作:英未
※「春宵一刻値千金」…春の夜のながめや気分は、ほんのわずかの時間が千金にも値するほどすぐれている。(『漢語林』大修館書店)
※「ツィゴイネルワイゼン」…サラサーテのヴァイオリンと管弦楽のための曲、op20。<ジプシーの調べ>の意味。(『音楽中辞典』音楽之友社)
ただし、『音楽中辞典』には「ツィゴイナーワイゼン」とありますが、「ツィゴイネルワイゼン」のほうが一般的かと判断し、こちらで表記しています。
はっと気付いたら、花嫁姿でバージンロードを歩いていた。
その両脇にはたくさんの人が詰めかけていて、口々におめでとうと言っている。異様なほどの盛り上がり方に疑問はあるものの、ふと耳に入った「王子様!」という言葉に、未夢の目はクリス以上に輝いていたかもしれない。
(え? 王子様??)
ガバッと、未夢は隣を歩く新郎に目を向けた。
その瞬間、表情は気持ちを正直に表していたのだろう。
「なんだよ、そのハトが豆鉄砲食らったみたいな顔は」
口の悪い王子様は、横目で未夢を見ながらぶっきらぼうに言い放った。
「な、なんで彷徨が王子様なのよっ!」
不機嫌そうに言う未夢を気にした風もなく、彷徨は黙々と歩いていく。
「だいたい、これって何なの? 前にも似たような……」
そう言いかけて、あっと未夢は口に手を当てた。
(思い出した。シンデレラの絵本!)
以前彷徨と一緒に入ってしまった絵本の世界。一緒に…と言うと語弊はあるが、まぁそんなところだ。あの時もこんな風に彷徨とバージンロードを歩いた。そして、そして、そして……
(ちょっ、ちょっと待ってよ〜〜〜)
あわてて彷徨を引き止めようとしたときには、もう手遅れだった。いつの間にやら、やけにワンニャー若パパヴァージョンに似た(というより、そのもののような)神父様だか牧師様だかがテキパキとコトを進めて、未夢に向ってにっこりと言ったのだ。
「誓いますか?」
「あ、あの……」
言いよどんだ未夢に、神父様(←便宜上)はにこにこと無言の催促をかけてくる。そのとき、
「誓いますわっ!わたくし誓いますわよーっ!!」
やけに目をぎらつかせたお嬢さんが(どうやら参列者のようだが)、息せき切って向ってくるのを、ご学友らしき二人が必死に食い止めている。
「お、落ち着いてっ!クリスちゃん!」
「未夢ちゃん!ななみちゃんが体張って止めている間に早く済ましちゃってぇぇぇ〜」
「…え?」
あっけに取られる未夢の耳元で、今度は高らかにラッパが鳴り響いた。
「ピキピキッ!ピキピキピッピーーー!」
「な、何?この音っ」
見ると、天使の姿をしたルゥが、うれしそうにラッパを吹いている。
「きゃぁ、ルゥくんかわいいー!」
「マァ〜ンマ!」
にこにこと未夢と彷徨を交互に見て、ルゥはひときわ嬉しそうにラッパを吹き始めた。よく見ればそのラッパ、ピキピキエンジェルマークつき。
「なんなの、これ…」
目をパチクリさせている未夢に、またもや神父様がずずいとコトをすすめようと近づいてきた。
「さて、大変元気な御返事をいただきましたし、ここはちゃっちゃと指輪の交換といきましょう。はいはい、はめてはめて〜♪」
いつのまにか、未夢と彷徨の左手の薬指に、銀色の指輪が輝いていた。
「は〜い、お待たせしました皆様。ではいよいよ誓いのキスですよ〜〜〜♪」
はしゃぐ神父様に、あわてて未夢は言った。
「あ、あの、何がどうなっているのか、さっぱり分からないんだけど……これって、私と彷徨が結婚したってこと???」
とまどう未夢に、神父様の表情が豹変した。
「未夢さん、ワガママもたいがいにしてください。ルゥちゃまがこんなに祝福しているというのに、うれしくないんですか? ほら、彷徨さんだってあきれてますよ。せっかくこうして未夢さんと永遠の愛を誓ったというのに、なんです、この仕打ちは!」
はっと彷徨を見ると、ため息をつきながらたった今はめたばかりの指輪を外そうとしていた。
「ちょっ、ちょっと彷徨!何やって…」
未夢が言い終わらないうちに、彷徨は指輪を外すと、ちらっと未夢を見て、冷たく言ったのだ。
「勝手にしろ」
あまりのことに呆然とする未夢に指輪を放り投げ、彷徨はふいと姿を消した。
◆◆◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆◆◆
いったい、なにが、どうなっている……の?
