parallel story〜crusades〜

4・中編ー1

作:OPEN



山岳の村・ファーレン。
大陸北東部に横たわる、セヴル山岳地帯と、砂漠地帯のちょうど中間地点、つまり山への玄関口のような位置にある村である。

山に近いという利点を生かし、昔から住民は林業で生計を立てていた。
周囲との交流もそれなりにあり、のどかで静かな、ごく普通の村だった。

近年になって、次第に農業技術が進歩し、伐採跡地を利用できるようになってからは、食料の生産も伸び、次第に規模も大きくなっていってからも、人々の暮らしは変わらない。

東西の争いが激化してからも、この村はどちらに与することも無く、ただ静かに嵐の過ぎ去るのを待つことができた。

その理由は二つある。
勢力境界線の近くにあり、双方の力が均衡する場所であったということ。
そして、彼らが独自の信仰を、長年に渡って守り続けていたということ。

だが、城砦都市ゼラードが完成すると、双方とも食料補給地としてうってつけなこの村を放ってはおかなくなる。

軍隊の巡回、税金の徴収、改宗のための布教。
外界の刺激が、次々に入り込んでくる。

村の住人達も今や、激化していく大陸情勢を無視するわけにはいかなくなったのである。






「意外と、でかい村だな・・・。」

村の入り口に立って、彷徨はそう呟いた。

ここから見渡しただけでも、かなりの数の建物がある。
奥行きの深さを計算に入れると、おそらくもっと多いだろう。
ロアと同じように、入り口から大きな通りが真っ直ぐ続いており、左右には民家や店などが肩を並べていた。

「彷徨、見て!」

不意に未夢が村の向こうを指差して叫んだ。
村の背には大きな山々が覆いかぶさるようにそびえている。

「セヴル山脈だよ、あれ!」
「へえ・・・。」

彷徨もつられて見上げる。
なるほど、すぐに山へ入ることができる位置に村はある。
遠くてよく見えないが、山のすぐ側には畑のようなものも見えた。



未夢と彷徨は馬から降りると、ファーレンの門を潜る。
村の中にまで乗り入れるわけにはいかない。

「お〜〜、やっと着いたね〜〜。」

未夢がう〜んと伸びをする。
日頃から馬に親しんでいる彷徨とは違い、未夢は始めての乗馬だったのだ。
半日近く馬に揺られ続けていれば、疲れて当然かもしれない。

「で?これからどうするの?」

振り向いて聞いてくる未夢。
彷徨は手綱を引っ張って馬を連れてきた。

「とりあえず、望の所に来たって言う村長の所に行こう。俺達は余所者なんだし、実力者の助けがあったほうがいいだろ。」
「あ、そうだね!私もそのお爺さんに、いろいろお話聞きたいし!」

目を輝かせる未夢をしばらく微笑んで見つめていた彷徨だったが、急に何かを思い出したように考え込む。

「?どうしたの?」
「今、考え付いたんだけどさ・・・。」
「?」
「俺達、知らないんだよな。村長の家。」
「あ・・・。」

未夢も口に手を当てた。
そう、二人は村長の家どころか、この村にどんな所があって、どんな配置になっているのか予備知識が全く無いのだ。

(しまったな・・・。)

彷徨は心の中で舌打ちする。
これでは情報収集どころではない。

「どうしよう・・・。」

未夢は不安そうに辺りを見回した。
ふと気がつけば、周りに居た人々から、突き刺さるような視線が向けられている。

「とりあえず、中に入るか。いつまでも入口で立ち止まってたら、本当にただの怪しい奴だ。」
「そ、そうだね・・・。」

二人と馬一頭は、用心深く歩き出した。
広い大通りは、日中であるにも拘らず、あまり人通りが多くない。
おそらく、大半の人々は山へ木を切りに行っているか、畑仕事の真っ最中なのだろう。
通りに出ている数少ない人々は皆、すれ違うたびに不安と好奇心の入り混じった目で二人を見る。

(鎧を着てこないで良かったな・・・。)

彷徨はため息をついた。
今回の任務の性質を考えて、今の彼は騎士の姿ではない。
普通の木綿で織られた長袖の服にズボン、そして灰色のマントという、典型的な旅人スタイル。

