Snow Queens

プロローグ

作:OPEN



降りしきる雪の中。

一人の少年が雪を相手に遊んでいる。

公園の中には他に人影はない。
物音も聞こえず、時折聞こえてくるのは少年の靴が雪を踏みしめる時に聞こえる、サクサクという小さな音だけ。


汗ばんできた額を拭って、彼はたった今まで押していた物を見つめる。

それは雪の玉だった。
彼の胴体くらいはありそうな丸い雪玉。
そう大きな物ではないが、この5,6歳の少年がこの小さな体で作ったことを考えれば、よくできているというべきだろう。


満足げに頷いてその雪玉をもう少し押す。
そこにはほぼ同じ形の、けれど一回りは大きな雪の玉が置いてあった。

ゆっくりと転がしていく少年の口からは、白い吐息が漏れ、また宙に消えていく。
ふと気がつくと、着ていたコートにも、ニット帽にも、雪が大量に積もっている。

一面はどこもかしこも白い雪の世界。
唯一の例外は、その中で動き回るこの小さな少年だけだった。



無事動かし終えたら、あとは大きい玉に乗せるだけだ。

両手で抱えて、全身にありったけの力を込める。
が、彼の身体には不釣合いに大きな雪の玉、そう簡単に持ち上がるはずはない。

顔を真っ赤にして持ち上げようとするが、やはり動く様子は無い。
欲張って大きくしすぎたかな。
そんな考えが頭をかすめながらも、懸命に持ち上げようとする。

不意に、両脇から手が添えられた。



怪訝に思って振り返った少年の目に大きな人影が映る。
彼の身体を抱きかかえるように後ろから手を回して雪玉を掴んでいるのだ。

女性だった。

彼女はそっと少年の耳元に唇を寄せる。
降っている雪よりもさらに冷たい吐息が首筋にかかり、少年は思わず身をすくめた。


透き通った小さな声で、彼女はそっと囁いた。


完成させたい気持ちが強かったのか、特に警戒もせずに少年は頷く。
もう一度力を込めると、驚くほど玉は簡単に持ち上がった。

そのままストンと、大玉の上に置かれる。

前もって用意しておいた、小枝と小石をくっつけて。
大きく息をつくと、少年は一歩下がって見上げた。

今までの疲れも吹き飛ぶような満足感に、自然と笑顔が出てくる。
見事な出来栄えの雪だるまだった。





ひとしきり見上げて満足した後、少年は振り返って手を貸してくれた女の人を見上げた。

彼女は長身で、長い銀色の髪をしており、大きな帽子を被っている。
が、少年が驚いたのは、その女性の肌も、服も、何から何まで、まるで雪そのもののように真っ白である事だった。

ブルーの静かな目で、彼女はじっと少年を見つめている。



何か言おうと口を開きかけた少年の頬に、白磁のような手がそっと触れた。


その瞬間、彼はビクッと身を震わせた。
彼女の手は、まるで氷のように冷たかったのだ。

あまりの冷たさに、思わず一歩下がってしまう。



小さな目に浮かんだ、微かな怯えを感じ取ったのだろうか。
女性の瞳が少し揺れたような気がした。


ぎゅっと手を握り締めて、少し恐れの消えた少年は改めて彼女を見上げる。
見つめ合うこと数瞬。


暫し沈黙した後、女性はくるりと踵を返す。
音も立てずに去っていく彼女を見た時、

不意にその口を言葉が突いて出た。


――――母さん?


なぜそんな言葉が出たのか分からない。
ただ、立ち去り際に彼女が見せたあの目を見た時に、彼の頭に浮かんだのは、もうこの世にいないはずの母親の顔だった。

白い女性はそのまま滑るように雪の中へ消え、それっきり見えなくなる。
夢の中にでもいるような気分で、ぼうっと少年は立ち尽くした。

辺りにはまた誰もいなくなり、この光景を見ているのは、さっき作った雪だるまだけ。
深々と降る雪は激しさを増し、全てを白く染め上げていく。



それは、あたかも幻のような、雪の日の話―――。




[戻る(r)]