夢を見た
桜の木の下で誰かが待ち続けている夢
日が増すごとに鮮明になってくる
男の子が泣いている―
どうして泣いているの?
誰を待っているの?
貴方を助けてあげたい
だけど
こんな私が助けてもいいの?
何も出来ないこの私が
助けたい一心で一杯だけど
足が思うように動かない
「諦めないで、必ず誰か来るから」
そう言いたくても声が喉に詰まって声が出せない
不自由なこの状態で何が出来る
心の底から願っても
男の子にはこの願いは通じない
まるで異世界に来たようなこの感覚
もう二度と思い出したくない
大切な貴方がこの世にいる限り
貴方だけは忘れたくない
何があっても
神様
私の願いを聞いてくれますか?
私の命と引き換えてもいいですから
この願いだけは
せめてこの願いだけは叶えてあげたい
「この世の中が愛と平和で溢れますように」
そして
桜の木の下で待っている男の子にも
この願いが届きますように
私には私なりの考えがある
世の中が愛と平和で溢れることを願って―
◇◆◇◆◇
未夢が目を覚ますと、まだ朝日が顔を出し始めた頃だった。
いくら春でも早朝は寒い、それどころか蒲団一つ掛けずに寝るというのはほぼ自殺未遂だ。
昨晩ずっと星を眺めたまま夢の中に引きずり込まれたのだろう。
悪夢を見たのか、冷や汗が吹き出ている。
近くにあったタオルで汗を拭くと、着替えるために自分の部屋へと足を急がせた。
「あんな夢を見たのは何年ぶりだろうね・・・」
先程見た夢を思い出しながら着替えを終えると、昨日図書館から借りた本を読み始めたが、いつもと違って心が落ち着かない。
やっぱりあの夢が原因なのだろう。
どうして悪夢を見るのかは、自分自身も思い当たる節が何一つ無い。
何か危険が近づいている前兆なのだろうか…
そう考えると寝ようとしても寝付くことが全く出来ないのだ。
毎日この事を考えるのが恐ろしくて、最近―ここ2・3日ほどだが―は殆どご飯も食べられない状態が続いている。
それを毎日見ている住人達は心配しているのだが、当の本人はあまり心配をかけたくないので「食欲が無いだけ」と嘘をついている。
そう嘘をついても無駄なのは未夢にも分かっているが…。
日を増すごとに鮮明になってくるあの夢。
未夢自身も、あの男の子には見覚えがあった。
何か思い出したのかスッと立ち上がると、先程座っていた縁台に自然と足が向かった。
そして、桜が満開だったことを初めて知る。
「あの夢にも大きな桜の木があった様な気がする・・・」
そう、未夢が見ていた夢にも此処にあるような桜が満開を見せていた。
たくさんの花弁がお互いに身を寄せるようにし、春を告げていた桜。
知らないうちに未夢は桜の木まで歩いていて、大きな桜の木にそっと手を触れた。
心の底がふんわりと暖かくなり、今まで考えていた事がスーッと解けていくこの感覚。
まるで魔法の様に、気が張っていた心をここまで静めるのは桜の心次第だと未夢は思った。
ふと、一枚の花弁が落ちてきたではないか。
その花弁が未夢の手のひらに落ちると、一枚ずつ花弁が舞うように落ちてくる。
同じことを繰り返す桜の花弁達は一体、どんな気持ちなのだろうか。
「アナタノソノキモチ キットツタワッテイルヨ」
未夢の目の前にある桜がそう話しかけている様に聞こえる。
そんな言葉が聞こえた瞬間、今まで堪えていた涙が一気に溢れ出た。
何もかも忘れてしまいたい、そんな気持ちを込めて。
桜の木は未夢の気持ちを分かっているのか、聞いていないふりをしている。
その優しい心遣いがとても嬉しい。
人間だから植物の気持ちなんか分からない、それを当たり前の様に考えるのは良くない。
誰だってその気になれば植物のさりげない心遣いぐらいは分かるはず。
誰もいない「西遠寺」に未夢の悲しい声が響いていた。
ようやく落ち着くと、今の時刻が昼の12時だったことに気がつく。
あれから何時間桜の木に居座っていたのだろうか。
何故自分は泣いていたのだろう?
