花灯路(はなとうろ)

作:英未



   ふうわり揺らめく花灯(はなあかり)
   それは母が好きだった花・・・



「はぁ、今日は母の日・・・ですか???」
「えっ?! お兄さん知らないの? 変わった人だねぇ」
「まぁ、ちょっと外国暮らしが長かったもので・・・」
 あはははは・・・と引きつった笑顔で、若パパに変身しているワンニャーは即座にカーネーションを1輪買い求めた。
「毎度っ!」
 威勢の良い声に更に引きつった笑いで応え、ワンニャーはルゥを連れて西遠寺へと足を向けた。

「ルゥちゃま、どうやら地球には『母の日』というものがあって、その日にはお母様にカーネーションを贈るんだそうですよ」
 そう言って、ワンニャーはルゥにカーネーションを手渡した。
「マンマ?」
「はい、ルゥちゃまも、このカーネーションを未夢さんにプレゼントしましょう。きっとよろこんでいただけますよ」
「あい!」
 ワンニャーとルゥがにっこり笑い合う。西遠寺はもうすぐだ。




「ただいま戻りました」
「たっ!」
 ワンニャーに続いてルゥが「ただいま」を言う。
「マンマー!」
「さぁルゥちゃま、早く早く。未夢さんはきっと居間にいらっしゃいますよ」

 ワンニャーの言葉どおり、未夢は居間にいた。

「ルゥくん、おかえりなさい」
 
 未夢と彷徨がにっこり笑ってルゥを迎えている。

「マ〜ンマ!」
 すっとルゥが差し出したカーネーションを見て、未夢は驚いたように目をみはった。
「ルゥくん、これ、私に?」
「あいっ!」
「そうか、今日は母の日だもんな」
 彷徨の言葉にますますにっこり笑うルゥを見て、未夢はいきおいよくルゥを抱きしめた。

「ありがとう、ルゥくんっ! すごくうれしいよ〜」
「きゃいっ!」

 そんな様子を見て、彷徨もワンニャーも笑顔をうかべていた。




「ワンニャー、母の日なんてよく知ってたね」
 ルゥにもらったカーネーションをうれしそうに生けながら、未夢が尋ねた。
「スーパーたらふくで、よく実演販売をされている方にうかがったんです」
「あ〜、あの人・・・」
「お名前は『美野 悶太郎(みの もんたろう)』さんとおっしゃるそうで・・・」
「みの もんたろう・・・?」
「はい、ちょうど店頭でカーネーションを販売していらっしゃって、いつもはお豆腐とか包丁とか実用的なものを扱っていらっしゃるのに、どうして今日はお花なのかと思いまして・・・」
「で、訊いたんだ・・・」
 なるほどね〜とうなずきながら、未夢はうれしそうにカーネーションを見ている。この様子だと、未夢の机に飾られている『今日のバラ』は隅へ追いやられ、代わりに『今日はカーネーション』とでも書かれたカードをつけて、この花が飾られるのではないだろうか。

(ほんと、うれしそうだよな)

 未夢のうれしそうな顔を見ていると、彷徨自身もうれしくなってくるから不思議だ。


「ところで、未夢さんと彷徨さんは、カーネーションを用意されたのですか?」
 ワンニャーの質問に、未夢が笑いながら手を振って答える。
「いいのいいの。ママはフロリダだもん。代わりに手紙でも書くよ〜」
「では、彷徨さんは?」
「オレの母さんはもういないから、何も用意してない」
 気にした風でもなく彷徨は答えたが、未夢とワンニャーは、はっと顔をくもらせた。
「あの、彷徨さん・・・」
「・・・?」
「その、すみません・・・」
「いいよ、気にするなって」
「ですが、わたくし・・・」
 困ったように言いよどむワンニャーを助けるかのように、未夢が彷徨にむかって大声で話しかけた。

「彷徨っ! 今からカーネーション買いに行こうっ!」
「は?」
「だから、カーネーション! 彷徨のお母さんに!」
「・・・あのな、オレの母さんはもういないって」
「だけどっ!」
 未夢が必死な様子で彷徨に詰め寄った。
「カーネーション飾ってあげたら、彷徨のお母さん、きっと喜ぶよ・・・」
「未夢・・・」
 未夢の真剣な表情に、彷徨はどうしたものかと困惑した表情を浮かべていた。

