Happy Flower〜元気をくれる花

作:英未



 ずい、と詰め寄られて、読書中の彷徨は思わず後ずさった。
 
 ずずい、と更に詰め寄られて、彷徨はうっかり体勢を崩してしまった。
のしかかられるような格好になって、なんだか前にも似たようなことがあったと、彷徨は記憶をたどっていた。あれは取り壊し寸前のチャペルで未夢と二人閉じ込められたとき・・・。窓から脱出を試みて、落ちてきた未夢の下敷きになった。気づいたら至近距離に未夢の顔があって・・・。そういえばその前にも、そうだ、未夢が西遠寺に来て間もない頃だ。朝っぱらから思いっきりぶつかってこられて、気づいたら未夢が自分にのしかかっていて・・・。あの時の未夢の格好ときたら、こっちが赤面するようなものだった。それにしても、今だってどうせのしかかってこられるなら、未夢のほうがよっぽど・・・。

「彷徨さん、なに百面相やってるんですか? 私の話、ちゃんと聞いてました?」
 ワンニャーの責めるような口調に、彷徨は我に返った。
「え? あぁ、聞いてる聞いてる、大丈夫」
愛想笑いをしてワンニャーをなだめてみるものの、納得してはいないようだ。
「彷徨さん、まじめに聞いてくださいよ! 他ならぬ未夢さんのことなんですからっ」
「分かってるよ。昨日も耳にタコができるくらい聞かされたし」
「当然です! 未夢さんは、ルゥちゃまにとって地球でのお母様なんですから、お誕生日は盛大にお祝いしなくては!! そのためには何度でも確認しておいた方がいいんですっ」
「分かってるって。大丈夫」
「どうだか・・・。さっきも何を思い出していらっしゃったのか、ニヤニヤされていたようですし」
 ちろっと横目で見られて、彷徨は思わず赤面するとあわただしく喋りだした。
「そ、そうだよなっ、ワンニャーの言うとおりだよっ。誕生日は今日なんだし、今最終確認しておかないとなっっ」
「ではもう一度最初から」
 コホンと咳払いして、しかつめらしくワンニャーが説明を始めた。
「彷徨さんの任務は、パーティーの準備が整うまで、ルゥちゃまと一緒に未夢さんを連れ出すことです。その間、わたくしはお料理を準備します。会場の飾りつけは三太さん、綾さん、ななみさんの御三方で。生花の準備は望さんが。ケーキはクリスさんが用意してくださいます。お料理の下ごしらえはできていますから、作るのにそんなに時間はかからないと思いますが、飾りつけのこともありますし、最低1時間は連れ出してくださいね。た・の・み・ま・し・た・よ!」
 念押しするように顔を近づけられ、その迫力にただうなずくことしかできなくて、彷徨は思いっきり首を縦に振っていた。

「それにしても・・・」
と、ワンニャーの表情がゆるむ。
「本当に未夢さんは、皆さんに愛されておいでですね。今日のことだって、綾さんやななみさんたちからご提案があってのことなんですよ。未夢さんの家族として、わたくし大変感激しています」
 ワンニャーの言うことが、彷徨にはとてもよく理解できる。未夢のことをおせっかい大先生とからかってはいるものの、未夢のそういうやさしさや明るさにみんなが元気づけられていることは、自分が一番よく知っていると自負している。かく言う自分もその一人だ。もっとも、未夢の前では決して認めようとはしないけれど・・・。彼女の前でそのことを認めてしまえば、なんとなく頭が上がらなくなりそうで。やっぱり未夢の前では自分の方が優位でありたい。未夢がいつでも自分を頼っていいように・・・。そのわりにはあまり頼ってもらっているようにも思えないし、それに、自分のことより望や三太のことを気にかけているようにも思えるし・・・。そういうところはなんとなく気に食わない。
(・・・って、何考えてるんだ)
 またもや一人で百面相を始めた彷徨を見ながら、ワンニャーはやれやれと首を振っていた。