そんな不思議な罪悪感にからかわれる。
今まで自分がしていた行為に改めて気がついた。
何一つ不自由無く生活してきたのに、何故自分はこんなに悩むのだろう。
彼は、今は出掛けているだけで、帰ってくれば相談だって出来る。
言われたことがある―
「一人で解決してほしくない」
その言葉の意味がようやく分かった。
「・・・・・あははははは!!」
何故だか急に笑えてきた。
自分自身おかしいと思えて、余計に笑いが止まらない。
「心の病気」を抱えてしまった―…?
だったら、きちんと治したい。
だけど、薬では治せない。
そう、笑顔があればそれで十分――
「さてと、お昼にしますか!」
一気に悩みが吹っ飛んだ未夢は気を取り直して、昼食を作る為にキッチンへと向かった。
その足取りは先程より軽く、桜の木も安心したようだ。
近くにある家からは、ピアノソロを演奏している音が聞こえる。
近くにある林からは、鳥の囀りや竹と竹が触れ合う微かな音が聞こえる。
さまざまな音に満ちている今日のこの時間、桜の花弁があちらこちらに散らばり始めた。
その様子があまりにも切なく、悲しくて―
疲れがピークに達したのか、未夢はいつの間にか夢の中へ引きずり込まれていた。
春のうららかな陽気、一人の少女が縁台に座って眠っている。
その姿が愛らしくて、桜の木々を微笑ませてくれる。
「女神」と言える存在かもしれない。
不思議な夢へと招待された彼女は、一体どんな気持ちなのだろうか―
あれから何時間経ったのだろうか―夕日が辺りを染める頃、青年の姿をした住人が帰ってきた。
重たい荷物を持ち、赤ん坊を抱きかかえているので相当疲れているのだろう。
青年は玄関の所で座り込んでいた。
「やけに静かですねぇ。未夢さんは何処へ行ったのでしょうか?留守番しているはずですよね・・・。ねぇ、ルゥちゃま・・・。あれっ?ルゥちゃま!?何処へ行ったんですか!?もしかして・・・・・!!考えるだけでも恐ろしいです〜」
勝手な妄想を続けているワンニャーは別として、ルゥは家の中でフワフワ飛んでいた。
きっと未夢を探しているのだろう。
今すぐでも泣きわめきそうなこの状態のルゥを放っておくのは良くないのだが、肝心の未夢が居なければしょうがない。
ちょうどその頃縁台に座っていた未夢は、ルゥの微かな泣き声で目を覚ました。
瞼をゆっくり開けると、目を真っ赤に腫らしているルゥの姿があった。
その姿は自分が幼い頃にそっくりで何も言葉が出てこない。
そっとルゥを抱き上げると、抱く手に力を込める。
仮の母親でも自分には大切な使命がある、本当の親がオット星から迎えに来るまで自分がしっかりとしないと―
そんな想いが未夢の心にしっかりと刻み込まれている。
そう思考を巡らせているうちに、腕の中でルゥが寝てしまった。
藍色で埋め尽くそうとしている夜空に一番星が輝き始めたとき、未夢はルゥと共に眠りについてしまった。
勘違いを続けているワンニャーが必死に探している事を知らずに―
ワンニャーが帰宅と共にルゥと未夢を探していると、玄関から声がした。
現西遠寺の若き主人が帰ってきたようだ。
誰だか分かった瞬間、ワンニャーがもの凄い勢いで玄関へやって来た。
これにはさすがの彷徨も驚いているだろう・・・
「大変です!・・・・・」
玄関寸前まで来たワンニャーだが、一瞬のうちに硬直してしまった。
というのも、玄関に彷徨の親友である三太がいたからだ。
とうとう自分の正体がばれてしまった、その表情が今の状況を物語っている。
それに、辺りを包み込む雰囲気もいつもと違って冷たい。
その静寂を破ったのは他でもない三太だった。
「まぁまぁ、そんなに固まらなくても。事情は彷徨から聞いたし、大丈夫!俺が絶対に保障するから。」
何故だかにこやかな笑顔で喋っている三太。
その雰囲気が怪しいような気がするのだが、本当に大丈夫なのだろうか。
「それは分かりましたが、続きをお話ししても宜しいでしょうか?」
せっかく大急ぎで来たのに、損をしてしまう。
ワンニャーはそう考えていたのだろうか、少しストレスが溜まっている様子だ。
