作:五月 芽衣
「あぁ〜〜〜〜、も〜〜〜〜っだーーーーーーーーーーーーっっ!!」
広い敷地に響く、未夢の声。本道にエコーする、高い叫び声。
さっと体を起こすと、彷徨は文庫本をしおりをはさみもしないで放り出して、駆け足で未夢の部屋へ向かった。
静かだった縁側に、ミシミシと床板がきしむ音がする。
「どーしたっ未夢っ。」
パコーンという乾いた障子の音に、未夢が驚いた様子で上を見上げた。
他人(彷徨)がせっかく急いで来てみれば、当の本人はなんともいえないおまぬけな顔でこちらを見上げていた。
「あれ〜、彷徨。どうしたの?」
あまりにもまのびした顔に、思わず苦笑してしまう。
「親父が預かっているんだから――――」
そういってごまかしてはいるけれど、本当は心配で心配でしょうがない。
怪我をしたのか、体調が悪いのか、変なことがあったのか―――。
いつのまにか、目で追っている。
絶えず自分のそばで、守ってやりたい。
いや、守らなければならない。
お人よしすぎて、自分より人を優先する未夢。
いつか、そのままいなくなってしまうんじゃないか。
そんな感じが、彷徨にはあった。
「どうしたんだよ?大声だして。」
先ほどのあわてように自分でもため息をつきながら、とりあえず聞いてみる。
まぁ、こいつのことだし、この時期からすれば、宿題が終わってないとかそんなところなんだろうなぁ・・・・。
思わず笑みがこぼれる。
ななみや綾がいう「西遠寺くんの変化」
予想に反して、未夢の声は静かだった。
「うん。あのね、せっかくの夏休みじゃない?」
未夢がぽつりと話し出す。
「クリスちゃんやななみちゃんや綾ちゃんや、三太くんや望くんと一緒に、
花火したりバーベキューしたり、お祭りに行ったり・・・・・。
すーっごく盛りだくさんで、楽しいことばっかりで、
すっごく最高な夏休みなんだけどさ・・・・・。
彷徨と、二人で何かしてないなぁって・・・・・。
ルゥ君やワンニャーや彷徨や・・・・
四人だけで過ごすのは、すっごく短かったなぁ・・・・て。
ちょっと、寂しい感じがして・・・さ。」
視線は畳に向けられていて、彷徨にというより、自分に話しかけている・・そんな感じだった。
思わず彷徨が顔をしかめる。
こいつ、そんなことを気にしてたのか・・・・・。
表情に、出ていたようだ。
未夢があわてて言葉を添える。
「ち、違うのっっ。本当に満足してるんだよっ。
ごめんね、変なこといって・・・。もう忘れて?
このことは、なかったことにしよう!うん、そうしよう!!」
あわてて顔の前でぶんぶん手を振る。
忘れた忘れたと自分に言い聞かせて、元気に笑いかけようとする。
冗談、冗談・・・・・そんな感じで。
未夢のことだ。しばらくそのことで悩んでいたのではないだろうか?
お互いに忙しくて、なかなか家族四人がそろわなかった。
彷徨は三太と、未夢はクリスや綾やななみと、それぞれ約束があった。
いそがしく遊びまわる二人を見て、ワンニャーも近所の奥様たちといっしょに「高級みたらしだんご みるだけツアー」なるものに参加したり、自分でみたらしだんごをつくろうと料理教室に通ったり・・・・。
ルゥはももかに誘われてももかのうちのプールで遊んだりしてたし、とにかく四人は忙しかった。
夕飯時でさえ、四人の顔がそろう日は減ってしまった。
四人で遊ぶことなんて、なかった。
家族という、最優先すべきもの・・・・。
いつのまにか、一番最後になっている。
本当に大切なものは、近くにあるようで、遠くにあって・・・・。
そばにいる。いつでも会える。
そんな言葉に惑わされて、どんどん遠くなっていく。
家族。
家族と離れて過ごした未夢だからこその、思い。
今の家族とは、あんなに寂しい夏休みを過ごしたくない。
未夢の思いに気づいた彷徨だったが、何か良い策が思いついたわけでもない。
「そうだよな・・・・。
確かに、俺たちいそがしすぎて、なかなか四人水入らず・・・ってなかったよな。
せっかくの夏休みなのにな。」
彷徨に見抜かれて、うつむく未夢。
でも、次の瞬間には、体中にパワーをみなぎらせて、熱い視線で彷徨を見つめていた。
「でしょっでしょ!!!よかったぁ、彷徨も気づいてたんだね。
一人でそう思ってるのかな、って、ちょっと不安だったんだ。
でも、彷徨もいれば、もう大丈夫だねっ!!」
勢いよくガッツポーズをする未夢。
ひまわりのような笑顔。
誰もが振り返る、その瞳。
体中に、あたたかい日差しがそそぎこんだ気がした。
「よし、何をしようか?