剣については悩みに悩んだ。
もちろん、持って行った方が不測の事態の時に頼もしい。
だが、話を聞かせてもらう時にはかえって問題になってしまう。

彷徨の剣は、俗にロング・ソードと言われる長めのものだ。
よほどのお気楽者で無い限り、これを帯びている人間と初対面で友好的に話しましょうという雰囲気にはなれないだろう。
結局、腰には挿さずに荷物の中に入れ、代わりに短剣を二本、懐に入れて来ている。




しばらく歩くと、一つの看板が見えてきた。
かなり古そうな建物で、やはり年季が入っていそうな看板には「PUB」と書かれている。

「あれ、何?」
「酒場だな・・・。」

二人は立ち止まった。
馬が側でブルルンと鳴く。

中からは笑い声が聞こえてくる。
何人か客がいるようだ。

どうする?入るか?
情報収集にはうってつけなんだが・・・。


「どうしたの、彷徨?あっ、もしかして、入るの?」
「いや、その・・・。」

彷徨は気まずそうに、未夢と、看板を交互に見比べた。
未夢は不思議そうな顔で彷徨を見つめている。

どうすればいいんだろう。
彷徨一人なら、迷わず入るだろう。
だが、未夢も一緒となると・・・。

酒場は確かにその性質上、情報を集めるのに最適だ。
だが、酔った男達が集まる所というのは、それだけに「危ない」場所でもあるのだ。
そんな所に、未夢を連れて行くなんて、言語道断だ。
だからと言って、このまま村を宛ても無くさ迷うというのも・・・。

(・・・そうだ!)

彷徨はパッと顔を上げた。

「未夢、俺はちょっと入ってくる。村長の家の場所、聞いてくるから。」
「じゃあ、私も・・・。」

そう言って入ろうとする未夢を手で制する。

「いや、お前にはもう一つの仕事をやって欲しい。」
「もう一つの・・・仕事?」
「ああ。」

言って彷徨は、側で佇んでいる馬の背中にポンと手を置いた

「こいつの世話、頼みたいんだ。」
「馬の、世話?」
「ああ。こいつ、中に入れるわけにはいかないだろ?だから見てて欲しいんだよ。すぐに戻ってくるから、な?」
「それは、いいけど・・・。」

未夢は彷徨の目を覗き込んだ。
緑色の瞳がすぐ側に寄って来て、彷徨はドキリとした。

「な、何だよ?」
「彷徨・・・何か私に隠してない?」

少し怒ったような口調に、彷徨は視線を外した。

「・・・そ、そんなわけねーだろ?」
「ふうん。ホントかなぁ?」
「ホントだって!じゃ、俺、ちょっと行ってくるから!」

言い残して、彷徨は酒場のドアに飛び込んで行った。


残された未夢はふうっとため息をつく。

「何が、『そんなわけない』よ・・・私って、信用無いのかなぁ・・・。」

まだギシギシと音を立てているドアを見つめる。
それが何だか、分厚い壁のように思えた。

まぁ、いつまでも考えててもしょうがない。
未夢は馬に歩み寄ると、茶色の毛並みをゆっくりと撫でた。

「疲れちゃった?ゴメンね、ちょっと待ってて。」

そう言って、井戸の方に歩いていく。
桶を中に落として、水を汲み、力いっぱい引き上げた。
肩がまだ痛むが、我慢できないほどではない。

「結構・・・重いんだよね・・・ふうっ。」

水で一杯になった桶を馬の前に置くと、待ちかねたようにゴクゴクと飲み始める。
ふふっと笑って、自分も側の手すりに腰掛けた。
肘を膝の上に乗せて、両手で頬杖を着いて、空を見上げた。

山の中だからだろうか。
日光があまりきつくない。
もちろん暑いことは暑いが、砂漠にあったあの焼け付くような感じがしない。

「静かだなぁ・・・。」

聞こえてくるのは鳥の声と、たまに耳に入る酒場の男達の声だけ。
昼下がりの村は、本当に静かだった。





(ふうっ、あっぶね〜。)

酒場のドアを閉めて、彷徨は安心したように息をついた。
あの少女は、普段はポケッとしているくせに、妙なところで鋭い。
危ない所だったが、何とかごまかせたようだ。

ぐるりと酒場を見渡してみる。
店内はあまり広くは無く、カウンターの他にはテーブルが5,6個設置されている。

時間帯のせいか、客の数も少ない。
男性がカウンターに2人、テーブルに2人。
全てが老人か、もしくはそれに近い50代くらいの男達だ。
皆、彷徨を奇妙な物を見るような目つきで見ていた。

