桜貝に似たぬくもり

作:英未


李帆しゃんHP「Little Magic」クリスマス企画参加作品(2002年)

                          20021203 story-11
                          20031222 加筆修正



 
 夜中だというのに、居間の明かりがついている。
 そっと未夢がのぞいてみると、こたつで横になっている彷徨が目に入った。

(めずらしい。こんなとこで寝てるなんて)

 起こさないように気をつけながら、そおっと彷徨の顔を覗き込む。

(なんか、かわいい)

 そう思った瞬間、彷徨と目が合った。

「き……」

 きゃー と叫んだつもりだったが、彷徨の方が早かった。未夢の口を手で押さえると、はぁ〜とため息をついてささやく。

「バカか、未夢? 大声出したらルゥが起きるだろっ」
「そ、そんなこと言ったってびっくりしたんだもんっ」
「人の顔覗き込んどいて何言ってんだよ」
「う、べ、別に覗き込んでたわけじゃ… 具合でも悪いのかなって、えーと……」

 しどろもどろに言い訳をする未夢を横目で見ながら、彷徨は再びため息をついた。

「で、なんでこんなとこにいるんだよ?」
「のどが渇いたから……って、彷徨のほうこそなんでこんなとこで寝てたのよ?」
「オレはルゥが寝付くのを待ってただけ。いつのまにか眠っちまったけどさ」

 あ、と未夢が手をたたく。

「そっか、サンタさんのプレゼント……」
「忘れてたんだろ?」
「え? あははは……」

 笑ってごまかす未夢を、彷徨は しょうがないな という目で軽くにらんだ。

「だって、あんなことがあったから、なんか疲れちゃって……」
「たしかに、否定はしないけどさ…」
「ものすごかったもんね〜」
「ま、あいつらが突然押しかけてくるのはいつものことだけど」
「クリスちゃん、いきなり妄想モードだったもんね……」



 それは、未夢、彷徨、ルゥ、ワンニャーの四人でクリスマスパーティーをしていたときだった。ちょうど未夢が、手編みのマフラーを彷徨たちにプレゼントしているときに、クリスたちが乱入してきたのだ。

『まぁ、なんだか新婚さんが初めて迎えるクリスマスのようじゃございません〜?
愛するだんな様に手編みのマフラー。“彷徨、これ使ってね”“ありがとう、未夢。まるで未夢が抱きしめてくれてるみたいにあったかいよ”“やだ、彷徨ったら”“じゃ、今度はオレが未夢をあたためてやるよ”“彷徨・・・”“未夢・・・”そう言って未夢ちゃんは彷徨くんの腕の中・・・。ゆ、許せません、許せませんわーーーーー! うがーーーーー!』



「あれにはまいったよね〜」
「三太は三太でテンション高いし……」
「望くんは相変わらず踊ってるし……」
「小西はネタを探しまわってるし……」
「ななみちゃんは…、とにかく食べてたよね…」

 そんなこんなの毎度の展開で、二人はぐったりしていたが、

「でも、楽しかったよね」

 ルゥも変身したワンニャーも、大はしゃぎの楽しい夜だった。

「あれだけはしゃげば、ルゥくん、ぐっすり眠ってるんじゃないの?」
「ああ、プレゼントを置くのに気づかれずにすむな。それにしてもさ、今夜はあちこちの家で似たようなことやってるんだろうな。…ったく、親になるのも大変だよな〜。」
「とか言って、楽しそう。……あーーーーー!」
「なっ、なんだよ急に」

 未夢が彷徨に向かってにっこり微笑む。

「彷徨、お誕生日おめでとっ!」
「な、なんだよ、いきなり……」
「だって、夜中の12時過ぎてるもん♪ あれ? 彷徨、風邪ひきかけてるんじゃないの? なんか顔が赤いよ???」

 首をかしげながら、未夢はじっと彷徨を見つめている。

「……気のせいだよ。そんなことより、このプレゼント!」
「うん。早くルゥくんに持って行ってあげよう!」

 二人は目を合わせると、そっとルゥたちの部屋へ向かった。





    ◆     ◆     ◆





 そっとルゥたちの部屋の戸を開けた。
 ルゥもワンニャーもよく眠っている。
 すやすやと眠るルゥを見ていると、なんだかあたたかい気持ちになる。

「よく寝てるな」
「目が覚めたら、ルゥくん大喜びかな?」
「そりゃ、サンタさんに来てほしい一心で、あんなにいい子にしてたんだもんな」
「かわいいよね〜。でも、ルゥくん、なんでサンタさんのこと知ってたんだろ?」
「ももかちゃんに聞いたんだろ?」
「そっか〜。子供って親の知らないところで成長してるんだね〜」
「おまえ、すっかりルゥのママだよな」
「彷徨だってルゥくんのパパしてるじゃない」