「パ〜ンパ!」
 す〜いっと部屋に入ってくると、ルゥは振り返ってせかすように未夢を呼ぶ。
「マ〜ンマ!」
「はいはい、お待たせ、ルゥくん・・・って、何やってんの? 彷徨、ワンニャー」
「何って・・・」
 考えてみれば、今の自分とワンニャーのこの体勢は、異常な気がする・・・。なんとか誤魔化さなくては! やましいことなど何一つないけれど、何故か彷徨はめまぐるしく言い訳を考えていた。
「プロレスごっこですよ、未夢さん」
 にっこり笑って、体を起こしながらワンニャーが答えた。
「彷徨さんとちょっとふざけていただけですよ」
「・・・彷徨って、意外に子供っぽいところがあるよね」
 くすっと笑って、未夢が彷徨を見る。彷徨は何か言い返そうとしたが、すっかりペースを乱されて、ただただ苦笑いするだけだった。
「マ〜ンマ!」
「は〜い、ルゥくん、じゃ、お散歩に行こうか」
 ルゥを抱き上げて、未夢は彷徨とワンニャーを見る。
「どうしてか、ルゥくんがしきりにお散歩に行きたがるのよ。だから、ちょっとその辺ぐるっとしてくるね」
「パ〜ンパ!」
「え? ルゥくん、彷徨と一緒に行きたいの?」
「パ〜ンパ! マ〜ンマ!」
 二人一緒にとでも言いたいのか、ルゥは未夢と彷徨に笑いかける。

(彷徨さん、ルゥちゃまが作ったこのチャンス! 無駄にしないで下さいね)
(やるな・・・、ルゥにこんな芸当ができるなんて・・・)
(ふふふ、わたくしは有能なシッターペットですよ!)

「あ、じゃぁオレも行くよ。ルゥと散歩するのも久しぶりだしさ」
 ワンニャーの策略に舌を巻きながら、彷徨が名乗りを上げた。
「それがよろしいですね〜。一人で百面相しているよりよっぽど有意義です」
「百面相?」
「なっ、なんでもないって、な? ワンニャー」
 訳が分からず未夢とルゥは顔を見合わせて首をかしげていたが、まぁいいかとワンニャーに向き直った。
「じゃ、行ってくるね、ワンニャー」
 そう未夢は言って、彷徨を促した。ニヤリと笑うワンニャーの視線を感じながら、彷徨は未夢の後を追う。

(・・・ったく、なんだか今日はペースを乱されてばかりのような気がする)


*****


 今日は3月15日。ホワイトデーが終わってしまったため、店頭に飾り付けされていた淡いブルーや真っ白のリボンは、すでに片付けられている。祭りの後の静けさとでも言うのだろうか、クリスマスに始まって、お正月、バレンタインデー、ホワイトデーとたてつづけにお祭り騒ぎが続いたが、それらが終わってしまった現在(いま)は、街そのものがゆっくり眠りたそうにしているようだ。
 商店街を抜け、ルゥお気に入りの公園で、三人はのんびりと、やわらかい春の陽射しを楽しんでいた。ベビーカーの中で、ルゥがうれしそうに、キョロキョロと辺りを見回している。
頬をなでる風もすっかり春めいてきて、黄色やピンクの花たちが、風に揺られながらうれしそうに光を浴びている。
早春に咲く花には、なぜか黄色が多い。寒さの中でも花を開く蝋梅に始まり、フリージアの黄色、水仙の黄色、やがて菜の花の黄色にたんぽぽの黄色・・・。そして、夏になれば大きな金色のひまわり・・・。なんで黄色なんだろう? 元気をくれる色だから? 目の前で揺れる未夢の長い金色の髪を見ながら、彷徨はぼんやり考えていた。

(元気をくれる花・・・か)

