あなたと私の大切な時間。
何気ない毎日の中で、あなたの憎まれ口が聞けるだけで嬉しかった。
だけど、そんな毎日が当たり前に続くって思いこんでた。
私たちはもっと前に進まなければならない。ルゥ君という思い出から、本当の私達の道に。
あの日の約束、もっとずっと遠いものだと思っていた。
忘れていたはずの、偶然で必然的な約束。
だけど、こんなに早く来てしまうなんて、考えても見なかった。
私とあなたの分身とともに。
夕方。夏と秋の狭間の季節。4歳くらいの女の子と男の子が夕日を切なそうに見つめている。遊び疲れて、土手の芝生に寝そべっていた。夕日がとても綺麗に空一面に赤く染まっていた。
「おまえ、あしたかえるんだな。」
男の子は寂しそうに女の子を見つめている。女の子も方も、何だか切なげな瞳を浮かべている。
「うん。明日ママが迎えに来るって。」
「とおいのか?」
「ここからじゃ、すっごくとおいって、ママがいってた。」
どうやら、女の子の方が夏休みを利用して、男の子の家に遊びに来ていたようで、明日帰るらしい。
「そうかあ、オレのあしじゃむりだなあ」
男の子がそう言うと、女の子の目に涙が溜まって、今にも溢れ出しそうだった。
「泣くな。」
男の子はそう言うと、女の子の手に何かを握らせた。女の子は男の真剣な顔に、涙をぐっと堪えた。
「これ、おれのかあさんのたからものなんだって。けっこんゆびわっていうんだぞ。」
男の子は少し得意そうに女の子に言った。
「きれい・・・だね。」
それはキラリと銀色に光っている指輪だった。女の子はまぶしそうにその指輪を見つめている。
「これ、おまえにやる。」
男の子はさきほど以上に、真剣な眼差しを女の子方に向けている。
「いいの?」
「いいの。」
男の子は、指輪を返そうとする女の子の手を無理矢理押しのけた。
「そのかわり、だれにもないしょだぞ。」
「ママにも?」
「ママにもパパにもオレのとうさんにも、かあさんにもだ。」
「うん。」
夏の終わりを告げる風が涼しげに吹いている。もう秋はすぐそこ。この小さな二人にとっては、寂しい季節の始まりを告げているようなものだった。
「たいせつにしろよ」
「うん。」
女の子は嬉しそうにぐっと指輪を握りしめた。
なんだか握りしめたらすぐに粉々になってしまいそうで、とても怖かった。
女の子は指輪をはめようとした。だけど、女の子の指はまだ小さすぎて、指輪はぶかぶかだった。
「かしてみろよ。4番目の指にはめるんだよ。」
男の子は女の子の手から指輪を取り、いつも母親がしていた指、薬指にはめてやろうとした。それでも女の子の指は小さすぎてぶかぶかだった。男の子はがっかりした表情で、女の子の方を見つめた。
「ごめんな。」
「ううん。」
お互い見つめ合った。何だかおかしくて思わず笑ってしまった。
(やっぱりパパとママのようにはいかないね。)
「やくそくしようぜ。」
「やくそく?」
突然の男の子の言葉に、訳も分からずと言った様子で、男の子の方を見た。
「おまえが、このゆびわがぴったりになるくらい、おおきくなったら、ぜったいオレがはめてやる。」
「うん。」
女の子はにっこり笑って、男の子のほっぺに軽くキスをした。男の子の顔は少し赤くなったが、男の子もキスうぃ同じようにほっぺに返した。
「やくそくだよ。」
「いつか」
「うん。」
あれからどのくらい時間がたったのだろうか。辺りはすっかり暗くなりかけている。あちらこちらから、夕飯のいい匂いが漂っている。男の子と女の子のおなかがギュウと鳴った。
「ーちゃん、ーくん、ご飯よ。」
男の子と女の子を呼ぶ声がする。二人は思わず顔を見合わせた。
「いこうぜ」
「うん」
