作:日秋千夜
……おかあさーん,おかあさーーーーん……えっ,…えっ…。
男の子の泣いてる声がする。
未夢はきょろきょろとあたりを見回して,声の主を探した。
が,それらしい姿は見えない。
それでもその声は細く,遠く,いつまでも続いていて。
その声を頼りに,未夢は暗く細い道を進んだ。
気がつくと。
ぐるりと周りを見渡せる山の上に未夢は立っていた。
目の端に,しゃがみこんでいる男の子の後姿をとらえる。
…彷徨…?
近づきながら,小さく声をかけると。
すっとその姿は消えた。
あとに残ったのは,静かに花びらを散らす一本の桜の木。
その場に立ち尽くす未夢の頭に,優しく哀しげな女の人の声が聞こえた。
「…やっと,来てくださったんですね。
ずっとお待ちしておりました……わたしたちを助けてください。
もうお願いできるのは,あなただけなんです。」
「…あなたはだれですか??どこにいるの??」
未夢はもう一度,ぐるりと周りを見るが,人の姿をとらえることはできなかった。
空耳?
一瞬うたがうが,また聞こえてくる声。
「ここがどこかは存じません。ただ,わたしたちは近しい場所にいるはずです。
わたしたちは………」
「………ゅ,………未夢,未夢っ!!!」
乱暴に肩を揺すられ,未夢はぱちっと目を開いた。
だんだんとクリアになる視界に飛び込んでくる,見知った鳶色の瞳。
ぼっと顔を赤らめ,未夢はあわてて布団を頭までかぶる。
「きゃあっ!!なな,なんなのよっ!女の子が寝てる部屋に入るなんて,エチケット違反でしょっ?!」
「…女の子。フツーの女の子だったら,こんな時間までパジャマ着てないだろっ」
布団越しに,呆れたような彷徨の声が聞こえる。
少し頭をもたげて,枕もとの時計を見ると,時間は10時を迎えようとしていた。
春休みにはいってちょうど一週間目。
ワンニャーとルゥ君は,デパートの「全国物産展」に行くって言ってたな。と
まだぼんやりした頭で考える。
なんでも「幻のみたらし団子」が限定100本で売りに出されるらしい。
それを聞いたワンニャーは,「ではわたくしは開店3時間前に
お店の前で並ぼうと思います」と目を輝かせていた。
そうなると,毎日未夢を起こしてくれるワンニャーがいないわけで。
なかなか起きてこない未夢にしびれを切らし,彷徨が起こしにきたらしい。
「ほらっ。もう外はとっくに1日がはじまってるんだぞ。早く起きろ〜〜」
丸くなった布団に声をかけつつ,がらがらと音を立てて,彷徨は障子を開け放っていく。
暖かい日差しとはうらはらに,まだ冷たいままの外気がひゅるりと入り込む。
未夢は布団からひょこっと頭だけ出して,彷徨を軽くにらんだ。
「…なによ〜。春休みなんだし,ゆっくり寝ててもいいじゃない」
「そりゃ一日くらいは,な。でもお前,最近毎日そうじゃないか?」
「だ,だって寒いんだもん!もう3月なのに10度切ってるんだよ?昨日なんて雪まで降るし!!」
未夢は少し顔をあからめつつも,必死の抵抗を試みる。
「まぁ,確かにな。今年はいつもより春が来るのが遅い気がするけど…
って,なんか話すりかわってるぞっ。
そんなゴロゴロしてないで,小西たちと遊びに行けばいいじゃんか。」
何気なく発せられた彷徨の言葉に,未夢は少しだけ顔を曇らせた。
「…あやちゃんは,4月の新入生歓迎会で上演する台本作るのに忙しいんだって。
ななみちゃんはおばあちゃんと旅行に行ってるし…
…彷徨こそ三太くんは??最近会ってるの?」
「あ〜,三太。あいつは今,なんか調べ物で忙しいらしいんだよなぁ。
またなんか発見したとかで…
…おっと,電話だ。
じゃ,早く起きてこいよ。あんまり寝てばっかだと太るぞっ,
…まぁお前の場合,もう手遅れかもしんないけどな〜」
「!!!!!!
