作:山稜
通信機の向こう、ルゥの声。
「かえれるのっ!?」
「うん、あんがい簡単みたい」
「どーすればいーの?」
「空間軸を飛ばされたときとちがって、時間軸のほうはエントロピー則がきいてくるから…ひずみのエネルギーは解消されないで、たまってる。それを逆に利用するんだ」
えーと…。
あたまの上、カラスがカーです。
「あ…ゴメン、だから、未来がおおきくかわっちゃうよーなことをすると、それが引き金になって強制的に現在にひきもどされるってこと。パパやママが、いまそこでしらないことをおしえてしまうとか、そーゆーやつ」
「それって、さっき言ってたのと逆?」
「まぁ…そうだね」
「なんだぁ〜っ、じゃあ、びくびくすることなかったんだぁっ!」
なんだか気がぬけちゃった。
「じゃあ『娘です〜っ』って言ってくればいいんじゃ…」
「でも未宇、そこで『わたしがあなたたちの娘です』って言って、しんじてもらえそう?」
「う〜ん…パパ、わたしがルゥをさらいにきたんじゃないかって、警戒してたぐらいだし…」
…そうか。
しんじてもらえなきゃ、意味ないんだ。
「じゃ、どうしたらいーの?」
「そうだね…あとは、未来が大きくかわっちゃうようなこと、なにか…」
あ。
「ねぇ、パパとママが結婚しなければ、いーんだよねっ?」
「え…まぁ、そーだけど…」
「わかったっ、じゃやってみる!」
「なにか思いついた?」
「だいじょーぶ、まかせてっ!」
とりあえず、通信機をしまって…と。
ママを、おっかけよう。
◇
台所じゃ、ママがエプロン。
「え〜と、未宇ちゃんは何がいい?氷イチゴ?レモン?」
「宇治金時もおいしーですよっ」
ワンニャーさんが、よこからわらう。
でも、いつものがいい。
「じゃあ…イチゴっ」
「は〜い、ちょっとまってねっ」
雪山にかかる、赤がおいしそう。
「はいっ、未夢特製・氷イチゴおまたせ〜っ!」
ママが、とくいげで。
パパ、頬づえの上。
「シロップかけるだけじゃん…」
「うるさいわねぇっ、なんであんたはいつもそんなっ」
耳の穴ふさいで、舌だしてる。
「か〜なぁたぁっ!」
やっぱりパパって、ママからかうの好きなんだ。
「あー、マンマーっ」
ルゥが、とんでく。
「なぁに?ルゥくんも氷イチゴ、ほしーの?」
「あいっ」
「わかった、ちょっとまってね〜っ」
パパが手を、のばした。
「ちょっとまて、ルゥさっきも食ったばっかだろ…もうやめとけ」
「う…」
ルゥが半べそ、かいた顔。
ママがいっしょに、困り顔。
「ねぇ彷徨…ちょこっとだけにするから、あげてもいーでしょ?」
「…だいじょーぶか?」
「だいじょーぶだよっ、きょうはこんなに暑いんだしっ」
パパがじいっと、ルゥを見て。
「わかった、じゃちょこっとだけだぞ?」
「あーいっ!」
「よかったですねぇルゥちゃまっ」
ワンニャーさんまで、よろこんで。
パパがハンドル、がりがり回す。
「彷徨…」
「ん?」
「…ありがと」
パパがママに、すこぉし笑って。
こーゆーとこまで、ずぅっといっしょ。
う〜ん、中学生のときからもうすでに、ふーふみたいなんだよねっ。
このふたりを結婚させない…んだから…え〜と。
超・ゲンメツ作戦でいこう!!!
ラブラブさんでも、相手のわるいとこ見ちゃったらイヤになるもんだよねっ。
パパは茶の間でねころんでる…本、読んでるのかな。
ママがハナ歌まじりに食器、あらってる。
チャーンスっ。
「ねぇマ…未夢ちゃん」
「なに?」
「パ…彷徨くんってさぁ、意外にルーズなの、しってた?」
あわのついたままのうつわ、流しにコトン。
ばっとふりむき、こっち見るママ。
おっ…おこる、かな…っ。
「そーなのよっ未宇ちゃんっ!」
あわのままの手で、手をにぎられて。
「ルーズってゆーかデリカシーがないってゆーか、こないだもねっ、わたしが買い物当番でっ、いっしょーけんめー荷物を持って上がってきて、ただいま〜って入ってきて、茶の間に入って荷物置くなり、おっきなオナラするのよっ、信じられるっ?」
い…いや…そんなにまくしたてられても。
「ちょっときーてよ未宇っ」って、いつもきーてることだけど、中学生だとパワーが…。
「学校じゃみんな、あの顔でだまされてるから、なかなかわかってくれるひとがいなくってさ〜、うれしーよなんかわたしっ!」
「は、はぁ…」
…なんの影響もなし…。
ちょっとぐらいのわるいトコ、わかってるんだね、ママは。
でもそれ以上のパパのわるいトコなんて、見つかんないし…。
パパを攻略してみよう☆
「ねぇ、パ…彷徨くん」
「…なんだよ」
「未夢ちゃんって、どう?」
パパはじろっと、こっちを見た。
「なにがいーたいんだよ」
「な…なにがって?」
「おれがきーてんの…どうって、何がなんだよ」
こ…こわい。
「た…たとえばね、料理とか…」
「ヘタ」
ヒトコトで、終わりっ!?