もう日にちもないし、外に出かけるのはきついな・・・・。」
平静を装っているつもりなのに、声がうわずるのをとめられない。
三太たちと遊んでいたときとはまた別な感情が、ふつふつとわいてくる。
三太たちとは違う楽しみとか、違う雰囲気とか、すっごく楽しみにしてる、自分が居る。
「!!あ、そうだ!あれをしようぜっ未夢っ!!!」
いきなり思いついた。
思いついただけで、体がうずうずしてきた。
未夢も興味津々と行った様子でこちらを見ている。
「えっ!!なになに??なにやるのぉ〜〜〜♪♪」
語尾がはねあがってる。
すっごいうきうき気分が伝わってくる。
「よしっ、準備するやつは手分けしようぜ。
お前は花火買ってきて。俺も用意してくるから。
6時半にははじめようぜ。
夕飯もつくっといてくれよ。簡単でいいからさ。」
「わかったっ!!花火ね?いっぱい買ってこよ〜〜♪
で、彷徨は何用意すんの??ていうか、なにやるのぉ〜??」
へっへっへ。
それはあとのお楽しみってやつさ。
「へっへっへ。
それはあとのお楽しみってやつさ。
未夢はいいから花火忘れんなよ。」
たちまち顔がふくれっつらになる。
不満をばりばり顔にあらわしてる。
これだからやめられない。
「もうっ、なんでいちいちそーゆーこというかなっ。
忘れるわけないでしょ〜っ、すっごく楽しそうだもん。
ふんだっ、彷徨のばかぁっ」
あははは、はーっはっは・・・・・
★ ★ ★ ★ ★
太陽がおやすみなさいを告げて、山の陰に沈んでいった。
絵の具をにじませたような空の色は、いつしか黒のマントをはおっていた。
ラメのように輝く星は数え切れなくて、見渡すだけでそっくりかえってしまいそうだった。
綺麗だなぁと思った。
「しゅっっ」
ぼんやりとあたりが明るくなる。
ろうそくの光は、すうっと細くなって今にも消えてしまいそうに思えた。
未夢はできるだけ火を小さくしないようにと、そろりそろりと花火の袋のところへ行った。
火をつけた花火は、火の花と書くにふさわしく華やかに咲いていた。
しゅばあーという音がなんとなく耳からはなれず、ちょっと鼻にさす独特のにおいも、なんだかなつかしいような感じがした。
「わぁ、まンま、ぱンぱ、わ〜んにゃっ♪」
「ルゥ君、これはね、花火っていうのよ。綺麗でしょ〜〜〜。」
「あ〜い、あ〜びっあ〜びっ」
ワンニャーも、はじめてみると言う花火に興味津々だった。
「わあ〜〜、素敵ですねぇ花火というものは。
オット星では見たことがありませんよ。
オット星では、もっぱら空に打ち上げ花火が主流ですから。
手持ち花火と言うのは、本当にはじめてですぅ〜。」
目が花火の光を受けて、きらきら光っていた。
思わず頬がゆるむ。
すっごく貴重な時間が、自分たちのまわりをぐるぐると回っているのがすごくわかった。
目を閉じて、深呼吸をした。
帯のあたりが、少しゆるくなって、またきつくなった。
しゅば〜
しゅばばーー
しゅっ
きゃっきゃっ
まんま、ぱんぱ、わ〜んにゃっ
ルゥの笑い声が、冷たい夜にあたたかく響いた。
☆
線香花火がやっぱり一番好きかなぁ・・・って思う。
大きくて華やかなのもすてきだけれど、こうしてチリチリと小さく光っているのも、なかなか捨てがたいと思う。
こうやって、花火を堪能できるのも、日本人ならではなんだなぁ・・・・と、改めて思った。そんなこと、初めて考えた。