 そっとその髪に触れようとしたとき、向こうから声がかかった。
「未ー夢ー!」
「ななみちゃん! 綾ちゃんも!」
「ルゥく〜ん、こんにちは」
「あい!」
「なになに? 西遠寺くんも一緒にお散歩? ルゥくん、うれしいね〜」
「あいっ!」
両手を挙げてよろこぶルゥの仕種に、綾もななみも未夢さえも、かわいいときゃあきゃあ騒いでいる。
「未夢ちゃん、今日誕生日だよね。おめでとう」
「おめでとう、未夢」
「ありがとう、綾ちゃん、ななみちゃん」
「こんな所で出会うって分かってたら、プレゼント持って来たのにね」
「いいよ、そんな気を使ってくれなくて。ところで、今日は二人揃ってどうしたの?」
「おつかいよ、おつかい」
 すっかり井戸端会議に突入してしまった三人を見ながら、彷徨は綾たちに向かって突っ込まずにはいられなかった。
(何やってんだ、こんな所で・・・。準備はいいのか?)
 そんな彷徨の視線に気づいたのか、綾がニヤリと横目で彷徨を見た。
「今ね〜、いろいろ材料そろえてきたとこなの」
 ななみもニヤリと彷徨を見やると、しゃあしゃあと綾の後を続ける。
「あたしはいつもの通り、綾の手伝いよ〜」
「材料って、お芝居で使う物?」
「ふふふ、舞台の飾りつけに使うのよ」
(・・・たしかに、嘘じゃないよな、その答)
 妙な感心をしている彷徨と楽しげに笑う未夢を見比べて、綾が手帳を取り出す。
「どうしたの? 綾」
「思いついたネタはメモしておかないとね」
「ネタって、今度は何よ?」
「うん、未夢ちゃんと西遠寺くん、二人がそうやって並んでるのってすごく自然だな〜と思って」
「・・・?」
「だってね、未夢ちゃんが転校してきた頃は、二人が並んで立ってても、今みたいにくっついてなかったもん」
((・・・え?))
「それが今ではこの距離よ。一緒に暮らしてると、私たちが知らない何かがあるのね〜」
((・・・え??))
「あっ、いけない、こんな時間だ。急がなきゃ!」
「じゃあねっ、未夢! ルゥくんも西遠寺くんもまたねっ!」
 あっけにとられている未夢と彷徨を置いて、二人はあわただしく立ち去って行った。彷徨にニヤリと意味ありげな視線を送りながら。そんな二人の目はこう語っていた。
『私たちにまかせてね! 西遠寺くん』

(どういうつもりだ、あの二人・・・)

「綾ちゃんたら、突然何言い出すんだろうね〜」
 赤くなりながら、未夢が喋りだす。このまま黙っていたら、さっきの綾の言葉が頭の中をグルグル回りだして、彷徨をまともに見られなくなりそうで・・・。
(彷徨はどう思っているんだろう・・・)
二人の距離が近くなったと綾は言うが、本当にそうだろうか。それなら、心の距離も、近くなっているのだろうか・・・。未夢には全然分からなかった。

「お〜い! 彷徨〜! 光月さ〜ん! それにルゥく〜ん!」
「しゃ〜ん!」
 今度は三太があわただしく現れた。ルゥがよろこんで手を振っている。そんなルゥに手を振ると、三太は困ったように話しかけてきた。
「天地さんと小西さん見なかった?」
「二人ならたった今帰って行ったよ」
「何やってんだよ、三太?」
「いや〜、二人の手伝い頼まれてさ。でもその二人が買い出しに行ったままなかなか帰ってこないから、様子を見に行こうかと思って」
「へぇ、三太くんも手伝ってるんだ。そんなに大変なら、私も手伝うよ」
「光月さんて、いい子だよな〜」
三太は派手に涙を流し始めたが、ふと涙をぬぐう手を止めて、まじまじと二人を見た。
「どうしたの? 三太くん」
「やっぱりさ、小西さんの言うとおりだな〜と思ってさ」
「・・・え?」
「二人の距離が近くなったーって」
「・・・え?/////」
 赤くなる未夢とは対照的に、彷徨は冷たい目で三太を見据えている。
「・・・小西を探してるおまえが、なんでそのこと知ってるんだ?」
 ギクッとして、三太は愛想笑いを浮かべた。
「俺、そろそろ戻らないと・・・」
「三太!」
「い、言えないよー! さっきそこで小西さんたちに出会って二人をからかってきたとこだって聞いてしかも二人がうろたえてたなんて聞いたら俺も見てみたーいって思ってそれならいっちょ俺もからかってこよーって来たなんて言えないよーーー!」
 一気にまくし立てて、滝のような涙とともに、三太は韋駄天のごとく走り去っていった。