それに、カウンターで飲んでいる若い女性が一人。
彼女だけは、彷徨が入ってきても別に驚かず、ゆっくりと酒を飲んでいる。

彷徨はカウンターに腰掛けた。
黒い髭を口の周りに生やした、いかにもと言った風貌の主人が側にやって来る。

「ホットミルク。熱いやつを。」
「あいよ。」

彷徨の注文にぶっきらぼうに答えると、主人は後ろの壁からコップを取り出した。

「聞いたか?ミルクだとよ。」
「ママのおっぱいが恋しいのかい?坊や。」

酒場に居た人の中では比較的若い二人の中年の客が、そう言ってゲラゲラ笑う。
彷徨は目を細め、呆れたようなため息をついた。
こういう酔っ払いは、相手にするだけバカバカしい。
無視するのが一番、そう思ったのだ。



「あら、ミルクはいいものよ?」



不意に聞こえた声に、その場の人間の注目が集まる。
カウンターの隅に座っていた女性だ。
彷徨も彼女を改めて見た。

年齢は20代後半だろうか。
黒く長い髪にスラリとしたスタイル。
知的そうな顔立ちは美人と呼んでもいいほどに整っている。

女性は目だけを回りに向けると、微笑みながら言った。

「成長に不可欠な栄養を十分補給してくれる上に、美味しくて、しかも安い。成長期の男子の飲み物としては、これ以上の物はないわ。少なくとも、お酒よりはね。」

その言葉を聞いた男達は黙り込んでしまった。
年齢的には彼らの半分にも満たないし、別に強く言ったわけでもない。
だが、その言葉には不思議な説得力がある。

ふと、彷徨とその女性の目が合う。
気のせいか、彼女の笑みが深くなった気がした。
彷徨は気になったが、それ以上深く考えなかった。

主人が湯気の立つホットミルクの入ったコップを置く。
それを手に取って、一口啜った。
疲れた身体に幾分力が戻ってくる。

しばらく喉を潤すと、彷徨は目当てのことを聞くことにした。
外に未夢が待っているのだ。
いつまでものんびりしているわけにはいかない。

「なあ、聞きたいことがあるんだけど。」
「何だい。」

コップを拭く手を休めずに聞き返した主人に、彷徨ははっきりした口調で聞いた。

「この村の村長さんの家、どこだかわかるかな。」
「・・・!」

主人の手が止まった。
彷徨は訝しげに彼を見た。
ふと周りを見れば、他の客達もあからさまに不審そうに彷徨を見ている。

「あんた、村長の家に何の用だい。」
「何って・・・。」

言いながら彷徨は戸惑った。
普通なら正直に答えても別にいいのだろうが・・・。
今のこの状況では、あまり懸命な判断とは言えない。
彷徨の勘がそう教えていた。

どうするか・・・。
彷徨が悩んでいた時。


「伝承について聞きに行くんでしょ?」


口を挟んだのは、先程の女性だった。
思わぬ方向からの助け舟に、彷徨は驚いて彼女を凝視する。

「貴方、学者さんの卵なんでしょう?この地に伝わる幻獣伝説について調べるためにこの村に来て、まずは村長さんの所に聞きに行こうとした・・・違う?」

そう言って女性は彷徨の目を見た。
目を丸くしている彷徨。
彼女はそんな彷徨にだけ見えるように、小さく人差し指を唇に当てて見せた。

口裏を合わせろ、と言うのか。
彷徨は慌てて頷いた。

「そ、そう。そうなんですよ。よくわかりましたね。」
「ふふっ、あたしの推理に間違いは無いわ。」

笑いを含んだ声でそう言って、店の主人に視線を向けた。

「そういうわけだから、教えてあげてもいいんじゃない?」
「・・・・。」

主人は彷徨をじっと見つめた。
ややあって、ゆっくりと口を開く。

「・・・この店を出て左にずっと行って、突き当りを右だ。」
「ありがとう。」

彷徨が礼を言うと、また主人はプイッと後ろを向いてしまった。

一方、先ほどの女性は席を立つと、勘定をカウンターに置き、彷徨の方へ歩み寄って来た。
無意識のうちに身構える彷徨。
女性はそのまま側までやって来ると、苦笑混じりに言う。