ルゥがなんだか眠そうだった。
はしゃいぎ疲れたんだろう。
着慣れない浴衣も、結構つらかったのかもしれない。
となりを見れば、ワンニャーもごしごしと目をこすっていた。
「ルゥ、ワンニャー、もう寝てこいよ。疲れたんだろ?」
「い、いえ、彷徨さん。まだ片付けもありますし、まだ大丈夫です。」
「いや、いい。ルゥを寝かして、ワンニャーもゆっくり休んでくれ。
片づけくらい、俺がやる。」
「すみません彷徨さん・・・・。
それじゃあ、お願いしますね。
とっても楽しかったです、花火。
おやすみなさい。彷徨さん、未夢さん。」
「「おやすみ」」
ぱたぱたとルゥの浴衣をひるがえして、ワンニャーは母屋へと入っていった。
満足してもらえたようで、ほっとした。
「・・・・・彷徨。」
すっごく穏やかな声だった。
なんだかくらっとくるようだった。
「・・・なんだ。」
「・・・今日は、その・・・・ ・・・・・・ありがとう・・・・・」
うつむき加減で、もじもじと指を絡ませながら未夢は言った。
でも、すぐに首を振って、こちらにまっすぐに顔を向けた。
「彷徨がこういうふうにしてくれて、すっごくうれしかった。
そんで、すごく楽しかった。
ほんとうにありがとう。
それに、瞳さんの浴衣まで・・・・。」
恥ずかしそうに、でもうれしそうに、未夢は浴衣のそでを触った。
母さんの浴衣が、輝いて見えた。
「いいんだ。俺も、すっごく楽しかった。
浴衣なんて、懐かしかったし。」
未夢のように、浴衣をなでる。
いつだったか、親父が着ていた浴衣に似ている。
センスが一緒なのかもしれないと思うと、ちょっと笑えた。
★ ★
「宇治金時、食べなかったね〜ルゥ君たち。
すっごくおいしいのにね。」
しゃりしゃりと氷を口に運んで、未夢は言った。
縁側は程よく夜風で冷えていて、星の光がろうそくの代わりに俺たちを照らしていた。
俺が大好きだった宇治金時。
いつか皆で食べたいと思った宇治金時。
今、となりに未夢がいて、一緒に食べられるのが、すっごくうれしくて、照れくさかった。
小豆の甘さが、口いっぱいにひろがる。
「・・・・・あっという間だったな、夏休み。」
「そうだね。でも、今日こうして皆で花火できたから、あたしはすっごく満足した夏休みだったな。」
「あぁ、俺もだ。」
キラキラ光る
夜空の星よ
冬の歌も、あたたかく聞こえる。
だって、家族のぬくもりが、俺の体全部にしみこんでるから。
やっぱり最後は戻って来たい。
家族
いつまでも、ここが俺の居場所であるように。
ルゥがパんパとよぶのが、俺であるように。
そして
未夢のとなりが、俺の指定席であるように。
宇治金時の味は、いつまでも彷徨の特別な味。
未夢にとっても、それは同じ。
家族を思い出す、夏の味
こんにちは〜芽衣です。
最後の最後に失礼します(汗)
本当に、企画の最終日にだすなんて、何してたんでしょう今まで(笑)
なんども何度も書き直しました。
だってあまりにも話が長すぎるんですもん(笑)
視点も、未夢だったり彷徨だったりと大変読みにくくてごめんなさい。
えーい、前回に続きなんてくさい話なんだ!!もっと自然に流せ!自然に!!(笑)
こんなのかなみゆじゃな〜〜あいっ!!
もっと修行して出直してきます(逃)
失礼しました。