作:中井真里
-平尾町病院・外科病棟
「あっ、西遠寺先生よ」
「ホントだ今日も素敵ねえ。望センセも素敵だけど
彼もいいわよね。ハンサムだし、白衣も似合ってるし
優秀だし、悩ましいような切なげな表情が。
恋でもしてるのかしら」
「えっ・・・あの女嫌いで有名な西遠寺先生がぁ?」
「なんでも同じ病棟のナースにアプローチしてるって
もっぱらの噂よぉ」
「そ・・・それは意外だわぁ」
そんなナース達のうわさ話に耳を傾けつつ
俺は思わずため息をついた。
そして、心の中で呟いてみる。
俺に足りないものって何だろう?
最近、妙に考えるようになった。
その理由(わけ)は・・・・。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「なぁ、光月。そ・・・その仕事が終わった後暇か?」
「いえ。別にありませんけど」
「ならその、食事でもいかないか?
この間、良い店見つけてさ」
「ごめんなさい。あの・・・私
空いた時間に少しでも勉強したいので」
そう言って彼女、光月未夢はにっこりと笑って去っていく。
「はぁ・・・」
思わずため息をついた。
ここ最近、こんなことの繰り返しが続いている。
あぁ、俺・・・どうしちまったんだろうな。
(さてと、帰るか。今日は宿直も無いし
久しぶりにゆっくりと・・・)
そう思ったときだった。
「やぁ、西遠寺くん。ひとりでいるところを見ると
また”彼女”に振られたんだね」
こいつは同僚の光ヶ丘望。
その容姿はナースや女性患者を引きつけて話さない。
いやみなやつだけど、ウマは結構合うんだよな。
にしても、毎回派手なスーツ来てるよなぁ。
「うるせー」
俺は思わず、ジロリとやつを睨み付けてやった。
ったく、人の気持ちを考えずにものをいうやつだ。
「まぁ、まぁ。たまには男同士で
呑みにいかないかい。あいにく
僕もめずらしく←強調 振られたもんでね」
「ああ、いいぜ。別に。今日は帰って書類整理して
寝るだけだし。珍しく暇なんだ」
「じゃぁ、僕の後に付いてきてくれ。
君はバイクだろ」
「分かった」
青いスポーツカーの後に俺の運転する
深紅のドゥカティが続く。
そんなこんなでやってきたのは
しゃれた印象のバーだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そのバーは、繁華街から
少し外れたところにあったが
小綺麗な印象で、若者が多いのも
納得出来る。
カウンターテーブルに
しゃれた洋風の家具が
店全体を彩っている。
「よぉ、光ヶ丘。久しぶりだな」
「高山。久しぶり」
カウンターで光ヶ丘に手を振っているのは
短髪で切れ長の瞳が印象的な男。
横にいる俺を見て、満足そうな顔をしている。
品定めをされているようで、少し嫌な気分になった。
「足りないからひとり連れてきたよ。
なかなかだろ?何せうちの病院では
僕に次いでモテる男だからね」
望は高山という男に俺のことを
そう説明した。ったく、人のこと
好き勝手言いやがって。それに足りないって
どういうことだよ?
俺は、心の中でそう叫んでいた。
「ああ、上出来だよ。これで向こさんも
いちころかな?楽しみだよ。
久しぶりの合コンだしな」
(ご・・合コンだとぉ!は・・・はめられた)
俺は叫びそうになる口を必死に抑えた。
高山はそう言うと、呆然と突っ立っている
俺の前に、ツカツカと靴の音を立てながら近寄ってきた。
「まずは自己紹介だな。俺は高山由樹。
光ヶ丘とは同じ医大だったんだ。
今日はそういうわけでよろしく頼むわ。」
そう言って右手を差し出す。
「俺は西遠寺彷徨。よろしく」
とりあえず、この場は光ヶ丘の顔を立てて
握手をしてやった。
「見かけより無愛想なんだなぁ。
もしかしてこういう場って初めてなのか?」
「まあな」
(悪いかっ!)