((さすが陸上部・・・))


*****


「なんか、今日のみんな、変だよね・・・」
「え? あ、あぁ・・・」
 その理由が思い当たるだけに、彷徨は返事に困ってしまった。みんな、未夢をびっくりさせようとワクワクしていて、でも早くそのことを未夢に喋ってその反応を楽しみたくて・・・。でも言えないから別のことをネタにしては未夢に喋りかけて、ワクワクする気持ちを抑えながら楽しんでいるのだ。
(だからって、なんでオレを引き合いにだすんだよ・・・)
 これ以上からかわれるのはゴメンだ。彷徨は早く西遠寺に引き上げたかった。もっとも、西遠寺に戻っても、さっきのメンツがいるわけだが・・・。

「るっらら〜、るっらら〜、るっらら〜♪」
 やけにウキウキなメロディを口ずさみながら、望がスキップしながら姿を現した。肩にはオカメちゃん、そして手には大きなピンクの薔薇の花束・・・。
(今度は光ヶ丘か・・・)
「やぁ、みんな〜」
 気のせいか、望は自分に挑発的な視線を投げかけてくる・・・と、彷徨は思った。
「ルゥくん、お姉さんと一緒にお散歩でうれしいね」
「あい!」
 ルゥは、話しかけられて機嫌がよさそうだ。
「未夢っち、今日もきれいだね」
 うっとりするような王子様の微笑で、望が未夢の手を取る。
「未夢っち、お誕生日おめでとう。僕が心を込めて育てた薔薇を、受け取っておくれ」
 そう言うと、望はそっと未夢の手に口づけた。
「!」
「のっ、望くんっっ!」
「照れてる未夢っちもかわいいね」
 くすっと笑うと、望は薔薇の花束を差し出した。
「これ、私に?」
「未夢っちには特別にピンクの薔薇を用意したんだ。でも、今渡すと荷物になるかな?」
 あでやかにウインクして、望がターンを始める。
「じゃあ、未夢っち、これは西遠寺へ届けておくよ〜。アディオースッ!」
 薔薇の花びらが散ってしまうのではないかと思われるような勢いで、望は大きくジャンプすると、連続ターンでその場を去っていった。ニヤリと笑って彷徨に挑発的な視線を投げかけながら。

(・・・気に食わない)

 望の、未夢はいかにも自分のものだと言わんばかりの態度が、彷徨には気に食わなかった。なにも未夢は彷徨のものというわけでもないが、こうも自分を無視して未夢にちょっかいを出されると、まったくもって気に食わない。
「彷徨?」
 様子がおかしいように思えて、未夢が彷徨を覗き込む。
 ほんの少し手を伸ばせば届く距離。春の花々が気持ちを明るくしてくれるのと同じように、自分に元気をくれる未夢。自分の、いや、自分だけの、元気をくれる花・・・。手を伸ばせば届く。ほんの少し、手を伸ばせば・・・
「未夢・・・」
 ためらいつつも手を伸ばそうとした瞬間、不吉なメロディが耳に入ってきた。同時に、クリスの声が聞こえる。
「・・・! まずいっ、隠れろっっ」
 嫌な予感がして、彷徨はあわてて未夢とベビーカーに乗ったルゥを連れて、そばの茂みに駆け込んだ。


