作:英未
※ギャラリーにて我が家のタチアオイの写真を公開しております。どうぞご参考に…
ころんと寝返りをうった。これで何度目だろう。
(眠れない……)
ため息をつきながら目を閉じてみる。が、それもつかの間、はじかれたように起き上がった。鼓動が異様に速くて、顔が熱い。ドキドキする胸を押さえて、妄想を払うかのように首を振ってみる。
(どうして…… 目を閉じただけで彷徨の顔が浮かんでくるなんて、これじゃ眠れないじゃない)
会いたくて会いたくて仕方なかった。
離れて暮らしているから、いつも彷徨のことが気にかかる。元気にしているのだろうか、自分のことを思い出してくれているのだろうか、ひょっとして、自分ではない誰かに心を寄せているのではないだろうか…… 確かめたくて、それ以上に彷徨の顔を見て安心したくて、西遠寺にやってきた。そして、今日はそのままお泊りコース。
(よかった)
自然に顔がにやけてくる。
雨上がりの庭で、彷徨と一緒にタチアオイの花を見た。
彷徨の大切な思い出の花。そんな花を、彷徨と二人で見ていた。
彷徨の腕の中で、未夢はとても幸せだった。
彷徨が自分を必要としてくれるから。
彷徨が自分を抱き寄せてくれるから。
彷徨が自分を大切にしてくれるから。
そして、彷徨が、笑ってくれるから……
いつまでも、彷徨を見ていたかった。
また離れ離れになるのだから、できるだけ長く、できるだけ近くで、彷徨を感じていたかった。
(けどね…)
未夢は肩をすくめて、小さく笑った。
「いくら西遠寺にお泊りだからって、宝晶おじさんの手前、彷徨と朝までいっしょにいたいなんて、言えないよね〜」
数秒後、自分が発した大胆な台詞に、未夢は噴火のような勢いで突っ伏していた。
(……つまり、興奮しすぎて眠れないんだよね)
ひとつ屋根の下……そんな言葉が脳裏をよぎる。大好きな人と、ひとつ屋根の下。その言葉が、なんだか甘く、妖しく響いて、ますます顔が熱くなる。
ふぅ、とため息をついて、再び横になってみたものの、目を閉じると間髪いれずに彷徨の顔が浮かんでくるものだから、恥ずかしくなってすぐに目を開けてしまう。久しぶりに見た彷徨の寝顔、いたずらっ子のような笑顔。いじわるだったり、急に優しかったり、いつもどきどきさせられる。
そして、彷徨に抱きしめられて、安心する自分がいる。
今だって、できることなら…………
ほんの少し、悲しくなった。
「よぉしっ!気分転換!」
ガバッと起き上がると、未夢はそっと部屋を出た。
◆◆◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆◆◆
真っ暗な庭に下りて、未夢はタチアオイを見てまわった。
花も眠るのだろうか、夜でもイキイキと花開いているものもあれば、心持ち閉じているものもある。
さわ、と、心地よい風が通り過ぎた。
「あれ?」
そんな風に乗って、ふうわりと淡い光が横切った。
(な、ななななな、な…に…?)
