氷イチゴがとけるとき

#3

作:山稜

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 通信機の向こう、ルゥの声。
「かえれるのっ!?」
「うん、あんがい簡単みたい」
「どーすればいーの?」
「空間軸を飛ばされたときとちがって、時間軸のほうはエントロピー則がきいてくるから…ひずみのエネルギーは解消されないで、たまってる。それを逆に利用するんだ」

 えーと…。
 あたまの上、カラスがカーです。

「あ…ゴメン、だから、未来がおおきくかわっちゃうよーなことをすると、それが引き金になって強制的に現在にひきもどされるってこと。パパやママが、いまそこでしらないことをおしえてしまうとか、そーゆーやつ」
「それって、さっき言ってたのと逆?」
「まぁ…そうだね」
「なんだぁ〜っ、じゃあ、びくびくすることなかったんだぁっ!」

 なんだか気がぬけちゃった。

「じゃあ『娘です〜っ』って言ってくればいいんじゃ…」
「でも未宇、そこで『わたしがあなたたちの娘です』って言って、しんじてもらえそう?」
「う〜ん…パパ、わたしがルゥをさらいにきたんじゃないかって、警戒してたぐらいだし…」

 …そうか。
 しんじてもらえなきゃ、意味ないんだ。

「じゃ、どうしたらいーの?」
「そうだね…あとは、未来が大きくかわっちゃうようなこと、なにか…」

 あ。

「ねぇ、パパとママが結婚しなければ、いーんだよねっ?」
「え…まぁ、そーだけど…」
「わかったっ、じゃやってみる!」
「なにか思いついた?」
「だいじょーぶ、まかせてっ!」

 とりあえず、通信機をしまって…と。
 ママを、おっかけよう。




 台所じゃ、ママがエプロン。
「え〜と、未宇ちゃんは何がいい?氷イチゴ?レモン?」
「宇治金時もおいしーですよっ」
 ワンニャーさんが、よこからわらう。

 でも、いつものがいい。
「じゃあ…イチゴっ」
「は〜い、ちょっとまってねっ」
 雪山にかかる、赤がおいしそう。
「はいっ、未夢特製・氷イチゴおまたせ〜っ!」

 ママが、とくいげで。
 パパ、頬づえの上。
「シロップかけるだけじゃん…」
「うるさいわねぇっ、なんであんたはいつもそんなっ」
 耳の穴ふさいで、舌だしてる。
「か〜なぁたぁっ!」
 やっぱりパパって、ママからかうの好きなんだ。

「あー、マンマーっ」
 ルゥが、とんでく。
「なぁに?ルゥくんも氷イチゴ、ほしーの?」
「あいっ」
「わかった、ちょっとまってね〜っ」

 パパが手を、のばした。
「ちょっとまて、ルゥさっきも食ったばっかだろ…もうやめとけ」
「う…」
 ルゥが半べそ、かいた顔。
 ママがいっしょに、困り顔。
「ねぇ彷徨…ちょこっとだけにするから、あげてもいーでしょ?」
「…だいじょーぶか?」
「だいじょーぶだよっ、きょうはこんなに暑いんだしっ」

 パパがじいっと、ルゥを見て。
「わかった、じゃちょこっとだけだぞ?」
「あーいっ!」
「よかったですねぇルゥちゃまっ」
 ワンニャーさんまで、よろこんで。
 パパがハンドル、がりがり回す。

「彷徨…」
「ん?」
「…ありがと」
 パパがママに、すこぉし笑って。
 こーゆーとこまで、ずぅっといっしょ。

 う〜ん、中学生のときからもうすでに、ふーふみたいなんだよねっ。
 このふたりを結婚させない…んだから…え〜と。

 超・ゲンメツ作戦でいこう!!!

