Sweet Little Love 作:流那
  act1 ++Silver Moon++ vol3 ←   


-夜、西の森



シャルロットは何か力を感じて、
眼を覚ました。今日の月はやけに光が強い。
そんな気がする。



娘のミユに何かあったのか?
確証は無かったが、確信に近い何かを
自身の力が感じ取った。



(あの子はきっと自分自身のことを知ってしまった。
そして、銀の玉のことも)
確信が恐れに変わる。
娘が消えてしまうという恐れ?それとも?



ミユ・・・あの夜に生まれていなければ
普通に愛情を注いで育てられたものを。



シャルロットは、ミユにどう接していいか
分からなくなっていた。ミユを傷つけてしまう
本能でそう感じていたから。いや、自分自身が
傷つきたくなかっただけかもしれない。




私は女王。個人的感情は捨てなければならない。
どんな悲しみや痛みに打ちひしがれても
一族を支えねばならない。



そう仮面を被って生きてきた。
娘の前でさえも。いまさら
それを変えることは出来ない。



娘のために、そして私自身のために・・・。



シャルロットはふと思い立ったようにベッドから立ち上がると
部屋の奥にある秘密の扉を開く。


扉の向こうには地下への階段が広がっていた。
何やら呪文を唱えながら一段一段、
ゆっくりと階段を下りていく。


そして、大きなツボのある部屋にたどり着く。
それを確認すると、不敵な笑みを浮かべた。
母親でも無い、女王でもない、魔女としてのもう一つの顔。
そして呟く。



「これで、これですべてが完成する・・・・
銀の玉なんて決して見つかりはしないのだから
有りもしないものを探しても仕方のないこと」



頭を過ぎるのは、”復讐”の二文字だけ・・・。









◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆









「お父様、お母様、クリスティーヌ姉さん。こっちよこっち。」



春。一面の菜の花。


そして、その間をすり抜けるように走っているのは
小人族の少女。美しい紺色の髪を頭でひとつに束ねている。
まだ、幼さが残る顔立ちはそれを一層引き立てている。



「シャルロット、あんまり走ると転ぶわよ」
クリスティーヌが笑顔で声を掛ける。
後ろで、父親と母親が笑っている。
一見、普通の両親だったが、身に纏う雰囲気は
どこか気品がある。



「だってぇ〜こんなに綺麗なんだもん。
あぁ、幸せってこんなときを言うのね」
「ふふ、さっきまではお腹空いたって
ただをこねてたの誰かしら?」
「えへへ・・・」




ふたつの額がこつんとぶつかる。
お互いがひとつで繋がっている。
そう感じさせる瞬間。





ふたりの姉妹は、いつもこうして心を通い合わせる。
どんなにときが経っても、どんなことがあっても
ふたりはひとつ、そう願いながら。



しかし、その想いは一瞬にしてうち砕かれる。



-ズキューン



銃の音が辺りを静寂に導く。
聞こえてくるのは姉の叫び声
そして・・・闇が広がっていく。



どのくらい時間が経ったのだろうか?
握られた手の感触で、はっと我に返る。
そして、辺りを見回す。



すると、シャルロットの目には、
見慣れた自分の部屋が映し出されていた。




「シャルロット様、おかわいそうに・・・」



お付きのマリアが哀れむような眼で
自分を見つめている。




きっと知らない間に何かあったのだ。
シャルロットはマリアの方に顔を向けると
恐る恐る聞いた。



「ねえ、お父様、お母様、お姉様はどこ?」



マリアは眼に大粒の涙を浮かべている。



「うっうっ・・・王様と王妃様は猟犬に襲われて・・・
お二人の放った力によって、人間は倒れたのですが
しかし、急激なエネルギーの放出は体力を失わせます。
私たちも危機を感じ取り、急いで駆けつけたのですが、
すでに・・・」



突然のことに、シャルロットの頭の中は
真っ白になる。そしてー


「お姉様は、クリスティーヌお姉様は?」
弱った体で掠れた声を振り絞る。



「クリスティーヌ様は、ご自分に魔法をかけられ、
私達を猟犬から守って下さいました。
その後、必死になってお姿を
お探ししたのですが一行にーうっうっ」
マリアは言い終わらないうちに
シャルロットの胸に顔を預けて泣き崩れた。