それをいち早く察したのは彷徨、これ以上険悪なムードにならない様にすかさずフォローを入れる。
「ところで、さっきの話なんだけどさ・・・」
「そうでした!先程の話ですけど、実は、ルゥちゃまと未夢さんが行方不明なんです!!」
若干大げさなような気もしたが、それを聞いたふたりは声をそろえた。
「「ゆ、行方不明!?」」
「そうなんです。私とルゥちゃまが帰ってきたら、家は誰も居ないかの様に静まり返っていて、それからしばらくしたらルゥちゃまもいなくなったんですよ!!私は家中探しましたが全く見当たりませんし、心当たりのある人に電話してもいないですし・・・。どうしましょう!!それに三太さん、未夢さんが居ないと・・・」
意味ありげに彷徨をチラッと見るワンニャー。
何か企んでいるようなその目つき。
彷徨には十分というほど分かっていたが、自分が考えていた事を言い当てられて少し悔しい。
確かに独占欲が強くて子供っぽい所は彷徨自身も認めている。
だけど、裏の性格が顔に出てしまう程とは思ってもいなかった。
(彷徨がここまで変われたのも彼女のおかげなんだな・・・)
三太はふと思う。
約10年の付き合いがある三太でも、あんな表情をする彷徨を見た事が無いのだから。
母親がいない彷徨が本当に必要としているのは彼女ただ一人なのだろう。
未夢以外の人が居候としてやって来たとしても、本当の「家族愛」というのを教えてくれなかったかもしれない。
宇宙人のルゥとワンニャーをこんな風に受け入れてくれないかもしれない。
自分の気持ちに正直な彼女だからこそ、心の底で眠っていた「何か」に気が付いたはず。
「何か」をゆっくり時間をかけて溶かしていく彼女は「本当の母親」そっくりだった。
三太はそう思っているに違いない。
「それにしても、何処に行ったのでしょうか?」
その一言で辺りの雰囲気が崩れた。
真剣に悩んでいるのに、と熱い視線を送る二人。
視線がある意味恐ろしくて、思わず立ちすくむ。
「危険区域」に足を踏み入れてしまったからには自分で罪を償わなければ、ワンニャーはそう思った。
辺りは静寂に包み込まれる。
その静寂を破ってしまったのは、三太でも彷徨でもない。
突然、ワンニャーが大声を上げた。
何事かと後ろを振り向くと―
「ルゥちゃま!!」
目には溢れそうな涙を浮かべて一目散にルゥの元に駆け寄るワンニャー。
その後ろでは、三太が安心しきっている。
二人(正確に言えば一人と一匹)はもう一つ大事なことを忘れているようだ。
「未夢が居ない」ことを。
和やかな雰囲気が辺りを包み込むと、ワンニャーがふと気が付いた。
本当の家族ではないけれど、「仮の家族」が一人足りないことに。
「ルゥちゃま、未夢さんを見かけませんでしたか?見かけても喋れませんからね、ルゥちゃまは・・・。」
「だぁ〜い☆」
ルゥが人差し指を振りかざすと、何処からか桜の花弁が吹雪の様に雪崩れ込んできた。
桜の花弁一枚一枚はとても美しくて、一同は見とれてしまった。
春の訪れを告げる桜達の使命は終わったが、今日限りはそうでもないようだ。
一同に関わる桜達の大切な使命、それは―
「未夢の行方」
これを知らせる為に桜達はわざわざ「西遠寺」まで入り込んで来たのだ―たとえ、ルゥが呼び寄せたのだとしても―。
桜吹雪に見とれながら、ワンニャーと三太はある事に気が付いた。
「西遠寺には桜の木が一本も無い」
それなのに、どうして桜の花弁が家の中に雪崩れ込んでくるのだろう。
不思議に思った三太が彷徨に聞こうとしたが、彷徨は玄関から姿を消していた。
辺り一面桜の花弁だらけだが、その中に一枚の写真を三太が見つけたようだ。
三太が手に取ってみると、桜の木の下で小さい子供2人(男女)が遊んでいる写真だった。
決定的な証拠は、バックに「西遠寺の境内」が写っていること。
三太は今まで、「西遠寺」にこんな場所があった事を知らなかったのだ。
決して誰にも見せなかった「秘密の場所」。
たとえ親友でも、この場所だけは教えられなかった。
