水華

作:瑠璃宮 恋


・・・寒い、寒いね。

真っ白な息が、私の呼吸と共に空へと昇っていく。

・・・暖かい春は・・・・まだかな?

ココロの中での小さな問いかけ。

行き場のない想い。

でも・・・今だけだから。

そっと目を伏せて。

・・・そう、今だけ。

ココロの鎖をしっかりと、繋ぎとめておく。

私さえ、言わなければ・・・。

だから。

言えなくするの。


水華

ピンと張った空気。

賑やかなざわめき。

白く、透明なフィールド。

未夢たちは、スケート場に来ていた。

前々から、ななみや、綾を誘って行きたかったのだ。

プロのように上手くは滑れないけれど・・・。

さっそうと白いフィールドを駆け抜ける。

くるくると回る、しなやかな体。

スケートには、さまざまな力がいるけれど・・・、一度くらいは、滑ってみたい。

いつの間にか、話題が広まって。

意外に上手く滑れる、という三太を連れてきたのだ。

本人いわく、「それは丸でトリのようだぜ〜v」との事。

彷徨は・・・用事があるとかなんとか。

ああ言っといて、実は寒いのが苦手だったりするから、人って見かけによらない。

「・・・夢!もう、未夢ってば!」

「え、あ、ご、ごめん!」

「やぁね〜、ま〜だ靴も履いてないの?ど〜せまた誰かさんのことを考えていたんだろうけど・・・」

「ち、違っ!彷徨のことなんて、考えてないよ!?」

「誰が『西園寺君』なんて言ったの?」

「あっ・・・・・。も、もう〜っからかうの、ヤめてよね〜!2人とも、段々彷徨に似てきたみたいよ!?」

「それはそれでィィかもv」

「ずぅっと未夢といられるしねっ」

「・・・・・・・もう・・・」

ふふっと笑う未夢に、ななみと綾も優しく笑う。

本当に、この人達に出会えてよかった。

改めて、ぐっとそう感じさせられる。

「さ〜っ、じゃ、今からはこの三太様の出番というワケだな〜っ!」

「変な滑り方教えないでよね」

「どうしても心配なんだよね、先生が黒須くんだと」

「失礼だなぁ、君たち。そういうことは、俺の華麗な滑りを見てからにしてくれたまえ」

「はいはい、それはいいから、早く教えてよ」

「え〜!見ないの?俺の華麗でさっそうとした」

「「見ない」」

「・・・・・・。(しょぼん)わかったよ、じゃぁ、まずは基本からね」

ガクガク震えっぱなしの足と、わくわく踊りだしそうな心を抑えて、ゆっくりと固い氷の上に足を乗せる。

ふわりと、冷たい風が頬をなでる。

・・・私、主役みたい。

すっごく上手になったら・・・今度、彷徨も連れてこよう。

一緒に滑りたいな。

彷徨は私と違って、運動神経いいし・・・。

「そう、そう。ゆっくり、ゆっくりね。うん、上手い上手い!光月さん、初めてにしてはすごく上手いよ」

「そ、そうかな?ありがとう」

「じゃ、ちょっと待ってね」

未夢の手を離して、スーッと三太は氷の上を滑っていく。

そして、5メートルくらい離れたところで、三太は呼びかけた。

「3人とも、ここまで滑っておいでよ!」

「「「え〜っ!?」」」

「大丈夫、皆結構上達したし、転んでもそんなに痛くないよ!初めは皆同じさ!」

「ね、どうする?」

「頑張っちゃう?」

「うん、頑張ろう!」

しっかりと、足を固定したのを確認して。

そっと、手すりから手を離す。

姿勢を崩さないように・・・ゆっくり、ゆっくり。

「ね、見てみて!私、滑っ・・・」

つるっ

「わっ」

「きゃっ」

「ほぇっ」

どっし〜んっ!

「あたたた〜・・・・」

「か、かっこわる〜・・・」

「ご、ごめ〜ん・・・」

「だ、大丈夫?」

「うん、平気。・・・へへ、3人揃ってしりもちついちゃったね」

「そうだね〜」

「なんか・・・・変かも」

「さっ、もう一回、もう一回!人生に失敗はつきものだよっ!再チャレ〜ンジv」

「よ〜し、やってやろーじゃん!」

「ほら、未夢、行こう!」

「あ、待ってよ〜!」

よいしょ、と立ち上がる。

少しおしりが冷たいな。

よし、もう一度、と意気込んだ、

そのとき――。

意外な光景が、未夢の瞳に飛び込んだ。

(かな・・・・た?)

