台本のある日

(下)

作:山稜

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 あれから毎日、彼は来た。

 いっしょに演劇、とは言ったものの、配役は決まってる、公演も近い、となってくると、せっかくいいキャラでもホンに割り込ませるのはちょっと無理だ。

 それでも毎日、彼は来た。

 小道具の修理。
 稽古のあとかたづけ。
 なんでもないことだけど、
 なんでも、てぎわがいい。

 彼のまわりは、…そう、気持ちがいい。
 いつしか「花小町のダンナ」なんていわれるようになって。
 みんながいろんなこと、たよってた。
 ただ、

「あっあっ綾さんっ、ああああのですねっ、ここでこの効果音っ」
 もちあげた。
 どんがらがっしゃん。
「すすすすいませんっ、ぼっぼくっ」
「栗太くん、おちついて、おちついて」
「はっはいっ、すいませんっ」

 そういいながら赤くなる。
 わたしのそばでだけ、こう。

 メモ帳に、今日も少しだけ。
 ちょっと、残念なんだよね。
 もっといつもだと、キャラの具合とか観察できるのに…。

「はいはい、みんな持ち場にもどってっ…それじゃ続き、はじめるよ、はいっ」

 舞台が、すすむ。
 まん中で、主役。
「ぼくは…ぼくは、ぼくの弱さがにくい、にくらしい!」
 セリフが、ながれてく。

「いいなぁ…」
 ぽつり、栗太くん。
「どうしたの?」
「いいなぁ…かっこよくて…」
 かなり、細い声。
「そう?」
「う…ん…」
「まぁ…演劇部のなかでは、カオだちのととのった方かな、彼は」
「いや…その…」
「でもね、ホントはこの役にピッタリな男子、いたのよね〜…」
「…ピッタリ、ですか」
「そう、ピッタリ。上品なカオだちの、まさに美少年って感じでっ、人気ナンバーワンの西遠寺くんとかとも、またちがったタイプでねっ、」
「…は…ぁ」
「このホンもね、そのカレが主役だったらって思いうかべて書いたんだよ」
「ふう…ん…」

 ゆらり、くびをふり。

「綾さん…」
「はぃ?」
「そのカレのこと…好きだったり、します?」
「あ、やっぱりそんな風にきこえちゃうかな?こないだも、にたよーなこと言われたよ」

 ふらり、立ち上がり。

「ちょっと…ぼく、用を思いだしたんで、きょうはこれで…」
「あ…うん、いつもありがとう、部員でもないのにゴメンね」

 しぜんに、くちもとがゆるんだ。
 …しぜん…かな。
 なんだか、こうしないといけないような気がして。

「いいえっ、好き―…」
「え?」
「いえっ、勝手にやってることですからっ」

 彼はくびをふった。
 なんでかな…くちもと、へしゃげてる気がした。

 手をふって、見おくって。


 つぎの日から、彼は来なくなった。


 なんとなく、身がはいらない。
 こう、舞台を見ていても。
 自分のホン、自分の舞台。
 なのに。

 つい、手もと、ノート。
 積み上げた、メモ。

 その中に、
 しずかに、
 しずんで。

 どうして…

「部長ぉ、ここ、これでいいのか?」
「ぇえ?」
 …まぬけな声。
「ぇえ?じゃねーよ、ここの立ち位置からいったら、ここは手がこう伸びてこないと何がいーたいのか、わかんなくなっちゃうんじゃねーの?」
「そ…うかな」
「そーだろ、こないだ花小町のダンナも言ってたんじゃないの?」

 花小町のダンナ。
 …そうか、やっぱり。

 胸の奥、ぐちゃぐちゃ言ってる。

「ごめん、ちょっと頭、ひやしてくる」

 走るつもりないのに、とびだしてた。
 泣くつもりないのに、涙あふれてた。
 なんで…なんでわたしって、いつも…。




「うわっ」
 ドシーン。




 え?
 乗っかってる、わたし。

「綾…さん?」
 声のほう。
 床の上。
 わたしの両手のあいだ。
 みおろす。
 顔。
 オトコノコ。

 …なんだ、栗太くん、か。


 …なんだ、じゃ、ない。
「綾さん?じゃないわよ、なんで来てくれないのっ?」

 怒るつもり、ないのに。
 なんでこんなしゃべり方?