二人は声のする方に走って行った。ぎゅっとお互いの手を握りしめながら。
「またあえるよね」
「あたりまえだろ」
「うん」
*****
あの夕日の中で交わされた、大切な約束。パパにもママにも話せない約束。
少なくとも、女の子にとっては忘れられない約束となった。
次の日、女の子はママに連れられて、帰っていった。不思議と涙はなかった。
(あのやくそくがあるから。いつかまたあえるから。)
帰りの電車に揺られて眠る、女の子の右手が、ママがどんなに広げようとしても、ぎゅっと何かを握りしめたまま、話すことはなかった。強く、本当に強く、女の子の大切な、大切な約束が、その手の中いっぱいに広がっていたからかもしれない。
指輪は、10年以上経った今でも、女の子の手の中にあった。
どんなに古ぼけても、女の子にとっては銀の輝きだった。
その約束が、女の子にとって、こんなに早く、現実のものとなるとは、誰もが思っていなかった。
*****
ーピピピピ
目覚まし時計の音が鳴る。
「未夢、起きろ、遅刻するぞ。今日は午前中、講義があるんじゃないのか?」
家の奥から低い声がする。
はっと我にかえると、となりに寝ているはずの人間がいない。
「大変。」
"未夢"と呼ばれた金色の髪の少女は、急いで鏡の前でその綺麗な髪を整えた。母親ゆずりの整った顔立ちと、透き通った瞳が鏡にくっきりと写る。首筋にくっきりついているものもあわててパウダーを振りかけ、隠した。そして、白色のニットに、赤い花柄のロングスカート、そして、手にはちょっと古ぼけた指輪が光りを放っていた。着替えると、急いで低い声のする家の奥まで駆けだしていった。
未夢は思わずつぶやいた。
(夢か・・・。)
テーブルには2人分の食事が用意されている。皿もふたつ、コップもふたつ、フォークもはしもふたつ、テーブルに向かい合うようにして並べられている。のれんの無効から、紺色のエプロンに身を包んだ、”未夢”より顔一つくらい背の高い男の子が顔を出した。
顔立ちは未夢に負けず劣らず綺麗だ。茶色に綺麗に染まった短髪に、黒いきりっとした瞳が少女の顔を覗かせていた。
「おはよう、彷徨」
「おそよう。」
彷徨と呼ばれた青年は、そう憎まれ口を叩くと、ぺろっと舌を出した。食事当番は交代と決まっていたが、未夢の寝坊は日常茶飯事なので、たいてい彼が請け負うことが多かった。
未夢は、口をとんがらせ、ぶいっと拗ねてみせた。
彼にとって、こんな未夢の当たり前の反応が、可愛くて仕方なかった。思わず、軽くキスをした。
未夢の顔がぽっと赤くなる。その予想通りの反応も楽しかった。
「朝食出来てるから早く座れよ。」
(ったく、彷徨のやつ、覚えてなさいよ。)
と内心思いながらも、ここは素直に座ることにした。
「・・・うん。」
ハムエッグにほかほかに焼けたトーストを頬張りながら、未夢は、目の前の男が何かを言おうとしているのに気が付いた。
「何?」
「昨日の夜さ、お前、変な夢でも見てたのか?」
彷徨は心配そうな顔をして聞く。
「何で?」
未夢は何ともなさそうに答える。
「何か様子が変だったから。」
(あの夢を見てたからかもしれない。)
と未夢は内心そう思ったが、またからかわれるのがオチだから、黙っていることにした。。
「心配してくれたの?ありがと。」
とにこっと笑ってみせる。
すると、彷徨の顔がぽうっと赤くなる。
「・・・いや・・さ・・心配つうかさ。気になったから。それだけだよ。」
(さっきの仕返し)
未夢は内心、そう思っていた。
朝食の何気ない時間。この時間が2人にとってはとても大切な時間だった。
お互いなくてはならない空気のような存在、それが心地よくて仕方なかった。
「なんだか、いつもあっという間だね。」