「勉強とか…」
「ふつーじゃねーの」
「スポーツとか…」
「てんでダメ」
「性格とか…」
「おっちょこちょい」
ぜんぶひとことだよ〜っ!
「で…なにが、いーたいんだ…?」
パパ、じろり。
こわいんだって、その目。
「い…いや、なんでもないです…ハイ…」
…こっちも、もうママがどんなでもオッケーなんだ…。
ふーっ、作戦失敗…つぎ行こうっ。
恋のライバル作戦☆
ちょうどママ、台所からもどってきた。
ルゥがまちかねて、むかえにとんでった。
「ねぇマ…未夢ちゃん、さっきの電話の…」
「あぁ、クリスちゃん?」
「そーそー、クリスちゃんって…なんであんなに荒れてるの?」
ママが眉間にしわ、よせて。
「あれはねぇ…彷徨がわるいのよっ」
パパは本から目もはなさない。
「なんでおれなんだよっ」
「彷徨がちゃんとふりむいてあげないからよっ」
「そーゆー問題じゃねーだろっ」
「あれだけやさしー子、ほかにいないよっ?おじょーさまだし、料理もじょうずだしっ」
「だったらどーだってんだよ」
「だったらどーって…好かれてるってわかってるんなら、それなりに…」
「別におれ、あいつに好きだって言われたわけじゃねーし」
「だ…だったら、クリスちゃんが『好きだ』ってはっきり言ってくれば、どーなのよっ」
パパはふりむきもせず、たちあがった。
「だから…そーゆー問題じゃ、ねーんだって!」
ドンドコ、ろうかに音立てて。
パパはそーとー、おこってる。
「そんなにおこんなくたっていーじゃない…彷徨のバカ」
ママがぽつりと、つぶやいた。
なんか、心がいたむけど。
ひきさかないと、かえれない。
ゴメン、パパっ、ママっ。
「うー、マンマッ…」
「あ〜、ごめんねルゥくんっ、なんでもないからねーっ」
ルゥもゴメン。
ルゥにとっても、パパとママだもんね…。
「うー、マンマッ、うー…」
「はいはい、泣かない泣かない、だいじょーぶだからっ…」
でも、なんか、ヘン。
「マ…未夢ちゃん、ルゥ…くん、なんかヘンだよ…?」
ワンニャーさん、かけよってきた。
みんなでルゥを、のぞきこむ。
顔色、青い…。
「ルゥちゃまっ、どーしたんですかっ?」
「うー、うー…っ」
ワンニャーさんが、なんか持ってきた。
緊急用の、診察器かな。
ルゥにあてて…。
「おなかがいたいようですが…どーしてなんでしょう…」
すかさず、後ろから声がした。
「あたりまえだろ…っ」
パパだ。
「ルゥみたいなちっちゃな子が、あれだけかき氷食べたら、そりゃハラこわすって…」
「彷徨…っ」
「彷徨さん…っ」
ママがおっきな目を、もっとおっきくした。
「だからさっき、やめとけって…?」
「あぁ…やっぱりやめさせとけばよかった」
そういうと、パパは台所。
湯わかし器の音。
もどってきたら、手にタオル。
「さぁルゥ…ちょっと、おなか出してみろ…」
「うー…」
ママの腕の中、なみだ目のルゥ。
ぐいっとおなかをたくし上げ、そぉっとタオルをのせるパパ…。
「どうだ?」
「…あー」
ちょっと気持ちよさそう。
「ワンニャー」
「はいっ」
「暑いさなかだし、あんまりだとあついだろうから…そのヘンようす、見てやってくれ」
「はいっ…彷徨さんは?」
「買いだし当番」
立ち上がるパパを追って、ワンニャーさんも立ってた。
「代わりましょうか?」
「いや、ハラこわしてるから…ワンニャーがいてやってくれないと、こまることもあるだろーし」
「…わかりましたぁ」
ワンニャーさん、にが笑い。
「あの…彷徨っ」
ママが見上げた。
「…ん?」
パパがそっと、見下ろした。
「…ごめんね―…」
ためてた息をはくように、パパが笑う。
「ばーか」
「な…っ」
「らしくねーだろっ、そんなんでいちいちあやまってちゃ」
「だって…」
「もーいーから」
うなだれるママの肩を、パパがそっとつかんだ。
「でもな、甘やかすだけが、親じゃねーから…おれたち、こいつのパパとママなんだろ?」
「うん…」
「元気出せよ、たいした病気じゃねーんだから」
「うん…」
「これから気をつけていこーぜ、おれたちで」
「うん…っ」
ママも元気、でたみたい。
もいちどパパが、立ち上がった。
「じゃ、おれ買いだしいってくるから…あと、たのむ」
「いってらっしゃいっ」
もうママ、だいじょうぶだね。
「じゃ彷徨さん、おねがいしま…あっそーでした、あっちのスーパーで…」
ワンニャーさんが、パパのあとをついてった。
のこったママが、ルゥの顔見て。
安心したのか、ルゥもねむそうで。
それ見てママが、ふっとわらって。
そのあとパパの行った先を、そっと見つめて、またわらって。
だめ。
ぜったいムリ。
もう、できあがっちゃってるもん。
「はーっ、ホントにラブラブなんだから…」
「えっ、なにが?」
「マ…未夢ちゃんと、彷徨くんのことっ」
ママの白い顔、氷イチゴ。
「なっ…なっ、なに言ってんのっ未宇ちゃんっ」
「かくさなくってもいーよっ、ぜんぶしってることだからっ」
「かくすもなにもっ、わっわたし、そんなっ」
ママってこーゆートコ、すっごくはずかしがりなんだよね。
ふたりっきりのときはいまだに「彷徨」ってよんでるの、しってるんだから。
えーい、言っちゃえっ。
「だって…わたし、未夢ちゃんと彷徨くんの、子どもなんだもん」
「…え?シャラク星って…」
「ゴメン、あれウソなんだっ、ゆるしてっ」
目の前で、手を合わせて。
親にウソついちゃいけないって、おじいちゃんにいつも言われてるもんね。
「って…それって、彷徨とわたしが結婚するってこと…?」
「そーだよっ、もうだってパパ、ママのことが好きで…」
「ちょっとまってっ、もうっていつのこと?」
は?