「そんなに警戒しないで?」

そう言って、彼女は彷徨の耳元に口を寄せた。
そして、小さな声で囁く。

「この村はね。つい最近だけど、東西両方から圧迫を受けた村なのよ。だから、みんなピリピリしてるの。特に余所者に対してはね。時が来るまで、貴方達の事は秘密にしておいた方がいいわ。」

そこで女性は言葉を切って、笑みを浮かべた。

「ね?・・・十字軍の、騎士様?」
「!!」

彷徨は目を見開いた。
思わずバッと身構えて、懐の短剣に手をやる。
彼女は相変わらず、微笑んだままだ。

「あんた、一体・・・。」
「ただの行きずりのヒマ人よ。じゃ、確かに忠告したわよ?」

そんな言葉を投げかけて、女性は店の外へ出て行った。
後に残された彷徨は、しばらくの間、彼女の出て行ったドアを凝視する。

「なんだぁ?あの女。」
「さあ、この村のヤツじゃねえのは確かだが・・・。」

男達の会話は、彷徨の耳にも入った。
この村の人間じゃない。
ということは、彷徨達と同じ、旅人だろうか?
だが、それにしても・・・。

何であいつは俺のことが分かった?
それに、何で俺を助けるような真似を?

そこまで考えて、彷徨ははっとなる。
彼女が出て行ったドアのすぐ側に、未夢を待たせていたことを思い出したのだ。

「親父っ!勘定だ!」

叫んで懐から硬貨を取り出すと、それをテーブルの上に放り出す。
荷物を肩に引っ掛け、彷徨は一目散に外へと飛び出した。





「きゃ〜、すっご〜い。」
「ホントだ、おっきいよ〜!!」
「でしょ?私もびっくりしたんだ。」

ドアを開け放った彷徨の耳に、賑やかな声が飛び込んできた。
そこにあった光景に、彷徨は目を丸くする。

彷徨達が乗ってきた馬の周りに、子供達が集まっている。
みんな、そんなに大きくは無い。
主に5〜7歳くらい、一番大きな子でも10歳は超えていないだろう。
一様に目を輝かせて馬を見つめたり、たてがみを撫でたりしている。

その中心には未夢が居た。

「未夢っ!」
「あ、彷徨。どうだった?」

彷徨の声に何でもないかのように未夢が振り向いた。
慌てて未夢に駆け寄る彷徨。

「・・・何やってんだ?」
「あのね、私がここで待ってたら、この子達が集まってきたの。馬見るの初めてなんだって。私と同じだね!」

そう言ってにっこり笑う。
それを見ていると、何だかいろいろ気を揉んでいたのがバカバカしくなってくる。
彷徨は我知らずため息をついた。

不意に、ズボンを引っ張られる感触を感じた。
下を見ると、小さな女の子がじっと見つめている。

「おにーちゃん達、どこから来たの?」
「えっ・・・。」

彷徨は言葉に詰まった。
馬を知らなかったことから見ても、この子供達は今まで西の人間と接したことが無いのだろう。
大人なら馬を見た時点で気付くだろうが。

彷徨が口を開く前に、未夢がしゃがみこんで話しかける。

「私達ね、ずーっと遠い所から来たの。」
「とおい・・・とこ?」
「そう。」

頷く未夢に、別の男の子が聞いてくる。

「今日からここに住むの?」
「ううん。そうじゃないの。大事な用があって、ここに来たんだ。」

ふうん、と頷く男の子。

彷徨は目の前で繰り広げられるやり取りを、ただ見つめるだけだった。
全く、なんでこんな風に打ち解けて話せるのだろう。
自分はあんなに苦労したというのに。
相手が子供だから?
それとも、未夢だからだろうか。