そう思いながら、ぶっきらぼうに答えを返す。
「ふふ彼はね。合コンどころか
今になって初恋の真っ最中なんだよ
女にもてるくせにこれまたウブでさぁ
さっきもデートに誘って振られてきたばっかりなんだよ
いくらでも噂のあるお前と一緒にされてもなぁ」
光ヶ丘は俺をからかうような目で見ると
人のプライベートをペラペラと高山に捲し立てている。
高山は俺の方を見ると、にやりと笑ってこういった。
「もしかして西遠寺って、その年になってチェリーか?」
(///なっ・・・・)
俺が呆然としていると、光ヶ丘が間に割ってはいる。
「まぁまぁ。人数合わせに無理言って誘ったんだから。
仕方ないよ。彼はちょっと特殊でね。
それに、彼女達がそろそろ来る頃だよ」
こいつ・・・いいやつ何だか悪いやつなんだか。
そのとき、入り口の方から声がした。
「遅くなってすみませ〜ん。人数が足りなくなって
無理矢理連れてきたものですから」
(あ〜あ。俺と同類か。きっとはめられたんだな)
そう思いながら、俺は彼女達の方を見て、愕然とした。
「光月!」
心の中の叫びが言葉になった瞬間だった。
同時にバイクのキーが手から滑り落ちた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺は彼女の方をしげしげと見つめた。
間違いない。
うちの病院かつ
俺と同じ病棟に勤めているナース、光月未夢だ。
一方、光ヶ丘は思わぬアクシデントに
こちらを見て、ニヤニヤ笑っている。
ピンク色のパンツスーツに
胸は薔薇のコサージュ。
彼女の細身のラインを
一層引き立てていた。
そして、普段は後ろにまとめている髪を
さらりとストレートに伸ばしている。
(か・・可愛い)
病院での印象とはまるで違っていたが
彼女の意外な一面を見た気がする。
子供達に天使のような笑顔を見せる彼女
とは思えないくらいに。
って、何言ってるんだ俺。
しばらくぼーっと突っ立って
彼女に見とれている自分がいた。
彼女も俺に気が付いたようで
恥ずかしそうに下を見て俯いている。
(そりゃ嫌だよなぁ。)
俺だって嫌だ。知り合いに
合コンでばったりなんて。
誤解される可能性だってあるし。
合コンなんていわば恋人漁りの場だしな。
光ヶ丘の方はというと、そんな俺を見て
すべてを悟ったようにニヤニヤと笑っている。
こ・・・こいつは人の気も知らねーで。
ま・・・まぁこれはとにかく
チャンスなのかもな。
そう思っているうちに、カウンターテーブルの近くにある
相席に場所が移された。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
さて、合コンの方はというと
一通り自己紹介も済み、各自談笑
ということになった。
運良く?彼女の前の席になった俺は
なかなかきっかけがつかめず
言葉を交わすことも出来ずにいたが
とりあえず、カクテルを手渡して
にっこり微笑んでみた。
「あ・・・ありがとう・・ございます」
光月は、両手を受け取るとそう
たどたどしく言って、いつもと違って
やや堅いが、笑みを返してくれた。
にしても、薄着してんなぁ。
きっと一緒に来た友人に無理矢理
ドレスアップさせられたんだろう。
そう思いながら凝視して赤面している
自分に気づく。見つめ返されてふっと眼をそらした。
しばらく、沈黙が続いたが
一声は彼女の方からだった。
「あの、西遠寺先生はどうしてここに?
光ヶ丘先生もご一緒みたいですけど」
光月はカクテルを一口呑んで
グラスを置くとそう話を切り出した。
「あいつにはめられたんだよ。
計算出来ないことも無かったんだけどなぁ
ちょっとセンチになってたし」
俺は、頭に来てたからホントのことを
いってやる。何より誤解されたくなかったからな。
「そうなんですか?実は私も」
そう言ってえへと笑って見せた。
俺はその笑顔に見とれて
しばらく黙っていた
が、すぐに彼女の様子が
おかしいことに気がついた。
「私ってねえ。好きな人に素直になれないんです。
意図的に避けてみたり。どうしてかしらねえ。
西遠寺さんやぁ〜分かります?」
(こいつ・・・たった一杯のカクテルで
酔っぱらってるぞ。大丈夫かなぁ)
「ああ、分かるよ。俺もそうだからな」
そう思いながら、話だけは聞いてやる。
が、だんだん舌が回らなくなって
聞き取れなくなってきた。
「わ・・たし、そのひとっの・・・ことっ」
(こいつ、帰った方がいいかもなぁ)
「俺、そろそろ帰るよ。ついでに光月送っていくから。
こいつ、酔っぱらって帰れそうもないし」
俺はそんなことを考えながら立ち上がると、
メンバーにそう宣言する。
そして、ポケットからバイクのキーを取り出した。
「西遠寺くん、せいぜい送りオオカミにならないようにね」
「うるせー」
光ヶ丘の言葉に、答えを返しつつ
自分名義のクレジットカードを
やつの前に置く。
そして彼女の持っていたバックを手に取ると
酔っぱらって歩くのもやっとの彼女に肩を貸し
店を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
数分後。俺は酔っぱらった光月を背中に乗せて
バイクを走らせていた。
やけに月の綺麗な夜だった。
背中に熱を感じる。
好きな女を後ろに乗せて走っているのだから
当たり前なのだが。
こんなこと、初めてだったから。
にしても、こいつの家って何処だったっけ?