*****


「匂う、匂いますわ」
 厳しい表情をして、クリスは犬以上かと思われる嗅覚で彷徨の位置を探ろうとしていた。
「これは間違いなく彷徨くんのシャンプーの香。近いですわ、近いですわ〜〜〜」

(クリスちゃん、あいかわらずスゴイ・・・)
 茂みからこっそり様子をうかがいながら、未夢はため息をついた。
 彷徨のことが好きだと公言しているクリス。そのすさまじさは別として、そんなに思われて、いったい彷徨はクリスのことをどう思っているのだろう。ちょっと苦手なのかな・・・と思えるときもあるけれど、彷徨の、自分に対する態度と、クリスを含めた他の女の子に対する態度とでは、なんだかずいぶん格差があるように思えて、その違いは何なのかとため息をつきたくなる。そう言うと、それは彷徨が未夢に気を許している証拠だとななみは言うのだが・・・。
(からかって楽しんでるとしか思えないのに・・・)
 彷徨にとって、自分はどういう存在なのだろう。今までたいして気にしたことはなかったけれど、バレンタインデーで彷徨がとてつもなくもてることを目の当たりにして、特に、クリスお手製のかぼちゃのお菓子を彷徨が喜んでいるのを目にして、未夢は複雑だった。
(手作りのチョコレート、あげたかったな・・・)
 義理とはっきりことわってあげたチョコレートでも、彷徨は喜んでくれて、昨日のホワイトデーにはちゃんとお返しをしてくれた。けれど、やっぱり彷徨には、たとえ不器用でも手作りのものをあげたかった。今日の誕生日だって、彷徨たちが自分にかくれてこそこそと相談していることを知っているから、きっと何か用意してくれているのだろうと想像はつくけれど・・・
(何もいらない・・・。ただ、一言・・・)
 そう考えて、未夢は赤くなった。自分は、彷徨にいったいどんな言葉を期待しているというのだろう。
(何考えてるんだろう・・・)
 思いもかけない自分の心に気づいて、隣にいる彷徨の存在に、未夢は気恥ずかしさを覚えていた。

 その頃のクリスといえば、いつもの妄想状態中で、あわやこのまま暴走か?という状態に陥っていた。
「このイヤ〜な予感は気のせいかしら〜? な〜んだかと〜ってもイヤ〜な予感がしますわね〜。たとえば、彷徨くんが未夢ちゃんと手に手を取り合って、しかも赤ちゃんつきでお散歩しながら、『見て見て、彷徨。かわいいお花』『でも、未夢のほうが数倍かわいいよ』『やだ、彷徨ったら』な〜んてしあわせほのぼのいつでも新婚家族〜ってかんじを想像してしまうのは何故かしら〜〜〜?」
 クリスの目がだんだんギラついてくる。
「そんなことって、そんなことって、許せませんわっ! くわぁ〜〜〜〜〜〜!」
「はい、お嬢様、鹿ですよ〜」
「あら、かわいい鹿さん。よしよし」
 ナイスなタイミングで鹿田さんが現れ、あざやかな手並みでクリスの暴走を阻止した。
「お嬢様、そのお手製のケーキ、早く光月様にお届けしなくては」
「そうでしたわ。未夢ちゃんのために心を込めて作りましたもの。それに、彷徨くんにもたくさん食べていただかないと! これで彷徨くんの花嫁にまた一歩近づきますわ〜」
 そんなやりとりをしながら、クリスたちは西遠寺へと向かって行った。

(彷徨の、花嫁・・・)
 クリスの言葉に、未夢はぼんやりと心の中に冷たい風が吹くのを感じていた。クリスなら、自分よりも彷徨の隣がよく似合う・・・。逆立ちしたって、クリスには勝てないだろう。自分の方が、こんなに彷徨の近くにいるのにもかかわらず・・・