と、この中では最年長らしい女の子が、未夢の前にずいっと顔を突き出した。

「ねえ、お姉さん達、恋人同士なの?」
「「へ!?」」

思わぬ問いに固まる未夢と彷徨。
気がつくと、他の子供達も興味津々と言った様子で二人を見ている。

「そ、そんなわけないじゃない!」
「そ、そうだよ。誰がこんなヤツと!」

赤面しながら言った彷徨の台詞に、未夢がムッとした顔になる。

「ちょっと、こんなヤツとは何よ!」
「お前意外に誰が居るんだよ!」
「なんですってぇ〜。」

睨み合う二人。
目の前の子供達はそんな光景が面白いらしく、きゃあきゃあ騒いでいる。
と、そこへ・・・。



「あんた達!!何やってんの!!」

女性の大声が聞こえて、二人は振り向く。
買い物籠をぶら下げた中年の女性が、恐い顔をして二人を睨んでいた。

一人ではない。
同じような顔をして、同じようなポーズのおばさんが3人居る。
この子達の親だろう。

「何って・・・。」
「別に私達は・・・。」

言いかける二人を無視しておばさんはズカズカ歩いてくると、子供達の手を握り締めた。

「ほらっ、もう行くよ!」
「え〜、何で〜!?」
「まだ居たいよ〜〜。」
「いいから!」

口々に抗議の声を上げる子供達を一喝して黙らせると、先頭の女性は再び二人をギッと睨む。

「あんた達がここでコソコソ何をしようと勝手だけどね、子供達には手を出さないどくれ!!」

吐き捨てるようにそう言うと、彼女はまだ名残惜しそうな子供達の手を引っ張って、他の母親達と一緒に歩み去って行った。

残された二人は、しばらくの間そこに佇んだ。

「何よ、あの態度!しっつれいですな〜!」
「しょうがないさ。」

彷徨は肩をすくめた。
先程の女性の言葉が脳裏に蘇る。

“みんな、ピリピリしてるから・・・。”

この調子では、一般の人間から話を聞くのは難しそうだ。
そういえば・・・。

「なあ、未夢。俺が出てくるちょっと前に、女の人が出てこなかったか?」
「え・・・・ああ、うん。出てきたよ。若い女の人。綺麗だったよね〜。」

呑気なことを言っている未夢に、彷徨は聞いた。

「何か、無かったか?」
「?・・・何かって、その女の人と?別に何もなかったよ?私のほうを見て、にっこり笑っただけ。」
「そうか・・・。」

腕を組んで考え込む彷徨。
未夢はきょとんとして尋ねる。

「その人がどうかしたの?」
「いや、何もないならいいんだ。それより、村長の家の場所が分かった。これから聞きに行こう。」
「・・・うん。分かった!」

まだ首を傾げてはいたが、一つ頷くと未夢は馬のほうに駆け寄る。

とりあえず、あの女の事は後回しにしておこう。
今は、当面の目的を達成することが大事だ。
決断して彷徨は、未夢の後を追った。






もしかしたら、嘘を教えられたかもしれない。
あのおばさん達の反応を見て、そんな疑いまで持ってしまった彷徨だったが、幸いなことに村長の家は、言われた通りの場所にあった。
どうやらあの酒場の主人は、それなりに彷徨を信用してくれたらしい。

村長――ゲオルグ・フォンバッハは、訪れた二人を見て初めは驚いた様だったが、前もって渡されていた望からの手紙を見せると、割とあっさりと納得してくれた。

それなりの広さがある客間に通された二人は、紅茶を振舞われた。
この村の特産なのだそうだ。

「しかし驚きましたな。どなたかがこの村を偵察にやって来られるとは思っておりましたが、あなた方のようなお若い方だとは。十字軍の兵士はみな、同じような年齢なのですかな?」
「いいえ。」