一方、シャルロットはそんな現実を目の当たりにしても
涙さえ出てこなかった。掛け替えのない存在を失った悲しみは
深く深く、彼女の胸の中に突き刺さっていた。


涙が乾いてしまうほど・・・。


そして、三日三晩経ち、女王として
一族を率いることを決意する。
心の奥底で、あの日から別れ別れになった
姉の姿を追い求めながら。






さらに月日が流れ、シャルロットは
一人の男と恋に落ち、結婚した。
クレランスである。



やがて彼女の中に、新しい命が宿る。
しかし、クレランスは森の外に食べ物を探しに行ったまま
戻らなかった。



シャルロットは、これが人間の仕業によるものだと
疑ってやまなかった。



日に日に心の中の憎しみは強まっていった。



そして、運命の日。
銀色の月が輝く夜。
娘・ミユが誕生した。



地下で発見された、古文書。
一族の運命・生け贄。



そのことをきっかけに、彼女は
一族を守り、人間に復讐を果たすと誓う。



シャルロットは、はっと我に返った。
今でも忘れることの出来ない黒い記憶が
頭の中に蘇る。


同時に、暖かい思い出も封印した。



「私は私は・・・もう後戻り出来ない」
そう自分の胸に言い聞かせた。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







「いってらっしゃい」
「「いってきます!!」」



ーミユ・カナタ・ナナミ・アヤ


二人と二匹は、クリスの笑顔と
おいしそうなお弁当を片手に
家を出た。



ピクニック。カナタのついた嘘。
心配を掛けないための。



(絶対、絶対帰ってくる。そして・・・
二人で、いや、三人で親父に会いに行こう。)



そして、心の中でそう付け足す。



しかし、クリスには分かっていた。
カナタが今、どんな気持ちで自分に背を向けているのか。
そして、心の中で芽生えている新しい感情。



「カナタ・・・お父様のことも、話さなければいけない。
シャルロット、わたくしはもう限界です。こんなこと、
こんなこと何の意味もない」
クリスの頭に過ぎるのは、忘れることの出来ない悪夢。
決別した姉妹、自分にかけた魔法・・・



「レドモガワキサイチ!」



クリスはそう叫ぶと体はみるみるうちに
小さくなった。いや、元に戻ったと言うべきなのだろうか?
そして、右手を振りかざすと再び呪文を唱える。




「ヨリト!」


同時に青色の美しい鳥が現れる。



「どうしたのですか?クリスティーヌ様」
「リルフィー、西の森へお願い。急いで下さい
時は一刻を争うんです。シャルロット、ミユ、カナタ・・・」


リルフィーの顔が曇る。しかし、すぐに真剣な表情になる。
「・・・・シャルロット様が・・・分かりました。捕まっていて下さいね
わたくしにお任せ下さい」



幻の青い鳥・リルフィーは一瞬のうちに空高く飛び上がると
西の森に向かった。頭の中に過ぎるのは黒い記憶・・・・。


その記憶を辿るたびに、シャルロットを救えるのは、
自分しかいない。そう思いながら、この人間界で生きてきた。



しかし、シャルロットの力は彼女の予想を遙か超える程
強いものになっている。


何倍にも増した、憎悪の力。それを解き放てるのは、
銀の玉しかない。そして、その銀の玉を見つけられるのは、
きっとおそらく・・・クリスは、いやクリスティーヌは
そう確信した。








◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







「ねえ、カナタ〜はやくはやく〜
早くしないとママが何考えてるか分かんないし」
「ああ、分かってるよ」


翌日の朝、ミユとカナタは西の森に向かっていた。
とにかく、森に帰ってミユの母親と、女王と
話し合おう。そう思ったのだ。


そして、言い伝えのことも・・・。


ミユ達、小人族が住む森は人間の手が加えられていない
未開の地だった。木々が生い茂り、狐が野いちごや獲物を
求めて、走り回っている。


カナタは、自分のお気に入りの場所に、こんな不思議な出来事が
詰まっているなんて、思いもしなかった。
そして、いつのまにか、この小さな小さな少女が
自分の心の中に住み着いてしまうなんて。




さまざまな想いを巡らせながら、前を進んでいく。
もう何も、迷うモノはない・・・
自分たちを遮るものは何もない。
そう思っていた。




が・・・。




ーズキューン




森の奥から聞こえてくる音
風に乗って流れてくる火薬の臭い。



(これは狩りに使う銃の音だ・・・)



