私は月が銀色に輝く夜に生まれた女。
同時に一族の運命を背負っている。
だけど、私は普通の少女でしかなかった。
ワタシノイバショハイッタイドコニアルノダロウ
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
イギリスの奥深くにある森
人間の世界から身を隠すように
小人族がひっそりと暮らしていた。
この一族はかつて人間と共存していたこともあったが
時代(とき)の流れからその場を負われ
祖先は今の場所に落ち着いた。
そして眼が銀色に輝く夜、ある少女が誕生する。
彼女の名はミユ。この一族の王女でもあった。
そして、14年後、少女は美しく成長する。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
季節は夏。にも関わらず、森には涼しげな風が吹いている。
木々には緑の葉が色づき、蝉が鳴き、
小鳥のさえずりが聞こえてくる。
「ねえ、ねえ。今日は森の外まで行ってみない?」
腰まで伸びた金色の髪。緑の瞳の少女・ミユは、
こまどり・アヤの背中に跨って
周りをキョロキョロ見回しながらそう呟いた。
頭には緑色の綿帽子を被っている。
「う〜ん、でもそれはさすがに族長に叱られるんじゃないかなぁ。
ミユちゃんは王女様なんだし」
アヤはちょっと困った表情をしながらそう呟く。
とは言え、冒険好きのアヤである。
じっとしていられるはずは無かった。
「それは言わない約束でしょ。ナナミはどう思う?」
ミユはアヤの横を飛んでいる、もう一羽の相棒、
セキセイインコのナナミに同意を求める。
「そうねえ、ミユがいいんならいいんじゃない?
どうせ止めたって聞かないんだろうし」
美しい羽を纏ったナナミは
ふぅとため息を付きながら、
きびすを返したような表情で、そう答えを返す。
「わ・・・分かってらっしゃる」
ミユは少し決まり悪そうな表情で頬を掻いた。
「あ、あそこ。何かいるよ?」
アヤが高く美しい声を響かせながら
羽を標的の方向に向ける。
どうやら行き先が決まったらしい。
ミユは眼を輝かせ、ナナミもそれに続く。
次第にぼやけていた視界がはっきりしてくる。
何やら大きな獣が草の上に寝そべっているように見えた。
「熊か何かかしら?」
何も知らないミユは首を傾げる。
「ね・・・ねえアヤ。あれって・・・」
ナナミはその姿をはっきりと輪郭に捕らえると
ちらっとアヤの方を見た。
どうやら彼女も同じ考えのようだ。
「「ニンゲン!!」」
二羽の声は見事にそろったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
季節は夏。ロンドンの町は蒸し暑く
過ごしにくいことこの上無いのだが
未だ、開発の手が行き渡っていないこの森は
避暑地にはもってこいの場所だった。
一年中涼しい風が吹き
気温も一定に保たれている。
まるで森全体が不思議なオーラで守られているようだ。
一人の青年が、草の上で気持ちよさそうに
昼寝をしていた。茶色い髪に
ダークブラウンの瞳が印象的な
整った顔立ち。
端から見れば、どこか絵になるような
美しい光景だった。が、その表情は
どこか寂しげにも感じられる。
涼しげにそよぐ風が茂みを揺らす。
彼はその音で目を覚ました。
(あっ・・・俺、いつの間にか寝ちまったのか)
青年はそう心の中に呟きながら
寝ぼけ眼で辺りを見回すと、
鳥が自分の目の前をすり抜けていったように見えた。
ふとポケットからラッパ型の望遠鏡を取り出すと
目を凝らしてみる。
(コマドリとセキセイインコか・・・)
彼はそう思った。しかし、コマドリの上に何か小さな生き物が
跨っているのが見えた。錯覚かと思い、目を擦ってみたが
どうやらそうではないらしい。
小さな生き物はじぃーっとこちらの顔を覗き込んだ。
そして青年の肩の上に飛び乗り、顔をベタベタと一通り触ると
再び向き直って口を開いた。
