台本のある日

(上)

作:山稜

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 言ったからには、しかたない。

 3年生が引退で。
 自分が部長に昇格して。
 今度の公演は「襲名披露」。
 部長が舞監、が伝統で。
 ホンはフーコの担当で。

 そのフーコが…まさか、扁桃腺なんかで入院するなんて、だれが考える?

 みんなおろおろするばっかり。
 アタマに来たから、手を上げた。

「じゃ、わたしが書くからっ…!」

 けれど、最近ネタがない。
 提供元が、なくなってきた。

 未夢ちゃんは、めっきり落ち着いて。
 …西遠寺くんと、べったりだし。
 クリスちゃんも、すっかり幸せそうで。
 …光ヶ丘くんと、まったりいい感じだもんねぇ。
 ショートカットの相方も、さっぱり相手をしてくれなくて。
 …黒須くんとは、ばっちりだからなぁ。

 つまり、だれも事件を起こしてくれないわけだ。

 は〜、どっかにネタ、ころがってないかな〜…。
 なんて都合よく、いくわけないよね〜。
 たとえばさ〜、そこのローカのカドを出たところで、すっごい美少年がドシーンと…。
 ないない、"少女まんが"じゃ、あるまいし…





「うわっ」
 ドシーン。





 …はぃ〜?
 なにこれっ!?

 相手からぶつかったはずなのに、自分が上に、のっかってる。
 え〜と、さいしょはたしか、肩の辺りがぶつかって、それから足が…。

「すっ…」

 声のほう。
 床の上。
 わたしの両手のあいだ。
 みおろす。
 顔。
 オトコノコ。

 …美少年。

 かっこいいんじゃなくて、
 かわいい感じ。
 目がくりくりしてて、

「すすすすいませんっ、ぼっぼく、急いでて気がつかなくてっ」

 声が高くて、話し方も。

「それであのっ、すいませんホントにっ」

 なんていうか、純粋を絵に描いたような、そんな…。


「おーい小西ぃ〜、ローカでオトコ襲うなよ〜っ」

 だれぞの下品な声がする。
 こんな上品な顔、目の前に。
 あ〜あ、なんか興ざめ。

 いそいで、どいた。
 下品とはいえ、われに返ったんだから、まぁ感謝はしておくか。

「…ごめんなさい、わたしもボーッとしてて」
「そうみたいですね」

 ふつう、そういわれたらカチンとくるものだけれど。
 なぜか、彼に言われるとテレくさい。
 前髪、かきあげた。
 へへっ、と、わらった。
 ははっ、と、わらいかえされた。
 なんだか、一瞬間があったけど。

 5時間目の、チャイム。
「っ…」
 そーだ、いそがないと。
「あっ、ごめんなさい、またあらためて」
「は…はい…」

 返事のスイッチで、その場を離れてみたものの。
 彼はいったい、だれなんだろう。
 それよりいったい、この状況。
 "少女まんが"じゃ、あるまいし…
 …あるまいし…
 …あったんだ―…!?



「…で、綾はお悩み中なわけ?」
「お悩みってゆーか…」

 相方は前髪のピンを、とめなおした。

「そんな美形なら、みんなウワサしてるでしょ?」
 確かにそうだ。
 校内は西遠寺派、光ヶ丘派に大きく分かれてて。
 そのふたりが、もう売約済なわけで。
 あのカレぐらい美形なら、…
 一大勢力になってても、ぜんぜんおかしくない。

 それに。

「それがねぇ…思い当たらないんだよ」
「思い当たらない、って?」
「これでも演劇部長よ?校内の俳優候補は、ぜんぶアタマに入ってるもん」
 相方は両腕を机に投げ出した。
「…アンタ…そんな特技が…」
「特技ってほどのことじゃないよ、トーゼンのことだよ」
 返事はなかった。

「あぁ…彼はいったい、誰だったんだろう…」
 はぁっ、と、息が漏れた。
「…そんなに会いたいの?」
「会いたい…」
「ははぁ…」
「なに?」
「それはコイだな」
「コイって」
「イトシイトシトイフココロってやつ」
「あ〜、『うちのサイがね』『君んとこサイ飼うとるんかいな』」
「それは夢路いとし喜味こいし」

 よく知ってたねとちょっとびっくり。
 そのスキに、クサビをうちこんでくる。

「ショージキに言いなさいっ、寝てもさめてもカレのこと、考えてるんでしょっ?」
「…そうだね」

 あっさり言った。
 あんぐりしてた。

「…そ…そーでしょ、やっぱりねぇ」
「たしかに、恋してるわ…ホラこれ」

 がばっ、と。

「脚本?」
「そ」

 書きかけの。

「彼みたいなひとがいないと思ってボツにした案がいっぱいあったんだけど、心置きなく使えるわ〜と思ってホラ、進む進む!」
「あ〜はいはい、よかったねぇ…」
「でもねぇ、ヒロインとの出会いのシーンをどうしようかと…まさかローカでドシーン、なんて書けないし…」
「あのねぇ、あっ、綾っ…?」
 カオが、つっぱりの冷や汗。
 もはや、ツッコミも途絶え。