な・な・な。な・ん・で・す・っ・て〜〜っ!!!!!」
がばりと身を起こして枕を振りかざす未夢。
…でもすでに,彷徨は廊下の向こうに消えていた。
………はぁ〜〜。
むなしく振り上げた手を下ろして,ため息をひとつ。
それを合図に,未夢はずるりと布団から這い出たのだった。
ちりん。
着替えた未夢がダイニングに入るのと,彷徨が受話器を置くのはほぼ同時だった。
「三太くんから?何だって??」
「…うん。なんでもまた,謎の飛行物体が観測されたらしい。
近くの山に落ちたのは間違いないから,しらみつぶしにひとつずつ回ってるらしいな。
そんで一人で探しててもラチあかないから手伝えって。
…つくづく人の都合も考えないでいろいろ決めてくれるよ。」
やれやれ,という風に彷徨は苦笑いを浮かべる。
しかしさすが幼馴染というか,三太の行動に巻き込まれるのを
少しおもしろがってるように見えるのは…未夢の気のせいだろうか?
「ふ〜ん……またこの寒い時に山かぁ。物好きだよねぇ,三太君も。
で,彷徨はどこの山行くわけ?」
「ああ,例の温泉が沸くあそこだけど。」
さらりと出た言葉に,未夢はみるみる目を輝かせた。
「…えーっ!!あの山に行くの?!?あたしも行くっ!!」
机に身を乗り出して,今にも飛びついてきそうな未夢。
その勢いに彷徨はややたじろいだ様子で尋ねる。
「ど,どうしたんだよ。さっき寒いから…とか言ってたのに。」
「寒いときこその温泉じゃない!前に行ったとき入りそびれてたし
ずっと気になってたんだよねぇ〜♪
露天風呂だよ〜。風流だよねぇ,いいよねぇ〜〜♪」
未夢は頬を上気させて,恍惚とした表情を浮かべている。
もうすでに意識は温泉に飛んでしまっている。
その顔を横目で見ながら,彷徨は気遣わしげに眉をひそめる。
「…ってお前。前行った時だって,上るだけでひーひー言ってたくせに…大丈夫か?
寒いし雪も少し残ってるから足場悪いぞ?」
「だーいじょうぶだって!温泉のためならがんばるもーん。さて,こんなこと言ってる場合じゃないよ〜。
支度支度〜♪」
彷徨の返事も待たず,鼻歌を歌いながら未夢は自室に戻って行く。
スキップしながら遠ざかっていくその後姿を眺めて。
やれやれというようにひとつため息をついたあと,彷徨も山登りの準備をし始めたのだった。
「はぁ,はぁ,はぁ。………か,彷徨ぁ〜。ちょ,ちょっと待ってよ〜……」
ここはちょうど山の7合目くらい。
夏はうっそうとした緑に囲まれる道だが,落葉した今は,天にささるように
伸びた木々の梢が見えるだけ。
小動物もいない静かな場所に,未夢の荒い呼吸が響く。
息も絶え絶えに発せられたその言葉に,彷徨はつれなく「ヤダ」と返す。
「ちょっと!も〜,彷徨っ!!さっきからもう2時間以上歩きっぱなしじゃない。
もう動けないよ〜。10分でいいから,ね?休憩しよ???」
顔の前で拝むように両手を合わせ,上目遣いでねだった。
実際のところ,膝ががくがくしていてしばらく休まないと歩けそうにない。
そんな未夢とは対照的に彷徨は息一つみだしていない。今にもくずおれそうな
姿を呆れたように見つめている。
「だーめ。そんなこと言って,さっきだって30分くらい休んだだろ。
そんなペースじゃ頂上つくころには日が暮れるぞっ。
これじゃ前と一緒じゃないか…つくづくお前って,学習しないよな〜」
「むっ,じゃあいいもん!彷徨先行っててよ。あたし後から追いかけるからっ。」
ぷくっと頬を膨らませて,未夢はその場にしゃがみこんでしまう。
「あとからって…お前,道わかるのか?」
「ここから一本道でしょ?大丈夫だもん!いいから,先行ってよっ」
「…知らねーからなっ。勝手にしろよっ」
ふいっと踵を返して,ずんずんと歩き出す彷徨。
何を言われても振り向くまい,という意志が背中に感じられる。
「なによっ……彷徨のばか……」
小さくつぶやいて,未夢は本格的に腰を落ち着ける場所を探した。
ちょうど横手にもたれるのにちょうどよさそうな木がある。
何気なく近づいたとき,小さくがさり…と音がした。
「…なんだろ?リスかなんかかなぁ??」
無邪気にひょいっと覗き込んだ未夢の目に入った姿は………
「き,きゃーーーーーっ!!!!」
「!どうした,未夢!!!」
慌てて振り返った彷徨の目に,黒い小さな塊が映った。
モコモコとしたそれは,どこかおずおずとした足取りで未夢に近づいていく。
あれは…もしかして,熊?!!