「ねえ、あなたがアヤとナナミが言っていた”ニンゲン”って
生き物なの?私ね、最初は熊かと思ったのよ」
青年は思わず望遠鏡から眼を離す。
そして、ただぽかんとした表情でその生き物を
見つめていた。
「こら、ミユ。初対面の相手にはきちんと挨拶しなきゃだめよ」
「そうそう。何だか驚いているみたいだし」
ナナミとアヤが口を挟む。
「えへへ、忘れてた。私、ミユっていうの。
これでもお姫様なんだ。この二羽は
アヤとナナミ。友達なの」
ミユは照れくさそうに頭を掻くと
簡単な自己紹介をした。
青年はそれでも信じられないといった眼差しで
小さな生き物・ミユをじっと観察していた。
お世辞にも姫に相応しいとは思えない、緑の綿帽子
あちらこちらに継ぎ接ぎのしてある
緑の服に茶色いブーツ。
しかし美しい金色の髪と新緑色の瞳に思わず見とれる。
「どうしたの?あなたニンゲンって言うんでしょう?」
「違う。人間ってのは総称だ。俺の名はカナタ=フェリー」
美しい瞳で凝視されて思わず、目を反らすと
少し怒ったような口調で、言葉を返す。
カナタは照れると決まってこのような態度になる。
「ふ〜ん。そうなんだ。よろしくね。カナタ」
ミユはそんなカナタの様子に少しも気づかず
ニッコリと笑顔を浮かべて見せた。
そして、頬に軽くキスをした。
『ミユちゃん、そろそろ帰らないと、
お勉強の時間に遅れちゃうよ』
アヤはミユの耳元でそう呟いた。
ナナミもうんうんと頷いている。
「あっ、ごめんなさい。もう帰らないと。
お勉強の時間なの。遅れるとママに叱られるから。
私、必ず会いに行くね。だからこれ、絶対に無くさないで」
ミユはポケットから丸いものを取り出すと、カナタの左耳に
付けた。どうやらイヤリングのようなものらしい。
「じゃあね〜カナタ。また会いましょ♪」
「あ・・・あぁ」
こうしてアヤの背中に跨ると
森の奥へと消えていった。
カナタは頬を抑えて呆然と立ち尽くすしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◆
大きな木の根本をくり抜いて作られている家。
いや、城と言った方が正しいかもしれない。
ほぼ中央に小さな扉が顔を出している
ミユはアヤ・ナナミと別れると
静かに扉を開く。
「ママ、ただいま」
「おかえり。ところでミユ、
何処に行っていたのですか?」
「アヤ・ナナミと空の散歩よ。
少し遠くまで行き過ぎちゃったけど。
それでね、偶然ニンゲンという生き物に会ったの」
(二・・・ニンゲン。あの子がニンゲンに会ってしまった。
あぁ、あなた。私はどうすればよいのですか)
一族の長・シャルロットは顔を曇らせると
心の中で、今は亡き夫に語りかける。
「ママ、どうしたの?」
ミユはいつもと違う様子の母親が心配になって
思わず声を掛ける。
「ミユ、良く聴きなさい。
二度と人間にあったりしたらいけません」
シャルロットは顔を強張らせながら
ミユに言い聞かせる。
その目は何かを射抜くように冷たかった。
美しくも、まるで氷のような冷たい眼・・・
「どうして?」
「どうしてもです」
「理由くらい教えてくれたっていいじゃない!」
「あなたは知る必要の無いことです」
「・・・・ママなんか大嫌い!」
ミユはシャルロットを強い視線でにらみつけると
部屋を飛び出した。
その頬には一筋の涙が伝っていた。。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ここは森のさらに奥にある、アヤとナナミの家。
ミユにとってここは第二の家。何かあるたびに
世話になることの多い場所だった。
が、只ならぬミユの様子にアヤもナナミも
近寄りがたい雰囲気を感じていた。
ママは私に冷たい。
ママは私が嫌い。
ずっとそう思ってきた。
ママは私が邪魔なんだ。
小さい時だって一緒に寝てくれたことも
布団を掛けてくれたことさえもなかった。
否応の無い寂しさがミユを襲う。
でもどうして、ママは私が嫌いなんだろう?