カナタは、そう確信すると、
ミユをシャツのポケットに入れ、
肩に止まっていた、アヤとナナミを
自分に付いてくるように促すと、
音の方向へ走り出した。



そう言えば、森の様子が少しおかしかったのを思い出した。
動物たちが不穏な動きを見せていたのだ。
あのときに気づくべきだった。


カナタは自分の行動が
少し迂闊だったことに後悔した。



しかし、後悔もしていられない。
今するべきことは・・・




「ミユ、もっと強く俺のシャツを掴んでろ」



カナタは走るスピードをさらに速めた。



一方ミユは、胸の鼓動が高まっていくのを感じつつ
その正体に気づかないまま、必死にしがみついた。






ニンゲンガ コノモリニタドリツイタ
ツイニ オソレテイタコトガ オコッテシマッタ



一匹の狐を撃った銃の音は
たちまち森中に広がっていた。




「ついに、現れましたね。人間
ついにこの森に・・・」



シャルロットは狩りに来たふたりの人間を
不思議な力を使って捕らえると、木に縛り付けた。



そして、狐にその場を見張らせると
再び自室の地下へ急いだ。





復讐の扉が今、開こうとしていた。








◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







その頃、カナタ達は森の奥にある
一本の大きな木の前に辿り着いていた。



そして、ふたりの人間が、木の根本に
縛り付けられているのを見つけた。



「カナタ・・・これはいったい?」


ミユは気絶させられて、ぐったりしている猟師たちの
肌をさすりながら、息があることを確認する。


見張りをしていた狐達も、ミユの姿を眼にした途端
舌を出し、顔をペロペロとなめた。



「俺にも分からない。が、普通の人間にはこんなこと出来ないはずだ。」
「もしかして、ママが、一族のみんなが?」
ミユは思わず口を押さえる。



『ミユちゃん、アタシたちもそう思うわ』
アヤとナナミもカナタの方の上でこくこくと頷き合っている。



「私・・・」
ミユは顔を曇らせ、俯く。
カナタは、金色の髪に人差し指を乗せると
優しく撫でてやった。



「バカ。お前がそんなんでどうすんだよ」
「・・・うん。そうだね」



何だか体中が温もりで満たされていくような感覚を感じていた。
と同時に高まる胸の音。普段、母親に怒られるときのドキドキとも
好奇心を感じたときのドキドキとも違う。この気持ちは・・・。




「俺、お前の母さんや一族を救えるのは
お前だけって気がするんだ」




(そして・・・)
カナタは言いかけて口を噤んだ。



「私は、重い宿命を持って生まれてきたの。
でもそれだけじゃない。沢山の大切な人たちに出会って、
泣いて笑って。それを絶対に壊したくない・・・」



ミユの小さな瞳に強い光が宿る。
瞳がいつも以上に美しい光を放っている。

カナタは心の奥底から彼女の強い意志が
沸き上がってくるような感覚がしていた。


思わず、その瞳から目が離せなかった。
まるで、その中に吸い込まれてしまいそうな
くらいに強い光で満たされていた。






そしてー



「カナタ、私たちの村はこっちの方角よ。
ミユはアヤの背中からカナタの肩に飛び乗ると
林の奥の方を指さした。



「あぁ、分かった。いくぞ。
お前は落ちないように捕まってろよ」
「あいあいさ〜レッツゴー」


ミユはニッコリ笑うと
可愛い右手をちょこんと挙げて見せた。


カナタはその手を人差し指でちょこんと触ると、
ミユの村に向かって走り出した。



ミユを・・・一族を救うために。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆








ミユの村は、あれから半ヤード程走ったところにあった。
周りには木々が生い茂り、美しい川が流れている。
そして、まるで隠れるように、小さなドールハウスのような
家があちらこちらに建てられていた。




「これがミユの・・・小人族の村」
「そうよ。あれがクープの家でねあっちがシンディの家なの。
そして向こうがジャックの家。そして、あれが・・・私の家」
ミユが大きな木の根本をさして言った。



そこは他の家とは明らかに違っていた。
元になっている木の大きさもそうだが、
何より一層頑丈かつ丁寧に作られているということは
素人のカナタから見ても明らかだった。