「未夢っ!!そいつに背を向けないようにして,離れながら何か歌うか,音を出すんだ!
そうしたら熊は襲ってこないからっ!」
風のように疾走し,一気に距離を縮めてくる彷徨。
普段冷静な顔を歪め,大声で未夢に指示をだす。
と。
そんな彷徨の必死な気持ちとはうらはらに。
「…か,かわいいぃ〜〜www」
未夢はそんな声をあげて。
相好を崩して,無防備に小熊に触れようとする。
思わずずっこけそうになりつつ,彷徨は叫んだ。
「バカっっ!お前,何やってんだっ!!」
「ええ〜,だってこの子は大丈夫だよ。だってこんなに小さいんだよ?
それにほら」
小熊の頭に未夢は手をのせ,ゆっくりとなでた。
「…ね。とってもおとなしいもん。こっちに危害を加えたいわけじゃ,ないと思うよ」
今度こそがっくりと膝に手をつき,彷徨は深いためいきをついたのだった。
「…忘れてたけど。
そういえばこの山は,最近熊が出るって噂があったんだ。
誰ともすれ違わないからおかしいな,とは思ってたんだよなぁ…
三太のやつ,一言ぐらいあってもいいんじゃないか??」
「でもほら,まだこんなに小さいし。大丈夫だって思ったんじゃないかな?
おとなしいしね。かわいいよね〜」
小熊は,未夢のあげた鮭のおにぎりをゆっくりと食んでいる。
その姿に優しい目を向けて,未夢はうれしそうに笑った。
そんな未夢に,彷徨は「わかってないな」という表情で,今日何度目かのため息をつく。
「ばか,小熊だから危険なんだろ?こんな小さいのに一人でいるわけない。
近くにきっと親熊がいるはずなんだ。
しかも冬眠明けの熊は凶暴だから,人を襲うことだってある。無理しないで,今日は
帰ったほうがいい。」
「え〜,せっかくここまで来たのに?」
未夢は不満げに頬を膨らませる。
「ばか,そんなこと言ってる場合じゃないだろっ。熊だぞ,熊!
特にお前なんかトロいから,一旦見つかったらアウトだ。」
「なっ……」
むっとして,言い返そうとして。
未夢は彷徨の真剣な瞳に気づく。
…ほんとに,心配して言ってくれてるんだ…
そう思うと,言おうと思っていた文句もひっこんでしまう。
でも,それでも。
未夢は足元からこちらを見上げる,小熊に目をやった。
「危険なのはわかってる。…わかってるよ。
でもこんな小さな子,このまま放っておけないよ」
しゃがんで,ゆっくりと小熊の頭をなでる。
しばらくじっと,未夢の手になでられるままにおとなしくしていた小熊が
突然くるりと踵を返して,山道を登りだした。
「あ…」
未夢はその後姿から目が離せなかった。
肩に,そっと。
静かに彷徨の手が置かれる。
「…ほら。たぶん母熊のところに帰るんだろ。
オレたちも,今日のところは帰ろう。また来る機会はあるさ」
「う…うん」
返事をして,ゆっくりと立ち上がる。
彷徨はすでに,荷物を背負いなおして山道を下り始めていた。
その後姿を小走りに追いながら,未夢はもう一度振り返る。
すると。
もう100メートルくらい離れたところにいる小熊の姿が目に入った。
…こちらをじっと見つめる瞳。
何かを懸命に伝えようとしている,その瞳。
気がつくと,未夢は走り始めていた。
小熊に向かって。
山の頂上に向かって…!