淡く灯ったり消えたりしながら、それはタチアオイの花に挨拶するように光っている。
「あ、ホタル!」
ぽんと両手を合わせて、未夢は嬉しそうに光を目で追った。
「きれーい! なになに?タチアオイを見に来たの?」
しばらく目を輝かせてホタルを見ていた未夢の顔が、ふっと曇った。
(彷徨と一緒に見られたらなぁ…)
いくらなんでも、こんな真夜中に、彷徨の部屋へ行くわけにもいかない。それにきっと、もう眠っているだろう。
少し泣きたくなった。
彷徨は、たしかに未夢のことを大事に思ってくれているし、側にいろと言ってくれるけれど、これだけは自信を持って言える。
「絶対、彷徨より私のほうが、“好き”って気持ちが強いもん!」
なにかにつけ、未夢はそう思う。彷徨がもう少しやきもちやいてくれたり、強引になってくれたりしたら、そんなふうに思わないのかもしれない……
「でも、そんな彷徨って、想像つかないんだよね…」
それに、度が過ぎるとなんだか望くんみたいよね……そんなことを思いながら、未夢は乾いた笑いをタチアオイに向けた。タチアオイで休憩中のホタルが、「同感」というように光っている。
「思いが通じたら通じたで、いろいろあるんだ……」
ポツリとつぶやいたひとり言に、彷徨の声が重なった。
「未夢、こんな夜中になにやってんだ?」
「か、彷徨!?」
言い訳をする暇もなく、彷徨が近づいてくる。「ん?」と顔をのぞきこんでくる彷徨に、未夢はどぎまぎするばかり。
「か、彷徨こそ、なんで?」
「あ、ホタル」
未夢の問いかけには答えず、めずらしいものでも見るかのように、彷徨はホタルを手にとまらせている。
「ほら」
そんな彷徨の行動に、未夢は少しがっかりした。
なにも甘いことを期待していたわけではないけれど、こうして偶然一緒にいられることを、もっと喜んでくれたらいいのに……
けれど、そんな未夢の気持ちは、彷徨のひと言で消え去った。
「未夢と一緒にホタルを見られるとは、思いもしなかったな」
ふっと笑う彷徨の横顔を、未夢はドキドキしながら見つめていた。
(一緒にいられることを、喜んでる…?)
そんな未夢の視線に気付いたのか、彷徨の目が問いただしてくる。
ゆっくり首を振って、未夢はにっこり笑った。彷徨の言葉で自分はとてもうれしくなったというのに、逆に彷徨は、「なんなんだ?」といった表情を浮かべているのが、未夢にはなんだかおかしかった。
「きれいだね」
そういった未夢の目の前を、ふうっと別のホタルが横切った。
「あ…」
そのホタルは、何かを探すようにゆっくりとタチアオイの周りを飛んでいる。
ふいに、彷徨の手から、ホタルがふわりと飛び出した。
二匹のホタルは、お互いを確認するように近寄ると、タチアオイの周りをまわり、未夢と彷徨の周りをまわって、夜空に消えていった。
「行っちゃったね……」
「水辺でもないのに、こんなとこをホタルが飛んでるなんて、めずらしいよな」
「…きっと、待ち合わせしてたんだよ」
(恋人同士かな…)
うらやましそうに言った未夢の言葉は、彷徨の耳に届いたのか届かなかったのか、彷徨は何も言わず、夜空を見つめていた。
◆◆◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆◆◆
さわ、と、風が二人の間を通り過ぎた。
何も言わず、二人は視線をタチアオイに向けた。
昼間、二人で見たタチアオイ。
彷徨が未夢を抱き上げて、さらに約束を交わした。このタチアオイの前で。
どちらからともなく、そっと二人は手を握った。
「寝つけなかったんだよな…」
照れくさそうに、ぼそっと彷徨が話し出す。
え?と未夢が彷徨を見た。
「だから、未夢が西遠寺にいるんだと思ったら、その、なんて言うか……」
ふいと未夢の視線をはずして、彷徨が言った。心なしか、顔が赤くなっている気がする。
「あ、あのね、私も、寝つけなくて……」
かぁーっと、夜目にも分かるほど、未夢の顔が赤くなった。
