作:英未
※プチみかん祭参加作品(2003)
「ルゥくん、明日はももかちゃんたちと花火だよっ。楽しみだね〜」
「あい、マンマ」
「そうだっ、明日着る浴衣を出しておかないと・・・。え・・・と、どこにしまったっけ?」
未夢の声が彷徨の部屋にまできこえてくる。
(あいかわらずにぎやかだな、未夢のやつ・・・)
まったく、女ってのはどうして着るものにいちいちうるさいのだろう。これだから、女は面倒だ・・・。
やれやれと、彷徨は肩をすくめて、ふと母を思い出した。
(浴衣か・・・)
ちょうど今頃の季節だったか・・・。まだ彷徨が小さかった頃、母はよく浴衣を着ていた。いつも・・・というわけではなかったが、なぜか時々うれしそうに浴衣を着ていた母を、今でもよくおぼえている。
『彷徨はこの浴衣の柄が大好きなのね』
そう言って、母は彷徨に微笑んでくれた。
(ちょっとちがうよ、母さん・・・)
たしかに、きれいな柄だった。でも、だから大好きだったわけではない。その浴衣が母にとても似合っていたから・・・。その浴衣を着た母は、とてもきれいだった。でも、幼かった彷徨には、そのことを母にどう伝えて言いのか分からなくて、そのたびに浴衣をぎゅっと握りしめていたのだった。
(親父も大好きだったんだよな・・・)
ふっと彷徨の表情がゆるむ。浴衣を着た母を前にして、父はいつも照れくさそうに、まぶしそうに母を見ていた。
『よく似合っている・・・』
父がそう言うと、母はいつもはずかしそうに笑って、父のその言葉をよろこんでいた。父がそう言うたびに、彷徨の頭をなでる母の手が、熱く、やさしくなっていたから・・・。そのことは、まだ幼かった彷徨にもよく分かった。そして、そんな父と母を見ると、自分もなんだかうれしくなった。
(そんなこともあったな・・・)
なぜ母がときどき浴衣を着ていたのか、今になってなんとなく分かったような気がする。
(きっと、親父に見せたかったんだ・・・)
いつもと違う自分を見てほしくて、ほめてもらいたくて・・・。そして、父もそんな母の姿を見るのを楽しみにしていたように思える。
お互いが、特別なひとだったから・・・。
その「特別」を、時々確かめ合っていたのかもしれない。「浴衣」という形で・・・。
*****
「どーしよ」
未夢の声に、彷徨ははっとした。
「やっぱり見あたらないっっ」
どうやら、未夢はまだ浴衣を探しているようだ。あの様子では、きっと未夢の家においてきたのだろう。そう思い、彷徨はすっと腰を上げた。
「浴衣・・・か・・・」
そっと隣の部屋に入る。母が生前使っていた部屋・・・。
ためらいがちに、彷徨はたんすの引き出しを開けた。
(借りても、いいかな・・・)
ちらっと母の写真に目をやると、彷徨はゆっくりと浴衣に視線を落とした。
母のお気に入りの浴衣・・・。
これは、たいせつな、思い出の浴衣・・・。
でも・・・
答えを求めるように、彷徨はもう一度母の写真を見た。
「え・・・?!」
写真の中の母が、いたずらっ子のような眼で彷徨を見ている。
『未夢ちゃんに着てもらいたいのでしょ?』
すっと彷徨のほほに赤みがさす。
写真の中の母が、そんなふうに言っているように、彷徨には思えた。
「え・・・と、未夢が浴衣を着たいって言ってるけど、どうも家においてきたみたいだし・・・。ちょっと母さんに借りてもいいかなって・・・」
いいわけのようにつぶやいて、彷徨は苦笑した。
いったい自分は、誰にいいわけしているのだろう。母がきいているわけでもないのに。
もう一度、彷徨は母の写真を見た。
彷徨の反応を楽しんでいるかのような表情で、自分を見つめ返している母の写真・・・。
「・・・降参」
彷徨が笑った。
『この浴衣が似合うのは、母さんと、未夢・・・だけだと思う。だから・・・、未夢にも着てもらいたい・・・』
そんな彷徨の声が母に届いたのかもしれない。
『いいわよ。未夢ちゃんは彷徨が選んだ女の子だものね』
はっと、彷徨は写真を見つめ返した。
聞こえるわけがない。そんなことあり得ない。
でも、彷徨には、母がそんなふうに言ってくれたように思えた。
「ありがとう、母さん・・・」
*****
「どーしよ。あした浴衣着たいのにっっ。家においてきちゃったよーっっ」
彷徨が未夢の部屋へ行くと、中からがっかりしたような未夢の声が聞こえた。
「それ着ろよ」
ばふっと浴衣を未夢に投げつけて、彷徨はスタスタと自分の部屋へ戻る。
「浴衣っ!」
未夢のおどろいたような声を背中に受けながら、彷徨は部屋へとむかう。
なんて声をかけていいのか分からなくて、とっさに浴衣を投げつけてきてしまったけれど、未夢はちゃんとあの浴衣を着てくれるだろうか。他の誰にでもなく、彷徨に見せるために・・・。
すっと、彷徨の表情が険しくなる。
・・・未夢は、母が父に見せていたように、「特別」な姿を、自分に見せてくれるのだろうか。
・・・たぶん
ゆっくりと、彷徨の表情がゆるんでいく。
なんだか、顔が熱い。
(なに考えてるんだろう・・・)
顔の熱を冷ますように、ぱたぱたと手であおぎながら、彷徨はゆっくり目を閉じた。
未夢は気づくだろうか。彷徨が、母の浴衣を未夢に貸した理由(わけ)に・・・。
(にぶいからな・・・、あいつ・・・)
ふっと目を開くと、ルゥが自分をのぞきこんでいる。
「ル、ルゥッ!」
「パンパ?」
自分の考えがルゥに筒抜けだったかもと、彷徨は一瞬あせったが、くすっと笑うと、きょとんと自分を見つめるルゥを抱いてつぶやいた。
「なあ、ルゥ。未夢はあの浴衣を着てくれるかな?」
「・・・マンマ?」
さらにきょとんとして、ルゥが彷徨を見つめ返す。
「・・・気づくかな、あいつ」
誰にともなくつぶやいた彷徨の言葉に、ルゥが元気に返事をした。
「きゃーいっ!」
その瞬間、彷徨が破顔した。
・・・明日、未夢がその理由(わけ)に気づいたら、素直に言おう。
『似合っている』と、ちゃんと、素直に・・・。
私は、彷徨のお母さん(瞳さん)に憧れています。「彷徨のお母さん」というだけでも尊敬に値しますが、コミックでもアニメでも、出演回数はたいした数ではないのに、なぜか私のなかでは「すてきな女性」というイメージが定着していて、きっとやさしくて、あたたかく包み込むようなお母さんだったにちがいないと思えるのです。で、彷徨みたいに、ちょっといたずらっぽいところがあると・・・(笑)。
私のなかでは、瞳さんは、宇宙からあたたかく包み込むように地球を見ている・・・、そんなイメージが浮かび上がります。そんな瞳さんと一緒に、いつまでも彷徨を見ていたい。彷徨のよろこぶ姿も悩む姿も、未夢とのほほえましいやりとりも、全部全部、すべてが彷徨の幸せにつながっていると信じて・・・。