カナタはそれらの光景を
信じられないと言った眼で見つめていた。






しかし・・・




「うっ・・くっ・・・」



カナタの意識を何か強い力が襲った。
激しい痛みに思わず、地面に踞る。



ミユはカナタの肩から飛び降りると
城に向かって走る。



すると、狐の背中に跨ったシャルロットが
姿を現した。




「ママ・・・母様やめて!」
「ミユ、帰ってきたのですね。待っていましたよ。
そろそろ儀式を始めなくては」
娘が帰ってきたというのに、
シャルロットは、一切表情を変えることは無かった。




「母様、お願い。私、銀色の玉を見つけるから。お願いよ!!」
ミユは眼に涙を貯めて訴えた。


しかし、それでもシャルロットの
冷たい表情が変わることは無かった。


「銀色の玉なんて、この世にありはしない。
必要なのは、ミユ、そして貴方への儀式と
月に捧げる生け贄だけ・・・。幸い今日は満月。
ついにこの日がやってきたのです」



「母様、儀式っていったい?」
「ミユ。心して聞くのです。それは・・・。」
「それは、ミユであって、ミユで無くなるということです」


シャルロットが言い掛けると
誰かの言葉がそれを遮った。
そのとき、氷のような冷たい表情が
一瞬、動揺したように見えた。



声の主は、青い鳥に跨った
シャルロットの姉、クリスティーヌだった。
今は小人族の姿だが、赤く美しい髪が腰まで伸びている。




「クリスティーヌ姉さん・・・」
思わぬ再開にシャルロットは
明らかに動揺の色を見せている。



「クリス?クリスなの?どうしてここに」
だって私たちを見送って・・そして・・・
あぁ、分からないわ。どうしてクリスが
ここにいるの。しかもその姿。
あなたはカナタと同じ、ニンゲンじゃなかったの?」
ミユは驚きのあまり、心の中の疑問をすべて彼女にぶつけた。



クリスティーヌはニッコリ笑うと、
踞るカナタの方に指を向ける。



「レサエキ!ヨラカチイヨツ」



唱えられた呪文によって
カナタに掛けられた強い力は
霧のように姿を消した。



「カナタ、大丈夫?私のせいで・・・」
ミユは側に駆け寄ると、小さな手で
頬を撫でた。


「あ・・あぁ、サンキュ。
何とか大丈夫みたいだな
にしても一体だれが?」

カナタは冷や汗を拭うと
ニッコリと微笑んで見せる。

が、瞳はすぐに真剣なものに変わった。





「わたくしですわ。カナタ・・・」
「その声はクリス・・・姉さん?」
クリスティーヌは、複雑な表情を浮かべると
カナタの側に降り立った。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






(姉さん、どうして・・・?今日の朝、
俺達を見送ったはずじゃなかったのか?)


カナタは突然、目の前に浴びせられた現実に
頭の中が真っ白になる。


「ごめんなさい・・・わたくしはあなたの姉ではありません
そして、あなたの記憶をいじったのは、他でもないわたくしです」


「・・どうして・・・そんなこと?」
カナタは動揺の色を隠せず、言葉を返すのがやっとだった。

「両親が力尽きた後、私は自分に魔法をかけ、
人間の姿になりました。と言っても、体の質量を高めるに過ぎず
肉体自体は小人族のものなわけですが。そして、妹や一族を
猟犬から守り、事なきを得ました。両親の死を覗いては」


「・・・・」
カナタはその話を無言で聞いていた。


おそらく彼女にとっては決して触れられたくない黒い過去。
しかし、自分にとっても決して人事では無いような気がしていた。
愛する両親との別離・・・自分の心の奥底で感じていた痛み。
今まで、その痛みは自分だけのものだと思って生きてきた。
しかし、それは違う・・・この痛みは自分だけのモノじゃない。


クリスの悲しみ
シャーロットの悲しみ
そして・・・・ミユの悲しみ。


すべて、自分と同じ痛みなんだ。そう感じたから。



「結局妹を・・・シャルロットを悲しませることになってしまった。
それを悔いた私は、この姿のまま、人間の世界で一生を終えるつもりでした
しかし、あてもなくさまよう町ロンドン。私はいつのまにか
公園で倒れていたそうです。気が付いたときには病院のベットの上でした。
そんな私の横にいたのが・・・カナタの両親でした」