驚きで、声が出なかった。

一瞬、くらりと眩暈がした。

立っているのが、精一杯で。

隣にいるのは――――。

紅く、長い髪を持つ女の人。

その人はきっと、未夢もよく知っている人物のはず。

(クリス・・・・ちゃん?)

なぜなんだろう、という疑問詞と。

胸にこみ上げてくる息苦しさ。

この場から立ち去りたい、目を逸らしたいという切実な願い。

彷徨は自分に、「用事」だと言った。

自分はてっきり、寒いのが苦手だからだと思っていた。

でも、それは・・・・・私の思い過ごしで。

本当は・・・、本当は。

私と行きたくなかっ・・・た?

目頭が熱くなってくる。

心を上手く、コントロールできない。

あの人の、名前を呼べないのがもどかしい。

落ち着け、と自分に言い聞かせる。

今は、あの人は関係ない。

今は、ななみや、綾や、三太と過ごす時間なのだ。

関係、ない。

彷徨が誰と居ようと、私には関係ない。

でもね、でも。

それでも。

(好きなんだもん・・・)

すっとその場から目を逸らし。

たどたどしい足並みで、ななみ達の後を追う。

ゆっくり、でも、確実に。

彷徨からの距離を、広げようとしていた。


ななみ達は、奥の方の休憩所にいた。

「あっ、未夢〜。遅いよ〜」

「あれからまたチャレンジしたんだけどさ〜。ダメだったよ、やっぱり。午後にまた、頑張ろうね」

「黒須くんが今、飲み物買ってきてくれてるから」

「うん・・・」

ななみはすぐに、未夢の異変に気づいた。

未夢の目が・・・重い。

それに少し、綺麗な緑色の瞳が濁っていると感じるのは気のせいか。

「未夢?どうしたの?」

「・・・元気ない・・よ?疲れちゃった?」

「ううん、そんなことない、そんなことないよ。全然平気。気にしないで」

「・・・そう?」

「うんっ、そうだよ。もう、ななみちゃんも、綾ちゃんも心配性なんだから〜」

あはは、と笑う未夢に、ななみと綾はそれ以上、何も言えなくなってしまった。

これ以上問い詰めても、逆に未夢を辛くさせるだけ。

未夢にはいつも、笑顔で居て欲しい。

太陽みたいな、それでいて月の様な、純粋な存在。

未夢には、笑顔しか似合わないから。

そのとき、後ろから明るい声が響いてきた。

「お待たせ〜。あ、光月さん、着いたんだね〜。ホットココア買って来たから、体温めて、少し休憩しようよ」

「うん、ありがと〜」

「黒須君にしては、気が利くよね」

「珍し〜」

「あ、そういうこと言うんだったらココア返せ〜」

「あ、うそうそっ!ホント、感謝してますっ」

「うん、いっつも優しいよねっ」

「・・・ちょっとわざとらしいけど・・・まぁいーや、合格としましょう」

「「ふぅ」」

「・・・あれ?ここって、屋外のスケート場もあるの?」

「あ、うん、そう。スゴいでしょ?でも、今日は暖かい方だからちょっと危ないかも・・・」

「危なかったら、開放なんてしないんじゃない?」

「そりゃそうか」

「・・・後で行ってみようか?」

「うん!」

中にいるだけで、辛かった。

外の冷たい空気を吸いたかった。

ココアは、ほんのすこし、苦味を帯びていた。


外は青空。

でもやっぱり風は冷たく、中よりも人は少なかった。

ふわふわ浮きそうな足を、地面に押さえつけて。

三太達とは、少し離れて未夢は滑っていた。

と、髪の長い小さな女の子が一人で滑っていた。

3歳くらいだろうか?

未夢と同じように、たどたどしく、ゆっくり滑っていた。

未夢は、じっと見つめていた。

女の子が滑っている、その足元。

日の光を受けて、ゆっくりと照らし出される、氷の本性。

氷の下で、ゆらりと水が波打つように見えた。

途端に、未夢ははじかれたように、一気に滑りぬく。

ピキッ・・・と大きくひび割れる氷の音。

周りの人が、一瞬にして振り向く。

間に合って!

神様、神様!

あの子を、助けなくちゃ!

