春山のある日

(上)

作:山稜

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2005春企画「この子どこの子サクラの子 掘削競作スプリング大作戦!」に参加した作品です


 テーブルは、かたい。
 たたくと、それがよくわかる。
 いたい分、よけいに腹がたった。

「だからっ、どーしていつもわたしは人数に入ってないわけっっ!」
「そんなこと言われても…ねぇパパっ」
「う〜ん…」

 職員の、勤続20年表彰。
 去年はパパ、ことしはママ。
 それでもらった、温泉旅行。
 …でもひとり分ずつしか、ない。

「民間だったら、ふつーペアでくれるよなぁ」
「アラこないだ四菱の柴田さん、もうそんな制度なくなったって言ってたわよ」
「へー、もうなくなってるのか、四菱でも…」
「だからあるだけ、感謝しなくっちゃとは思ってるのよね」
「そうだねぇ」

 …どーも、このふーふ。
 ムスメ、わすれてません?

「で…わたしはどーなるのよっ」
「いーじゃない未夢、たまにはふーふ水入らずにさせてよ」
「あのねぇ…っ」

 さけんでた。
 テーブルは、かたい。
 それでも、たたきたかった。

「いっつもふーふ、水入らずでしょーっっっ!!」


「うちのオヤジも温泉だとか言ってたな、宗派の春の研修会とかなんとかって名目で」
 彷徨のため息が、ふぅ。
「み〜んな温泉かぁ…」
 わたしのため息、はぁ。

「いいな〜温泉っ…わたしも温泉っ、いきたいいきたいいきたぁ〜いっっ!」

 別に温泉でなくたって、いいんだけど。
 こうなったら、意地ってかんじ。

「って…どこの温泉、行きたいんだ?」
 へっ?
「どこって…まさか、ふたりだけで行くのっっっっ?」

 ふたりで、ってことは…。
 部屋ひとりずつ、とらなきゃなんないし…。
 高くつきそうだなぁ…。
 こないだ春物の服、買ったばっかで、おこづかいないし…。

 まっ…まさかっ。
 ふ…ふたりでひと部屋―…っ!
 そ…そんなの…。
 まだ、心がまえっ、できてないよ〜っっっ!

「なに、顔であそんでんだ、おまえ…」
「なにって彷徨っ、温泉りょこーってっ、その…」
「旅行!?」
「旅行なんでしょっ!?」
「そんなにたいそーなことか、日帰り温泉ぐらい…?」
「あ…」

 なんとなく、ホッとしたような、がっかりしたような。

「なに考えてたんだ、おまえ…」
 すこぉし、クチもとゆるませてる。
「べっ、べつに…っ」
 あ、本格的に、ゆるませた。
 なんか、くやしー。

 でも…。
 日帰りなら、たしかにおこづかいあんまり使わなくてすむし。

「よーし、さがすぞーっっっ」








 …って話をしてから3時間。
「あーん、これも最寄り駅からとおいよ〜…っ」
「バイクが動きゃ、なぁ…」

 彷徨のバイク、修理中。
 ナントカっていうのをコーカンしないといけないとかなんとかで。
 部品がくるまで、だめらしい。

「バイクなおってからにしよーぜ、やっぱ」
「だめっ!すぐ行きたいのっ!」
「んなこと言ったってムリじゃん…」
「彷徨、はやくクルマの免許とってよっ」
「どーやって、16でクルマの免許取んだよ…」

 …立っちゃった。
 …台所か。
 よかった、おこってるわけじゃないみたい。

 でもどーしよー…。
 どっかいーとこ、ないのかな…。

 へたりこんだら、彷徨の声。
「で…おじさんおばさんは、どこ行くんだって?」
「えーとねぇ…マンエツ温泉だっけ」

 お茶、もってきてくれた。

「満月温泉じゃ、ないのか?」
「…それ?かな?」
「しっかりきーとけよ、親の行き先ぐらい…」
「んじゃ彷徨はちゃんとおじさんの行き先、きーてるのっ!?」
「掛乃渕温泉」
「がけっぷち?」
「か・け・の・ふ・ち!」

 ん?