「・・・・俺の両親・・・?」
「そうです。カナタの本当のご両親・・・。
そのとき、貴方はまだ三歳でした。
おふたりはわたくしを本当の娘として、
カナタの姉として、育ててくれました。
しかし、それから三年後。事故で亡くなりました」




「クリス、これ以上はやめて。カナタがカナタが壊れてしまう。
カナタの心が壊れてしまったら、私、私はどうすればいいの?」
ミユは目に涙を浮かべながら、堰を切ったように叫ぶ。



「ミユ。大丈夫だ。俺は壊れたりしない」
カナタはミユの頭を優しく撫でる。
優しく微笑みを浮かべながら。



「姉さん、いやクリスティーヌさん、続けて下さい」
クリスティーヌはミユの言葉にとまどいの色を浮かべていたが
カナタの真剣な瞳に引き込まれ、話を続ける。




「両親が亡くなり、私がカナタを一人前になるまで
育てる決心をしました。しかし、両親が亡くなった悲しみを
カナタに一生背負わせていくということに
耐えられなかった私は、記憶を少し弄ることにしたのです
正確には両親の死を記憶から消したということになりますが・・・」



「じゃあ、俺の記憶にある両親は・・・」
「私たちに生活費を送ってくれていた、ジルベール叔父様です。彼は
私たちを本当の子供のように慈しみ、育ててくれました」




クリスティーヌはすでにカナタの眼を見られなくなっていた。
どんなに罵られてもいい。だけど、カナタだけは
幸せになって欲しい。そんな想いから、彼の両親の記憶を消したのに
心の中は罪悪感で満ちていた。



それが、彼への心からの愛だと気づかずに。


そう、自分は勝手な思いこみから、カナタの中にある
両親の大切な記憶まで奪ってしまったのだから。



「姉さん・・・・」
「カナタ・・・ごめんなさい
私は、あなたの姉である資格はありません
だけどこれだけは分かって下さい。
私もお父様もお母様もあなたを心から愛していたと」




「カナタ、良かった・・・ね。カナタの父様と母様は
カナタを愛していたんだよ」
ミユは涙声でそう言うと、頬を優しく撫でる。



それだけで、その言葉だけで
カナタの心は満たされたような気がした。


自分は愛されていた。今まで心の何処かに感じていた痛みは
殻に閉じこもるための手段に過ぎなかったのかもしれない。
寂しい自分を、弱い自分を他人に見せたくなくて。



だけど、”彼女”なら、そんな自分を受け止めてくれる。
それが今、分かったような気がしたから。



心の中が暖かい光で満ちてくる。





しかし・・・



「話はそれで終わりですか?」
シャルロットは冷たい表情を浮かべながら
するどい目線でクリスティーヌを見据えた。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






「シャルロット・・・あなたの憎しみは
あなた自身を破壊してしまう。お願い、
もうこんなことやめて。自分の娘を
私の可愛い姪を、復讐の道具にするつもり?」
クリスティーヌは、悲鳴のような声を上げた。



「母様、もうこんなことやめて。私が嫌いならいいの。
だけど、カナタを他の人たちを巻き込むのだけは止めて
お願い、お願いよ。」
ミユも涙を浮かべながら訴えかける。




「あなたが嫌いですって?ミユ。今私がしているのは
すべてあなたのためなのよ。儀式をすれば、あなたは
完璧な王女として生まれ変わる。そして、ずっと
私の側に・・・」


そして、同時に両親の、夫の復讐が果たせる・・・



シャルロットの瞳は、強い意志を宿しながらも
なぜか、悲しみの色で染まっている。



「それは違うわ。儀式をして、ミユが
本当の王女として生まれ変わっても
それは洗脳された人形に過ぎない」


「そして、クレランスの死は人間のせいじゃない
あなたも分かっているはずですわ」


クリスティーヌは普段の穏やかな表情とは
想像も出来ないほど、するどい瞳でシャルロットを
見つめ返した。



その言葉にミユもぴくっと反応を見せる。
「パパ・・・父様の死・・・」



「姉さんに何が分かるっていうの?私は一族の運命を背負って生きてきた。
その中に、幸せなんてなかった。やっと愛する人に出会い
幸せを掴んだのも束の間。夫は、クレランスは人間に殺されたのよ。
私たちの両親と同じように。そして、私は人間に復讐することを誓ったのよ。
一族を守るために。何より私のために。」