ふと心辺りを探して記憶の欠片を巡らせる。
勉強だって一生懸命しているし(時々サボるけど)
友達だって沢山いるし、かけっこだって、
不思議な力だって、私が一番だし。
料理は・・・ちょっと苦手だけど。
好き嫌いだってしたことない。
私だって他の子と同じいい子なのに
どうしてママは私が嫌いなの・・・。
ーそういえば、昔・・・
ミユはひとつの出来事に行き当たり
頭の片隅から、記憶の断片を少しずつ取り出す。
ミユは昔、母の部屋にある本を勝手に見てしまったことがあったのだ。
その本にはこう記されてあった。
”月が銀色に輝くとき、一族の運命を握る娘がこの世に授けられる。
彼女が永遠に愛し、信頼しえる相手が見つからなければ
一族は滅びるであろう。そのときは娘の十四回目の誕生日に
生贄を差し出すべし。”
”銀色の玉は信頼の証”
本はそこで終わっていた。
ミユはその後、シャルロットに見つかり
酷く叱られた。そのときの眼が先程と同じ
氷のように冷たい眼だった。
(もしかして、あの本に何か秘密があるのだろうか?)
ミユはそう思い始めていた。
ーこうしちゃいられないわ
「ナナミ、アヤ。私、カナタのところに行く
ママに叱られても絶対行くんだから」
彼のところに行けば何か分かるかもしれない。
そう思い立ち、宣言する。それにしばらく
母親の顔は見ていたくなかった。
二羽は呆然としつつも、ミユのいつになく真剣な表情に
圧倒され、ついて行く事を決心する。
ミユにとって新しい旅立ちの始まりだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夜。カナタは窓の外を見つめていた。
今日は満月。辺りを明るく照らしている。
容赦なく照りつける太陽に比べて
月は自分を優しく包んでくれる。
まるで苦労の末死んだ母親のように。
(あいつ、どうしてるかな。ミユって言ったっけ?)
思わず突然出会った小さな知り合いの名を呟いてみる。
自分より少なくとも六つは離れている少女。
汚れのない透き通った新緑色の瞳と美しい金色の髪が
胸に焼き付いている。
昨日の出来事がまるで夢のようにも思えてくる。
ートントン
ふと部屋のドアをノックする音が聞こえて来た。
「カナタ、コーヒー淹れたけど飲む?」
赤い髪の美しい娘が彼に優しく微笑む。
「あぁ、今行くよ。クリス姉さん」
クリスはカナタの寂しげな背中を感じ
胸が痛んだ。もうすぐ母親の命日。
無理も無い。父親との連絡も
一年前を最後に途絶えたままだ。
そのとき、窓ガラスに何かぶつかったような音がした。
まるで、キツツキが木にくちばしをぶつけるような・・・
考える暇も無いうちにどこからか声が聞こえてくる。
「カナタ、カナタ、私よ。ミユよ。
森で会ったでしょ?で、ちょっとその窓開けてくれない?」
カナタは、はっとした表情で窓を開けると
想像通り、コマドリの上に跨った少女が
ひょっこりと現れた。後からセキセイインコも
入ってくる。
カナタはやはり昨日のことが夢でなかったのだと
確信しつつ、なぜ自分の居場所が分かったのだろうと
思い巡らし、ひとつの答えに辿り着く。
(そうか、このイヤリング・・・)
彼女が自分のポケットから取り出した小さな小さな宝石が
ここまでの道を切り開いたのだ。
今まで、こんな不思議な出来事があったろうか?
「えへへ、さっそく来ちゃった」
ミユは、アヤの背中から降りると
照れているのか、頭を掻きながら
そう呟いた。
「お前、こんな時間にどうしたんだ。
父さんや母さんは心配してるんじゃないのか?」
カナタはミユとの思わぬ再開に、胸からこみ上げてくるものを
感じつつ、あまりに突然の訪問に疑問を抱いていた。
「私、パパはいないの。ママは・・・母様は心配なんかしてないもん。
だって私のこと嫌いだから」
ミユはそう呟くと寂しそうに俯いた。
カナタはその瞳に自分と同じ色を感じていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ーバタン
「カナタ、コーヒーが冷めちゃう・・・わよ」
突然部屋に入ってきたクリスはミユの姿を見つけると。
思わず口を押さえた。
そして・・・
「かわいい・・・(はぁと)」
眼を輝かせ、両手を顎の下で組んでいる。
カナタはいつもの事と感じながら
思わずため息をついた。
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