年に一度―七夕の日にしか逢う事を許されない、織姫と彦星
天の川の向こう側では
一体、どんな想いでこの日を待ち望んでいるのだろうか
限られた時にしか逢えないのは、同じ。
でも、一緒にいようと思えばずっといられる。
それなのに、このもどかしい思いは何か、自分でも分からなかった。
「何でこんなに遅いの……?」
よりによって、こんな広い原っぱにたった一人で待たされるなんて。
全然考えてもなかった。
いつもは遅刻する立場だから。
頬を掠める風は、とても冷たい。
いつ、何処から、誰が現れるか分からないこの状況。
どんなに強がってたって、怖いに決まってる。
「どうしてまだ、来ないのよぉ」
今更だが、涙が出てくる。
早く来て、と本当に心の底から思った。
約束の時間から、早10分。
一向に人っ子一人来る気配は全く無い。
もう帰ってしまおうかと思った、瞬間。
―――懐かしい気配を、体で感じた。
「…悪い、待たせたな」
懐かしい、あの大好きな響き。
それがあまりにも懐かしく思えて、今まで堪えてたのが一気に溢れ出てしまった。
「お、おい。泣くなよ…」
「…違う。そうじゃ、ないの。悲しかったとか、そういうのじゃなくて」
体越しに伝わる、熱い体温。
何もしてやれないまま、彷徨は次の言葉を待つ事しかできなかった。
「……久しぶりに逢えたから、凄く嬉しくて…っ」
何という、絶妙な殺し文句。
しかも、同じ想いでこの日を待っていてくれたとは。
「ほら、泣くなって」
未夢の頬を伝う涙を、そっと指で拭ってやる。
何気ない事なのに、彼の仕草の一つ一つが特別に感じた。
どうしてなのだろう。
いつもと同じなのに、何故、特別だと思ってしまうのだろう。
「未夢?」
自分の名を呼ぶ、その声さえ。
「…ううん、何でもない」
フフ、と笑みが零れる。
前触れもなく、温もりが離れた。
それと同時に、ようやく、お互いの顔を見る事ができる。
「……久しぶり、彷徨」
「あぁ」
本当に今、久しぶりに逢った気がした。
「こうやって逢ったのって、何ヶ月ぶりだっけ?」
「…2ヶ月じゃないか?」
大きく聳え立つ木の下で、二人は身を寄せ合いながら夜空を見上げる。
まるで、天の川に立っているような、そんな錯覚も覚える。
「…綺麗だね」
夜空を見上げながら、溜息が漏れた。
それは、悪い意味ではなく。
「こうやって二人で空を見てたら、何か、思い出しちゃった」
この星空の向こうにいる、ルゥやワンニャー。
未夢が言いたい事が、伝わってきた。
もう一度、逢いたい。
「…逢いたいって思えば、もう一度逢えるだろ?」
「そうだね」
「お前が信じないで、どうするんだよ」
そうだった。
あの時だって、今の様に背中を押してくれた。
いつだって傍にいて、助けてくれた。
いつも、その優しさに救われていた。
「…何か、助けられてばっかり」
ふぅ、と溜息が漏れる。
助けられてばかりで、何もしてやれない、この気持ち。
「それはこっちの台詞」
え…?
「言葉じゃ言いにくいけど、本当にお前にはいろいろと救われた」
『最近さ、お前、変わったよな。人間的に』
いつだったか忘れたけど。
三太がそう言っていた気がする。
こういうのを、
「持ちつ、持たれつ。って言うんだよね」
ふんわりと、微笑みをくれた。
特に、気を遣うわけでもなく。
何も言わなくても、分かってしまう。
そんな優しさを、自分だけに与えてくれる。
「……本当に分かって言ってるのか?」
「ん?」
「いや…聞いてないならいい」
照れ隠しに文句を言ったって、仕方がない。
どうせ、分かっているだろうし。
「………何か、幸せかも」
こうやって、身を寄せ合うだけでも。
互いの温もりが感じられて。
とても幸せ。
「あ、流れ星―」
願わくば、ずっと、ずっと一緒にいられますように。
からかって、膨れて。
最後には、二人して笑う。
たくさん話して、ずっと寄り添っていても、時は流れてしまうモノ。
「今日は、本当に楽しかったね」
「…そうだな」
帰り道。
進むべき道を、蛍光灯が照らしている。
そんな夜道を、二人して歩く。
ただでさえ離れ離れなのだ。
一時も離れたくない、という強い想いがあるのだろう。
ふと、前を歩いていた未夢が立ち止まった。
「今日は、本当にありがとう。逢えて嬉しかった」
本当は、まだ一緒にいたいけど。
伝わらない思いは、胸の内に隠してしまおう。
「俺も…逢えて良かった。いつになるか分からないけど、まだ―」
ストレートに言っても、遠回しに言っても。
きっと、伝わりはしないだろう。
「それじゃ、またな」
この気持ちを悟られたくなくて。
きびすを返して、元来た道を、一人で戻る。
その背中が、やけに寂しく見えた。
「…ま、待って!」
未夢が呼び止めると、ゆっくりと立ち止まった。
パタパタと、元来た道を走る。
「どうしたんだ?」
自分を見つめる、その表情は分からないけれど。
「えへへ…忘れ物しちゃった」
その微笑みを見た彷徨は、何も言えなくなってしまった。
口から出ようとした言葉が、喉に詰まって出やしない。
「忘れ物って、何か物でも持ってきたのか?」
「ううん、違うよ」
次に何かを言おうとした、その時。
言葉と共に、甘い唇で塞がれた。
「なっ…!」
いつもとは逆のパターン。
今の状況に驚いてばかりの彷徨ではない。
「ちゃんとお返し…もらうからな」
そう、今度こそこれでお別れ
次に逢えるのはいつだろうか
その時まで、この続きは―
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