2003年 12月25日 午前
外は雪がパラパラと降っている。
未夢は彷徨と横に並んでゆっくり歩いていた。
冬なのに、自分達の周りだけ空気が生暖かく感じる。
つなぐ手がいつも以上に暖かい。
眼を合わせるのが照れくさくてお互い前を向いて歩く。
ふっと眼が合う。
だけどすぐに逸らしてしまう。
いくつもの感情が未夢の心を包み込む。
しだいに言葉に出来ない想いが込み上げて来る。
-思い出がモノクロの映画のように甦る。
記憶の中に微かに残っていた幼馴染との突然の再会
オット星の赤ちゃん、新しい家族
まるでフィルムを早送りしたように、
あっという間に過ぎていった西遠寺での毎日
-そして、別れ。
家族というかけがえの無い存在から一歩前進した私達の関係
”恋人”と呼べる関係から少しずつ大人に成長していった私達
-それから1年後・・。
会いたくて、止まらなくて。こっちの高校を受験。
家を出たあの日を今でも思い出す。
いつのまにか2人でいる時間が当たり前になって
両親の反対を押し切って始めた2人だけの生活
すべてが私の中で色褪せることはない・・
これからはどんな時間をあなたと一緒に刻んでいくのだろう?
そんなことを考える。
あなたと私・・・そして新しい家族のいるこの場所で。
そして、強くなりたいと思う。
私達の幸せを自分自身の力で守っていけるように。
大切な、あなたのために。新しい家族のために。
-思わず笑顔がこぼれる-
彷徨も同じように笑みを返す。
「しちゃったね・・・・結婚」
「そうだな」
結婚したという実感が今更ながらに沸いてくる。
新婚夫婦ってこんな気持ちなのかな・・。
”夫婦”
1つの単語に思わず反応する。
(そうか、私達、一応”夫婦”になったんだよね。でもやっぱり実感ないなあ。
この子が生まれれば、もう少し自覚が出てくるかもしれないけど・・・)
-そして、今は再会したルゥがいる・・・・。
未夢はそんな想いを巡らせていた。
(うっ・・やっぱりこういうのって慣れないな・・・)
-役場に届を出しに行った帰り道
彷徨は未夢の手を握りながら、黙って歩いていた。
少し積もる雪が、いつもより一層白く見えた。
時々、横を向いて未夢の様子を伺うが、彼女が前を向いているのを確認するとそれに合わせるように自分も前に向いた。
握る手の温もりがいつも以上にくすぐったく感じる。
いつも以上に口数が少なくなってしまう。
言葉が出てこない。
普通の男なら、ここで甘いことばの1つや2つ、囁くのだろうか?
そう思ったが、彷徨にはそんなこと、とても出来そうになかった。
何せ普段の行動から不器用さを奈何なく発揮している。
優しい言葉をかけてやろうとすれば、自然と憎まれ口になる。
慰めてやろうとしても、ついぶっきらぼうになってしまう。
冷静に装っていても、心の中は未夢のことでいっぱいだったりするのに。
そんな彼に少女マンガのヒーローのような態度が取れるはずもなかった。
-あの日からもう5年か
彷徨はふっと5年分の想いを巡らせていた。
約10年ぶりに出会った幼馴染が、いきなり家族になったあの日。
左手の中指に大事そうに嵌められているシルバーの指輪に心が奪われた。
それは自分が昔、幼馴染の女の子にあげたものだったから。
同時に家族がもう2人増えた日でもある。
今まで一人が当たり前だった自分の心の中に、
3人の家族がずけずけと入り込んで来た。
それから、さまざまな出来事を繰り返すうち、
彷徨の硬く閉ざされた心の扉を抉じ開けた。
悲しいときも、寂しいときも、そして、嬉しいときも
感情をあらわにすることなんて早々なかったのに。
いつのまにか、泣いたり笑ったりしていた。
あいつに、あいつらに振り回されながら。
そんな毎日があっという間に過ぎた。
-そして
自然のごとく訪れる別れ。
あの別れの日は今でも忘れられない。
未夢との関係が”家族”から”恋人”に変わった日。
ロケットを、指輪を交わしたあの日。
それからお互いが別の道を歩いた1年間
何度会いに行ったか分からない。
そのたびに、同じ時間(とき)を過ごすことが出来ない寂しさを、切なさを実感した。
