作:五月 芽衣
ちょっと不思議な体験をしたわ
いつもの道を ちょこっとずれて
そこはまるで別の世界
ちいさなおうちや 大きなおうち
犬がごろんと 昼寝をしてたわ
のんびり気ままな昼下がり
今 となりにあなたがいるのに
まったく気配を感じないの
言葉を交わして 視線を交わして
一緒に走っているのによ
まったく 不思議な世界だわ
風にはためく白いシャツ
置き去りにされた 赤い帽子
ポストの下の チューリップ
花びらぽとん もう夏ね
じんわり汗を 感じたわ
車庫で寝てるよ ぺちゃんこカー
陽の光が まぶしいね
たんぽぽ色の オープンカー
下でミミズが へばってる
上に広がる 青い空
となりに広がる 緑の空き地
せまい道路に 大きな標識
あっちあっちと指してるわ
一本道に 右向け右
赤い顔した おばあちゃん
小さな体に 大きな荷物
「こんにちは」
は 届いたかしら
白い雲が 流れてく
すぐに出ちゃった いつもの道
ダンプカーが すれ違う
いつも同じの 帰り道
チリチリ危ない お兄さん
ひらひらミニスカ お姉さん
ピコピコ携帯 じゃらじゃらアクセ
いつも変わらぬ 帰り道
となりに田んぼ となりにトラック
さわさわ麦の音 ガタゴト電車
あなたが言うわ 「また明日」
いつも言うわ 「気をつけて」
前には母校 後ろに工場
あなたの背中が 白くなる
白いけむりの 砂ぼこり
終わっちゃったな 帰り道
また行こうか あの道に
ぜったい行こうね あの世界
そこだけ 時がとまってた
忘れもしない あの日の午後
おばあちゃんは 着いたかな
きっと右を指してるわ 何も知らない標識が
シャツはぱたぱた飛んでって 白い雲になってるの
忘れられたこいのぼり 生きているかなあのミミズ
気持ちよかった あの風が
思い出せるわ あのにおい
小さな若葉が 顔にかかった
遠くに見えた 細い電線
今すぐ行きたい あの場所に
いつも同じの
帰り道