 ラブラブさんでも、相手のわるいとこ見ちゃったらイヤになるもんだよねっ。

 パパは茶の間でねころんでる…本、読んでるのかな。
 ママがハナ歌まじりに食器、あらってる。

 チャーンスっ。

「ねぇマ…未夢ちゃん」
「なに?」
「パ…彷徨くんってさぁ、意外にルーズなの、しってた?」

 あわのついたままのうつわ、流しにコトン。
 ばっとふりむき、こっち見るママ。

 おっ…おこる、かな…っ。

「そーなのよっ未宇ちゃんっ!」
 あわのままの手で、手をにぎられて。
「ルーズってゆーかデリカシーがないってゆーか、こないだもねっ、わたしが買い物当番でっ、いっしょーけんめー荷物を持って上がってきて、ただいま〜って入ってきて、茶の間に入って荷物置くなり、おっきなオナラするのよっ、信じられるっ?」

 い…いや…そんなにまくしたてられても。
 「ちょっときーてよ未宇っ」って、いつもきーてることだけど、中学生だとパワーが…。

「学校じゃみんな、あの顔でだまされてるから、なかなかわかってくれるひとがいなくってさ〜、うれしーよなんかわたしっ!」
「は、はぁ…」

 …なんの影響もなし…。
 ちょっとぐらいのわるいトコ、わかってるんだね、ママは。
 でもそれ以上のパパのわるいトコなんて、見つかんないし…。

 パパを攻略してみよう☆

「ねぇ、パ…彷徨くん」
「…なんだよ」
「未夢ちゃんって、どう?」

 パパはじろっと、こっちを見た。

「なにがいーたいんだよ」
「な…なにがって?」
「おれがきーてんの…どうって、何がなんだよ」

 こ…こわい。

「た…たとえばね、料理とか…」
「ヘタ」

 ヒトコトで、終わりっ!?

「勉強とか…」
「ふつーじゃねーの」
「スポーツとか…」
「てんでダメ」
「性格とか…」
「おっちょこちょい」

 ぜんぶひとことだよ〜っ!

「で…なにが、いーたいんだ…?」
 パパ、じろり。
 こわいんだって、その目。
「い…いや、なんでもないです…ハイ…」

 …こっちも、もうママがどんなでもオッケーなんだ…。
 ふーっ、作戦失敗…つぎ行こうっ。

 恋のライバル作戦☆

 ちょうどママ、台所からもどってきた。
 ルゥがまちかねて、むかえにとんでった。

「ねぇマ…未夢ちゃん、さっきの電話の…」
「あぁ、クリスちゃん?」
「そーそー、クリスちゃんって…なんであんなに荒れてるの?」

 ママが眉間にしわ、よせて。
「あれはねぇ…彷徨がわるいのよっ」
 パパは本から目もはなさない。
「なんでおれなんだよっ」
「彷徨がちゃんとふりむいてあげないからよっ」
「そーゆー問題じゃねーだろっ」
「あれだけやさしー子、ほかにいないよっ?おじょーさまだし、料理もじょうずだしっ」
「だったらどーだってんだよ」
「だったらどーって…好かれてるってわかってるんなら、それなりに…」
「別におれ、あいつに好きだって言われたわけじゃねーし」
「だ…だったら、クリスちゃんが『好きだ』ってはっきり言ってくれば、どーなのよっ」

