作:英未
(なんでこんなことになっちゃったんだろう・・・)
雨が激しく降りしきる公園のブランコに腰掛けて、未夢はうなだれていた。
頬を伝うしずくは、雨なのか自分の涙なのかさえ分からない。
(嫌だ、私・・・。このまま消えてしまいたい・・・)
いつもと変わらない休日だったのに・・・。
こんな悲しい気持ちになってしまうなんて思いもしなかった。
*****
「未夢さん、これは先日のピクニックのときの写真ですね? あっ、こっちはモモンランドでの写真です〜!」
楽しげにワンニャーが写真を覗き込んでいる。
「時々整理しないとね、たまっちゃうと整理するのがおっくうになるもんね〜」
そう言う未夢も楽しげだ。
「ほら、この写真、ルゥくんかわいく撮れてるよ〜♪」
「ルゥちゃま、よかったですね〜。オット星のご両親にもお見せしたいです〜」
ふっと未夢の手が止まった。
「決めた! これからはルゥくんの写真をいっぱい撮る!」
「未夢さん?」
「だって、私やワンニャーは、こうやって現在(いま)のルゥくんを見ていられるけど、ルゥくんのパパとママは、写真でもないと現在(いま)のルゥくんを見ることはできないんだもん。それって、親にしたら悲しいことだよね・・・」
「未夢さん・・・」
「だから、せめて写真で見られるように、いっぱい撮ろうよ、ね?」
「はい。きっとオット星のご両親もお喜びになると思います。」
にっこり笑いあい、未夢は再び写真を整理し始めた。
「・・・あの、未夢さん。」
「何? ワンニャー」
「未夢さんや彷徨さんの子供のときの写真があったらぜひ拝見したいのですが・・・」
「子供のときの写真ね〜、私のは家においてきちゃったけど、彷徨のならどこかにあるんじゃない?」
「じゃ、わたくし聞いてみます」
「なんでいきなり子供のときのアルバムがいるんだ?」
そう言いながらも、彷徨は何冊かのアルバムを持ってきた。
「パ〜ンパ?」
ルゥが不思議そうに写真の中の彷徨を指差す。
「きゃ〜、彷徨の子供のときって、なんかかわいい〜!」
「彷徨さんって、子供のときもなんかこう、彷徨さんってかんじですよね?」
次々とページをめくるたびにワンニャーとルゥは盛り上がっている。
しかし、未夢の表情はだんだんくもっていった。
(彷徨と三太くん、彷徨とアキラさん、これも彷徨とアキラさん、こっちも彷徨とアキラさん・・・。私の知らない彷徨・・・)
成り行きで一緒に暮らすようになったとはいえ、だいぶ彷徨の事が理解できるようになったけれど、アルバムの中の彷徨は知らない人のように見えて、未夢はかすかな痛みさえ覚えていた。
「いいよねぇ、彷徨って。みんなに愛されてるってかんじで」
未夢の言葉に鋭いトゲのようなものを感じ、皆がはっと未夢を見る。
「今でも三太くんとは大親友で、引っ越したアキラさんだって彷徨に会いに来るくらいだし、彷徨だってアキラさんに会った時、すごくうれしそうだったし」
「み、未夢さん・・・?」
「そりゃ宝晶おじさんはあんなだけど、彷徨のこと信頼してるから放っておいても大丈夫って思ってるんだろうし」
「ど、どうされたんですか、未夢さん?」
つぅっと、未夢の頬を涙が伝う。
「ワンニャーだっていちばん大切なのはルゥくんだし、ルゥくんだってオット星のパパとママのところに帰っちゃうんだし、彷徨だって・・・」
だんだん、未夢は自分は一人ぼっちなのではないかという気持ちに押し潰されそうになっていた。ルゥの本当のママはオット星のママであって、自分ではない。ワンニャーはルゥのシッターペットなのだからルゥのことがいちばん大切にちがいない。自分の両親は、たしかに未夢を大切に思ってくれているが、自分の夢を追いかけることに夢中で、今まで未夢がどんなにさびしい思いをしていたのか気付いてもくれない。だから、未夢のことがいちばん大切だよ、と心から言ってくれるとは思えない。そして、彷徨は・・・
言葉にならず、未夢は訴えかけるように、涙をためた目で彷徨を見た。