あの1年間があるからこそ、”今”を大事にしなければと思える。
−1年後・再会
2人だけの生活、初めて迎えた朝。
そして、”今”。
とても・・・言葉に出来ない想い。
好きとか、嫌いとかそういう言葉では片付けられない。
母親のように、姉のように、妹のように、親友のように、恋人のように・・。
そんな想いを今でも胸に抱えている。
(”だいじ”だからな。)
ふっと時間が引き戻される。
-未夢の笑顔
思わず顔が綻ぶ
同じように彷徨も笑みを浮かべる。
未夢と他愛ない会話を交わしながらも、彷徨の頭の中は”結婚”・”夫婦”という単語でいっぱいだった。
「未夢、お前、明日から1週間食事当番な。」
「〜え」
「この1週間、俺に押し付けてサボりまくってただろうが。」
「だから、それはごめんっていってるじゃない。」
「なら行動で示せよな〜」
未夢はふっと彷徨の顔を見た。
きっと未夢の次の反応を期待しているのだろう。
からかうように含み笑いを浮かべている。
このまま乗ってやるのもいいが、
何だかそれも癪なのでいつもより素直な反応を示すことにする。
(でもそれだけじゃつまらないな・・)
そう思いながら。
「了解。でも不味いから覚悟するように」
「はいはい。でもプリンだけってのはやめてくれよ」
(うっ・・・さすがに鋭いですなぁ〜やっぱり付き合いが長いとこんなことまで見抜かれてしまう・・。
でもさすがに1週間プリンで誤魔化すのは無理か。)
未夢は、心の中でそう呟きながら自分の企みが計画の段階で失敗に終わったことを実感する。
「大丈夫、”今回は”横着はしないつもり」
企みを誤魔化すようにわざとらしく、大げさに胸を張って見せる。
「”今回は”ね・・。なら横着したら1回につき罰金な」
彷徨はいつものことだと分かっていながらも
未夢の当初の企みを察して少し呆れた顔をしている。
「・・うっ・・」
未夢は早くも鞄から財布を取り出し、残りを確かめている。
と同時に自分の機械の弱さから、
パソコンで家計簿を付けるのを彷徨にすべて任せきりしていたことを少し後悔した。
(ううっこれでお小遣いまで管理されてしまう。そうよコイツはこういう奴よ。)
未夢はぶつぶつ呟きながら心の中で小さく付け加えた。
-だから好きになったんだけど-
いつも何か考え込んでるし、
真面目だか不真面目だか分からなくなるし、
変に子供っぽくて、だけど時々カッコよくて。
だけど、妙に可愛いところもあったり。
こんなこと、本人の前では絶対に言えない。
”たまには素直になった方がいいのかな?”なんて思いつつも。
「まあ、食事当番の件はあとでじっくり処理することにして、その前にパーティの時間に遅れるぞ。クリスの家に1時じゃなかったのか?」
「そうだった、やばっ。帰って支度しなくちゃ」
「ほらっ、走るぞ。」
「うん。」
2人はこんな他愛無い会話を交わしながら再び手を握って走り出す。
口には出せないけど、心で繋がっている。
心の中で、
”これからもよろしく”
お互いそう呟きながら、走り出す。
それは恋人であっても、夫婦であっても変わらない。
いつまでも同じ時を当たり前のように過ごせる関係でありたい。
そう願いながら。
12月25日 午後 花小町邸
彷徨の運転するバイクが、クリスの家に到着した。
未夢と彷徨は到着した途端、着せ替え人形にされてしまった。
別々の部屋に移動させられると同時に、衣装の準備が開始された。
「「「「ふふふ、未夢(ちゃん)に自分のドレスを着せるのは私(ですわ)」」」
未夢の着替えはクリス・綾・ななみが担当。
相変わらずの3人組。自分達の趣味を余すことなく表現したドレスを
何とかして未夢に着せようと必死になっている。
クリスはこの日のために、毎日徹夜して縫ったという、
レースとフリルの豪華で上品なドレス。
綾はコスプレの雰囲気を醸し出しつつも、まさに未夢のイメージぴったりの
可愛らしいメイド服の匂いを感じさせるドレス。
一方、ななみはさすがデザイン学校で勉強しているだけあって、
今流行の少し大胆なデザインのドレス。
しばらくして、お色直しをすることで意見が一致したらしく、ちゃくちゃくと準備を進めている。
