作:しーば
1年振りに西遠寺の石段を登るけど、昔はこんなに蝉鳴いてたかな?
石段の周りを見回しながらゆっくり上へと進んで行く。
彷徨は居るかな?どうしてるかな?驚いてくれるかな?
と、考えている内に最上段の石段を過ぎてたみたいで
勢いあまって最後の一歩が宙を踏み抜いた。
「うわっと」
どうにかバランスを取って転ばずに済む。
昔は毎日登って居たから段数も覚えていたのに・・・。
隠れて境内の様子を見ながらゆっくりと中に入る。
流石に緊張するね、何処に彷徨が居るか解らないし。
玄関でバッタリ会ったりしても、こっちにも心の準備って物が・・・。
何処に居るのかな〜?ここかな〜?
昔、私の部屋の入り口だった襖を開けてみる。
あれ?私が居た時と殆ど変わって無い?こんな所に居る訳ないよね。
続いて、彷徨の部屋の前まで移動する。
一応だけど、「彷徨居る?」と聞きながらゆっくりと襖を開ける。
ありゃここにも居ない。
ぐるっと廻って、キッチンに戻って来た。
はっ!まさかこんな所に居るとか?
居る訳無いと思いながらも冷蔵庫を開けてみた。
すると[未夢の]と書かれた四角い箱が置いてある。
おや?どうしてこんな物が?
ワンニャーとルゥ君が居た頃は、彷徨と私のを間違わないように
[彷徨の]とか書いていた事あったけど、これ彷徨が書いた字だよね?
もしかして、美味しい物?
期待に胸を膨らませながら、恐る恐る箱の中を覗き込む。
私は驚きの声を上げれずに、開いた口が塞がらなかった。
あまりにも美味しそうなチェリータルトだったから、涎が出ていたかも。
万が一彷徨に見られていたら「まぬけな顔だぞ」と、からかわれるんだろうなぁ〜。
考えながらも、目はチェリータルトに釘付け。
スプーンも一緒に入っているから、私が食べて良いって事だよね?
ありがとう!彷徨!大好きなの用意してくれて。
う〜ん、彷徨ぁ〜何処行ったの〜?
タルトを食べた後、居間で大の字に寝転がりながら天井を見上げる。
結構時間経っているはずなんだけどな?どうして帰って来ないの?
そのまま、ぼーっと天井を眺め続けて居ると
遠くの方で何かが転がる様な音が聞こえた。
はっ!この音は!まさか…。
私は急いで立ち上がり、廊下の窓から空を見上げた。
西遠寺の真上にある青空に、遠くから真っ黒な雲が迫って来ていた。
私は急いで縁側に移動し、庭に面している窓を閉め始めた。
雨が降るのに、ここ全部開いてたら大変な事になっちゃうよ。
全部閉め終った直後、窓のガラス部分に水滴が付き始めた。
1つ、2つ…。
数えられる程だった雨粒が勢いを増し、水滴が集まり下に流れ始めた。
ふう、ギリギリセーフかな?とほっと溜め息を付いて
私は縁側の廊下の真ん中に両足を伸ばしながら座り、へたり込んだ。
気付かないフリをしてきたけど、雨と一緒に近付いて来た雷の音が大きくなっていて。
窓ガラス越しに見える黒い空が一瞬明るくなり、数秒後に雷が鳴り響いていた。
ああ、もう!怖いよ〜!
頭を手で抱えながらも両耳を腕で塞ぎ、その場で縮こまる。
目を瞑っていても、白い光が瞼越しに薄っすらと解る。
段々と光とゴロゴロと地面を揺らす様な轟音が近付いて大きく響き続ける。
「彷徨ぁー!早く帰って来てぇー!」
ガラガラ・・・ガララッ。
ん?今雷と違う音が聞こえた?と考えた瞬間。
身体全体が暖かい何かに包まれた。
「未夢…来る時間が解ったら連絡しろって言っただろ?」
その声を聞いて、私の心から雷を怖いと思う気持ちが全て消えた。
心が安堵、嬉しさ、…恥ずかしさと鼓動の反応を変えて行った。
「だって、予定より早く駅に着いちゃって、それで彷徨を驚かせようと思って…」
「悪い。急用が入って。終わってすぐ駅に行ったけど、居ないからずっと待ってた」
私を後ろから抱き締める彷徨の力が少し強くなった。
「ううん、私も連絡しなくてゴメン」
彷徨が腕の力を弱めたので、私は顔だけ彷徨に振り返った。
すると、少し慌てて私から彷徨が離れた。
私も彷徨も少し俯き、目を泳がせながら2人で言い訳を言おうとしたけど。
その空気を破り散らす様に、白い光と地面を揺らす音が同時に鳴った。
どうしよう〜!驚いた拍子で正面から彷徨に抱きついちゃったよ。
私は彷徨を押し倒す姿勢で彷徨の胸に顔を埋めていた。
彷徨もこの姿勢を無理に解こうともせず、私が彷徨の背中に回した腕を解くまで
そのままで居てくれた。
やがて、黒い雲が遠ざかるのを待っていたセミ達の鳴き声に押されるように
私は腕の力を緩めた。
閉めたままの縁側の窓の外には、逆さまで内側に水を沢山溜めた彷徨の傘があった。
彷徨はそれを何事も無かったかのようにひっくり返し、傘を閉じた。
ありがとう。私を見つけた時、急いで窓を開けてくれたんだね。
その後、彷徨が冷蔵庫を開け、中身が空っぽのタルトの箱を大事そうにテーブルの上に出して開けた時の表情と来たら、本当可笑しくって笑っちゃった。
ごめんなさい、つい嬉しくって全部食べちゃいました。
だって、[未夢の]って書いてあったでしょ?
と言ったら、彷徨も「未夢らしいな」って笑うんだよ?失礼しちゃうよね。
後書き。
本当は前作の短編、「夏の夜」の未夢編を書こうとしてました。
いえ、書いてました。
ですが、雷に脅える未夢を書いていたら、彷徨が勝手に飛び出してしまって(^^;;
投稿なんて殆ど無い状態ですが、拍手を頂ける事もあり嬉しいです。
ありがとうございます。
それと、急な雷には皆様ご注意くださいね。