心を優しく包み込んだ。
まるで、魔法の呪文のように。




(そして、一世一代の恋は絶対に離すな!)




心の中はそう囁いているように感じた。





それからどのくらい時間が経ったのだろうか?
ふたりは黙って、目の前の景色を見つめていた。






第一声は未夢の方からだった。





「・・・・・ねえ、クリスちゃん。
クリスちゃんの好きな人って?」
「はい。私の好きな方は、
小さい頃からいつも一緒にいて。
本当の兄のような存在でした」




そうして一語一語、丁寧に話す彼女の表情は
恋する少女そのものだった。




「幼なじみなんだね」
「はい。でも、私にとってあの方は、ただの
”妹”でしかないって分かってしまったんです」





次第にクリスの表情が曇る。
どうしようもないって分かっている。
だけど、気持ちは止められない。




そんなクリスの強い想いが
未夢の胸に痛いほど伝わってきた。





「それに私はあの方に比べればまだまだ子供で。
だって、5つも年が離れているんですもの。
いつもその背中に追いつきたくて。必死で」



その瞳は驚くほど真剣に前を見据えていた。
まさ幼さの残る可愛い少女の姿とは裏腹に。




「クリスちゃん・・・」




自分より5つも年下の少女が
行き場の無い想いを抱えながら
必死に生きている。



未夢はそんな彼女の姿に
強く勇気づけられたような気がしていた。





(私はもう、自分の気持ちから逃げたりしない)




いつか、消えない虹を。
そして、心から信じ合える相手を。




新緑色の瞳には、一層強い光が宿っていた。







-夕方





一通り、すべてのアトラクションを乗り終えると
空はオレンジ色に染まっていた。


未夢とクリスのふたりは、
秋風が通り抜ける道を並んで歩いていた。
お互いの手が自然と繋がれる。



そのとき、ふたりの前を
一台のスポーツカーが止まった。
見覚えのある、紫色。



(まさか・・・)



未夢の予感は的中した。




車から顔を出したのは、
金髪の美青年だった。








◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇








「光ヶ丘先生・・・・」




金髪の美青年・望は颯爽と車から降りると
未夢の前に赤い薔薇を差し出した。



その横では、クリスが
望を鋭い眼光で睨み付けている。



「光月くん。クリスがお世話になったみたいだね。
お礼を言うよ。ありがとう」



そう言って、幾人もの女を虜にしてきた
笑顔を、何の躊躇いも無しに浮かべて見せる。




「クリスって・・・光ヶ丘先生とクリスちゃんて、
お知り合いだったんですか?」
「まぁ、幼なじみってところかな。
僕にとっては可愛い妹だよ」




(そうか・・・クリスちゃんの想い人って)




さすがの未夢もすぐに気が付いてしまった。
クリスが強い想いを寄せている相手が
望だということを。




”僕にとっては可愛い妹だよ”




同時に先程の決定的な一言を耳にして
胸が痛くなってくる。




もし、自分がクリスの立場だったら、
苦しくて、苦しくて、
息さえも出来なくなってしまうから。





望は、未夢が内心そう思っているとは気づかずに
クリスの元に歩み寄っていく。




「さぁ、クリス。僕と一緒に帰ろう。
お父様も心配なさってる」
「嫌です」




望はそう言って、手を引こうとするが
クリスはそれを強く振り払った。




「クリス、言うことを聞きなさい。
お父様がどれだけ君のことを気に掛けているか
分かっているのかい?お母様が死んで以来
心のよりどころは君だけなんだ」




その表情は普段、未夢が知っているものとは
全く異なっていた。



クリスを見据える真剣な瞳。
その奥底に隠されている優しい表情。



(光ヶ丘先生にとってクリスちゃんは
掛け替えのない存在なんだ)




そう思えるくらいに。



その感情が、今は”妹”だとしても
いつか、”女”としての感情に
変化する日が来るのだろうか?



もし、それが変化しなかったら、
クリスはどうなってしまうのだろう?
そんな想いばかりが頭の中を駆けめぐった。




「わたくしは、お父様の人形ではありません。
望さんだって、私がお父様とお母様の間で
どんな想いをしてきたか、分かっている筈なのに
どうしてそんな事を、おっしゃるの?」



尚も手を引こうとする望に
クリスは一生懸命食い下がろうとする。



心の中で、望には叶わない。
そう思っていても。



これは、半ば女の意地なのだ。




未夢にはそう感じられた。




「クリス、君はお父様の気持ちが
ちっとも分かっていない」


望は先程までの穏やかな口調とは
打って変わって声を荒げる。




「分からなくて結構ですわ。お父様が
外で愛人なんてつくらなければ
お母様は死んだりしなかった。
それに、私はお父様の本当の娘ではな」



言い終わらないうちに、望の平手打ちが
クリスの頬に当たった。




「二度とそんなこと言うんじゃない。
ほら、帰るぞ」




強ばった望。病院では
決して見られないものだった。




突然の変貌に、叩かれたクリスの方も
呆然と頬を抑えている。




いつも気取っていて。女には優しくて。



もしかしたら、病院での姿こそ
フェイクなのかもしれない。



未夢はそう思い始めていた。








◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇








夜8時。





未夢は自宅のマンションにて
遅めの夕食を迎えていた。





あれからクリスは、望の手に引かれるまま
家に帰って行った。




(ふふ。さっきまであんなに
帰らないって言い張ってたのに
現金なんだから)