「さて、彼の衣装は僕に任せてくれたまえ。男のロマンを演出するよ」
そして、彷徨の着替えは望が担当
彼がデザインしたというタキシードは彼の趣味にしては、なかなかシックなデザインに出来ていた。
全体は白く、胸の白いバラの刺繍がアクセントになっていて、派手すぎず、地味過ぎずといった印象で上品な雰囲気を醸し出している。
ちなみに三太も彷徨の衣装を用意して来たが、
あきらかな中世ヨーロッパ風貴族のコスプレという印象で、
綾を除いた全員一致で却下された。加えてマントと仮面舞踏会用の仮面などさまざまな小物も用意されていた。
望は、照れて着るのを躊躇う彷徨を目の前にしながら、
臆することなくあっという間に衣装を着せてしまった。
まあ、渉が大きく尽力したということも大きいのだが・・。
ちなみに彼は彷徨用の衣装として、アルマーニのスーツを調達したらしい。
そして、準備が完了した。
-パパパァ−ン
未夢と彷徨がお互いの向かいにある、
衣装部屋から繋がっているパーティールームのドアを開けると、
同時に大きなクラッカーの音がした。
それとほとんど同時に
「「Merry Christmas,Happy Wedding&Happy Birthday !!」」
という中高時代のクラスメイトの大きな声が鳴り響いた。
「ありがとう」
「さんきゅ」
未夢は涙を手で拭い、彷徨は優しく微笑んだ。
パーティも中盤に差し掛かっていた。
恒例のプレゼント攻撃に
三太と望が漫才を披露したかと思えば、
望が得意のマジックを、三太がちょっとした芸を見せる。
綾が一人芝居を披露し、渉がエアガンらしきもので射撃の腕を見せる。
一通りイベントが終了し、クリスの作った料理を片手に談笑する時間が続いていた。
未夢がクリスや綾を初めとした女子集団に捕まって、彷徨との生活について
あれこれ追求されている間にななみがカクテルを片手にこそっと彷徨の側に寄って来た。
「ふふふ、西遠寺くん、呑んでる?」
「天地か。まあ、ほどほどにな」
ななみはずいぶん呑んでいるようなのだが、顔がうっすら赤くなる程度である。
未夢の方を見ながら自分の作ったドレスとモデルの質の良さを実感しているのか、ふぅーとため息をついている。
「ところでさぁ、西遠寺くん、あたしのつくったドレスどう?」
彷徨は思わずカクテルを噴出しそうになった。
今、未夢が来ているのは、ななみの作った白のスリップドレス。胸元がビーズ上になっている。
胸のカットが少し大胆だが、おそろいのボレロが全体を上品に保っていて、細身のボディラインをより綺麗に見せていた。
「///お前なあ・・俺にそんなこと聞くなよ。そんな柄じゃないってことぐらい分かっているだろうが」
彷徨は未夢のいる方にボーっと顔を向けていた。見とれていたのだ。しかし、まるで自分の気持ちを見透かされたようで照れくさかった。
「それって誉めてるってことにしとくわね。でも今日くらいもう少し素直になってもいいと思うけどなあ・・・」
ななみは少しからかうような眼をして、じーっと彷徨の方を見る。
「あのなぁ、光ヶ丘のやつみたいにいつも女の喜ぶことばかり言ってたら、いざってときの価値がなくなるだろうが。」
「ふ〜ん。まあ、それもそうだけどね、でも女ってのは好きな男のために着飾るもんなんだから、こんなときぐらい誉めてやらないとだめだよ。」
ななみはそう告げると、空になったカクテルを片手に、
空になった皿をもう片方の手に持ち、料理のある方に行ってしまった。
(ったく天地のやつ。それが出来れば苦労しないよまったく。)
-ふぅ
そう思いながら、彷徨は思わずため息をついた。
その頃、未夢の衣装は三度目のお色直しが行われるところだった。
「ねえねえ、未夢ちゃん。西遠寺くんとの同棲生活ってどんな感じ?今後の参考にさせて貰いたいんだけど。」
未夢はパーティの間じゅう、綾の質問ぜめに合っていた。彼女は、未夢が何か答えるたび、にやにやしながら、”ネタ帳”と書かれた冊子に丁寧にメモをしている。
他の女子集団も興味津々といった様子で聞き入っている。
-パン