「何が言いたいんだ?」
きつい目で彷徨に見据えられ、未夢はますます自分は一人ぼっちだという思いにとらわれていく。
「マンマ?」
ルゥが未夢の顔を覗き込む。
「未夢さん、わたくしはたしかにルゥちゃまのシッターペットですけれど、未夢さんや彷徨さんのことだって家族のように思っていますよ」
やさしく言葉をかけるワンニャーやルゥのしぐさが、単に自分のご機嫌をとっているようで、思わず未夢は声を荒げていた。
「気休めなんか聞きたくないっ!」
私は誰にとってもいちばんじゃないんだ・・・、そんな思いばかりが未夢の心のなかを行き交っていく。もやもやとしたものが、どんどん心を覆っていくような気さえする。
「みんなには、私の気持ちなんて分かんないわよっ! 分かろうともしないくせに、分かったようなこと言わないでよっ!」
「未夢っ!」
彷徨のきつい口調に、はっと未夢は口を押さえた。
ワンニャーの傷ついたような目、ルゥのおびえたような目、そして、彷徨の、突き放すような冷たい目・・・。
未夢のなかの痛みが広がっていく。
「わ、私・・・」
いたたまれなくなって、未夢は外へ駆け出していた。
「未夢さんっ!」
「おい、未夢っ!」
「どっ、どうしましょう、彷徨さんっ」
「マンマ・・・」
ルゥが泣きそうな顔になる。
「なんだよ、未夢のやつ」
「・・・未夢さん、いつも笑ってらっしゃいますけど、きっと心のどこかでさびしい思いをなさってるんですね」
ぽつんとワンニャーがつぶやいた。
ワンニャーの言葉に、ふっと思い当たることがあって、だんだん彷徨の表情もくもっていく。家でも学校でも、いつも明るく笑う未夢。だけど・・・
「あいつ、ふだんはめちゃくちゃ元気いいけど、時々さびしそうな表情(かお)をするんだよな・・・」
ぽつんとつぶやく彷徨を、ルゥが訴えるように涙目で見つめている。
「パンパ・・・」
「分かってるよ、ルゥ。ちゃんとママを連れて帰るから、待ってろよ」
やさしくルゥの頭をなでると、彷徨は未夢の後を追いかけた。
*****
どのくらい時間がたったのだろう。
雨足は少しゆるくなったのに、未夢の心は重くなっていく一方だった。
あの時、写真の中の彷徨が知らない人のように見えた途端、自分はここには必要のない人間で、実際は一人ぼっちなんだという思いが胸を貫いた。ルゥにとっても、ワンニャーにとっても、そして彷徨にとっても、自分の存在なんて二の次でしかないのだと、そう思えてならなかった。彼らとは家族同然のように一緒に暮らしているのに、そのあたたかさがうわべだけのように思えて、ますます悲しくなった。
(パパもママも自分の夢がいちばん。ルゥくんだって、ほんとうのママのほうがいちばんだろうし、ワンニャーもルゥくんがいちばん。彷徨だって、いちばん大切なのは、私じゃない・・・)
だからといって、傷つけるようなことを言っていいわけがない。
(このまま、消えてしまえたら・・・)
「おまえ、バカじゃないか?」
いつの間にか、未夢の前に彷徨が立っていた。あちこち探し回ったのか、ずいぶん息が切れている。
「ほら、こんな雨の中にいたら風邪ひくぞ!」
「・・・放っておいてくれたらいいのに」
「未夢?」
「私、やさしくしてもらう資格なんかないし、帰るところだってないもん。だからこのまま・・・」
感情というものをなくしてしまったかのような未夢の表情とくちぶりに、彷徨は今まで感じたことのない痛みを覚えていた。
今の未夢には、きっと何を言っても届かない・・・。
*****
どのくらい時間がたったのだろう。
ふと未夢が横を見ると、自分と同じように彷徨が座っている。降りしきる雨の中、彷徨の髪も服もびしょ濡れになっている。
「なっ、何やってんのよ、彷徨っ! そんなことしてたら風邪ひくじゃないっ!」
「未夢だって変わんないだろ?」
「わっ、私はともかく、彷徨にはこんなことする理由がないでしょっ」
「理由だったら、ある」