「お,おい!!未夢っ!?」
彷徨の慌てたような声が追いかけてくる。
なびく髪をうるさそうに手で払いながら,未夢は叫んだ。
「…行ったほうがいい!あの子についていこうよ,彷徨!
あの子,きっと困ってる。…そんな気がする。お願い,彷徨!!」
疲れて,動けなかったはずの脚を動かして。
未夢は懸命に,小熊の後姿を追う。
「…あーーーっ,もうっ!しょうがねーなっ!!知らねーぞもうっ!」
そんな彷徨の声が聞こえてすぐ,未夢の体がふわりと軽くなった。
??
− 彷徨が,未夢のリュックサックを手で支えてくれていた。
そのまま二人で助け合うように,山を登っていった。
「つ……着いたぁっ!!」
小熊の後を,ただひたすらに追ってきた。
小さな体なのに小熊のスピードはかなりのもので。
頂上に着いたときには,さすがの彷徨も息を切らしていた。
「は〜〜っ。自己新!って感じ。こんなに早く着くなんて。
なつかしーね。前に来たときと,あんまり変わってない……??
どうしたの,彷徨?」
じっとある一方向に目をやって動かない彷徨に声をかける。
「…あんなところに,桜の木なんてあったか…??
それに今,まだ3月なのに満開になってる。
どういうことだ??」
「桜……?」
未夢も彷徨が見やる方向に目を向けると,そこには。
満開の花びらを静かに散らす,立派な桜の木があった。
そしてその木の根元にうずくまる,小熊の姿。
……ら
…くら
さくら。
桜…………
「…あたし,これ知ってる。見たことある…」
そうつぶやき,未夢はふらふらと桜の木に近づいていく。
「未夢…?」
いぶかしげな彷徨の声にも足をとめることなく。
はらりはらりと散る桜の花びらを一身に受けて
未夢は,桜の木の元に立った。
ゆっくりと,木の幹に手を添えて。
「あなたですよね?わたしを呼んでたのは…」
つぶやいて,未夢は桜の木の幹に抱きついて頬を寄せた。
心なしか,桜の木が動いたような気が…
それは,気のせいじゃなくて本当に起こったことだった。
下枝がしなり,小熊の体を抱えあげる。
ぼうっとその姿を見つめる彷徨と未夢。
すると,二人の頭の中に,優しげな女の人の声が響いてきた。
― 驚かせてごめんなさい。
わたしたちは,ハルヤマ星人なんです。
「「ハルヤマ星人??」」
その桜の木,じゃなくて,ハルヤマ星人さんの話を要約すると,つまりは
こういうことらしい。
他の星…特に地球みたいに,他星人との接触に慣れていない星を旅行する際には
トラベラーには「その星に馴染む姿」に変身する義務がある。
普通は一般人に変身するところ,初の地球温泉旅行に来たこの人たちは
勝手がわからずに「桜の木」と「熊」になった。
ところがどちらもしゃべることはもちろんのこと,木に至っては動くこともかなわない。
途方にくれていたところに,未夢たちが現れた…
「…なるほど。お話はたいへんよくわかりました。
それで?あなたたちが,元の姿に戻るには何が必要なんですか??」
彷徨が木を見上げ,静かに尋ねる。
― 名前。名前を読んでいただけると,元に戻れます。
「…では,あなたのお名前は?」
― ………ヒトミ,です。
「「!! ひ―とみ,さん……??」」
彷徨が息を呑むのと,未夢が驚いて声をあげた,ちょうどその時。
ざあっと風が吹いて,桜の花びらが舞い踊った。
未夢と彷徨は思わず目を閉じて。
ゆっくりと目を開くと,そこには――――――――――――
小さな男の子をかかえて,柔らかく微笑む女の人の姿があった。
「……はふぅ〜,極楽,極楽〜♪」
肩まで温泉につかって,未夢は歓声を上げた。