「まてよ…」
「ちょっと…」

 顔、見合わせた。
 声、そろえてた。
「それだ…っ!」


 山のうえ。
「そーいや、今回はちゃんとひとりで荷物持ってきたじゃん」
「あたりまえよっ、いくらわたしでも、同じ失敗は2度しませんって」
 腰に手をあて、ふんぞりかえる。

 中学生のとき。
 三太くんと3人で来て。
 どこ掘っても温泉がわく、って。
 でもわたしがガケから、落ちちゃって。
 けっきょく、はいれずじまい。

 スコップ、にぎりなおす。
 掘りおこす手に、ちからが入る。
「今度こそちゃんと温泉、はいってやるんだからっっ!」
 ざく、ざく、いいちょーしっ。


 ざく、ざく、いいちょーしっ。


 ざく…ざく…いいちょーし…。


 ざ…く…ざ……く………いい、…。

「つかれたぁ〜」
 スコップ、きらいっ。

「あんがい、でねーな…」
 彷徨も、手を止めた。

「ひと休み、するか」

 ちょっと、ホッ。
 ちょっと、おなかもすいた感じだし。

 彷徨が、手を出した。

「なに?」
「なんか、持ってきてんだろ?」
「なんかって?」
「食いモン」
「どーしてそーなるわけっ!?」
「おまえのことだから、ほかの荷物へらしても食いモンだけはもってくるだろーと思ってさ」

 …。

 だまって、出すポテチ。

「さんきゅー」
「あーっ、わらったねっ!?」
「わらってねーって、わらってねー」

 んじゃそのクチの端っこは、なによっ。

「もーっ、彷徨にはあげないっ!」
 とりあげる。
「わらってねーって、だからくれ」
 こんどは困りわらい、ですか。
「もう…」
 からかわれるのは、いつものことだけど。

 バリっと、ふくろ、あけて。
 ガサっと、なかみ、とって。
 カリっと、くちに、いれて。

 彷徨が、こっちむいた。
「で…おまえ、いろいろ準備、ちゃんと持ってきたのか?」

 …そうだっ。
 ちょっとひらめいた。

「へっへーんっ、それも抜かりなーしっ、ホラっ」
 プラウスのボタン、前、はずして。
「おっおい未夢っ」

 おっ、彷徨さんあわててますねーっ。

「じゃーんっ」
 はだけて見せた。
「おいっ!」
「彷徨ぁ〜っ、よく見なさいホラっ」
「…なんだ、水着…きてきてたのか…っ」
「彷徨、なに考えてたのぉ〜っ?」

 むくれてるむくれてる。
 あかいあかい。
 へっへーん、たまにはやり返さないとねっ。

「それはいーけどおまえ、着がえは?」
「ちゃんと持ってるよ、あたりまえでしょっ?」
「持ってるのはわかってるよ、あたりまえだろっ?」

 むっ。
 ちょっとムカつくっ。

「んじゃ、なによっ」
「どーやって着かえるのか、考えてきてんのか?」

 まわり。
 …。

「かくれるとこなんか、木のかげぐらいしか、ないぞ…」

 見てた先には、桜の木。
 ホントだ…。
 う〜ん。

「そーゆー準備、へらしても食いモンだけはもってくんだからなぁ」
 そういいつつ、ポテチをクチに運ぶ。
「もーあげないっ!ぜったいあげないっ!」
 取り上げる。

「んじゃこれ、いらねーな?」
 彷徨の手に、巻いた布。
「なに、これ?」
「まっ、かんたんなテントみたいなモンだ」

 へぇ…。

「前んときも、もってきてたんだけどなっ」

 舌、ペロっと出してる。
 …テレてんだ。

「彷徨…」
「ん?」
「ありがと」

 ふ、と。
 こぼれた、笑み。
 とくん…と。
 胸が、なる。

 …こんなトコでっ。

 じっとしてられない。
「さっ、さー続き、やろ、やろっ」

 あからさまに、ふぅっ、と、ため息。
 彷徨も、立ち上がった。

「バテんなよっ」
「バテたりなんかしないわよっ、それにつかれたって、温泉に入れば…」

 ガサっ。

 ん?

 さっき言ってた、桜が、ゆれてる。

「なに…?」

 彷徨がスコップを、にぎりかえた。
 「さがってろ」と、手が言ってる。

「気をつけて…っ」

 彷徨はだまって、ゆっくり進む。
 2歩…3歩…。

 5歩めだった。

 ガサっ、ガサガサっ。
 そこから、飛び出した。

 …ちいさい?

 彷徨がスコップ、ふりあげた。

「だめっ、彷徨っ!」
 さけんでた。

 彷徨がとまる。
 ソレは、走ってくる。

 彷徨は向きをかえる。
 走ってくる。

「よけろっ」
 そう言われても、カラダが動かない。
「未夢っ!」
 こわくて、目をつぶった。
 来る…っ!


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