「ほんとは、朝までずっといっしょにいたかった…」
「親父の手前、そんなことも言えないし…」
「寝ようと思っても、ひとつ屋根の下なんだって思ったら寝つけなくて…」
「まさか夜中に未夢の部屋に行くわけにもいかないしさ…」
「とりあえず落ち着こうと思って…」
二人は、顔を見合わせた。
「タチアオイを見に来た?」
「彷徨も?」
ふいに彷徨が未夢を抱き寄せた。
彷徨の腕の中で、未夢がそっと目を閉じる。
(同じこと、考えてたんだ…)
うれしかった。彷徨が自分と同じ気持ちでいてくれて、うれしかった。
「けど、問題がひとつ」
彷徨が深刻そうに言った。
「問題???」
「これじゃますます寝つけない気がする……」
「そ、そうかも……」
顔だけでなく、体中が熱くなっている。こんな状態ではとても眠れそうにない
(でも……)
未夢はますますうれしくなった。もう顔が自然とにやけてしまって、とても彷徨には見せられない。それならば、朝までこうしていてもいいとさえ思う。それくらい、一緒にいたい。いつかではなく、今現在、こうして一緒に……
「まさか、朝までこうしているわけにもいかないしな」
そんな彷徨の言葉に抗議するように、未夢はぎゅっと彷徨にしがみついた。
驚いたように、彷徨が未夢を見る。
「期待通りの反応でうれしいんだけどさ」
にやりと彷徨が笑った。未夢はといえば、さらに顔を赤らめている。
「…ほら、未夢?」
うながすように、彷徨が未夢の背中をぽんとたたいた。
「彷徨は…それで……いいの?」
消え入りそうな声で、未夢が問う。
一瞬、彷徨の腕に力がこもった。
けれど、ため息と共に力を抜くと、少し考えて、彷徨は口を開いた。
「じゃ、こうしよう」
「え?」
彷徨が未夢の耳元でささやいた。
「待ち合わせは真夜中、タチアオイの前で」
驚いたように、未夢が彷徨を見つめる。
「ホタルに負けてるってのも考えものだしな」
ぼそっと漏らした彷徨の言葉に、未夢の顔が輝いた。
「彷徨…」
どきどきする。わくわくする。彷徨と秘密の待ち合わせ。うれしくてうれしくて、待ちきれないのではないだろうか。
「ん?でも……」
はた、と、未夢は考えた。
「それって、今日もお泊りしろってこと?」
「真夜中の待ち合わせだしな」
「…学校、どうするのよ」
「朝帰りだな」
「ちょっ、朝帰りって、できるわけないでしょーーー!」
「人間死ぬ気でやればできるもんだ」
「あーのーねー!そういう問題じゃないでしょ!」
「頑張れよ、未夢♪」
(なんか、強引…… でも……)
またにやけてきた。たしかに、もう少し強引でもいいのにと思ったけれど。いったい今日の彷徨はどうしたんだろう。まるで未夢の心が読めるみたいだ。
困りつつもなんだかうれしくて、どんな態度をとればいいのか分からない。
「『待ち合わせは真夜中、タチアオイの前で』…ね?」
幸せそうに確認する未夢に、彷徨はそっと顔を近づけた。
「朝帰り決定だな」
「う、もう少し考えます」
彷徨の肩越しに見えたタチアオイが、未夢に朝帰りをすすめるように、揺れている。タチアオイまでもが彷徨の味方をしているようで、未夢は思わず、くすっと笑った。
(彷徨のお母さんは、やっぱり彷徨の味方なんだ)
彷徨の思い出の花が、いつのまにか未夢にとっても大事な思い出の花になっていることがうれしくて、未夢は彷徨に、にっこり笑いかけた。
小説を公開するのは約9ヶ月ぶりですか… もう(精神的に)書けないかと思っていましたが、書けたものの、やはり面白味にかける表現になっていますね。淡々というか、無機質というか… でもこれが精一杯。それでも、彷徨と未夢の世界を感じていただければ、大変嬉しゅうございまするm(__)m
ちなみに、仕上げるつもりのポスターを無視して、これを描きました(汗) あぁ、すっかり日が暮れてしまって…(というレベルの時間ではないですね) 「人間死ぬ気でやれば」と息子(彷徨)が申しておりますので、お母さん、頑張ろうかなぁ(^^;