シャルロットは続けた。



「そのためにはミユの力が必要なの。
ミユに授けられた運命という名の力がね。
でも、その力を使えばミユは私の元から消え去ってしまう
それなら・・・生け贄の力で、たとえ、人形であったとしても、
私の側に居て欲しい。それが私の願い」



ーミユだけはずっと側に。それが
それだけが、私の願い。そして、もうすぐ叶う・・・
例え、誰もいなくなったとしても。
私自身が、女王で無くなったとしても。



(私には、もう無くすものなんて残っていない。)



シャルロットはそう小さく呟くと、
胸の奥底にある、痛みを感じつつ
先程以上に強い眼光で、クリスティーヌを見据えた。



「シャルロット・・・」
クリスティーヌにはこれ以上、
言葉を続けることが出来なかった。
しかし、このままでは、すべてが壊れてしまう。



「母様・・・私の力はそんなものなの?
ニンゲンを滅ぼすためのものなの?
違う。私はそんなもののためにに生まれたんじゃない!」
ミユの必死の涙も黒い心で支配されている
シャルロットの胸には届かなかった。




(ミユ、姉さん。俺はどうすれば・・・!?)
一方、カナタはそんなやりとりを見つめながら、
ある決心をしていた。



「・・・これから儀式を始めます。生け贄を早く」
シャルロットは二人の言葉を遮り、
冷静な女王の顔に戻ると
儀式の準備を始める。



(もう、後戻りは出来ない。これで、復讐が果たせる)
そう自分の胸に強く言い聞かせた。




そのとき・・・



「待って下さい。俺が、生け贄になります!!」
カナタの声は、シャルロットの耳に強く鳴り響いた。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







「あなたが生け贄に?それで良いのですか?」
シャルロットは、瞳に驚きの色を浮かべながらも
あくまで冷静に言葉を続ける。



「構いません」
カナタは、そう答えると
いつになく真剣な表情でシャルロットを見据えた。


シャルロットは驚きを隠せなかった。
人間が誰かのために自分を犠牲にするなんて
思いもしなかったから。ましてや自分の娘のためだなんて・・・



なぜか、心の中が少しずつ光で満たされていくように感じた。






「カナタ、生け贄になるなんて止めてよぉ〜お願い」
ミユは必死に声をあげるが、彼の決心は揺らがなかった。




(ごめん、ミユ)



俺は、お前が消えてしまうのを黙ってみていることは
出来ないんだ・・・。


お前がいなくなると思ったら
胸の奥が痛む。


そして、俺に出来るのは・・・。




「カナタ、お願い聞いて。
私は、私は消えたりしないよ。
絶対に。だってカナタを信じてるもん」
ミユは涙を拭くと、ニッコリ微笑んでみせる。



「・・・ミユ・・・ごめん。俺、お前にそんな顔
させたいわけじゃなかったのに」
そう言って、指で涙を拭ってやる。



「カナタ、私を信じて。お願い」
ミユはカナタの顔に小さな体を寄せる。



「俺も、信じてるよ。ミユのこと」
「カナタ・・・ありがとう。私、それだけで十分」




「ミユ」
「カナタ」





二度目のキスは唇が熱くなっていくように感じた。
と同時に目映い光が辺りを包んだ。



体全体が不思議な力で満たされていく
これも全部、あなたを信じる心
この森を、大切な人達を守りたいと感じる心。
母様を、憎しみから解き放ちたいという心・・・



すべてが、私の力になる。




銀色の光は、すでに森全体を包み込んでいた。
村人達は、その様子を見守ることしか出来なかった。


族長の憎しみが増幅した今、自分たちに止める術は残っていない。
一族の運命すらも。ならば、銀色の玉にすべてを託すしかない。
誰もがそう思っていた。



「ミユ、お前の頭・・・」
「頭?」
カナタは、ふとミユの帽子の中が
銀色に光り輝いているのに気が付いた。


ミユは恐る恐る帽子を取ってみると
銀色の玉が、目映いばかりの光を放っていた。



小さな玉は、ミユの頭から離すと
少しずつ大きくなっていった。




「これ・・・もしかして?」
「銀色の玉・・・」



ふたりは思わず顔を見合わせた。
そして、再びシャルロットに向き合う。



「母様、私、見つけたのよ。
銀色の玉を・・・そして
心から信じ合える人を」



私達は、これからも種族の違いで
悩み続けるかもしれない。



幾度と無く立ちふさがる壁。


だけど、信じ合う心さえあれば
乗り越えていける。



そう思えるから。




心の奥底から沸き上がってくる魔法の呪文
今こそ・・・。



(私は消えたりしないよ。カナタ)