 二人は顔を見合わせて笑った。

「あのさ、未夢、あの騒ぎで渡しそびれてたんだけど……」

 そう言って、彷徨はそっと包みを未夢に手渡した。

「え? クリスマスのプレゼント、用意してくれてたの? うれしいー! ね、開けていい?」

 どうぞと彷徨が目配せするのを見て、未夢はわくわくしながら包みを開けた。出てきたものは……

「『サルでも分かる数学問題集』???」
「しかも未夢専属の講師付き」
「え? うそ? どんな人?」
「こんな人」

 まじめな顔をして、彷徨は自分を指差す。

「……あのね」
「あのマフラー、テスト勉強そっちのけで編んでくれたんだろ?」

 めずらしく、彷徨の表情がやさしい。口調までやさしい。だからかもしれない。いつもなら、バカにしてるとケンカになるところだろうけど、今夜はやけに彷徨の言葉が違って聞こえる。

「それにさ……」
 
 彷徨の瞳がゆれる。そっと未夢の髪をなで、すくい上げると、ゆっくり未夢の髪に口付ける。

「似合うと思ったんだよな……」

 バサッと未夢は問題集を取り落とした。あまりにも唐突に、あまりにも甘い彷徨の行動に、未夢の心臓はどきどきしていた。

(似合うって……、何が?)

 彷徨、と声をかけようとしても、声にならない。とりあえず、落とした問題集を拾おうと手を伸ばしたとき、何かがそこからこぼれ落ちた。

「え? これって、リボン??」

(似合うってこれのこと?)

「それ、ここじゃ薄暗くて分かんないだろうけど、桜貝みたいな色なんだ」
「桜貝……」

 ゆっくりと、咲きこぼれるように未夢が微笑む。

「覚えててくれたんだ」

 夏の海辺、月明かりの中で彷徨が見つけてくれた桜貝。未夢のために探してくれた桜貝。

「未夢も覚えてたんだ」
「当たり前じゃない! 本当にうれしかったんだからっ」

 しっ と彷徨が人差し指を口に当てる。

「未夢、声でかい……」
「ご、ごめん。だ、だけどね、それくらいうれしかったのっ」

「あの時の未夢、めずらしく素直だったよな」
「彷徨だって、めずらしくやさしかったじゃない」
「…普段も冷たくしてるつもりはないけど?」

 彷徨の瞳がうながすように揺れる。
 未夢の瞳が淡い期待に揺れる。
 ひそひそと話しているので、二人の顔は自然と近づいていた。
 間近にそんな彷徨の瞳を見て、間近にそんな未夢の瞳を見て、二人は思わず顔をそらした。

(今、なんか時間が止まったみたいだった……)

「あ、あのねっ、彷徨、誕生日プレゼント、何がほしい?」
「もうマフラーもらったのに?」
「あれはクリスマスプレゼント。ほんとはね、誕生日は誕生日で何か用意したかったんだけど……」
「いいって、そんなの」
「だけどっ、何かしてあげたいんだもん」

(こんなに心があったかいから……)

 彷徨が、あの夏の日のことを覚えていてくれたから……それが未夢の心をどんなにあたたかくしてくれているか、彷徨は知っているのだろうか。……たぶん、知らない。だから伝えたい。知ってもらいたいと未夢は思った。

「本当に何でもいいのか?」

 彷徨の瞳がいたずらっぽく揺れる。

「う、そりゃ、できないこともあるけど…」
「じゃ、しばらくの間でいいから…」

 そっと彷徨は未夢の肩を抱き寄せた。

「冷えてきたし、カイロの代わりになってもらおうかな」
「カイロ〜?」
「あ、なんか不満そう」
「べつに〜〜〜」

(一瞬期待したのがバカみたいじゃないっ!)

「あったかいよな」
「え?」
「…なんでもない」

 ふっと笑って彷徨がささやいた。
 ふっと笑って未夢がささやいた。

「あったかいよね」
「え?」
「な〜んでもない」

 目を合わせて微笑むと、未夢はそっと彷徨にもたれかかった。

 未夢の体温を感じながら、彷徨の体温を感じながら、二人はそっとルゥを見ていた。



「ルゥくん、楽しい夢を見てるといいね」





    ◆     ◆     ◆





 彷徨のやさしさがうれしい未夢。
 未夢のぬくもりがうれしい彷徨。
 そんな二人に見守られて眠るルゥ。
 誰かが誰かのためにやさしくなれるクリスマス……。
 クリスマスってなんてすばらしい!と思いつつも、ワンニャーの瞳には、別の意味で熱いものがこみあげていた。



(未夢さんと彷徨さんがいい雰囲気でいらっしゃいますから、ぶち壊してはいけないとずっとガマンしておりましたけど…… 物事には限界がございます〜〜〜。ワタクシ、もうこれ以上ガマンできません〜〜〜!)

 二人に気付かれないよう、ふとんの中で息を殺しながら、ワンニャーは心の中で叫んでいた。

(うっ、うぅっ、うだぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!! ワタクシをお手洗いに行かせてくださーーーーーーーいぃっっっ!!!)





 ……西遠寺中に未夢の悲鳴が響くまで、あと5秒。







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