夏の夜

作:しーば



蝉が頑張って鳴き、それに勝る強さで太陽からの光が境内を熱する。

長い石段を上がりきった彷徨の額からは沢山の滴が浮き上がっていた。

「今日も暑かった…」


家に入ると一直線に台所に行き冷蔵庫を開ける。

ほとんど何も入っていない冷蔵庫。

その中から作り置きしてる麦茶のボトルを取り出し。

冷蔵庫を開けたままガラス製の四角いコップに注いで一気に飲み干す。

ひんやりと漂ってくる冷気に少しだけ涼み、2杯目の麦茶を注いでから扉を閉めた。


彷徨はテーブルの周りにある椅子を見渡した後、

自分の座ってる正面にある椅子を見続ける。

昔見ていたアノ笑顔や怒った表情が現われては消えていく。

最後は悲しそうな表情が浮かんでなかなか消えずに彷徨の前に居続けた。

それを辛そうに見続ける彷徨。

冷えたコップの周りには水滴が集まり、それぞれがゆっくりと側面を流れ落ちる。


彷徨がハッと気付き、何も無いハズの目の前の椅子から目を離す。

残りの麦茶を飲もうとしたら、既に温くなっていた。

証拠に周りの水滴が全てテーブルの上に落ち、小さい小さい水溜りを作っていた。



彷徨が1人で夕食を済ませた後、小さなゴロゴロという音が聞こえて来た。

縁側に行き、赤くなり始めた空を見ると、日の沈みとは別の雲の暗闇が近づいて来ていた。

風も少しずつ強くなり始め、風で流されて来た雨が縁側の木目に跡を増やしていった。

小さく聞こえていたゴロゴロと言う音も、地面を揺らすような轟音に変わっていき

空を照らす一瞬の明かりと音の感覚も次第に狭まっていった。




そういえば…昔の雷でこんな思い出が有ったな。



雷を怖がり「彷徨ぁ〜」とすがる様に寄って来る未夢。

記憶の中からこんな間抜けな感じだったな・・・、と思い出し。

表情が可笑しくて、今でも笑ってしまいそうになる。


雷の鳴る中、どうでも良い理由を付けて未夢は段々と側に寄って来る。

音が大き過ぎる時は小さな悲鳴を上げ、服の端っこをしっかり掴んで離さなかった。

縁側の端だと雨が当たるからと言って、屋側に近い所で並んで空を見上げていたっけ。

時間が経ち、ゴロゴロが何処かに行ってしまうと、側に居た未夢がいつの間にか離れ、何事も無かったかのように未夢が部屋に戻って行った。


その日の真夜中に未夢は縁側にただ1人で空を見上げていた。

「まだ起きていたのか?」

「うん、なんだか眠れなくて・・・。そしたら星空が凄く綺麗だったから」

ゆっくりと隣に立ってその視線を追うと、いつもとは違う星空が見えた。


夕方は真っ黒だった空なのに、真夜中のの夜空は雲1つ無かった。

夜空がいつもより真っ暗に見え、同じ様に星空がいつもより輝きを増して見える。

普段何も見えなかった所にも、数え切れない程の星の明るさが見えた。


「綺麗だね…星ってこんなに沢山あるんだね…。あの綺麗な並びが天の川だよね?だけど、夏の星座の大三角が逆に解からない・・・」

喜びに少しだけ困惑した表情の未夢に星の位置の説明をする。


しかし、見え過ぎの星の為か、未夢はなかなか見つける事が出来ずにいた。

視線が同じ高さになるように、隣に座って説明してみたけれど、何処に在るのかが解らないと嘆く。

未夢の真後ろに座り、後ろから片手を耳元のすぐ側を通過させて、目線と一直になるように星を指差してみた。

「…えっと、ああっやっと見つけた。ありがとう、彷徨っ…」

不意に未夢が後ろを振り返った。

視線を同じ高さに合わせたままで真後ろにいた為、未夢の表情を触れそうな距離で見せ付けられる。

未夢の喜びが1度固まった後戸惑いになり、最後には恥ずかしそうな表情に変わった。


惹きつけられるその視線から目を逸らす事が出来ず、しばらくその状態で固まっていた。

未夢の唇がほんの僅かに動いた瞬間、奇跡的に視線を外してとっさに嘘を付いた。


「あっ…流れ星」


「えっ?どっ何処?」


艶かしい表情になりかかっていた未夢が、慌てて星空に振り返る。


「願い毎・・・しなきゃ・・・」

誤魔化すように未夢が棒読みで言った後、本当に明るい光が流れて行った。

流れ星だと気付いた時、未夢は両手を合わせていた。


「ねっ・・・?彷徨は何かお願い事できた?」

今度は少し距離をとって振り返った未夢

「いや・・・願い事なんて考えて無かったし・・・」

とだけ返答した。

今思い返せばあの時の願い事はあったけど、動揺して何も出来なかっただけなんだ・・。





あの時の未夢はどんな願い事をしていたのかな?

もし、あの時俺も願い事をしていたら…


彷徨は今日もあの時と同じ様な夜空を見上げて願った。







…いつまでも彷徨の側に居られます様に…











…いつまでも未夢の笑顔を側で守り続けていたい・・・








お久しぶりです。

いつ頃の彷徨なのか?等の設定は考えて作っておりません。
皆様の彷徨を是非想像してみてください。


雷の後の空が凄く綺麗に見える時があり、このネタを思いつきました。

もっと長文にして星空を表現出来たら良いなと想いますが、無理ですよ(;゜(エ)゜) アセアセ


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