彷徨が口を開く前に、村長の問いに答えたのは未夢だった。

「彷徨と、あと他に何人か居るだけです。14歳で騎士になれる人って、本当に少ないんですよ。」

三太や望から仕入れた騎士の情報をうろ覚えながら語る未夢。
老人の目が丸くなった。

「ほほう・・・ということは、この方はとても優秀ということですか。」
「はいっ!」

未夢はニッコリ笑って頷く。
その様子はどこか誇らしげでさえあった。
横で聞いていた彷徨が、居心地悪そうにたしなめる。

「おい、未夢。よせよ。」
「何で?本当の事じゃない。」
「そういうことじゃなくて・・・。」

顔をしかめて抗議する彷徨。
二人のやり取りを目を細めて見ていたゲオルグは、紅茶を一口啜った。

「どうですかな?この村の感想は。」

二人は言い合いを中断して、老人の方を見る。
彷徨はとりあえず、感想を口にした。

「静かな所ですね。景色もいいし・・・。」
「それだけですかな?」
「?はい・・・。まだ来たばかりなので、全部は見ていませんが・・・。」

何かを含むような口調に首をかしげながらも彷徨が返した言葉に、ゲオルグが言う。

「余所者に冷たい村・・・と、お思いにはなりませんでしたか?」
「え、あ、いや・・・。」

薄々感じていたことをそのまま口にされて、彷徨は言い淀んだ。
ゲオルグは自嘲気味な笑みを浮かべる。

「よろしいのですよ。本当の事ですからな。こんな時でなかったら、良い所なのですが・・・。」

カチャリという音がして、カップが置かれる。
ゲオルグは二人の目を見据えた。

「あなた方には協力させて頂きます。ですが・・・お気を付けになってくだされ。そう過激なことをする者は居ないと思いますが、みな、緊張感に満ち溢れておりますでな。」
「心しておきます。」

彷徨は頷いた。
と、横で聞いていた未夢が、思い切ったように口を挟む。

「あのっ・・・。」
「何でしょうか?お嬢さん。」

未夢は深呼吸を一つする。
彼女には、もう一つ目的があったのだ。

「聞かせて欲しいことがあるんです!『幻獣』の事・・・。」
「ほう・・・。」

ゲオルグは意外そうな声を上げる。

「貴方のようなお若い方には、退屈極まりないと思いますがの。」
「そんなこと、ありません!」

未夢は真剣な目でゲオルグを見た。
彼はしばらく、緑色の瞳をじっと覗き込んでいたが、やがて立ち上がった。

「お話してもよろしいのですが・・・・。」

そこで言葉を切って、柱時計を見上げた。

「もう昼時ですな。よろしければ、昼食でもいかがですかな?お話は食事をしながら、と言うことで。」
「え・・・いいんですか?」
「もちろん。私としても、外の話をいろいろとお聞かせ願いたいですしな。」
「じゃあ・・・。」

未夢と彷徨は互いに顔を見合わせて頷き合った。
そして、彷徨は微笑んで言葉を返す。

「お言葉に甘えさせて頂きます。」
「では、決まりですな。」

満足気に笑って、ゲオルグは奥の部屋に向かって叫んだ。

「ワンニャっ!ワンニャはいるか!?」
「は〜〜い!」



間延びした声と共に、奥から一人の青年が出てきた。
ゲオルグは彼に向かって言う。

「こちらは西から来られたお客様じゃ。昼食をご一緒することになった故、急いで支度を頼む。」
「お客様・・・ですか?」

青年は意外そうに二人を見る。
こんな田舎の村に来る旅人は、確かに珍しいだろう。
ましてやこんなご時世だ。

未夢と彷徨は改めて彼を見た。


金色の短い髪に、柔和そうな顔立ちをしている。
背はすらりと高いが、大人っぽいという感じはしない。
そこかしこに残る幼さのせいで、パッと見ると20歳よりも若く見えてしまう。

青年の方も二人が気になるらしく、じっとこちらを見ていた。
妙な沈黙が客間に流れる。

「ところで、ルゥは大丈夫なのじゃろうな?」
「はい。たった今、お昼寝された所です。」
「そうか。では、食事を頼むぞ。」
「はい、かしこまりました!」

元気良く頷いて奥に姿を消す青年。
彼の後姿を見送ってから、未夢は村長に聞いた。

「あの人は?」
「半月前から雇い入れた、使用人及び子供世話係ですじゃ。料理も洗濯も育児も一流の腕前で随分と助かってはいるのですが、いつも肝心な所でポカをやらかしまして・・・。」
「へ〜・・・。」

納得して頷く未夢の横で、ふと気付いたように彷徨が老人の方を向く。

「育児って・・・お孫さんがいらっしゃるんですか?」

彷徨の問いを聞いた瞬間、ゲオルグは慌てたように言った。

「い、いや、孫のような存在が、居るには居るのですが・・・・それより、食事を待つ間、お話でも致しましょう。先ほどお知りになりたいとおっしゃられていた、『幻獣』の話をね。」

彼に似合わず取り乱した様子のゲオルグを、彷徨は首をかしげて見つめた。
が、未夢は期待に目を輝かせて、村長の話に耳を傾け始めている。

「はいっ。お願いします!」
「ふむ・・・どこからお話しましょうかな。そもそも、幻獣の信仰が生まれたのは・・・。」

一つ一つ、確認するように話し出すゲオルグ。
その目が、嬉しさを隠しているのを見て、彷徨は安堵する。

とりあえず、客人としては、認めてもらえたようだった。




昼食は、それなりに楽しいものだった。
村長の話は、未夢はもちろん彷徨にとっても面白いものであった。
幻獣とはそもそもどういう存在なのか。
なぜ、人々は幻獣を信じるようになったのか。
それらは今のこの村の生活にどんな影響を与えているのか。