 パパはふりむきもせず、たちあがった。

「だから…そーゆー問題じゃ、ねーんだって!」

 ドンドコ、ろうかに音立てて。
 パパはそーとー、おこってる。

「そんなにおこんなくたっていーじゃない…彷徨のバカ」
 ママがぽつりと、つぶやいた。

 なんか、心がいたむけど。
 ひきさかないと、かえれない。
 ゴメン、パパっ、ママっ。

「うー、マンマッ…」
「あ〜、ごめんねルゥくんっ、なんでもないからねーっ」

 ルゥもゴメン。
 ルゥにとっても、パパとママだもんね…。

「うー、マンマッ、うー…」
「はいはい、泣かない泣かない、だいじょーぶだからっ…」

 でも、なんか、ヘン。
「マ…未夢ちゃん、ルゥ…くん、なんかヘンだよ…?」

 ワンニャーさん、かけよってきた。
 みんなでルゥを、のぞきこむ。
 顔色、青い…。

「ルゥちゃまっ、どーしたんですかっ?」
「うー、うー…っ」

 ワンニャーさんが、なんか持ってきた。
 緊急用の、診察器かな。
 ルゥにあてて…。

「おなかがいたいようですが…どーしてなんでしょう…」

 すかさず、後ろから声がした。
「あたりまえだろ…っ」
 パパだ。
「ルゥみたいなちっちゃな子が、あれだけかき氷食べたら、そりゃハラこわすって…」
「彷徨…っ」
「彷徨さん…っ」

 ママがおっきな目を、もっとおっきくした。
「だからさっき、やめとけって…?」
「あぁ…やっぱりやめさせとけばよかった」

 そういうと、パパは台所。
 湯わかし器の音。

 もどってきたら、手にタオル。
「さぁルゥ…ちょっと、おなか出してみろ…」
「うー…」
 ママの腕の中、なみだ目のルゥ。
 ぐいっとおなかをたくし上げ、そぉっとタオルをのせるパパ…。
「どうだ?」
「…あー」
 ちょっと気持ちよさそう。

「ワンニャー」
「はいっ」
「暑いさなかだし、あんまりだとあついだろうから…そのヘンようす、見てやってくれ」
「はいっ…彷徨さんは?」
「買いだし当番」

 立ち上がるパパを追って、ワンニャーさんも立ってた。
「代わりましょうか?」
「いや、ハラこわしてるから…ワンニャーがいてやってくれないと、こまることもあるだろーし」
「…わかりましたぁ」
 ワンニャーさん、にが笑い。

「あの…彷徨っ」
 ママが見上げた。
「…ん?」
 パパがそっと、見下ろした。

「…ごめんね―…」

 ためてた息をはくように、パパが笑う。
「ばーか」

「な…っ」
「らしくねーだろっ、そんなんでいちいちあやまってちゃ」
「だって…」
「もーいーから」

 うなだれるママの肩を、パパがそっとつかんだ。

「でもな、甘やかすだけが、親じゃねーから…おれたち、こいつのパパとママなんだろ?」
「うん…」
「元気出せよ、たいした病気じゃねーんだから」
「うん…」
「これから気をつけていこーぜ、おれたちで」
「うん…っ」

 ママも元気、でたみたい。

 もいちどパパが、立ち上がった。
「じゃ、おれ買いだしいってくるから…あと、たのむ」
「いってらっしゃいっ」
 もうママ、だいじょうぶだね。
「じゃ彷徨さん、おねがいしま…あっそーでした、あっちのスーパーで…」
 ワンニャーさんが、パパのあとをついてった。

 のこったママが、ルゥの顔見て。
 安心したのか、ルゥもねむそうで。
 それ見てママが、ふっとわらって。

 そのあとパパの行った先を、そっと見つめて、またわらって。

 だめ。
 ぜったいムリ。
 もう、できあがっちゃってるもん。

「はーっ、ホントにラブラブなんだから…」
「えっ、なにが?」
「マ…未夢ちゃんと、彷徨くんのことっ」

 ママの白い顔、氷イチゴ。

「なっ…なっ、なに言ってんのっ未宇ちゃんっ」
「かくさなくってもいーよっ、ぜんぶしってることだからっ」
「かくすもなにもっ、わっわたし、そんなっ」

 ママってこーゆートコ、すっごくはずかしがりなんだよね。
 ふたりっきりのときはいまだに「彷徨」ってよんでるの、しってるんだから。
 えーい、言っちゃえっ。

「だって…わたし、未夢ちゃんと彷徨くんの、子どもなんだもん」
「…え?シャラク星って…」
「ゴメン、あれウソなんだっ、ゆるしてっ」
 目の前で、手を合わせて。
 親にウソついちゃいけないって、おじいちゃんにいつも言われてるもんね。

「って…それって、彷徨とわたしが結婚するってこと…?」
「そーだよっ、もうだってパパ、ママのことが好きで…」
「ちょっとまってっ、もうっていつのこと?」

 は?