先ほどまでの祝福ムードはどこへやら、なにやら冷たい空気が流れている。
「彷徨!ねぇ彷徨、どこ?出てきてよ」
辺りを見回すと、参列者の中に混じって、彷徨の姿が見えた。悲しそうな顔をしたルゥを抱いて、冷たい目でこちらを見ている。
「彷徨!」
駆け寄ろうとした未夢に、雷のごとく声が落ちた。
「いけませんっ!」
泣きそうな顔で未夢が振り返ると、神父様が鬼……いや、角に見えたのは耳のようで、イヌだかネコだか、そんな地球外生物の姿で立っていた。
「ワンニャー……」
懇願するように言う未夢にゆっくり首を振り、悲しそうな顔で、ワンニャー神父が語りだした。
「もう遅いのですよ、未夢さん。彷徨さんの心の中には、もう未夢さんが入れるところはないのです。それより……」
すっとワンニャー神父が未夢の隣を指差すと、どろんと三太が現れた。
「おっす!オラ悟空!!と場を和ませたところで本題です。光月さん、こうなったら俺と結婚しよう!」
がしっと両手を握られて、未夢はあわてて手を振りほどこうとした。
「な、何言ってるのよ、三太くん!」
「だって、彷徨とはもう別れたんだろ?だったら俺と結婚しよう! いざ行かん!二人の世界へ〜〜〜 新婚旅行のBGMはトリ(?)のレコードで決まりだねっ♪」
ノリノリの三太に気圧されて、未夢は固まったまま動けない。
「さ、指輪を早く!」
「ゆ、指輪?」
「彷徨がさっき外したろ?それを俺がはめれば、俺と光月さんは晴れて夫婦となれるんだ」
うれし涙を滝のように流す三太を見ていると、そんなにも自分のことを思っていてくれたのだろうかと、ふと、気持ちが傾きそうになった。
「未夢さん、良かったですね〜」
ワンニャー神父…いつの間にか、若パパヴァージョンに戻った神父様が、式を執り行おうとうずうずしている。
ふっと、未夢は彷徨の姿を探した。ルゥを抱いたまま、冷たくこちらを見ている彷徨。
(何も言ってくれないの…? このままじゃ、私……)
泣きたくなった。
「違う、違うの、三太くん!」
「光月さん?」
「ごめんなさい、三太くん。ダメなの、私、私は……」
「そうじゃないかと思ってたんだ…」
めずらしくシリアスな表情で、三太が台詞を決める。ここの効果音は、さしずめ『ツィゴイネルワイゼン』といったところだろうか。
「三太くん…」
「やっぱり、光月さんは、エレガンスを求めているんだね……」
言い終わると同時に、ばびゅーんと三太は駆け出した。滝のような涙がその速さについてけず、びよ〜んとおいてきぼりをくっている。
「あ、あの…」
(人の話をちゃんと聞こうよ、三太くん……)
展開の速さについていけず、呆然とする未夢に、神父様が嬉々と声をかけた。
「未夢さん、次の方、スタンバイOKですよ」
「え?」
振り向くと、薔薇を片手に優雅にたたずむ王子様…?がひとり。
「やあ未夢っち、やはり僕の花嫁になる運命だったんだね」
ウインクつきでこんな台詞を言われて、未夢はひるんだ。なんなんだろう、この展開。
「あ、あのね、望くん…」
「あぁ未夢っち、そんなに恥ずかしがらないで。さぁ、この薔薇を受け取って、僕と夢の世界へレッツゴ〜ゥ!」
思わず後ずさりする未夢に、麗しい微笑でせまってくる望。
でも、望なら、自分をとても大切にしてくれるかもしれない。そう思うと、気持ちがぐらついた。彷徨より、望なら……