そういった事を、ゲオルグは分かりやすく丁寧に説明してくれた。
帰ってから、親父にも話してやろう。
村長宅を出る時、彷徨はそう心に決めていた。




「お世話になりました、ゲオルグさん!」
「俺達、もうしばらくこの村を廻ってみます。」

玄関先で振り返った二人を、彼は顔を綻ばせて見送った。

「お気をつけてな。もしお泊りになられるようなら、この家にしなされ。この村には宿屋などという気の利いたものはありませんからな。」

ありがとう、と手を振って、二人は村の中心の方に歩いて行った。
ゲオルグはそれをしばらく見続けていた。

何年振りだろう。
こんな風に、腹の底から爽快な感じが湧いてくるのは。
本音をそのまま口に出せる気持ち良さというものを、久し振りに思い出した。

あの二人の少年少女は、色々な経験をしてきたのだろう。
楽しいことも、辛いことも。
少女はその瞳に、優しさと強さを併せ持ち、少年は限りなく優しい目で彼女をじっと見守っていた。
自分が、遠い昔に置いてきてしまったものを、あの二人は持っていたのだ。





ため息を一つついて、家に戻ろうとする。
が、家の中からドタバタという音が聞こえて眉を顰めた。
同時に、誰かが飛び出してくる。

「そ、村長様ぁ〜〜〜!!」
「なんじゃ、ワンニャ。騒々しいぞ。」

血相を変えて叫ぶ使用人を、ゲオルグはたしなめた。
彼は手足をばたつかせて言った。

「大変です〜!ルゥちゃまが・・・ルゥちゃまが、いなくなってしまったんですぅ〜〜!!」
「何っ!?」

ワンニャの言葉を聞いた瞬間、ゲオルグは大きく目を見開いた。

「どういうことじゃ、それは!?」
「ワタクシが目を放した隙に、揺り篭から消えてしまって・・・。」
「馬鹿者!!すぐに探して来んか!!」
「はい!!」

村長は大きく頷いて駆け出すワンニャ
ゲオルグはそれを見送って、「まったく・・・」と苦々しげに呟いた。





村長の家を後にした未夢と彷徨は、いよいよ本格的にこの村の事を調べるために、むらのあちこちを見て廻っていた。
だが、思うようにはかどっているとは言い難かった。
二人の姿を見掛ける度に、村人は鋭く睨みつけてきたり、あるいはそそくさと逃げて行ってしまう。


「ふうっ・・・上手くいかないね・・・。」

未夢は曲がり角の所に座り込んで呟いた。
さすがの彼女も、立て続けに嫌悪の視線にさらされて参っているようだ。

「今の所は、ほとんど進展無しか。まずいな・・・。」

疲れているのは彷徨も同じだった。
腰に手を当てて、天を仰ぐ。
いくら時間の制約が無いとは言え、あまり時間は掛けられない。
遅くとも明日の朝には、ここを発たないといけないのだ。

それに・・・。

これではもう一つの、彷徨にとっては本当に重要な目的が果たせないではないか。
しゅんとしている未夢を見ながら、彷徨は悩んでいた。


その時、未夢が驚いたような声を上げた。

「?あれ、なんだろ・・・。」
「未夢?」

未夢は立ち上がって走り出した。
慌てて彷徨もその後を追う。

二人の右前方、他の建物よりも奥まった部分に古びた建物があったのだ。





「うわ〜。」

入り口の前に立った未夢が感心したような声を上げた。
その店は、雑貨屋らしかった。
鍋やザルなどの台所用品、ハタキや雑巾、その他色々な生活用品が並んでいる。

だが、未夢の興味を引いたのは、その奥に飾られている物だった。
様々な人形や絵が置いてある。
その題材となっているのは、とても不思議なもの達だった。

あるものは、人間と全く変わらないように見えるが、よく見るとどことなく違う。
またあるものは、一目で人間ではないと分かるような不可思議な形をしている。
材質も木製や金属製など、様々だ。