「そうだな。」
2人はくすっとお互いの顔を見て笑った。もう出かける時間が来てしまったというばかりに顔を見合わせる。
(もっと朝の時間がゆっくり流れればいいのに。)
いつもそう思う。
「あれから4年か・・・・早いな。」
「そうだね。」
2人が親代わりに面倒を見ていた、赤ちゃんのルゥと彼のシッターペットだったワンニャーが故郷であるオット星に帰って行ってからすでに4年の月日が流れていた。未夢は一度、中学卒業まで実家の方に居たが、母である未来がまた宇宙に行くための訓練のために再びアメリカに渡ってしまったため、高校入学以来、相変わらず西園寺に居候の身だった。まあ、未来のアメリカ行きが決まる前に、彷徨と同じ高校である、平尾高校の入学願書は出してしまっていたのだが・・・。
生活は中学時代とほとんど変わらなかった。宝晶も何だかんだで家を開けることが多く、ほとんどふたりっきりの生活が続いている始末である。変わったのは、4人分の食事を創る必要が無くなったこと。そして、目の前の男と、相思相愛というだけ・・・。
「それにしても家の親父も相変わらずだよな。」
「そうだね。彷徨も相変わらずだけど。」
「そうかあ。」
「うん。」
が、
(そこが好きなんだけど。)
とは言えない未夢だった。
「そうだ、お前今日の夜、時間あるか?」
彷徨は思いついたように言った。
「・・・・? 別に大丈夫だよ。どうしたの?」
彷徨は、質問に答えず、にこっと笑っただけだった。
外は、雪が今にも降りそうなくらいの寒さだった。
「そう言えば、もうすぐクリスマスだな。」
「彷徨の誕生日でもあるよね。」
「オレももう、19か・・・。早いもんだな。。」
中高時代は、いつものメンバーで過ごすことが多かった。2人きりで過ごすなんて」、いままで考えたことも無かった。
(今年はホワイトクリスマスかな・・。)
未夢と彷徨にとって、そんなホワイトクリスマスが、忘れたくても忘れられない日になってしまうなんて、思っても見なかった。)
*****
〜ピンポーン
玄関からチャイムの音がする。
思わず現実に引き戻される。
「・・・・来ちゃった。」
「やべえ、急げ。」
彷徨はエプロンをリビングに脱ぎ捨てると、玄関に向かって走っていった。
ガラガラガラと、扉が開く。
目の前には、ピンク色の髪に少し青色の目をした美少女が立っていた。
「おはようございます、未夢ちゃん、彷徨君。」
美少女は、にこっと笑って挨拶をした。
「おはよう。」
「オスッ」
もう12月の中旬。吐く息が白い。
2人はいつもの挨拶を交わす。
「ごめん、クリス。待たせた?」
未夢は申し訳なさそうに美少女・クリスに尋ねた。
「いえ。わたくしは大丈夫ですわ。ただ、車で渉君がお待ちかねですわよ。」
「あいつ意外と時間にうるせえんだよなあ。」
「そうだね。」
3人は思わずくすっと笑ってしまった。
*****
「おめえら、遅えぞ。」
屋根が畳まれている、薄い赤みのかかったスポーツカーの助手席には、薄いピンク色の髪をした、少しヤンキー風の男が座っていた。未夢・彷徨・クリスの悪友・親友でもある渉だ。
「渉君、ごめんー。」
いつものことながら、未夢は、両手を合わせて謝る。
「渉、すまん。すべてはこいつのせいだから。」
いつものように意地悪く言うと、未夢の髪をくしゃっと撫でた。
「なによその言い方。」
と言い返した途端、途端、なにやら一瞬目眩がした。少し吐き気もする。
彷徨は、未夢の様子が少しおかしいのに気づいて、眉を潜めた。
「まあ、まあ、2人とも。いつものことだって分かってんだから気にすんなって。」
渉が慌てて2人をとりなす。
(ったく相変わらずだな。)