突然クリスが手を叩いた。
「皆さん、そろそろ未夢ちゃんが三度目のお色直しをしますからちょっと道を開けてくださいな。」
クリスは皆の方に笑顔を浮かべながら、未夢の方にさりげなくウインクをしつつ、衣装部屋の方向に足を向ける。
(ふう、助かったあ。クリスさんきゅ。綾もいいやつなんだけど、ネタのことになると目の色変わるんだよね・・・)
内心そう思いながら、クリスの後に続いた。
三度目のお色直しはクリスが徹夜して縫ったというウエディングドレスだった。
レースとフリルが基調になっている豪華で上品なドレス。
ベールには白いばらに真珠のティアラ。
胸には白いばらのコサージュ。
首にはピンクパールのネックレス。
未夢は周りの視線に少々照れながら、彷徨が出てくるはずの扉の方に視線を向ける。
アルマーニのスーツを着た彷徨が渉に手を引かれて、照れくさそうにこちらに歩いてくる。
そんな彷徨の姿に周りからふぅとため息が聞こえてくる。
未夢に羨望のまなざしが注がれる。
「それでは、今日結婚したばかりのお二人に指輪の交換をして頂きましょう!」
綾の司会の声とともに、二つの指輪が運ばれてくる。
周りからは歓声の声が上がる。
「これは・・・・」
未夢はその指輪を見て驚いた。思わず声を上げそうになって、すんでで止める。
彷徨もずいぶん驚いている様子だった。
そう、それは月と星がデザインされたシルバーリング。
未夢が初めてデザインしたもので、2年ほど前の彷徨の誕生日に未夢がプレゼントしたものだ。
(綾がちょっと指輪を貸してって言ったのはこのことだったのね)
心の中の疑問を納得させつつ、目の前の彷徨を見つめる。
思わずみとれながら、彷徨の左手の薬指にリングを嵌めた。
彷徨も、未夢をまっすぐに見つめつつ、
未夢の手を掴むと、左手の薬指にリングを嵌める。
と同時に唇に一瞬柔らかい感触を覚えた。
目の前には彷徨の顔。
照れながらもニッコリ微笑んでいる。
未夢はそれに答えるように彷徨の唇に軽く触れた。
周りの視線も、歓声も目に入らなかった。見えたのは自分の目の前の愛しい男だけだった。
-夜11時
彷徨の運転するバイクはマンションの前に到着した。
眠ってしまった未夢を背中に担ぎながら、マンションのエレベータに乗る。
「疲れたんだな。今日は大活躍だったもんな。」
彷徨は顔を後ろに向けてそう呟く。そして、先程のウエディングドレス姿の未夢を思い浮かべて少し顔が赤くした。
「ルゥとワンニャーはもう寝ちまったかな。」
未夢の手には、クリスに包んでもらった料理しっかり握られている。
−チン
2人の部屋はマンションの10階
あっという間に到着する。
未夢を担いだまま、片手で鍵を開けようとするが、ドアが開いていることに気づく。
疑問に思い、ドアノブを緩める。
−パパパーン
再びクラッカーの音。
「未夢さん、彷徨さん、おめでとうございます」
「パパ、ママ、おめでとう」
玄関の前には2人の帰りを今か今かと待ち望んでいたかのようなルゥとワンニャーの姿
-シッ
驚いて、一瞬我を失うが、すぐに人差し指を口の前に立てる。
「未夢、疲れて眠っちまってるから静かにな」
「大丈夫。起きてるよ」
背中から未夢の声。彷徨は玄関にゆっくりと未夢を下ろすと、ひたいを人差し指でツンと突いた。
「お前、さっきからずっと起きてたな。」
「えへっ・・・ごめん。途中から何だけど。彷徨、私が寝てると思ってたみたいだからつい。」
「ったく。ところで、今度は家族4人でクリスマスパーティでもするか?」
「うん、そうだね。」
未夢はにっこり微笑んでうなずく。
「そうしましょう、そうしましょう」
ワンニャーはクリスの作った料理を見て、今にも涎が垂れそうになっている。
「ケーキもあるよ」
ルゥも嬉しそうに笑みを浮かべる。
結局、私の居場所はここなのかなぁと思う。
横には彷徨がいて、ルゥくんがいて、ワンニャーがいる。
どんな場所にいても、最後にはここに落ち着いてしまう。
それは彷徨と結婚した今でも変わらない。
とにかく、”これからもよろしく”
改めて、心の中で呟いた。
-私達の前に、新しい風が吹き始めていた。
|