もしかしたら、望はクリスに本気なのかもしれない。





そう思ったら、クリスが羨ましくなってきた。
同時に、自分の置かれている状況が
何とも惨めに感じられた。




頬に温かいモノが伝う。






「あれ?どうしたんだろ。悲しくなんかないのに」





そう、自分にクリスと同じような
見込みがあるとは思えない。



きっと、”彼”は私を怒ってはくれない。
私がいなくなっても、探してはくれない。




(結局、私の居場所なんて、どこにもないんだ。
私には、今の仕事しかない。大切なものなんて
つかめそうもない・・・。)




襲いかかる不安に、胸が押しつぶされそうだった。




(今日はもう寝よう)





そう思って、椅子から立ち上がると
突然、携帯の着信音が鳴った。








◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇









「光月、急にごめん」
「さ・・・西遠寺先生」





彷徨の低い声が、未夢の胸を揺らした。




今、一番聞きたかった声・・・



そう思ったら、先程までの不安が
少し和らいだような気がしていた。




「光月、あのさ。俺の見合いの話なんだけど・・・」
「お・・・お見合い、なさるんでしょ?
良かったじゃないですか」




本当はそんなことが言いたい訳じゃないのに。
今の未夢には、想いとは裏腹の言葉で逃げる術しか
残されていなかった。



「そうじゃないんだ。見合いの話、無しになったんだよ」
「ど・・・どうして?」



突然の急展開に、思わず声を上げた。




「俺も驚いたんだけどさ。先方から突然
断りの電話が入ってきたらしくて。
何だかほっとしてるよ」




「そんな。本当は内心がっかりしてるんじゃないんですか?
すごくいいお話だったんでしょう?」




本当は嬉しくて溜まらないくせに
出てくるのは、気持ちとは反対の言葉。





「そんなわけないだろ!?」
「せ・・・先生?」




彷徨の大きな声に、未夢は思わず
電話を落としそうになってしまった。





「あ、ご・・・ごめん」




(はぁ・・・)




電話の向こうではため息が聞こえてきた。
が、未夢にとっては訳が分からず
首を傾げるしかなかった。




「そ・・・それをお前に知らせたくて。
突然、ごめん。じゃあな」





(先生ったら、どうしたんだろ?)





電話が切れた。未夢は訳が分からずに
しばらくぼーっと立ち尽くしていたが
心の中は救われたような気がしていた。




(私はまだ、西遠寺先生を好きでいられるんだ)




目の前には無限の可能性が広がっている。
今は、その可能性を信じるしかない。




私は、絶対にこの恋を投げ出したりしない。
想いが叶わなくて、苦しくても
自分の気持ちに嘘はつかない。





(いつか、貴方との間に消えない虹をかけるの・・・。)




未夢はそう決心していた。








一方、電話の向こうでは、電話を握りしめて
大きなため息をついている青年が1人。





「俺って、やっぱ情けないよな」




勇気を振り絞って伝えた言葉が
お見合いの話なのだから。



彼女への行き場の無い想いは
胸の中に仕舞ったまま・・・。





(はぁ・・・。いったいどうなっちまうんだろうな?)






今夜も眠れそうに無かった。










◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇








-次の日の朝




医務室でカルテの整理をしていると
後ろから望に肩を叩かれた。




「ふふ。西遠寺君、良かったじゃないか」




喜んでいるのか、単にからかっているのか
相変わらず真意が読めなかった。




「あれって、お前の仕業だろ?」
「仕業とは失敬な。たまたま君のお見合い相手が
僕の幼なじみだったんだよ。彼女があまりに嫌がってるから
お父上に進言したまでのことさ」




そう言って、自慢の髪を掻き上げた。



「ずいぶん、大切にしてるんだな」
「まぁ、幼なじみだからね」




(こいつ・・・まさか?)




そう思ったが、すぐに考えの浅はかさに
気づかされることになる。




「さぁて、ナースに朝の挨拶でもしてくるかな?
今日の薔薇も準備オッケ〜ふふ。待ってておくれ〜
僕のレイディもといナース達♪」




そう声を上げると、ナースステーションへ
一目三に走っていった。





「ったく、相変わらずなやつだな。
人の気持ちも知らねーで。
さて、俺も行くか」






「西遠寺先生、おはようございます」
「お・・おはよう」




いつものように交わされる挨拶。
いつもの笑顔。



こうして誤解は解けたものの
二人の仲は一向に進展しないまま、
冬を迎えようとしていた。




想いは、秋の風に包まれたまま・・・







THE END







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







こんにちは〜流那です。




少し間が空いてしまいましたが
白衣かなたんシリーズ第四段を
お送り致しました、



間が空いたにもかかわず
内容が中途半端ですみません。
中身もほの甘もあったもんじゃないし。



いろいろ書きたかったこともあるのに
まとまりませんでした。



とりあえず、クリスちゃん登場の回ってことで
お許し下さいまし〜うふ(爆)。


もう少しかなたんも絡めたかったんだけど
そこまで力量がついてきませんでした。
もっと精進しなきゃ。



次のお話は、キリリクとフリー小説を
仕上げてからということになりそうです。



よかったらまたお会いしましょう♪
ではでは〜




BGM:「雨のFaraway」song by 橋本舞子






'03 9.17  流那







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