「少女」との思い出が詰まった「あの場所」は、二人だけの秘密なのだから。
三太は思い切って、「現西遠寺の居候」であるワンニャーにこの場所を聞いてみた。
「三太さん、その写真は何ですか?」
「そうそう!ワンニャーさんはこの場所知ってる・・・?」
「私は知りませんよ。一体何処からそんな写真が出てきたのでしょうかね。」
「あそこから。」
三太が指を指した先には、山積み(?)になっている桜の花弁があった。
ルゥが力を使ってわざと外から写真を飛ばしたのだろう。
三太とワンニャーはこの写真に写っている人に見覚えがあるのか、先程から必死に記憶を巡らせている。
そう、ワンニャーはこの「西遠寺」で怪しい場所を見つけたのだ。
母屋の一番奥に部屋があるのだが、その部屋は硬く閉ざされていた。
所々木の板と釘を使って打ち込んであるのがよく分かる。
例の部屋について彷徨に聞いてみたが、その内容に触れたくないのかワンニャーの話すら聞く耳を持たなかった。
その後ワンニャーは「例の部屋」について質問とかしなかったが、まだ頭の片隅に残っていたのだ。
もしかしたら何か嫌な思い出があったのか、それとも別の理由があるのかは永遠の謎なのだがどうしても知りたい。
人の事に首を突っ込むのは良くないが、何が何でもあの部屋の入り口をぶち壊さなければ未夢を探し出す事が出来ないのだ。
強制的になってしまうが、どうしてもドアをぶち壊すしかない。
仕方が無くワンニャーと三太は工具を持って例の部屋へと急いだ。
◇◆◇◆◇
覚えていますか?
貴方と私が約束をした「あの場所」を
桜が散っている中
必死に私を探してくれたこと
今でも
覚えていますか?
もし覚えているなら
また
「あの場所」で会いましょう
10年越しの思いを告げたくて
貴方に会いたくて
私はずっと待っている
貴方に会えるまで―
◇◆◇◆◇
桜の花弁が満月の光に照らされる夜、一人の少年は大きな桜の木にやって来た。
視線をゆっくりと下げていくと、根元で無邪気な寝顔を覗かせる一人の少女が寝ているではないか。
一人の少年=彷徨は未夢の姿を見つけると、ゆっくりと桜の木に歩み寄った。
何時見ても飽きないくらい美しい桜の木、そして自分が想いを寄せている未夢が寝ている―
その愛らしい姿は誰もが見とれてしまうほど絶妙なコントラストを作り出している。
桜の花弁がまた一枚散っていく、散っていくたびに昔の自分を思い出させていく…
桜の木は神秘の力を持っていた。
未夢もきっと感じ取る事が出来たのかもしれない。
何に問わず、人に優しく出来るのだから。
気が付かないうちに彷徨は眠っている未夢を抱きしめていて―
そう、自分でも気づかないうちに。
未夢は気が付いていないが、抱きしめている彷徨の腕は小刻みに震えていた。
離れたくない、自分にとって「大切な存在」を見つけてしまったのだから。
何億光も離れている星が輝き、桃色の桜の花弁が辺りを染めている。
春の少し寒い今夜、ほんの少しだけ想いが通じた。
「どんなに離れていても貴方の事は絶対に忘れない」
ぶち壊したドアからそんな様子を眺めているのは、三太とワンニャーだ。
普段の行動から絶対に見られないものを見てしまって、心が浮き立っている。
二人が初めて見た光景、それは美しい桃色の桜と、誰よりも想い合っている少年少女。
三太とワンニャーは忘れないようにとしっかりと胸に刻む。
大切な人を想う気持ち
私はそれだけで十分幸せ
たとえどんなに離れていても貴方の事だけは忘れられない
記憶が薄くても
貴方と過ごした時間は本当に幸せだった
今は
ほんの少しだけ想いが通じたかもしれない
貴方は私の事をどう思っていますか?
イエスでもノーでもどちらでもない
どちらかを司る天秤の様に
答えを出すのは貴方なのだから
「運命」は神様が決める
「答え」は貴方自身
世の中全てが神様の決める事じゃない
自分でも決めていかないと世の中は生きていけない
私は
貴方の「答え」を信じたい―
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