*****


「行ったみたいだな」
 はぁ〜と安堵のため息をついて、彷徨は芝生の上に寝転がった。
 濃い緑に生い茂りつつある木の葉たちの隙間から、きれいに晴れわたった空が見える。穏やかな木漏れ日が未夢の髪に反射して、キラキラ輝いている。

(元気をくれる、花・・・)

 なにも未夢のイメージが黄色い花というわけではない。黄色だけではなく、表情豊かな未夢は、どんな色の花にでもたとえられる。可憐なピンクの花、清楚な白い花、温か味のあるオレンジの花、そして今は・・・

(・・・青い花?)

 こころなしか、未夢の表情はやや青ざめて、今にも泣き出しそうに見えた。

「マ〜ンマ?」
「ルゥくん」
 にっこり笑って、未夢がルゥを抱き上げる。
「気持ちいいね」

(・・・気のせいか?)

 腑に落ちないながらも、未夢の笑顔になんとなく安心しながら、彷徨はそっと手を伸ばして未夢の髪に触ってみた。花は見ているだけでも元気をくれるけれど、この花は、ふれるとさらに元気をくれる・・・
 そんな彷徨の行動に気づいた様子もなく、未夢はルゥをひざに座らせてあやしている。しばらく彷徨はその様子を眺めていたが、あまりにも未夢がルゥばかりをかまう様子に、先ほどの望の態度を思い出して、おもしろくない気分になってきていた。
「未夢、ちょっとルゥを抱き上げて」
「え? どうしたの?」
「いいから早く」
 わけが分からないながらも、未夢は言われたとおりにルゥを抱き上げた。すると、その空いた未夢のひざに、彷徨が自分の頭をのせてきた。
「かっ、かなたっ!」
「パンパ!」
 抗議するようにルゥが彷徨を呼ぶ。
「ルゥ、未夢を独り占めしたいのはオレも一緒なんだからな。ちょっとだけ譲ってくれ」
「・・・あいっ!」
「いい子だな、ルゥ」
 そんなやりとりを聞きながら、未夢の心に、淡い期待の念が湧き上がってきていた。
(彷徨が、私を、独り占め・・・?)
 どういうことだろう。ななみが言うように、彷徨にとって、自分は特別なのだろうか? でも、彷徨がそんなことを口にするはずがない。言葉のあやかもしれない。でも・・・。抱き上げていたルゥをかたわらに座らせ、未夢は、空いた手で、ためらいがちに、そっと彷徨の髪をなでた。びっくりしたように彷徨が未夢を見上げたが、ふっと笑うと目を閉じて、安心したように寝息を立て始めた。
(・・・どうしよう。なんか、とってもうれしい)
 未夢は、時間がゆっくり流れていくのを感じていた。