未夢が望に手を伸ばそうとしたその瞬間。
「ピコーン!ピコーン!ピコーン!」
「あぁ、なんということだ。もうすぐ15分が経過しようとしているぅ!」
見れば望の胸に飾られた薔薇が、あわただしく点滅を始めている。
「すまない、未夢っち。僕はひとりの女の子と15分以上一緒にいられないんだよ。あぁ、この15分間で結婚しておけば、未夢っちは特別に無制限ってことになったのに。かえすがえすも残念だ」
「あ、あの……」
「アディオース!未夢っち」
ざしゃぁっと大量の薔薇の花びらが舞い、望の姿は一瞬で消えてしまった。
(な、なんなのよ、これ……)
そうこうするうちに、水を打ったように静まり返った場内が、ざわざわと揺れ始めた。女性たちのうっとりとしたため息が、あちこちから聞こえてくる。
「あ、未夢さん、次の方」
「もうっ!いいかげんに……」
最後まで言い終わらないうちに、未夢の顔がみるみる赤くなった。
「未夢ちゃん、よく似合ってるよ、そのウェディングドレス」
柔和な微笑がまぶしい、山村みずき…… 未夢のあこがれの人………
「み、みずきさん……」
ぽーっと見とれる未夢に、みずきは軽く笑って手を取った。
「僕でいいのかな?」
「え?」
「この指輪、僕がはめてもいいのかな?」
未夢は手の中の指輪を見つめた。それは彷徨が外した指輪。なんで彷徨は、指輪を外してしまったのだろう。そんなに嫌われていたのだろうか? でも、それなら、未夢と結婚しようとしないはず……それを外したということは、自分に何か原因がある……?
涙がこぼれた。どうしてだろう。
あこがれのみずきさんが目の前にいる。自分と結婚しようとしている。それなのに、どうして、こんなに心が痛いのだろう。
なにか、大切なものをなくした気がする……
「みずきさん、私……」
みずきさんなら、みずきさんとなら…… そう思うのに、心のどこかで違うと叫ぶ自分がいる。
「マンマァ」
はっと、未夢は声がしたほうを見た。さびしそうなルゥがいる。そして、つらそうな表情の、彷徨……
「彷徨……」
今自分の心が痛んでいるように、彷徨の心も痛んでいるのだろうか。
自分のせいで…?
「彷徨……」
彷徨に、そばにいてほしい。そして、ずっと、彷徨のそばにいたい…… 笑って泣いて怒って、いつでもどんなときでも、隣に彷徨がいた。彷徨がいたから、うれしいことは何倍にもうれしくなった。彷徨がいたから、楽しいことは何倍にも楽しく思えた。腹の立つことも多いけど、彷徨はいつだって自分のことを考えてくれている。間違っていることは間違っていると言ってくれる。いつだって真っ直ぐに未夢に向き合ってくれた。だから、彷徨がいるだけで安心だった。彷徨がいない世界なんて、考えられない……
他の誰も、彷徨にはなれない……
「みずきさん、私、私ね……」
分かっているというように、そっと、みずきが未夢の髪をなでた。やさしく、やさしく…… でも…彷徨以外の人にさわられたくない……初めてそう気付いた。
「私、やっとわかった……」
みずきはやさしく笑うと、ゆっくりうなずいた。
「みずきさん、私ね……」
言いかけたとき、未夢の目の前がぐらついた。
「え?」
ぐるんと世界が回った。
「え?なに?」
何が起こったというのだろう。目の前が回りだして、周りの人がこつ然と消えたかと思うと、急に意識が遠のいた。
(やだ、なに?)
