作:ちょび
あの子は、誰だったんだろう・・・。
生きることをあきらめようとしていたわたしに
希望をくれた子。できれば、もう一度会いたい・・・。
それは、今から5年前のこと。当時のわたしは心の弱さから、病気になって、県立病院に入院していた。
「やあ、未夢さん。今日は体調はどうですか?」
彼は、わたしの親友・あきらの弟で、西遠寺彷徨という。二つも年下でありながら、腕利きの医者として活躍している。
「ごめんね、彷徨くん。いつも気にしてもらっているのに、いっこうによくならなくて。あきらやおじさまは変わりない?」
「・・・心配してますよ、アネキも親父も。未夢さんの病気は心からきてるんです。あなたが生きようと思わなければ、どんなに治療しようとも 治りっこありません。まだ、みずきさんのことが忘れられないんですか。」
わたしは、何も答えなかったが、彼の言うことは真実だった。両親を幼いころに失くし、裕福な祖父の家に引き取られたため、生活には不自由しなかったけれども、心の中にはいつも隙間風が吹いていた。 そんなわたしに春の日差しのようなあたたかさをくれた人・・・山村みずき。
彼に初めて会ったのは、大学の入学式だった。三つ年上の彼は、サークルの部長をしていて、彼に誘われるままにふらっと、そのサークルに入った。
・・・サークルは、楽しかった。わたしはテニスなんて初めてだったけれど、みずきさんは丁寧に教えてくれて。
いつのまにか、わたしたちは愛し合うようになっていた。そして、去年の5月に結婚するはずだったのだ。
彼が、生きていたのならば・・・。
あの日、結婚式の打ち合わせのために、彼を待っていたわたしに、あきらから電話が入ったのだ。 みずきが死んだのだと。
急いで、病院に行ったわたしの目に写ったのは、冷たくなって動かなくなった、愛しい人の姿だった。
もう、どんなに呼んでも、彼は応えてくれない。抱きしめてくれることもない。
そして、それ以来、わたしの時間は止ったままだ。
「・・・未夢さん」
黙ってしまった未夢を彷徨は強く抱きしめた。
「!」
「・・・俺は、未夢さんのことが好きです!だから、死んでほしくない。できれば、俺のそばで笑っていてほしいけど、未夢さんを困らせたくなかったから、言うつもりはありませんでした。でも、今の未夢さんをほうっておけない。」
「彷徨くん・・・。ごめん、ちょっと、ひとりにして。」
哀しげな微笑を浮かべながら、彼は病室を後にした。
彷徨くんが、わたしのことを想っていてくれたなんて・・・。わたし、いったいどうすればいいの?
「どうして、あの人をふっちゃったの?」
気がつくと、そこには茶色の髪の少年が立っていた。
「俺の名は、蒼月。ねえ、どうして
あの人をふっちゃったのさ。
そんなに、あの人がキライなの?」
「違うの・・・。ただ、死んだあの人を忘れて、幸せになるなんて、今のわたしにはできないから。」
「・・・じゃあ、あの人が他の人と付き合うようなことになったら、どうする?なんにも感じない?」
彷徨くんが、他の人と・・・いや!そんなの。
だって、彼は、わたしの・・・。
あたしは、自分の考えにおぞましささえ、感じた。自分がこんなにも、我侭で、醜い心の持ち主だったなんて・・・。
「・・・そんなことないよ。彼を、誰にも渡したくないと思ったんでしょ?それはきっと、あなたの心が癒されつつある証拠だよ。誰にも恥じることなんてない。きっと、亡くなった彼も、あなたが幸せになることをのぞんでいるよ。」
今まで、同じことを何度も言われたけれど、納得するこができなかったのに、蒼月くんの言葉は魔法のように心の中にしみていった。
「・・・もう、大丈夫みたいだね。」
「うん。でも、どうしてわたしを助けてくれたの?」
「俺、どうしても未夢さんと彷徨さんに結婚してもらいたいんだ。その意味は、いつかわかると思うよ。」
そして、蒼月くんは姿を消した。
その日以来、わたしの病気は徐々にではあったが、快方に向かった。そして、わたしは彷徨くんと付き合いはじめ、やがて結婚し、そして今日・・・。
「生まれたのか?」
「うん。男の子だよ。名前は、わたしが決めていいかな?」
「ああ。どんな名前だ?」
「蒼い月と書いて、あおつき。わたしの、大好きな名前なんだ。」
はじめまして、かな?5年もかかったけど、やっと会えたね。ありがとう、あのとき、わたしの元に現れてくれて。何の証拠もないけれど、わたしにはわかる。あなたは、あのとき、わたしが誤った道へ進もうとしていたのを止めるために現れてくれたんだよね?
死んでしまったみずきの分も、彷徨とあなたと、三人で幸せになろうね。
おわり
ちょびです。
暗い話ですいません。急に、書きたくなってしまって・・・。
文章でおかしいところがありましたら、管理人さまの判断で修正してください。そのへんはおまかせします。
それでは、よろしく。