作:山稜
2005春企画「この子どこの子サクラの子 掘削競作スプリング大作戦!」に参加した作品です
テーブルは、かたい。
たたくと、それがよくわかる。
いたい分、よけいに腹がたった。
「だからっ、どーしていつもわたしは人数に入ってないわけっっ!」
「そんなこと言われても…ねぇパパっ」
「う〜ん…」
職員の、勤続20年表彰。
去年はパパ、ことしはママ。
それでもらった、温泉旅行。
…でもひとり分ずつしか、ない。
「民間だったら、ふつーペアでくれるよなぁ」
「アラこないだ四菱の柴田さん、もうそんな制度なくなったって言ってたわよ」
「へー、もうなくなってるのか、四菱でも…」
「だからあるだけ、感謝しなくっちゃとは思ってるのよね」
「そうだねぇ」
…どーも、このふーふ。
ムスメ、わすれてません?
「で…わたしはどーなるのよっ」
「いーじゃない未夢、たまにはふーふ水入らずにさせてよ」
「あのねぇ…っ」
さけんでた。
テーブルは、かたい。
それでも、たたきたかった。
「いっつもふーふ、水入らずでしょーっっっ!!」
◇
「うちのオヤジも温泉だとか言ってたな、宗派の春の研修会とかなんとかって名目で」
彷徨のため息が、ふぅ。
「み〜んな温泉かぁ…」
わたしのため息、はぁ。
「いいな〜温泉っ…わたしも温泉っ、いきたいいきたいいきたぁ〜いっっ!」
別に温泉でなくたって、いいんだけど。
こうなったら、意地ってかんじ。
「って…どこの温泉、行きたいんだ?」
へっ?
「どこって…まさか、ふたりだけで行くのっっっっ?」
ふたりで、ってことは…。
部屋ひとりずつ、とらなきゃなんないし…。
高くつきそうだなぁ…。
こないだ春物の服、買ったばっかで、おこづかいないし…。
まっ…まさかっ。
ふ…ふたりでひと部屋―…っ!
そ…そんなの…。
まだ、心がまえっ、できてないよ〜っっっ!
「なに、顔であそんでんだ、おまえ…」
「なにって彷徨っ、温泉りょこーってっ、その…」
「旅行!?」
「旅行なんでしょっ!?」
「そんなにたいそーなことか、日帰り温泉ぐらい…?」
「あ…」
なんとなく、ホッとしたような、がっかりしたような。
「なに考えてたんだ、おまえ…」
すこぉし、クチもとゆるませてる。
「べっ、べつに…っ」
あ、本格的に、ゆるませた。
なんか、くやしー。
でも…。
日帰りなら、たしかにおこづかいあんまり使わなくてすむし。
「よーし、さがすぞーっっっ」
…って話をしてから3時間。
「あーん、これも最寄り駅からとおいよ〜…っ」
「バイクが動きゃ、なぁ…」
彷徨のバイク、修理中。
ナントカっていうのをコーカンしないといけないとかなんとかで。
部品がくるまで、だめらしい。
「バイクなおってからにしよーぜ、やっぱ」
「だめっ!すぐ行きたいのっ!」
「んなこと言ったってムリじゃん…」
「彷徨、はやくクルマの免許とってよっ」
「どーやって、16でクルマの免許取んだよ…」
…立っちゃった。
…台所か。
よかった、おこってるわけじゃないみたい。
でもどーしよー…。
どっかいーとこ、ないのかな…。
へたりこんだら、彷徨の声。
「で…おじさんおばさんは、どこ行くんだって?」
「えーとねぇ…マンエツ温泉だっけ」
お茶、もってきてくれた。
「満月温泉じゃ、ないのか?」
「…それ?かな?」
「しっかりきーとけよ、親の行き先ぐらい…」
「んじゃ彷徨はちゃんとおじさんの行き先、きーてるのっ!?」
「掛乃渕温泉」
「がけっぷち?」
「か・け・の・ふ・ち!」
ん?