*****


 いつの間にか自分もうとうとしていたようで、右側にコトンと重みを感じて、未夢ははっと目を覚ました。見れば、ルゥが未夢に寄りかかって眠っている。彷徨はといえば、ずっと未夢のひざを枕にしていたようだ。
(どうしよう。そろそろ西遠寺に戻った方がいいんだろうけど・・・)
 しかしこれでは動くに動けない。困ったことになったと思っていると、ふいに彷徨の声がした。
「どうしたんだ? 未夢?」
「えっ、あ、えーとね、ルゥくんが眠っちゃって・・・。そろそろ戻った方がいいかなぁって思ってたんだけど・・・」
「・・・そうか。でも、もうちょっとだけ・・・」
「彷徨?」
 彷徨はゆっくり目を閉じると、深呼吸した。こんなに穏やかな気持ちになったのは初めてかもしれない。その理由は、彷徨にはよく分かっていた。未夢と目を合わせて話すのも照れくさくて、目を閉じたまま話しかける。
「未夢、・・・誕生日おめでとう」
「ん、ありがとう」
未夢の表情が、目を閉じていてもよく分かる。
「未夢の父さんと母さんに感謝しなきゃな」
「・・・パパとママに?」
「ん、『未夢を生んでくれてありがとう』。『未夢と出会わせてくれて、ありがとう』・・・」
彷徨が未夢を見上げる。明るい緑の葉、澄んだ空と、はずかしそうに笑う未夢の顔。今の未夢が空のように青い花だとしたら、同じ青でも、さっきの青より今のほうがだんぜんいい。
「さっきさ」
「え?」
「さっき、泣きそうにしていなかったか?」
 未夢の瞳が揺らいだのを、彷徨は見逃さなかった。
「なんで?」
 言葉に詰まって、未夢は自分を見上げる彷徨の視線を、そっと手でさえぎった。
「ちょっと、ね。でももう大丈夫。彷徨が・・・」
(彷徨が、パパとママに『ありがとう』って言ってくれたから・・・)
 それ以上尋ねることもできず、彷徨はゆっくり未夢の手をよけると、改めて未夢を見た。泣いている様子はない。それどころか、未夢はにっこり笑っている。そっと目を閉じて笑うと、彷徨は小さくつぶやいた。
「やっぱり、未夢は笑ってるほうがいい・・・」


*****


「さ、そろそろ戻ろうぜ?」
 起き上がって、彷徨は未夢を促す。
「・・・どうした?」
「ん、ちょっと、足がしびれちゃって・・・」
「ご、ごめん」
 めずらしく素直な彷徨に、未夢はきょとんとしながらもくすくす笑い出した。
「今日のみんな、なんかおかしかったけど、彷徨もおんなじようにおかしいね」
 苦笑いしながら、彷徨は未夢の隣に腰を下ろすと、また寝転がった。それを見て、未夢もルゥを自分と彷徨の間に寝かせると、今度は自分も横になる。さわさわとあたたかい風が通り過ぎて、花たちがささやきあうように揺れている。
「ルゥくんが初めて西遠寺に来たときみたいだね」
 ルゥをやさしく見つめながら、未夢がささやいた。
「あれが私たちの共同生活の始まりだったんだけど・・・」
 やわらかく微笑んで、未夢がささやく。
「今もこうしているのは、今日が私の新しい1年の始まりだからなのかな・・・」
「きっと、そうだよ・・・」
 彷徨がうなずく。それを見て、未夢が更に微笑む。
「ありがと」
 
『ありがとう』を言うのはこっちの方だと彷徨は思う。西遠寺に来てくれてありがとう。西遠寺にいてくれてありがとう。いつも自分のそばで、元気をくれてありがとう。それに・・・

(未夢が今も西遠寺にいるのは、ルゥのおかげなんだよな)
 
 未夢がいつまでも自分のそばで笑っていてくれますように・・・。そんな未夢をずっと守れますように・・・。ぼんやりと意識が薄れていく中、彷徨はそう願っていた。

「パンパ・・・」
 
 そんな彷徨の声が聞こえたのか、ルゥもにっこり笑っていた・・・



*李帆しゃん企画「Miyu Day」に参加させていただいたストーリーです。
以下、その時のあとがきをそのまま掲載させて頂きます。

◆あとがき◆
 最後までお付き合い頂いて、ありがとうございます。
 未夢の誕生日?それともホワイトデー? 何を題材にしようかと考え、未夢の誕生日と言いながらなぜ彷徨寄りのストーリーになっているのか、これはもう永遠の謎でございます(笑)。でも私は、『未夢に出会えてよかった』と彷徨が思っていることは確実であろうと、信じているわけですよ。
 未夢と彷徨は、私にとってこの上ない安らぎなので、この小説からそんな何かを感じていただければ、大変うれしく思います。
 最後になりましたが、拙い文章にもかかわらず、いつもかような企画にお誘い頂き、かつ掲載頂いております李帆様に、感謝をこめて・・・


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