「・・・ワケのわかんないこと言ってないで、はやくカサさしてっ」
「・・・分かろうと努力してる」
まっすぐに自分を見つめる彷徨の瞳から、未夢は、目をそらすことができなかった。
「分かりたいって、思ってる」
パキン と、未夢の心の中で何かが壊れた。それは砂のようにさらさらと崩れていく。
「・・・」
未夢の様子が変わったように思えて、彷徨はそっと未夢を木陰へ連れて行く。ここなら雨にあたらずにすむだろう。
だまってたたずむ未夢のそばで、彷徨もだまったまま空を見上げている。
*****
(なんか、不思議。さっきまではあの雨の中にいたのに、今はあの雨をガラス越しに見てるみたい・・・)
だんだん、未夢の気持ちが落ち着いてきたように見え、彷徨が口を開こうとしたとき、ふいに未夢が問いかけてきた。
「もし、私とルゥくんとワンニャ−が同時に助けを求めたら、彷徨、誰から助ける?」
「なんでそんなこと・・・」
「答えて、彷徨」
少し考えるように目を閉じて、彷徨が口を開く。
「まずルゥを助ける。その次は状況しだいだと思うけど、強いて言えば、多分ワンニャーを助けて、最後に未夢」
(・・・やっぱり、私は最後)
「だって、ルゥは赤ちゃんなんだから真っ先に助けて当然だろ? 次は正直迷うとこだけど、あえてワンニャー。・・・でも、言っとくけどな、ちゃんと理由があってそうするんだからな?」
「理由・・・?」
「未夢はさ、オレが絶対助けるから待ってろって言ったら、信じて待っててくれるだろ?」
彷徨は、未夢の反応を確かめるように、ゆっくり言葉をつむぐ。
「きっと未夢なら、オレが助けにこないかもなんて考えずに待っててくれると思うから。それにワンニャーのやつ、怖がりだしさ」
だろ? と彷徨は未夢を見た。
「だけど、どっちを先に助けても後悔するだろうな・・・。助けを求めてるってことは怖い目にあってるとか、つらい目にあってるとか、とにかくすぐにでも助けてほしいって状況なんだろうし、それならそんな思いを少しでも早く解消してやらないとダメだし・・・」
(・・・私のこと、そんなふうに思っていてくれてるの?)
でもそれは、未夢がほしいと思った答えではなかった。
「じゃあね、助けを求めているのがアキラさんと私だったら、彷徨、どうする?」
「え?」
「やっぱり、アキラさんが先でしょ?」
未夢の表情は、暗くて重い。彷徨の答えを聞いたら、このすべての感情をなくしてしまったかのような気持ちから、一生逃れられないかもしれない・・・。
「アキラ・・・」
彷徨の言葉に、未夢はぎゅっと目をつぶった。
「かもしれないし、未夢かもしれない・・・。そういう場面に出くわさないと、正直分からないな」
「・・・」
「でもさ、これだけは約束する。助ける順番がどうであっても、未夢は必ず助ける。絶対、オレが助けてやる」
いつのまにか、あんなに激しく降っていた雨があがって、洗い流されたような青空が広がっている。
「本当に、助けてくれる・・・?」
「・・・今だって、助けたいと思ってる」
意外な彷徨の言葉に、未夢が目をみはる。
「と、とにかく、ルゥにもワンニャーにも、未夢が必要なんだよ。それに・・・」
「それに・・・?」
「いや、だから、その、未夢は一人ぼっちじゃないからなっ!」
『分かろうと努力してる』
『分かりたいって、思ってる』
彷徨の言葉が、未夢のなかで繰り返される。冷たいようでもちゃんと見守ってくれている彷徨。無関心のようでも困ったときには必ず助けてくれる彷徨。普段はそんなやさしいこと言ったこともないのに・・・。
(悪いのは私なのに・・・。ちゃんと私の気持ちを理解しようとしてくれたんだ・・・)
それは未夢が求めた答えではなかったけれど、心の隙間をじゅうぶんに埋めてもらったような気がした。
*****
「そろそろ帰ろう?」
未夢の表情がやわらいだのを見て、彷徨が声をかける。
「・・・でも、私、みんなにひどいこと・・・」
「ルゥもワンニャーも、気にしてないってさ」
「でも・・・」