「いや…その…委員会が…」
「西遠寺くん、毎日早く帰ってるけど!?」
「いや、あの…会計が…」
「終わってからでも、来てくれてたのに!?」
「いや、まぁ…」

 この期におよんで、まだ言うから、ちょっと頭にきてた。

「まだなにか!?」
「とりあえず、カラダ起こしても、いーですか…」

 あ。


 場所、変えた。
 風とおしのいい、体育館のウラ。
 すこしは頭、ひやしたいから。
 ならんで、かけた。

 何から話せばいーんだか…。
 彼を待っても、なにも言わない。

 深呼吸して、はいた。
「…ゴメンね」

「…いえ、いーんです…ぼくも、わるかったから」
「でもぶつかったの、わたしだから」
「そーじゃなくて…その…」

 彼を、待つ。
 今度は、待ってみた。

「…その…ウソ、ついたから」
「ウソ?」
 彼はちょこんと、うなづいた。

「委員会もなにも、なかったんです…ただ、演劇部…見に行くの、つらくなっちゃって」
「どうして?みんなあんなに栗太くんのこと、たよりにしてたのに」
「みんな…ですか」
「うん…」

 なんか、みぞおちのあたり、つかえてる。
 でも、かまってられない。

「きてよ…みんな、待ってるよ…」
「みんな?」

 そう、待ってる。
 みんな、「花小町のダンナ」を。

「…やっぱり、無理です」
「なんで?なんでなの?」
「フラれちゃったんです、ぼく…」

 メガネの向こうがどこみてるのか、もひとつはっきりしないけど…。
 どこにも焦点、あってなさそなのは、わかる。

「フラれたって、演劇部のだれかに?」
「…いえ…」
「じゃ、演劇部以外のコだけどだれかにつきあってくれって言ったけどもう相手ができちゃっててはっきりおつきあいできませんってフラれちゃって、そのあと好きになったコが演劇部で、毎日そのコに会うために通いつめてたのにそのコにも好きなコがいてってだいたいそんなカンジ?」
「はい…」

 彼がとばした、ためいきを追う。

「オンナなんて、ひとりふたりじゃないでしょ?」

 わたしの言ったのを、噛んでる。
 じっと、見守る。

 立ち上がった。
「こわいんです」
 立ち上がった。
「こわい?」
 あっち、向いた。
「もう、痛いの、いやなんです」
 そっち、向いた。
「そのコ、その相手とつきあったりとかは?」
 向いたまま。
「それは…ないみたい、だけど…」

 こぶしを、両手ににぎってる。

「ちょっとでも近くにいれば、ぼくを見てくれるかなと思ったけど…
 なにかできることをやってれば、気づいてくれるかと思ったけど…
 でも…もう、痛いの、いやだから…
 あんなに痛い気持ち、もう、いやなんだ…
 ぼく、よわいから…
 自分のよわさ、にくむことができるほど、つよくないから…」

 うで、ひっぱって、こっち向けた。

「じゃあ、にげるわけ?あきらめるわけ?」

 つばを飲みこむ、音。
 彼は、すこし、うなずいた。

「そういわれても…しかたないね」
「バカっ!」

 ほお、ひっぱたいて、むこう向けた。

「なにがしかたないのよ、なにがしかたないのよ!」
 そんなことしといて、カオ、あげらんない。
 こぶしを、両手ににぎってた。
「それじゃ…それじゃ、…わたしと、おんなじじゃない…」
「…おんなじ?」

 目、つぶってた。

「…おんなじ、よ…わたしも、受け入れてほしかっただけなんだから…
 だれもちゃんと、演劇のことなんて考えてくれなくて…
 演劇部でしょ?演劇、やるところなんでしょ?
 でもいくら言ったって、マジメにやってくれなくて…」

 そうしないと、こぼれそうだったから。

「部長として言えば、きーてくれるのかなって、部長に手、あげて…
 ホンがあがらないっていえば、自分で書いて…
 毎日毎日、気をつかいながら稽古して…」

 でもムダ。
 こぼれたから。

「そこまでやったって…栗太くんに、かなわなかった…」
「…ぼく…?」
「なさけないよ…わたし自身、栗太くんがいてくれたらって思ってたことに気がついちゃったんだから…」
「…ぼく…ですか」

「そうよ…いまの演劇部に必要なのは、わたしじゃなくて『花小町のダンナ』…
 たよりになる…
 だって、わたしだって、…
 なのに、その本人が、わたしとおんなじように、にげたりするのよ!あきらめたりするのよ!
 そんなのって…」