確かナース専用の寮には入ってなかったような。
そんなことを考えつつ、後ろの彼女の声に掛ける。
エンジン音にかき消されないよう、自然と大きな声になる。
「あのさぁ、お前の家ってどこだっけ?」
「えっとぉ・・・び・・びょういんのちかく・・・です」
「病院ってうちの病院か?」
「そ・・そう」
(それだけじゃわかんねーよ・・・)
俺はそう思いながら、仕方ないので自分のマンションに
連れていくことにした。
体中の熱のせいか、風がやけに涼しく感じた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺の部屋はマンションの五階にある。
バイクを地下の車庫にしまい、
眠ってしまった彼女を背中に背負い込むと
エレベーターに乗った。
酒のせいか、唇が潤いを帯びている。
思わず、顔を近づけてみたが。
「みずきおにいちゃ〜ん」
という声に、直前で止まった。
こいつ・・・やっぱり、
好きなやついるんだな。
俺が入る隙間なんて。
何だか切なくなった。
彼女に触れているのは自分なのに
彼女の心を占めているのは別の男・・・。
部屋に帰ってからは、殆ど何も覚えていない。
彼女をベットに寝かせたとこまでは記憶にあるのだが。
俺は体中の熱と、疲れから
書類の整理もせずに眠りについた・・・
のだと思う。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
-朝
窓から差し込む光で俺は眼を覚ました。
何だかいつもより布団が重いような。
そう感じながら、布団を捲ってみると・・・。
そこには光月未夢が昨日のパンツスーツのままで
すやすやと寝息を立てていた。
「うわぁっ!!!」
俺は思わず、声にだして叫んでしまった。
その声に気が付いたのか、彼女も眼を覚ます。
そして数分後に待っていたのは。
-パシン
という空しい音だった。
「私、西遠寺先生がそんな人だとは思いませんでした。
患者さんへの笑顔とか、テキパキとした仕事ぶりとか
勉強熱心なところとか、本当に素敵な人だと思っていたのに
私、帰ります!!」
彼女は新緑色の瞳に涙を溜めながら、
マンションを出ていった。
俺は叩かれた頬を抑えて呆然と立ち尽くした。
叩かれた頬以上に、胸の奥がチクリと痛んだ。
こうして、俺の頬には大きな手形がしばらく残っていた。
作業の合間に大きなため息。
思わず耳を澄ますと、ナースのうわさ話が聞こえてきた。
「西遠寺先生の頬の手形、見た?」
「見た見た。あれって、例の彼女かしらねえ」
「さぁ」
「でもこれで暫く話題には困らないんじゃない?」
「言えてる言えてる」
俺は再び大きなため息をつく。
彼女に想いを告げられないまま、
慌ただしい毎日が過ぎていく。
朝の打ち合わせや、廊下などで見かけるが
目も合わせてくれなくなってしまった。
いつも以上に俺を避けている。
(やっぱ、嫌われたよなぁ。このまま玉砕かな・・・
好きなやつだっているみたいだし。)
心の中でそう呟きながら
作業室の窓から空を見上げる。
俺の気持ちとは裏腹に
清々しいほどに澄んだ青空だった。
そこに、光ヶ丘が入ってきた。
「西遠寺くん、今凄い噂になってるよ。
君の頬の平手が何かってね。
昨日あれからどうしたんだい?
光月さんも君を避けてるみたいだし。
まさか送りオオカミに?」
(お前のせいだろっ!!)
青空に向けて思わず叫びたくなった。
俺の想いは、いつか届くのだろうか。
そう感じずにはいられなかった。
THE END
P.S そして、俺達が仲直りするのは、暫く後のこと・・・。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
こんばんは〜
短編は久しぶりの流那です。
ってなわけで書いてみました♪
白衣かなたん。長編とは別の短編
ってことにして置いて下さい〜
ナース未夢ちーにメロメロな
ドクターかなたんってことで(笑)。
シリアス一色の長編も用意していますが
もう少しお待ち下さいな。
これを24日20時のチャットに参加して下さった
皆しゃんに捧げます。
最初の白衣かなたんってことで。
リクエストして下さった皆しゃん
ありがとうございました。
長編もお楽しみに♪
タイトルは「恩讐の彼方へ」。
第一章の方はのちのちアップします。
その前に「月光夢想」の方が
先でしょうね。
BGM:「突然のEmotion」・「Down」
Song by 森川美穂
'03 8.26 流那
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