不安が急激に押し寄せる。
助けを求めて、未夢は叫んだ。
「彷徨っ!彷徨―――っ!」
◆◆◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆◆◆
はっと気付くと、見慣れた天井があった。
「あ、あれ?」
「心臓に悪い呼び方するなよな」
がばっと起き上がってみると、彷徨が呆れたようにこちらを見ている。
「彷徨ぁ」
涙を浮かべて抱きついてくる未夢に、彷徨はおどろいて固まってしまった。
「未夢?」
おそるおそる未夢の背中に腕をまわすと、未夢は安心したように体の力を抜いた。
「未夢…」
「彷徨…」
どれくらいそうしていたのだろう。
彷徨が髪をなでてくれるのがうれしくて、未夢はほっとため息をもらした。
それにしても……
「なんで結婚指輪、目の前で外したのよっ!」
「はい?」
「そりゃぁね、私がちょっとにぶかったかもしれないけどっ」
「…あのさ」
「結婚指輪外すなんてあんまりじゃない!ひどいわよ!あやうく他の人と結婚するところだったんだからねっ!!」
ぷぅとほおを膨らませて怒る未夢を見て、彷徨は笑いをこらえられなくなった。
「ちょっと!笑い事じゃないでしょっ!」
「だってさ、何のことだかサッパリわからないけど、お前の怒り方がなんだか…」
そこまで言って、彷徨は口を閉じた。
「なんだか、何よ」
「いえ、なんでもありません」
彷徨は、じとっと見つめる未夢に手をひらひら振って、何とか誤魔化そうとしている。「かわいかった」と素直に言えば、状況も良い方向に変わるだろうに。
「で、どんな夢見てたんだ?」
「へ?夢??」
「オマエなぁ、ここでずっと寝てただろ」
「あ……」
(そっか、夢だよね)
あははと笑って誤魔化す未夢を見ながら、彷徨は肩をすくめた。
「『春宵一刻値千金』」
「…?」
「そんな時間に見た夢だから、いい夢だったろ?」
にやりと笑う彷徨に、未夢は笑って抱きついた。
「うん、大切なことに気付いた」
何?と問う彷徨にんべっと舌を出して、未夢は夢の続きを思い描いた。
(あの夢の続きでも、きっとこうしてるよね)
えへへと抱きついてくる未夢に、彷徨はおずおずと口を開いた。
「あのさ、未夢」
「ん?なに?」
「なんで今日は、こんなに密着してくるわけ?」
「へ?」
「いや、その、なんだ…一緒に住んでるのは確かだけどさ……」
あれ?と未夢が考え込む。
(そ、そうだよね。なにも彷徨から告白されたわけじゃないし、私から告白したこともないし、彷徨と結婚する夢を見ただけで、彷徨が私をどう思ってるかとか、そんなことは、全然確かめて…ない…よね……?)
さーぁっと血の気が引いた。
(じゃ、私がこうして抱きついてるのって……)
あわてて離れようとする未夢を押し留めて、彷徨が言った。
「いいよ、別に嫌じゃないし」
「…ほ、ほんとに?嫌じゃない?」
ふっと彷徨が笑った。
「春宵の夢」
「え?」
「未夢が嫌じゃなければ、そう思ってればいい」
照れくさそうに言う彷徨に、未夢の笑顔がこぼれた。
(やっぱり、夢の続き…かな?)
にっこりと、未夢が笑った。
いつか、あの夢が現実になったら、神様だけではなく、世界中の、いや、宇宙中のすべてのものに誓おう。ずっと彷徨のそばにいますと、はっきりと……
だから今は、幸せな夢に酔っていよう。春の宵に、彷徨と二人で見る、幸せな夢に。
もっと練った方がいいよな〜と思いつつ、とっくの昔に春も過ぎておりますのでUP決行(^^;
実はこれを描いている途中で手が止まりました。ははは、なぜかこれのパロディ版が途中まで書いてあったりして…(;^^A あやうくパロディ版のほうが先にでき上がりそうな勢いでしたが、そんなことはありえないと、本編を先に書きましたよ。なにやら、途中からパロディ要素てんこ盛りになってしまいましたが。
勢いだけで書いた小説ですが、楽しんでいただければ幸いです。
(追記)
パロディ版、公開いたしました。楽しむ以前に疲れる出来具合…のような気がする(^^;