作:英未
はらはらと桜の花びらが散っている。
一つ、また一つ・・・ 風が吹くたび辺りを漂い、はらはらと舞い落ちる。
晴れわたった空に薄桃色の桜の花。きれいで、でもなんだか悲しげで、ときどき涙がこぼれそうになる。そんな西遠寺の桜の花・・・
「未夢、ここにいたのか」
ルゥとワンニャーがオット星に帰って間もない頃、未夢も帰国した両親のもとへ帰って行った。そして、ときどき西遠寺へ遊びにやってくる。今日も西遠寺の桜が見たくて、そして彷徨の顔が見たくて、ここへ来ていた。
「ん、きれいだなぁって・・・」
未夢が桜を見上げる。つられて彷徨も桜を見上げた。枝を広げ、二人を包み込むかのように花を咲かせる見事な桜の木。高台の西遠寺からは、この桜のほかにも町中の桜が見渡せる。その様子はまるで町中がほんのりほほを染めているようで、自然となごんでくる。町中が桜色の夢を見ているような、のどかな風景・・・
「・・・あれから何年だっけ」
遠い目をして、未夢がぼんやりつぶやいた。
あれは葉桜の頃・・・。未夢は彷徨とルゥとワンニャーの四人で、この桜の根元にタイムカプセルを埋めた。お別れのときに約束したのだ、十年後に必ずこの四人で、タイムカプセルを開けようね、と。
(本当に、ルゥくんたちにまた会えるのかな・・・)
気休めの約束だなんて思いたくない。でも、遠いオット星にいるルゥたちが、本当に地球へやって来られるのだろうか。地球へ来ることは、危険なことではないのだろうか・・・
未夢の気持ちに反応したように、桜の花びらがそぞろに漂い、はらりと落ちた。
もう会えないのかもしれない。タイムカプセルは、永遠に埋められたまま開けられることはないのかもしれない。不安はとめどなく押し寄せてくる。
また一つ、はらり、と花びらが落ちた。
「泣くなよ、未夢」
彷徨の言葉にはっとして、未夢は涙をぬぐった。
「ルゥたちは、必ず帰ってくるよ」
彷徨が桜を見上げながら言った。
「約束しただろ?」
「・・・だけど、だけど、オット星はとっても遠いのよ? そんな遠くから、安全に地球に来ることはできるの? もし、とっても危険なんだったら・・・」
(会えなくてもいい。無事でいてほしい・・・)
未夢の表情がくもる。会えないのは悲しいけれど、ルゥたちが危険にさらされるくらいなら、会えなくてもいい。無事でいてくれる方がよっぽどいい。でも、できることなら・・・
(会いたい・・・)
「なぁ、未夢・・・」
彷徨がやさしく話し出した。
「オット星の科学って、地球とは比べものにならないくらい進んでるんだろ? だったら、ルゥたちがここへ来る頃には大丈夫なんじゃないか?」
だろ? というように、彷徨が未夢を見る。
「それに、ルゥとワンニャーは、未夢を悲しませるようなことは絶対にしない」
「・・・!」
「ルゥの本当のママはオット星のママだけど、ルゥにとっては、未夢も大切なママなんだから、絶対に未夢を悲しませるようなことはしないよ」
泣き出す未夢に、彷徨はそっと手を伸ばした。そおっと肩を抱き寄せ、未夢の髪をなでる。彷徨の腕の中で、未夢が泣く。かつて、未夢がルゥたちとの別れを前にして涙をこらえきれなくなったとき、彷徨がそれを受け止めてくれたように、今も未夢の涙を、彷徨が受け止めてくれている。ただ違うのは、今流している涙は、悲しみの涙ではないということ・・・
「あれから何度目の桜なんだろうな」
未夢の髪をなでながら、彷徨が桜を見上げる。
彷徨の問いかけに答えるかのように、桜の花びらがひらひらと舞い降りた。一つ、また一つ・・・
彷徨の腕の中で、未夢が微笑む。
「分かってるくせに・・・」
一日千秋の思いで二人の帰りを待っているのは、彷徨も同じだから・・・
「へーっ、めずらしくさえてるじゃん」
ふざけて、彷徨が腕に力を込める。抗議するように、未夢が彷徨の名前を呼ぶ。ひらひら舞い降りる桜の花びらの中、二人の気持ちは同じだと、お互いに確信していた。
「「早く会いたい・・・」」
二人の言葉がシンクロして、お互いに顔を見合せた。
「会いたいな」
「会いたいね」
こつんとおでこを合わせて、彷徨が未夢の目を見る。それに応えて、未夢も彷徨の目を見る。
「彷徨、またこの桜を一緒に見ようね」
「今度は葉桜のときに・・・だろ?」
「さっすが彷徨さん、よく分かってるじゃない」
くすくすと笑いあい、二人は桜の木を見上げた。ひらひら、ひらひら、花びらが舞い降りる。二人の気持ちに応えるかのように、軽やかに、なごやかに・・・
このストーリーを書いたのは3月でした。まだ桜の花は咲いていなくて、想像して書いたんですよね。でもタイトルは「葉桜の頃」(笑)
やさしい夢の中にいるような、そんな雰囲気を感じていただけたらうれしいのですが、私の文章力ではまだまだ・・・。でも、少しでも皆様が優しい気持ちになってくださったらうれしいです。
最後までお付き合い頂いて、ありがとうございました。