「・・・すごいね。」
「ああ。」

二人はしばらくの間、夢中でそれらを見つめていた。


「彷徨、これって・・・。」
「幻獣たち、だな。さっきの村長さんの話にあったのとそっくりだ。」

彷徨は店の中を見回した。
どれを見ても、値札がついていない。
ということは、これらは売り物ではないわけだ。
この店の主人か誰かが自分で作るか、集めるかしているのだろう。

「ねえ、彷徨。あれ何だろ?」
「ん?」

未夢の声に、彷徨も奥の方に目をやった。
店の一番奥に、大事そうにしまわれている像を発見したのだ。

「これは・・・。」

彷徨がそれをもっとよく見ようと足を踏み出した瞬間―――


「何をしているっ!!」


後ろから突然、大きな声が響いた。
思わず二人はビクッとなって振り向いた。

店の入り口に、男が仁王立ちしていた。
50代くらいの、がっちりした体格をしている男性だ。
黒いあごひげをたくわえたその顔は、露骨な怒りを示していた。

「お前達、ここで何をしていた?」

二人を交互に睨みつけながら、男はそう問いかけた。
未夢は慌てて叫ぶ。

「いえっ、あの・・・私達、偶然通りかかって、それで・・・。」

しどろもどろになる未夢。
男は彼女の脇を通り抜けると、店の奥に入って来た。
例の像の前に置いてあった椅子の前に、二人に背を向けるような感じでドッカと座ると、周りのものをガチャガチャと引っ掻き回しながら言い捨てる。

「出て行け。儂は忙しいんじゃ。」
「待ってください。俺達は・・・。」
「うるさい!出ていけと言っておるのがわからんのか!?」

再びキッと睨みつけて叫ぶ。
けんもほろろという感じだ。
二人はお互いに顔を見合わせて、ため息をついた。

「わかりました・・・。」
「どうも、お邪魔しました。」

立ち去ろうと二人は背を向ける。
その後ろで、何やらカンカンという音が聞こえていたが、それを気にするほどの余裕は、二人には無かった。







「何よ。あんな言い方しなくってもいいじゃない。」

そう言う未夢だが、その口調はさっきまでのような元気が無い。
彷徨は、黙って彼女と肩を並べて歩いた。

未夢の横顔を、そっと覗き込んで見る。
見るからに沈んだ顔。
無理も無いだろう、自分だってくじけそうなのだから。


視線を外して、ふうっとため息をつく。
どうしてこんな事になってしまうのだろう。
未夢をここに連れてきたのは、こんな顔をさせるためではない。

笑って欲しいから。
笑顔のままで居て欲しいから。
だから連れて来たのに。

彷徨はぐっと拳を握り締める。

「未夢。」
「ん?何、彷徨?」

歩きながら、未夢は顔を彷徨に向ける。
しばらくためらった後、彷徨は口を開いた。

「お前、村長さんの家に戻ってろ。」

未夢の足がピタリと止まった。
そして、キッと彷徨を睨みつける。

「いやっ。」
「未夢・・・。」
「私、『一緒に』行くって言ったでしょ!?」

怒ったような顔で叫ぶ未夢。

「彷徨、何でそんなこと言うの!?私が一緒に行くって言った時、彷徨がいいよって言ってくれて・・・私、本当に嬉しかったんだよ・・・・?なのに・・・。」

さっきの表情とは一転して、悲しそうな表情。
彷徨は黙って未夢を見つめている。


「行くからね、一緒に!」
「おいっ・・・待てって。」

歩き出した未夢を、彷徨は追いかけた。
追いついた彷徨が未夢の肩に手をかけようとした時。





「きゃあっ!!」
「未夢!」


足元にあった何かに躓いて、未夢はものの見事にこけてしまった。
彷徨は側にしゃがみこむ。


「何やってんだよ・・・大丈夫か?」
「うん。何かに躓いちゃって・・・。」


「・・・うぅ。」


足元から聞こえてくる微かな声。

『?』

思わず同時に下を見る。

「え!?」
「これって・・・。」


そこに居たものを見て、二人は驚きに目を見開いた。





「赤・・・ちゃん?」

未夢が呆然と呟く。



そう。
そこに居たのは、一人の赤ん坊。



金色の髪をした赤ちゃんが、つぶらな瞳で二人を見上げていたのだ。



未夢と彷徨は、しばらくの間言葉を無くして佇んだ。




その子の澄んだ瞳に、心を奪われて。


































[戻る(r)]