渉には、2人の関係が少し羨ましかった。自分は元暴走族で、男同士の関係に揉まれていたから、どんなに喧嘩をしても、心のどこかでお互いを必要としている2人の関係が、とても眩しく見えた。
ーブルンブルンブルン
エンジン音がなり、クリスの運転する車が、城南大学のある、隣町の高尾市に向かって出発した。助手席には渉。後部座席には未夢と彷徨を乗せていた。
ーゴ
窓の外は、もうクリスマス一色という感じだった。町の中心には大きなクリスマスツリーが飾られ、町も一年に一度の聖夜を心待ちにしているようだった。
「それにしても、クリスが車に凝るなんてね。」
「オレも、渉も相当なもんだけど、クリスには叶わないよな。」
「わたくしも、こんなに凝るなんて思いもよりませんでしたわ。教習所での初めて運転したときのあの快感が忘れられなかったんだと思いますわ。」
「クリス、運動神経はそんなによくないのにね。」
未夢はクスクスっと笑った。
大学に入って、クリスの車に揺られながら、4人で学校に行くということが、いつのまにか日課になっていた。そう、4人はとてもウマがあった。元々、クリスとは中学時代の同級生だし、つき合うことも多かったが、渉も4人のまとめ役として、性別を越えた男友達として、無くては鳴らない存在になっていた。
「お前達と出会って、もう8ヶ月になるんだな。」
渉は懐かしむように言った。4月、未夢・彷徨・クリスの3人組に出会ったことが、昨日のように思い出される。以来、4人で行動することがほとんどである。一度、自分が元・暴走族だということを話したことがあったが、お前そのものだなと言われてしまった。ひたすら男の世界を一心にすり抜けてきた彼にとって、この空間が最も安らげる場所だった。
「お前もそんなこという奴だったんだな。」
彷徨が横から突っ込みを入れる。
「お前、何かオレのことを勘違いしてねえか?」
3人が同時に笑う。
渉はぽっと赤くなって、少し拗ねたような顔をする。
「あーやめた。やめた。オレにはこんなしけたような台詞、似合わねえからな。」
「そういえば、クリスマスはどうなさいます? 家でパーティってのもいいですけど、それじゃ芸がありませんし・・。今年はちょっと変わった形でやりたいですわね。」
クリスが突然話題を変える。少しにやけたような顔をして、未夢と彷徨に聞く。
「未夢ちゃんと彷徨君は今年はどうなさいますの?」
「・・・・何言ってるの。。(んだよ。。)」
未夢と彷徨の顔が、赤く染まっていくのが分かる。
「それとも、今年はふたりっきりで過ごされます?」
2人の顔はまるで煙を発するかのようになっていた。
(やっぱり、クリスにはかなわない・・。)
未夢と彷徨はそう思っていた。
それもそのはず、未夢は彷徨の耳元で、今年は2人でどこかいかない?とこっそり呟いたばかりだったから。とてもクリス・渉の目の前では照れくさくて口に出せなかったが・・・。
ーゴー
車は、平尾町と高尾市の境界線に差し掛かっていた。車は高尾市のさらに奥に入っていく。「奥」と言っても、高尾市の中心部は奥にあった。平尾町駅と高尾市駅が少し離れているのもその証拠だった。
渉はふと隣を運転している、クリスを見た。バックミラーごしに、何だか後部座席の未夢をしきりに気にしているようだった。そう言えば、さっきから未夢はあまりしゃべっていない。いつもなら、渉の話題にも、彷徨の話題にも、クリスのボケにも突っ込みを入れてくるはずだが、今日はそれもなかった。彷徨も横で、心配そうな顔をしている。
そう思っているうちに、車は城南大学に到着した。
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