 そんな彷徨に皆の視線が集まる。

「彷徨・・・」         じっ、と未夢が彷徨を見つめた。

「彷徨さん・・・」        じっ、とワンニャーが彷徨を見つめた。

「パンパ・・・」          じっ、とルゥが彷徨を見つめた。

 どれくらいそんなふうに見つめられていたのだろう。ため息を一つついて、彷徨は立ち上がった。
「か、彷徨?」
 心配そうに呼び止める未夢をちらっと横目で見たが、すぐにふいと彷徨は歩き出した。
「彷徨っ?」
 振り返ると、未夢が泣きそうな顔で自分を見ている。

(・・・ったく、未夢にそんな顔されたら、イヤだって言えないよな)

 また一つため息をついて、彷徨が答えた。
「出かけてくる」
「・・・って、どこへ?」
「・・・カーネーション、買いに行ってくるんだよ」
「じゃあ、私も行くっ!」
 あわてて未夢は立ち上がり、彷徨の後を追った。
「いいよ、ついてこなくて」
「言い出したの私だもん。一緒に行くよ」
「カーネーションくらい一人で買いに行けるって・・・」
「いいじゃない。私も行く!」
 置いていかれてなるものかと、未夢はぎゅっと彷徨の腕にしがみついた。
「み、未夢っ!」
 いきなりしがみつかれて、彷徨は驚いて声を上げたが、未夢はそんな彷徨の声も耳に入らなかったのか、真剣な表情で彷徨を見つめている。

「わかったよ・・・」
 また一つため息をついて、彷徨が答えた。
「ほんと? じゃ、そうと決まれば早く行こう! でないとお店が閉まっちゃう」

(まだ夕方だぞ。何時閉店だよ、その店・・・)

 彷徨はそう思ったが、うれしそうに笑う未夢を見ると、そんな嫌味を言う気もうせてしまった。

(ま、いいか・・・)

 するりと絡ませた腕をほどいて、未夢が彷徨の先に立つ。
「彷徨! 早く早くっ!」
 そんな未夢の行動をちょっと残念に思いつつ、彷徨は未夢の後を追った。
 本当に、どうして未夢は、こうも他人のことに一生懸命なんだろう。でも・・・、

 ふっ、と彷徨が笑った。

         ・・・そんな未夢に一番救われているのは自分かもしれない。




*****




「よかったね、ちゃんとカーネーション飾れて」
 未夢がにっこりと彷徨に笑いかけた。
 夕飯が済んでほっと一息ついたところで、未夢たちは彷徨の隣の部屋―――、彷徨の母が使っていた部屋に集まっていた。赤いカーネーションが飾られ、写真の中の母の表情がいつにもまして輝いているように見えた。
「お母様、きっとよろこんでいらっしゃいますね」
 ワンニャーとルゥも、うれしそうに写真を見つめている。
 彷徨はというと、いつものごとくそっけない態度ではあるけれど、心なしか照れているようにも見えた。

「母さんてさ・・・」彷徨がつぶやいた。「藤の花が好きだったんだ・・・」
 え?という顔で、未夢が彷徨を見やった。
「彷徨、なんで・・・」
「オレが見たことをおぼえてるんじゃなくてさ、親父がそう言ってたんだ」
「そうじゃなくてっ、お母さん、藤の花が好きだったって・・・。だったら藤の花も見せてあげなくっちゃ!」
「・・・うちには藤棚なんてないぞ?」
「未夢さん、藤の花って、あのぶどうみたいに垂れ下がっている花ですよね? どうやって飾るんですか?」
「う・・・」
 どう答えていいのか分からず、未夢は言葉に詰まってしまった。けれど、どうしても彷徨のお母さんに、大好きだという藤の花を見せてあげたい。だって・・・