「いや…いまだけど…」
「は?」
は?は、こっちのセリフだよ〜っ!
「もしかして…まだふたりとも、おたがいに好きだって言ってないのっ!?」
「おたがいにって…だからわたし…っ」
氷イチゴも、シロップかけすぎ。
これじゃ、あまくってたべらんない。
「彷徨が…わたし…っ」
あれ?
なんか、ゴーゴー音がする…。
これって、時空のひずみ…だよね。
さっき、ルゥが言ってた…。
《パパやママが、いまそこでしらないことをおしえてしまうとか》
もしかして…ママ…っ。
あれだけラブラブ全開にしといて…っ。
パパの気持ちどころか、自分の気持ちすら、気づいてなかったのーっ!?
時空のひずみにすいこまれながら、心でそう、さけんでた。
◇
ポン、と軽い音。
やっぱり西遠寺。
いきなり台所。
目の前には、おっきなルゥ。
「おかえり…やったな未宇っ」
肩をそっと、つかんだルゥ。
さっきの、パパみたい。
「よかったぁ未宇っ、ちゃんとかえってこれ…アラ?」
ママがTシャツ、ひっぱった。
「どーしてわたしのお気に入りだったコレ、未宇が着てるのっ?」
「だって、過去のママが貸してくれて…」
「そーなの?ぜんぜん記憶にないけど…」
首をかしげるママには、ワンニャーさん。
「時空のひずみで過去に行ったひとに関することは、ひずみがもどればなかったことになってしまうようですねっ」
「そーだろーな…そーじゃないと、いまの技術がむかしに伝わっちまったらおかしくなるもんな…」
パパもなっとくしたみたい。
「おれもあの当時、知りたかったことはいっぱいあったけどな…っ」
「ふ〜ん、彷…パパでもそんなこと、あるんだ」
「おまえに言われたかねーよ」
「なによそれっ、どーゆー意味よっ」
「べつに」
舌を出すパパ、おいかけるママ。
むかしもいまも、かわらないんだね。
「ねぇ…ルゥ」
「ん?」
「わたしたちも…ずっと、かわらないでいられるかな?」
「さぁ…それはわかんないけど」
ちょっと、胸がいたんだ。
なん十年か先、そばにルゥがいなかったら…。
「でもさ、未宇」
よこを見上げると、ルゥがにっこり、わらった。
「なにか、かわっていったとしても…ぼくはずっと、未宇のそばにいるよ」
テーブルの上の氷イチゴ、すっかりとけて、なくなったけど。
あまい香りは、ずっと、のこった。
もう肌寒くなってきてからコレなんですが(^^;、「プチみかん祭2004」で公開したものをちょびっとだけ修正。ついでに、いちばん違和感のあった「宇治金時の練乳がきれるとき」というタイトルを直してみました。こっちのほうがすっきりしていい感じかなと。
友坂しゃんからの50001HITのリクエストが「中学生時代の、四人家族のほのぼのとしたお話」ということで、こういう形で書かせていただいたものなんです。中学時代の未夢彷徨ルゥワンニャー(長いな)は、山稜だぁのタイムラインにのせられないんで、最初は回想ということで書こうかなと思ったんですね。それでプロット起こしてたんですが、どうも書けない…んで、ふと思いついて未宇の登場となったわけです。
企画のテーマは「いろは」でした。未宇にとっては両親の原点をみるわけで…ルゥとの間の、原点の確認かもしれません。未夢彷徨がひかれあってて、ルゥくんのおかげで素直になれるというのは、だぁの原点じゃないかなとも思いますしね。むずかしかったですが、楽しんで書かせていただきました☆書きあがったときには、「やっと書けたぁ〜っ!」って思いましたけどね(^^;