「まてよ…」
「ちょっと…」
顔、見合わせた。
声、そろえてた。
「それだ…っ!」
◇
山のうえ。
「そーいや、今回はちゃんとひとりで荷物持ってきたじゃん」
「あたりまえよっ、いくらわたしでも、同じ失敗は2度しませんって」
腰に手をあて、ふんぞりかえる。
中学生のとき。
三太くんと3人で来て。
どこ掘っても温泉がわく、って。
でもわたしがガケから、落ちちゃって。
けっきょく、はいれずじまい。
スコップ、にぎりなおす。
掘りおこす手に、ちからが入る。
「今度こそちゃんと温泉、はいってやるんだからっっ!」
ざく、ざく、いいちょーしっ。
ざく、ざく、いいちょーしっ。
ざく…ざく…いいちょーし…。
ざ…く…ざ……く………いい、…。
「つかれたぁ〜」
スコップ、きらいっ。
「あんがい、でねーな…」
彷徨も、手を止めた。
「ひと休み、するか」
ちょっと、ホッ。
ちょっと、おなかもすいた感じだし。
彷徨が、手を出した。
「なに?」
「なんか、持ってきてんだろ?」
「なんかって?」
「食いモン」
「どーしてそーなるわけっ!?」
「おまえのことだから、ほかの荷物へらしても食いモンだけはもってくるだろーと思ってさ」
…。
だまって、出すポテチ。
「さんきゅー」
「あーっ、わらったねっ!?」
「わらってねーって、わらってねー」
んじゃそのクチの端っこは、なによっ。
「もーっ、彷徨にはあげないっ!」
とりあげる。
「わらってねーって、だからくれ」
こんどは困りわらい、ですか。
「もう…」
からかわれるのは、いつものことだけど。
バリっと、ふくろ、あけて。
ガサっと、なかみ、とって。
カリっと、くちに、いれて。
彷徨が、こっちむいた。
「で…おまえ、いろいろ準備、ちゃんと持ってきたのか?」
…そうだっ。
ちょっとひらめいた。
「へっへーんっ、それも抜かりなーしっ、ホラっ」
プラウスのボタン、前、はずして。
「おっおい未夢っ」
おっ、彷徨さんあわててますねーっ。
「じゃーんっ」
はだけて見せた。
「おいっ!」
「彷徨ぁ〜っ、よく見なさいホラっ」
「…なんだ、水着…きてきてたのか…っ」
「彷徨、なに考えてたのぉ〜っ?」
むくれてるむくれてる。
あかいあかい。
へっへーん、たまにはやり返さないとねっ。
「それはいーけどおまえ、着がえは?」
「ちゃんと持ってるよ、あたりまえでしょっ?」
「持ってるのはわかってるよ、あたりまえだろっ?」
むっ。
ちょっとムカつくっ。
「んじゃ、なによっ」
「どーやって着かえるのか、考えてきてんのか?」
まわり。
…。
「かくれるとこなんか、木のかげぐらいしか、ないぞ…」
見てた先には、桜の木。
ホントだ…。
う〜ん。
「そーゆー準備、へらしても食いモンだけはもってくんだからなぁ」
そういいつつ、ポテチをクチに運ぶ。
「もーあげないっ!ぜったいあげないっ!」
取り上げる。
「んじゃこれ、いらねーな?」
彷徨の手に、巻いた布。
「なに、これ?」
「まっ、かんたんなテントみたいなモンだ」
へぇ…。
「前んときも、もってきてたんだけどなっ」
舌、ペロっと出してる。
…テレてんだ。
「彷徨…」
「ん?」
「ありがと」
ふ、と。
こぼれた、笑み。
とくん…と。
胸が、なる。
…こんなトコでっ。
じっとしてられない。
「さっ、さー続き、やろ、やろっ」
あからさまに、ふぅっ、と、ため息。
彷徨も、立ち上がった。
「バテんなよっ」
「バテたりなんかしないわよっ、それにつかれたって、温泉に入れば…」
ガサっ。
ん?
さっき言ってた、桜が、ゆれてる。
「なに…?」
彷徨がスコップを、にぎりかえた。
「さがってろ」と、手が言ってる。
「気をつけて…っ」
彷徨はだまって、ゆっくり進む。
2歩…3歩…。
5歩めだった。
ガサっ、ガサガサっ。
そこから、飛び出した。
…ちいさい?
彷徨がスコップ、ふりあげた。
「だめっ、彷徨っ!」
さけんでた。
彷徨がとまる。
ソレは、走ってくる。
彷徨は向きをかえる。
走ってくる。
「よけろっ」
そう言われても、カラダが動かない。
「未夢っ!」
こわくて、目をつぶった。
来る…っ!