「カナタ、お願い。私のする通りにして」
ミユは何かを決心したようにカナタを真っ正面に見つめた。
そして、すでに自分の顔のふた周り以上大きくなった
銀色の玉に人差し指でそっと触れた。




「ああ、分かった」
カナタは真剣な眼差しでそれに答えると、同じように
右手の人差し指をそっと乗せた。





「やめて・・・ミユ。やめなさい」
シャルロットはその様子に何かを悟ったのか
今まで以上に激しく狼狽する。



ミユは続けて玉の上に親指を乗せる。
カナタも同じ動作を繰り返す。




「そんなことをしたら、あなたは・・・
あなたは消えてしまうのですよ
私の元から消えていかないで・・・ミユ」
シャルロットの必死の叫びさえも
光によって遮られる。




そして中指、薬指、最後に小指と
すべての指が玉に触れた。



「カナタ、私と一緒に呪文を唱えて」
「ああ」



「「セドモ ニムヲテベス レアクフクュシ二クゾチイガワ!!」
二人の唱えた呪文は銀色の玉にさらなる光を与えた。
そして、その光はシャワーのように村中に降り注いだ。



その様子をミユとカナタは少し虚ろになった目で
見つめていた。村人達はその光の影響なのか
次々と眠りについていく。



シャルロットはクリスティーヌの膝の上で
幸せそうな寝顔を浮かべている。



「カナタ・・・私眠いの。すっごく」
「俺も。何だか凄く疲れたな」
「うん」
「・・・・ずっと一緒だよ」
「ああ」



ふたりは寄り添うようにして眠りについた。




そして・・・。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







ー朝




カナタはふと気が付いて
目を開ける。いつのまにか自分の部屋のベットの上。



(あれ?俺どうしたんだっけ?)



ベットから降りて、辺りを見回すが
何も変わった様子は無い。



窓の外は雲一つない晴天。



とりあえず、歯でも磨こうと
洗面所の前に立つ。


寝起きとは思えない整った髪が
鏡に映し出されている。


カナタは何処か違和感を感じて
耳元を触る。


ブルーサファイアの小さな小さなイヤリングは
変わらぬ輝きを放っていた。



ーポツ・・・ポツ


洗面台の上には涙が一粒一粒落ちていく。




(俺、泣いてるのか?)




ーミユ・・・



心の中で叫ぶのは知っているようで知らない名前。




涙は止まることを知らないようだった。




(・・・・・)




どのくらいそうして居ただろうか。





ふと頭の上がムズムズするような感触がして
思わず鏡を見ると、頭の上に
緑色の小さな小さな綿帽子が
ちょこんと乗せられていた。



カナタは訳が分からず
ぼんやりとその様子を見つめていた。



すると、その帽子は左右上下に動きを見せ始めた。
そしてー



「ばあ!」



そう叫びつつ、顔を出したのは金色の髪
新緑色の瞳が印象的な、小さな小さな少女。



「カナタ、ただいま。待たせてごめんなさい」
申し訳なさそうにぺこりとお辞儀をすると
極上の笑顔を浮かべた。





「ミ・・・ユ・・・か?」





心の中の叫びが言葉になる。
同時に、ミユを自らの胸に閉じこめていた。




「おかえり」
「ただいま」




それは思わぬ再会だった。








◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







「あのね、カナタ。あれからどうなったと思う?」
ミユはカナタ特製のチョコレートケーキを
口いっぱいに頬張りながら話をする。




「いや。見当もつかないな。結局どうなったんだ?」
「うん。私たちはあれから一週間以上も眠っていたの
そして、目が覚めるとベットの上にいて、横にはママがいて
目を開けると、ニッコリ微笑んでくれたの」




ミユはスプーンでコーヒーを掬って飲むと
ニッコリ笑った。




「よかったな」
カナタは自分のことのように嬉しくなって
いつもするように人差し指でミユの頭を撫でてやる。



ミユは顔を赤くしてえへへと笑った。




「そのあとね。村中がお祭りになったの
たくさんのごちそうを食べたのよ。ふふ。
そして再び眠りについたの。
みんな、これで思い残すことは無いって言ってたわ
これで、最期のときを迎えられるって」