「・・・だって、私、ルゥくんにカーネーションをもらったとき、すっごくうれしかったんだもん」

「・・・未夢」

「だからね、彷徨のお母さんだって、彷徨がお母さんの好きだった花をおぼえててそれを母の日にもらったら、すっごくうれしいんじゃないかって・・・」

「・・・未夢」

「だ、だからね、実際にあげられなくても、飾ってあげるとか、見せてあげるとか・・・。きっとお母さん、よろこんでくれると思う・・・」

「・・・でも、どうやって?」

「え・・・と、それは・・・」

「・・・未夢の気持ちはうれしいけどさ、肝心の花がないし・・・」

 

 皆、言葉が見つからず、黙りこんでしまった。

 

 なんとかしたい。彷徨のお母さんがよろこんでくれること、それは彷徨自身もうれしく思えることにちがいないから・・・。彷徨に、笑ってほしいから・・・。未夢はそう願っていた。



「あーーーーー!」

 突然、ワンニャーがすっとんきょうな声を上げた。

「な、なになに???」
「なんだよ、突然」
「あります、ありますよっ!」
「・・・? 何が?」
「ですから、藤の花!」
「・・・が、どこに?」
「西遠寺にーーーーー!」
「・・・だから、うちには藤棚なんかないって」
「藤棚じゃありませんっ、裏山に咲いてますーーーーー!」
「!」
 ワンニャーの言葉に、未夢と彷徨は顔を見合わせた。
「そうか、山藤・・・」
「咲いてましたよ、薄い紫の花。ねぇ、ルゥちゃま」
「あい!」
 ルゥがうれしそうにバンザイをした。
「よーしっ! 彷徨、早くお母さんの写真を持って!」
「は?」
「ワンニャーとルゥくんは懐中電灯を持ってきて!」
「はいっ」
「ほらっ! 彷徨のお母さんに、藤の花を見せてあげようよ」
「・・・って、裏山だぞ? 出るかもしれないってのに」
「・・・出るって、なにが?」
「未夢の大好きな幽霊」
「・・・」
 さぁっと未夢の顔が青くなった。
「どうする?」
 にやりと笑う彷徨に何か言い返そうと未夢が身構えたとき、ルゥとワンニャーが懐中電灯を持って戻ってきた。
「おまたせしましたー・・・って、どうしたんですか?」
「「なんでもない」」
 ぺろっと舌を出す彷徨とは対照的に、未夢の表情は相当引きつっていた。




*****




 西遠寺の裏山はひっそりとしていた。吹く風がなんだか生暖かいような気がする・・・。そんなことを思いながらルゥを抱いていたからか、いつもよりぎゅっと抱きしめられて、ルゥは不思議そうに未夢を見ている。
「マンマ?」
「だ、だいじょうぶだよ、ルゥくん」
 そう答える未夢の声は、全然大丈夫そうではない。
「なぁ、未夢」
「だっ、だまされないからねっ! 幽霊なんて出ないんだからっ!」
 ルゥをぎゅっと抱きしめ、涙を浮かべながら強がっている未夢を見て、彷徨は思わず吹き出した。
「な、なによっ!」
「そうじゃなくてさ、こわいんなら、オレの服でもつかんでおけよ」
「・・・え?」
「こわがらせて、わるかったかなって・・・」

 時々、彷徨にはどきっとさせられる。今もそんなやさしいことを言われるなんて思ってもいなかったから・・・

(どきどきするじゃない・・・)

 ためらいつつも、未夢はそっと彷徨の服をつかんだ。たったそれだけのことなのに、嘘みたいに安心している自分に気付いて、顔を赤くしながら、未夢はますますルゥを抱きしめていた。

「未夢さん」
「え? なななななに??」
「あの、わたくしがルゥちゃまを抱っこしましょうかと言おうとしたんですが・・・、驚かせてしまったようで・・・」
「・・・え?」
「マンマ〜」
「どうもルゥちゃまが苦しそうな顔をなさいますので・・・」
「ご、ごめんね、ルゥくん。じゃあ、ワンニャー、ルゥくんをお願い」

 そんなやりとりを聞いていた彷徨が、ふいに話しかけた。

「未夢、そんなにこわいのか?」
「べ、べつに・・・。平気だもんっ!」
 あきらかに強がっている未夢の声に、彷徨はやれやれといったように、さりげなく未夢の腕を取った。