寸前で









女の子に手が届く。

女の子を強く押して、危険な氷の上から避難させる。

だけど。








その瞬間に、未夢の足元が崩れ始めた。



「きゃぁぁぁぁっっ」

「「未夢ちゃん!!」」

「光月さん!!」

「だ、誰か、誰か従業員を呼んで!」

氷は既に溶け始めていたため、氷は大きく割れ、半分道が塞がれた状態。

未夢はいくら手を伸ばしても、届かない位置に居る。

「早く、早くしないと・・未夢が、未夢がぁっ!」



と、そのとき。

誰かが水に飛び込んだ。



















「未夢、未夢っ!しっかりしろ、未夢!」



















暖かい。

力強い、腕。

安心・・・出来る。

でも・・・もうこの人は。

私と一緒に居ては・・・いけない・・・人。

柔らかい、茶髪の髪も。

鋭く、そして優しい、ダークブラウンの瞳も。

全部、全部愛してた。

ううん、ずっと、今でも。

愛してる。

好きなんだもん。

大好きな・・・・大好きな・・・・



















「かなた・・・・・」

「未夢!?起きたか!?大丈夫か!?」

うっすらと目を開けて見えたのは、いつもの西園寺の天井。

「あたし・・・・なん・・・で」

「お前・・・・もうちょっと遅れてたら・・・どうなってたことか・・・・」

「え?・・・え?」

「心配させんなよ、寿命が縮んだ」

「・・・ごめんなさい」

「・・・俺も・・・ごめん。傍にいてやれなくて」

はっ

そこで、未夢は気が付いた。

「く、クリスちゃんは!?一緒に滑ってたのに・・・!」

「・・・!」

彷徨が目を見開いた。

未夢は、しまったという顔をして、くしゃりと顔を歪めた。

「お前・・・見てたのか」

「『見えた』の。不可抗力だもん」

「使い方違うぞ」

「・・・いいの!ほっといてよ、もう・・・」

関係ないんだから。

自分にも、そう言い聞かせるために。

それは、自分が彷徨を好き、という事実を一時的に遠ざける言い訳だということは、よくわかっていた。

わかっていたけど、でもやっぱり・・・

というのが、人間の本能なわけで。

もっと追求されたらどうしよう、と未夢は内心焦っていた。

「・・・ヤだ」

「・・・あ?」

何を言い出すんだろう、この人は。

いつになく真剣な彷徨の瞳に、間近で見つめられ、未夢の心臓は一気に加速し始める。

「俺は・・・ヤだ」

「な、何・・・・が?」

「お前を放っておくなんて、できない」

「え?」

「お前は・・・何も知らない」

「・・・・・?何を・・・・」

「俺が今日、どんなに焦ったかも知らない」

(・・・・・・・え?)

「未夢がスケートしに行くって言って。初めは行かないって言ったけどやっぱり心配で。そのとき丁度、花小町から電話があって、スケートしないかってベストタイミングで誘われて行った、っていうことも何も知らない」

(・・・・・彷徨が?)

(・・・・あたしを?)

(・・・・・・・心配?)

ぐるぐると混乱して、うなっている未夢を。

彷徨はぐっと、引き寄せた。

「・・・・か、彷徨?・・・く、苦しいよ・・・・」

「・・・・・・・」

「ねぇ、彷徨。彷徨ってば・・・!」

未夢が抗議する度に、抱きしめる力は段々と強くなっていく。

「生きてて良かった」

「え?」

「お前が、生きてて良かった」

「・・・・・・・。彷徨・・・・・・。」

「本当に、どうしようかと思ったんだからな」

「・・・うん・・・ごめんね」

「もう・・・・あんなのはごめんだ」

「うん」

「お前を失いたくない」

「うん・・・」

「・・・意味わかる?」

「・・・え、意味?」

「・・・・・・・・・・(がくっ)」

やっぱりダメか、と。

出した結論は、最終攻撃。

「・・・・・世界で一番」

「?」



















「愛してる」



















「・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

「好き」

「・・・・は?え?何、え?」

「大好き」

「え、ちょっ・・・・まっ」

「待たない」



















するりするりと逃げていく。

水の中に咲く、決して手の届かない華。



















届かないなら、

潜ればいい。

実はいつでも、

水華は手に入るものだった。













お久しぶりです〜!

なんかもうずらずらずらずらと長くなってしまいましたが・・・。

かいてて楽しかったです!

またいつか・・・・(今度はいつになるのかな?

それではでは、またお会いしましょう。

  瑠璃宮 恋


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