「それでどうしたんだ?」
「うん。でも朝起きたら、何も変わっていなかったの
私も、消えてなかったのよ!!」
ミユの瞳は希望で満ちあふれていた。



「そっか・・・」
「うんっ」



これで俺達は、別れなければならない。
お互い別々の道を・・・
そんなこと、考えたくはなかった。





「でね、村のみんながカナタにお礼をしたいって。
母様とも話し合ったのよ。何が言いかって。
沢山の食べ物・・・村の宝・・・でもなかなか良いものが
決まらなかったの。でね、母様が良いことを思いついたのよ。
私をプレゼントするって!! これからも私たち、一緒に暮らせるのよ」




ミユはカナタの腕に飛びつくと
小さな手でギュッと握った。




「ミユ・・・・ほん・・とか?」
「うん。これからもずっと一緒だよ
これ、母様からの手紙」





その手紙にはこう記されていた。






『カナタさん、多大なご迷惑をおかけしたことを
お詫びいたします。あの古文書には開かれていない
一ページがありました。そこには何事にも耐え難い
愛と勇気、そして互いを思いやり、信じる心こそが
一族を救うことになると。



私はいままで相手を信じる心
信じ合う心を忘れていました。
それを教えてくれたのは
あなたと娘の力です。


今思えば、一族の運命はあなた達次第。
そう確信する程。
どうか娘をよろしくお願い致します。
再び、人間と我々が笑って相見える日まで。




シャルロット』








「ミユ・・・これからもずっと一緒だぞ」
「うんっ」
そして、お互いの顔がゆっくりと近づく。
ミユの瞳が閉じられる。



そのとき





ーバタン




大きな音がして、ふたりはドアの方を振り返った。




「うふ、帰って来ちゃいましたわ」
二人は驚いて目を丸くしている。
近づいていた顔を慌てて反らす。





「それより、ふたりとも、ご飯よ。
それとも・・・お邪魔してしまったかしら?」
ドアの前では、クリスティーヌことクリスが
にっこりと笑顔を浮かべて立っている。




「////ク・・クリスティーヌさんいつの間に」
俺達はその、なぁ?」


ミユはいきなり話を振られて何が何だか分からないという
状態に陥っている。



「カナタくん、ミユちゃん困ってるみたいよ。ふふ
若いっていいなぁ。さ、ご飯にしましょ。もうお昼よ」




カナタは思った。平穏な日々はまだまだ戻りそうもないと。






ふたりの信じる心が、種族の違いを越えた。


これから先、どんな困難が待っているか分からない。


だけど、お互いの心が繋がっている限り


どんなことにも立ち向かっていける。
乗り越えていける。






そう、思う。





これからの毎日が、自分たちの新しい歴史になる。





銀色の月がどこかで見守ってくれているような気がした。









Sweet Little Love act1 ++ Silver Moon ++




THE END








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山稜しゃん、皆様お久しぶりです。


何とか企画に投稿出来ました。
お手数おかけして申し訳ありません。


ご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが
プライヴェートの方でいろいろあり、
参加出来るか分からない状況にありました。
にしても参加出来て良かったです。


というわけで今回の投稿作品、
元ネタはかの名作、「銀○日のおと○ばなし」です(笑)。
分かるのはhimiしゃんと李帆しゃんくらいでしょうねえ。



夏休み真っ最中にこんなネタですみません。
お目汚し失礼いたしました(ぺこり)。



かなたんファンクラブ、母の会としては、
後悔が残りますけど。
最後、話がうまくまとまってないし。



ちなみに、タイトルにact1とあるのは
これからもこのシリーズが続いていく
ということです(笑)。



今のところact3まで構想のストックがあります。
が、再会は少し先かな。



最後までおつきあい頂き、本当にありがとうございました。
山稜しゃん、及び皆しゃんに感謝の気持ちを込めて。



Je t'aime!





BGM vol1 月蝕 song by 岩男潤子  


vol2〜vol3 Nostalgic Lover  song by 林原めぐみ


vol3 ラスト:Sweet Little Love  song by FURIL'






'03 8.26 presented by 流那





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