ちょっと考えて、彷徨が言った。
「あのさ、オレ、このままだと風邪ひきそうなんだけど?」
彷徨が未夢の目を覗き込む。
「未夢はそれでもいいわけ?」
「よっ、よくない! 早く帰って乾かさなきゃ」
あたふたと、未夢は彷徨の腕を引っ張って連れて帰ろうとする。
その様子を見て、彷徨は思わず笑い出した。
「おまえって、ホント他人のことだと一生懸命だよな」
ピタッと未夢の動きが止まった。
「な・・・、だましたわねっ」
「いいじゃん、帰る気になっただろ?」
いたずらっぽい彷徨のいつもの口調に、未夢はただあきれるばかり。でも、それは彷徨なりの気の使い方なのだと、未夢は気付いた。
「冗談ぬきで、このままじゃ風邪ひきそうだし、それに・・・」
「それに?」
彷徨は、ちらっと横目で未夢を見て、目のやり場に困ったのか、ふいと視線をはずすと、ため息まじりに口を開いた。
「・・・未夢のその格好、どうにかしたほうがいいと思うけど?」
「・・・?」
見れば、白いブラウスが雨に濡れて・・・
(下着が透けて・・・る・・・)
「そっ、そういうことは早く言ってよね!/////」
「あの状況でどう切り出せばよかったんだよ?」
「う・・・」
憮然と答える彷徨に、未夢は返す言葉もない。
「しかたないな。ほら、オレの後ろにくっついて歩けよ」
そう言って、彷徨はいたずらっぽく目で笑った。
「必ず助けるって約束したしな」
(・・・な、なんかくやしいっ!)
どう見てもからかっているとしか思えない彷徨の態度に、未夢はどうにかして彷徨を困らせてやりたいと思った。
(彷徨の嫌がりそうなこと、・・・あ!)
「うわっ、なっ、なんで腕にしがみつくんだよっ/////」
「この方が後ろにくっついてるより歩きやすいもんっ/////」
べーっと舌を出して言い返す未夢を見て、まいったというように、彷徨は深いため息をついて空を仰いだ。
「あ、虹・・・」
「ほんとだ。きれい・・・」
雨上がりの青空のように、未夢の顔に笑顔が広がる。
「まるで誰かさんみたいだよな。大雨のち晴れ」
「・・・?」
「今日の未夢の天気」
「え?」
「よかったな、虹が出て」
「え??」
「もう笑わないかと思った」
「え?!」
(・・・そんなふうに思ってたんだ)
前よりもっと、彷徨のことが分かったように思う。前よりもっと、自分のことを気にかけてくれているように思える。
(私の心の中にも、虹がかかったみたい・・・)
そして、その虹の先には、もしかすると・・・
「ごめんね・・・」
迎えに来てくれる人がいる。帰りを待っていてくれる人がいる。
私は、一人ぼっちじゃない。今は誰かのいちばんという存在ではないかもしれないけれど、いつかきっと、誰かのいちばんになれる。大人になる頃には、きっと・・・。
「帰ろう、彷徨」
息をするように自然に言えたことに、未夢自身が驚いていた。
「帰ろう、未夢」
同じように彷徨が自然に言ってくれたことが、未夢にはうれしかった。
「未夢が帰るところは、今もこれからも西遠寺だからな」
うん、とうなずきかけて、未夢は驚いたように彷徨を見た。
未夢の心にかかった虹の先は、きっと彷徨の心に続いている。
なんとなくそんな気がして、未夢は空をふりあおいだ。
未夢の笑顔は、雨上がりの青空そのものだった。
◆あとがき
実際にこれを書いたのは2月だったのですが、なんとなく気に入らないところがあって公開はしていませんでした。4ヶ月たって、ようやく見直す気になり、少し加筆して現在の形になりました。・・・が、今でもこれでよかったのだろうかと疑問が残ります。
皆さんの投稿作品を読んでいていつも思うのですが、私が書くものって、読んでいて暗〜い気分になりますよね。バカバカしい明るさは、すべてエレ研に持っていかれているのかもしれません(汗) ほんとうに、皆さんのように、うまく書きたいと願ってやみません。
それでも、なにかしら心に残るものがあると感じていただければ、たいへんうれしいです。