「このほうが安心するっていうなら・・・」

 そう言って、彷徨は、未夢の腕を自分のそれにするりと絡ませた。

「・・・か、彷徨っ」

(そっ、そんなことされたら、よけいにどきどきするじゃない! でも・・・)

 ちらっと、未夢は彷徨の横顔を見た。

(不思議・・・。こわいのが飛んで行っちゃった・・・)

 ふっと未夢の表情がやわらいだ。

(彷徨のお母さんも、宝晶おじさんとこんなふうに歩いたのかな・・・)

 きっと二人でこんなふうに歩いて、藤の花を見ていたのだろう。もしかすると、幼い彷徨も一緒に、花を見ていたのかもしれない。藤の花は、彷徨の母にとって大好きな花でもあると同時に、大切な思い出の花なんだと、未夢は思った。





「ほ〜ら、ありましたよ〜」
 ワンニャーが懐中電灯で花を照らした。けれど光がじゅうぶんに届かないせいか、いまひとつはっきり見えない。

「母さん、見えるかな」
 彷徨がつぶやいた。
 そんな彷徨のつぶやきをきいて、未夢はぎゅっと胸が痛むのを感じた。彷徨のために何とかしてあげたい。でも、どうすれば・・・。

(お願い! 彷徨のお母さんに花を見せてあげて! 私、なんでもするから!)

 そんな未夢の必死な願いがきこえたのか、ルゥがむぅ〜〜〜〜〜と考え込んだ。そして次の瞬間・・・

「だぁ〜〜〜〜〜っ!」
「ルゥくん?!」
「ルゥ?!」

「わぁ、見てください! 未夢さん、彷徨さん」

 



   藤の花がぽおうと光っている。
 
   木々の間を、いくつもいくつも、蛍のようにふうわり揺れて・・・





「きれい・・・」

 



   闇の中で揺れる花灯(はなあかり)・・・。
 
   まるで彷徨の母のように、やさしい光だった。






「きゃ〜〜〜〜〜い!」

 木々の間で揺れていた花の灯が、今度は二つに分かれて、ゆっくりと一点を目指して連なっていく。

「パンパ! マンマ!」
 その灯に沿って進むよう、ルゥが二人を促した。
「ルゥくん?」
「ルゥ、どこへ連れて行くつもりなんだ?」
 わけが分からず見つめる二人を、ルゥはにこにこと見ている。
「未夢さん、彷徨さん、行ってみましょう」
 ワンニャーにも促され、四人は花の灯が作る路をゆっくり進んでいった。






「あ・・・」



「お母さんの、お墓・・・」



 花灯(はなあかり)の路(みち)は、彷徨の母のお墓へと続いていた。





「藤の花を墓前に飾ることはできませんでしたが、藤の花の灯は、お母様によろこんでいただけたかもしれませんね」
 ワンニャーがほっと息を漏らした。

「ありがとう、ルゥ・・・」

 彷徨の言葉にルゥがにっこり笑うと、花の灯たちは、こんどはふうわりとお墓のまわりを漂い、すぅっと墓石に吸い込まれていった。

「お母さん、よろこんでくれたかな」

「あぁ、きっとよろこんでるよ」

 彷徨が、母の写真を大切そうに抱きしめた。



「・・・ありがとな、未夢」

「・・・うん」

 

 写真の中の母が、いっそう明るく笑った。



『ありがとう』





 その晩、彷徨は母の夢を見た。
 
 夢の中の母は、ルゥが見せてくれた藤の花灯(はなあかり)のように、やさしく微笑んでいた。



 「花灯路」というイベントが、3月に京都の東山で行われました。幻想的な雰囲気と言葉の美しさに、いつか使ってみたいと思っていました。本当は「桜」の季節を「花灯路」という題材で書いてみようと思っていたのですが、すでに『葉桜の頃』を書き終わっていましたので、ちょっと強引かなと思いつつも、このような形で使うこととなりました。
 けれど出来上がったものは全く幻想的ではないし、私の表現力ではこの程度で、なんとも情けないのですが、それでも私が抱く瞳さんのやさしいイメージを感じていただければうれしく思います。
 ちなみにこのラスト、教育課の母の日ポスターと関連しております。そのつもりで描きましたからね、あのポスター・・・


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