「でも…それもこれも、彼が見つからないことには、思ったとおりの舞台にはならないし…」
「とりあえず、西遠寺くんとか光ヶ丘くんとか、ほかの美形をあたったら?」
「だめよっ、イメージあわないものっ!」

 バン。
 相手は机。
 手はいたい。
 …ふっときゃ、おさまる。
 それより、ここは大事なトコ。

「どんなに西遠寺くんや光ヶ丘くんが四中を代表する美少年でも、このホンのイメージには合わないのっ!」

 ふたり分の声が、寄ってきた。
「ほ〜…」
「そうですの?」

 うわさをすれば影、というのは聞いたことはある。
 でも、
「おっ、うわさをすればヨメ」
「まぁ…っ、いやですわっ、もうっ」
「だ…っ、だれがヨメなのよっ、だれがっ!」

 対照的な反応だな〜。
 …メモ、とっとこうかな。

「あ〜や〜ちゃぁ〜んっ!?」
「でも…」

 いつの間にか、クリスちゃんの手に、ホン。

「たしかに、この主人公じゃ…望くんや西遠寺くんのイメージじゃ、ありませんわね」
「そうなの?」
 未夢ちゃんが、のぞきこむ。
「う〜ん…」
「なんだか、ちょっと気の弱そうな感じでしょ」
「そうだね…っ、彷徨はもっとエラそうだし、光ヶ丘くんだと自信満々って感じだし…」
「自信満々?」
「ちがうの?」
「自信のないところを、他人に見せないようにしているだけですわ…このあいだもね、いくつか持ってたバラの…」

 あ〜あ未夢ちゃん、地雷ふんじゃったな。
 …薄情だけど、処理はまかせた。



 体育祭もおわって、もう日がない。
 しかたないので、手持ちの部員。
 立ち稽古までやってみて。

 いっしょうけんめいやってるし。
 そこそこ、うまいとは思う。
 けど、なんかちがうんだよね…。

 このシーン、今日これで何回目だっけ。
 何回やっても、わかんない。
 …イライラする。

 ちょうど、未夢ちゃんの姿。

「はいはい、ちょっと休憩しよ〜」
 みんなに向かって、声、はりあげる。
「ゴメン、おじゃまだった?」
「ううん、ちょうどいいきっかけだったわ…どしたの?」
「こないだの台本、どんなふうにお芝居になるんだろうな〜と思って、ちょっと見せてもらいに…っ」
「西遠寺くん待ちでヒマだから、ね」
「もうっ、綾ちゃんっ!」

 おこりながら、顔まっかにして。
 こーゆーところ、未夢ちゃんのキャラね。
 そばにこーゆー、モデルがいれば、キャラもつかみやすいんだけど…。

「どしたの…っ?」
「う〜ん、なんとなく主人公のキャラが、ね〜…」

 ポコッ。
 音がした。
 未夢ちゃんの、あたまのうえ。

「なっ…」
 ふりむき顔の前、まるめた書類。
 …じゃない、
「なにすんのよっ、いきなりっ!」
「ヒマだからって他人の部活、じゃましてんじゃねーよ」

 西遠寺くんだ。

「じゃまなんかしてないわよっ、ちょっと見せてもらいにきただけだもんっ」
「それがじゃまだって言うんだよ…」

 んべっ、に、ぶーっ。
 息、あってる。

 くち、はさんでみる。
「で…ナイトはプリンセスをお迎えに?」
「…どこにプリンセスがいるってんだよ」
「そーよ綾ちゃんっ、こんなイジワルなナイト、いないよっ」

 ちらっと未夢ちゃんのほうを見て、西遠寺くんは丸めた書類をひろげた。

「これ」
 あたし?
 自分を指さしてると、西遠寺くんはふりかえった。
「こいつが演劇部の部長…」
 こっち、向きなおし。
 自分の後ろ、指でさし。
「こいつは7組の花小町栗太…いま中央委員会の会計やっててさ、演劇部の予算でききたいことがあるからって」

 後ろのカレが、会釈する。
「あ、ども…」
「あ、はい」

 あわせて、会釈。
 あちゃ、前髪、目に入った…。
 かきあげて、目をこする。

 そうしてやっとまともに見た。
 花小町くん…って。
 うっわ〜ビン底メガネ!?
 ケント何とかいうタレントでしか、見たことないよ、こんなの…。
 それになんだか、カオまっかにしてるし…。

 キャラ、立ってるなぁ。

「…おまえってホント、わかりやすいな」
 西遠寺くんが言うまでもない。
 すーっごく話のアクセントにしやすそうな、いいキャラだ…。

「あっあのっ、それでですねっ」
「…花小町くん、だったよね…」
「はっ、はいっ」
「いっしょに演劇、やらないっ?」

 思わず、手をとった。

「は…はいっ、ぼくでよければ、よろこんで…っ」

 ポカンと口をあけて、未夢ちゃん。
 カオ半分押さえて、西遠寺くん。
 おもしろい構図…あとでメモっとこう。





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