さっきまで小熊だった男の子ー名をハルカくんと言ったーと
一緒に,水鉄砲やアヒルのおもちゃで遊んでいる。
そんな光景に目をやりつつ,彷徨はヒトミに頭を下げた。
「ほんとに,こんなに早く温泉にはいれるなんて思ってませんでした。
ありがとうございます」
ヒトミとハルカが元の姿に戻ったあと。
お礼に,とヒトミが温泉発掘作業をした…今度はブルドーザーに姿を変えて。
うなる轟音。
飛び散る土砂。
とても元が「華奢で美しい女の人」とは想像できない。
呆気にとられて見守る未夢と彷徨の眼前に,
みるみるうちに,広大な温泉が掘り当てられたのだった。
なみなみとした湯の中で,気持ちよさそうに体を伸ばしながらヒトミは明るく笑った。
「いえ,そんな。ほんのお礼ですし。
私たちも念願の温泉に入れて大満足です。…ねぇ?」
ヒトミさんに促されて,小さな男の子は恥ずかしそうにコクンと頷いた。
さっきから未夢にひっついて,じっとしている。
「あらあら,未夢さんにすっかりなついちゃって。
…そうよね,あの子の救援信号に気づいてくださったのだから。
本当に,なんてお礼をいったらいいか…」
じっと見つめられて,彷徨はやや慌てたように手をふる。
「や,オレは別になんにも…でも,なんで未夢だけに通じたんだろう…??」
「波長が合ったっていうのもあるでしょう。ただ,あの子の能力はまだ未熟なので
覚醒している人には届かないんです。それに,太陽の力がないところでは
うまく使いこなせないし…ほとんど諦めてたんですけど」
ヒトミと彷徨は,顔を見合わせた。
一方の未夢とハルカは,相変わらず仲がよさそうに遊んでいる。
彷徨はふと,忘れていた記憶を思い出した。
幼い自分と遊んでくれた,やさしい女の人。
顔はよく覚えていない。
あれは母さん?
それとも……
「……さて,と。
ここの温泉も堪能できたし,そろそろ次に向かわないと」
彷徨がふと我に帰ると。
とうに湯からあがり,身支度をすませたヒトミとハルカがいた。
「もう,行っちゃうんですね…」
未夢がさびしそうにつぶやく。
「ごめんなさいね。あまりゆっくりとできなくて…一日ロスしているから,
時間がないの。他にも入ってみたい温泉,たくさんあるのよ。
…でもきっと,ここで入った温泉が一番だと思うけどね」
そう言って,ヒトミはにっこりと笑う。今まではにかんでばかりだったハルカも
はじけそうな笑顔だ。
そうしてハルカは未夢に呼びかけた。
「未夢おねえちゃん…」
「うん?」
「また会おうね。」
「うん!…絶対ね!!」
その言葉を合図に,二人の姿がふわりと浮かんだ。
そのまま青空を,春風のごとく軽やかに飛んでいく。
「これはさいごに。うけとってくださーい」
そんなヒトミの声がして。
見上げた彷徨と未夢の顔に,はらはらと降りかかってきたものは。
「………うわぁ〜〜」
光る空から舞い降りてきたのは,桜のはなびらだった。
はらり,はらりと。
雪みたいに軽くて,そして淡い光をはなつそれは
静かに温泉に,未夢に,彷徨に降りそそいでくる。
「キレイだね〜〜」
「…ああ,そうだな」
二人はしばし黙って空を振り仰ぐ。
「−あたしね」
その沈黙を破るように,未夢がぽつりとつぶやいた。
「親の都合で,勝手に住む場所決められて,転校させられて…
…最初にここに来たときは,寂しさとか不安とか…
泣きたい気持ちだったこともあるけど。
ここに来られてよかった。
今はパパとママに感謝したいくらい。
…引越しってね,哀しかったりさびしかったりするけど。
変わることでわかることもいっぱいあって…
今って,学校と家と,っていう狭い世界でしょ?