 肩、ふるえてた。

「そんなのって…ないよ…」
「綾さん…」

 ふるえが、とまった。
 ううん、とめられた。
 彼の手で、つかまれて。

「ぼく…がんばりますから…」

 ほんとに、とまった。
 すぅっと、おちついた。
 ふぅっと、息、はいた。
 カオをまだ、上げる気にはならないけど。

「でも、どうしたらいいのかな…」
「…とりあえず、にげないで」
「にげない、って…」
「その子に、ちゃんと好きだって言って」
「え」
「どんなに痛くっても、はっきり言わなきゃわかんないよ…相手がどれぐらい、どうおもってるのかなんて、ちゃんと聞かなきゃわかんないもの」
「…そう…ですね」

 なんかすこし、うれしくなった。
 あ、メガネ、おちてる。
 ふっとばしちゃったんだ。
 せめて、ひろって。

「そうでし…」
 カオ、あげた。
「…ょ…」

 そこには、あの。
 絵に描いた、純粋の。
 上品な、カオだちの。

 カレが、いた。

 ぎゅっと、目をつぶって。
「じゃ、い…言います…、す…す…好きなんです、綾さん」

 目の前で起こってることが、よくわからない。
「ぇえ?」
「あの…きみに好きなひとがいるのは、わかってます…
 けど、カレがあらわれるまでは、ぼくのことも見てください!
 ぼく…がんばりますからっ」

 言い切って、目をひらいた。
 とたん、石になる。
 メデュウサじゃないんだから…。

「綾さん…だめですか?」

 ようやく、うごかせた。
「…すこし、かんがえさせて」
「…どうして?」

 手をとって。

「こんな、"少女まんが"みたいなお約束…、」

 ひろったメガネ。
 そっと、のせた。

「にわかになんて、しんじられないもの…」

 しばらくは。
 カレを、じっと、ずっと。
 つったった、ままだった。


 未夢ちゃんが、通し稽古に食い入ってる。

「あの…未夢ちゃん?」
「へ?」
「おもしろい?」
「おもしろいよっ、なんていうかこう、がんばって、がんばってって言いたくなるんだよねっ」

 目はむこうのまま。

 ぱこっ。
 未夢ちゃんの上で。
「たっ…またっ、もうっ彷徨っ!?」
「帰るぞ」
「えっ、もう委員会おわったのっ?」
 もうひとつの、声がした。
「西遠寺くんが、早く切りあげてくれたんですよ」
「ぐだぐだおんなじこと、くりかえし言ってたってまとまんねーしな…早く引き上げたいやつだって、いるってのに」

 意味ありげに、視線をながす。
 栗太くんが、ゆであがった。

 大道具のコが、とんできた。
「部長、あそこの枠なんですけど…」
「あ、ホントだ、あれじゃわかんないわね…どうしよう栗太くん」
「そうですねぇ…」
「じゃあとでまた聞きにきますね、部長」
「うん、お願いね」

 未夢ちゃんの目、きらきらして。
「綾ちゃん、かっこいー…っ」
「そりゃそうですよ、頼れる部長なんですから」
「おまえが胸、はってどーすんだよ…」
 西遠寺くんのクチもとが、持ち上がって。
 ゆで栗太くんがまた、できあがり。

 舞台の上。

「ぼくは…ぼくは、ぼくの弱さがにくい、にくらしい!」
「あなたがあなたをどう思っても、それでもわたしは…」

 ヒロインが、主役の手を、とった。

「それでもわたしは、あなたが好きよ」



 え〜、難しいですねやっぱし演劇部の話は。自分がやってたわけじゃないから、想像して書かないといけないんだけど、まちがったこと書くわけにもいかないし…ちーこしゃんに監修してもらったほうがいいかな(A^^;

 というわけで、山稜版「はじまりはここから」です。「綾が少女まんがのお約束ドシーンで美少年と出会う、彼は誰?と悩んでるうちに恋してることに気づく、でその正体は栗太くんだったとさ」というネタを中井しゃんが書いてくれたのがあの話だったんですが、こう見てもテイストが全然ちがうものができあがるもんですな(笑)

 もともと、綾と栗太のカップリングは考えていたことだったんです。そのつもりで、栗太のフラれ確定話は書いたものの、そのフォローがまだだったんですね。ごめんよ栗太くん(苦笑)
 前編(上)は1年ぐらい前に書きはじめてたんですが、夢路いとし喜味こいしのあたりから筆がとまってしまって(苦笑) 続きを書くのにはいろんなひとから元気をもらいました。そのぶん、すこし説教くさくなってしまったかな(^^; ひさびさの新作、ひとまずこれにて。

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