「いや…いまだけど…」
「は?」

 は?は、こっちのセリフだよ〜っ!

「もしかして…まだふたりとも、おたがいに好きだって言ってないのっ!?」
「おたがいにって…だからわたし…っ」

 氷イチゴも、シロップかけすぎ。
 これじゃ、あまくってたべらんない。

「彷徨が…わたし…っ」

 あれ?
 なんか、ゴーゴー音がする…。
 これって、時空のひずみ…だよね。

 さっき、ルゥが言ってた…。
《パパやママが、いまそこでしらないことをおしえてしまうとか》

 もしかして…ママ…っ。
 あれだけラブラブ全開にしといて…っ。
 パパの気持ちどころか、自分の気持ちすら、気づいてなかったのーっ!?

 時空のひずみにすいこまれながら、心でそう、さけんでた。




 ポン、と軽い音。
 やっぱり西遠寺。
 いきなり台所。

 目の前には、おっきなルゥ。

「おかえり…やったな未宇っ」

 肩をそっと、つかんだルゥ。
 さっきの、パパみたい。

「よかったぁ未宇っ、ちゃんとかえってこれ…アラ?」
 ママがTシャツ、ひっぱった。
「どーしてわたしのお気に入りだったコレ、未宇が着てるのっ?」
「だって、過去のママが貸してくれて…」
「そーなの?ぜんぜん記憶にないけど…」

 首をかしげるママには、ワンニャーさん。
「時空のひずみで過去に行ったひとに関することは、ひずみがもどればなかったことになってしまうようですねっ」
「そーだろーな…そーじゃないと、いまの技術がむかしに伝わっちまったらおかしくなるもんな…」
 パパもなっとくしたみたい。
「おれもあの当時、知りたかったことはいっぱいあったけどな…っ」
「ふ〜ん、彷…パパでもそんなこと、あるんだ」
「おまえに言われたかねーよ」
「なによそれっ、どーゆー意味よっ」
「べつに」

 舌を出すパパ、おいかけるママ。
 むかしもいまも、かわらないんだね。

「ねぇ…ルゥ」
「ん?」
「わたしたちも…ずっと、かわらないでいられるかな?」
「さぁ…それはわかんないけど」

 ちょっと、胸がいたんだ。
 なん十年か先、そばにルゥがいなかったら…。

「でもさ、未宇」
 よこを見上げると、ルゥがにっこり、わらった。
「なにか、かわっていったとしても…ぼくはずっと、未宇のそばにいるよ」

 テーブルの上の氷イチゴ、すっかりとけて、なくなったけど。
 あまい香りは、ずっと、のこった。


もう肌寒くなってきてからコレなんですが(^^;、「プチみかん祭2004」で公開したものをちょびっとだけ修正。ついでに、いちばん違和感のあった「宇治金時の練乳がきれるとき」というタイトルを直してみました。こっちのほうがすっきりしていい感じかなと。

友坂しゃんからの50001HITのリクエストが「中学生時代の、四人家族のほのぼのとしたお話」ということで、こういう形で書かせていただいたものなんです。中学時代の未夢彷徨ルゥワンニャー(長いな)は、山稜だぁのタイムラインにのせられないんで、最初は回想ということで書こうかなと思ったんですね。それでプロット起こしてたんですが、どうも書けない…んで、ふと思いついて未宇の登場となったわけです。

企画のテーマは「いろは」でした。未宇にとっては両親の原点をみるわけで…ルゥとの間の、原点の確認かもしれません。未夢彷徨がひかれあってて、ルゥくんのおかげで素直になれるというのは、だぁの原点じゃないかなとも思いますしね。むずかしかったですが、楽しんで書かせていただきました☆書きあがったときには、「やっと書けたぁ〜っ!」って思いましたけどね(^^;

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