でもね,世界ってほんとに広くて。
望めばどこへだって行けるんだって…
そして移った数だけ,出会いもあるの。
十分楽しんだと思ったら,次の場所が待ってる。
そんな気がする。
だからわたしも,あの人達と同じ。
旅行者だな…って,そう思ってたの。
…でもね,今は。
ずっと,この街にいられたらいいのになぁ……って,思ってるんだ。
ここにいたら,それだけでいろんな人と会えるもん。
さっきのヒトミさんたちも,ルゥくんも,ワンニャーも…
ここにいなければ,会えなかったみんな。
―ほんと,ここに来られてよかったな。」
胸のうちを吐露してしまって,なんだか恥ずかしくなって。
くるりと後ろを向いて,未夢は顔の下半分をお湯につけた。
ぶくぶくと口から息を吐きながら,立ち上る湯気に目を細めていると
後ろから彷徨の声が聞こえた。
「…でも,ほんとになんで,未夢にだけあいつの声が聞こえたんだろうな…」
「なんでだろうね。ルゥくんたちと一緒にいるから,そういうのに敏感に
なってるのかな?
あ,それか…もしかしたら。
あの子が,彷徨に似てたからかもしれないね。」
口にしてしまってから,未夢はその言葉の「意味」にはたと気づく。
「あ…あの,違う,そうじゃなくて!!
えーっとほら,いつも彷徨にはいろいろ助けてもらってるから。
いつか逆に,助けてあげられたらなーって思ってて!
その気持ちとあの子の気持ちがうまくシンクロしたっていうか…
そ,そう!たぶんそういうことなんだよ!!」
お湯の中でぶんぶんと手を振り回しながら,力説する未夢。
お風呂でのぼせてるのか,うまく頭が回らない。
ちょっと頭を冷やそうと,じゃぶじゃぶとお湯をかきわけて端っこの
景色が見える場所に移動して。
眼下に広がる平尾町を見下ろす。
お湯から出ている,上半身が風にさらされて,ぴりぴりと冷たかった。
すると。
とん,と。
やわらかく,頭に手の感触を感じて……
「――――――――」
彷徨の声が聞こえた気がした。
でもそれは,とても小さくて,短くて。
何を言ったのか,聞き取れなかった。
聞き返そうと,未夢が振り返ると。
そこには何事もなかったかのように,湯につかり空を見上げる彷徨の姿があった。
― 気のせい,…かな…??
そのとき。
「あ」 と唐突に彷徨が声を上げた。
「え,な,なに?」
「さっきヒトミさんが言ってたよ。
日光が出てる状態じゃないと力がでない…って。
そりゃー受信できるのは,10時くんだりまで寝こけてた未夢くらいだよなぁ。
納得したよ」
「…なにが言いたいのよ」
「べっつに〜。ただ,未夢らしいな〜と思って。
普段トロいお前だからこそ,って感じするじゃん?」
「なんですって〜っ!!!!!!」
温泉の沸く山に。
仲良く(?)かけあいを続ける,彷徨と未夢の声が響いていた。
― ありがとう。
聞こえないよう,囁かれた小さなつぶやき。
彷徨のその言葉を聴いていたのは,彼の一番傍。
彷徨の頭にそっと乗っていた,ひとひらの桜の花びらだけだった。
お久しぶりです,もしくははじめまして.
新作を書くのは2年ぶりのさららです_(._.)_
間一髪!間に合った…というところでしょうかorz
書き方を忘れ,お話を忘れ…
あげく自分のパスワードを忘れ(・_・ゞ
大好きな作品から遠ざかっていた期間を思い知りました.
今回プロットをいただいたにも関わらずこの体たらく
(あげくだいぶアレンジしてるし(^_^;)
もっともっと精進していきたいと思います.
みなさんに楽しんでいただけるような作品になっていれば幸いです.
2005年の春に.