Good Summer Day! 作:OPEN

ジリジリと照りつける太陽。
あたりに響き渡るセミの鳴き声。
どこからどう見ても、もう季節は立派に夏。
花火に夏祭り、そして学生ならほぼ全員が心待ちにしているだろう夏休み。
青空で自己主張を続ける太陽と同じように、子供たちは半袖短パンで元気に走り回る。
これぞ由緒正しき夏の風景。
・・・・とはいえ、皆が皆この暑さを歓迎しているなんてことはない。
容赦なく降り注ぐ日光に、ふらふらになっている者もいるわけで・・・。

「あっついよ〜〜。」
暑さのためにぼんやりとした頭で、未夢は呟いた。
「全くだな・・・・夏だから仕方ないって言っても・・・毎日これじゃ、ちょっとなぁ・・・。」
彼女の言葉に、隣を歩いていた彷徨も額の汗を拭いながら言う。
空の太陽は、そんな二人にもお構いなしに、日光を惜しみなく提供してくれている。

二人が持っているのは大きなバッグ。中には水着、タオル、ゴーグル、着替えなどプールに行くのに必要な品々が詰まっている。と言っても今からプールに行く訳ではない。これから帰るところだ。
「あ〜もうっ、なんでこんな日にプールに入れないのよ〜〜!!」
「まさかあそこまで混んでるなんてな・・・。」
二人は同時に言って、ため息をついた。
暑い暑いと叫んでいると余計暑くなる。
そうとわかっていても、言わずには居られなかった。

事の起こりは朝、未夢が発した「プールに行こうよ!」の一言だった。
もともと西遠寺には、エアコンなどという気の利いたものは無い。
付けようという話が持ち上がったことは何度かあったのだが、その度に彷徨の父・宝生は、心頭滅却すれば火もまた涼しじゃ、などと言って、どんなに暑くても決して冷房を入れようとはしなかった。
そのせいで、彼が修行でインドに旅立った今でも、西遠寺にあるのは一台の扇風機と数枚の団扇という昔ながらの道具だけ。かと言って、さすがのワンニャーもエアコンに変身するのは無理。
だから、未夢がプールに行くという提案をしたのは至極当然のことだった。
朝から庭のビニールプールで遊んでいたせいで、疲れてすっかりお昼寝モードに入ってしまったルゥを、家の用事があるからと留守番を買って出たワンニャーに任せ、二人は「モモンランド」にあるプールに向かったのだが・・・。

「うっかりしてたな・・・。こんな暑い日の、しかも夏休みなんだから、混んでるの当たり前か・・・。」
彷徨は残り半分ほどになってしまった水筒の麦茶をのどに流し込んだ。
あの混み具合じゃ、いつ入場できるのかもわからない。入る前に日射病で倒れてしまったりしたら、それこそ本末転倒というやつだ。
「ねえ、どうする?彷徨・・・。」
「そうだなぁ・・・、図書館にでも行くか?あそこなら冷房効いてるだろ。」
「そうだね〜〜、いい考えかも・・・・・あれ?」
彷徨の言葉に相槌を打っていた未夢が不意に遠くを見て声を上げた。
「どうした?」
「あれ、クリスちゃんじゃない?」
未夢は前方を指差した。未夢達からやや離れたところを歩いてはいるが、間違いなくクリスだ。
遠目にも良くわかる、緩くウェーブのかかった赤い髪が、陽炎の向こうにふわふわと揺らめいている。
「ああ、ホントだな。」
「お〜い、クリスちゃ〜〜ん!!」
未夢は呼びかけながら、小走りに近づいていく。
クリスがゆっくりと振り返るのが見えた。
「あ、未夢ちゃん・・・。」
「どうしたの?クリスちゃんもお出かけ?」
「ええ・・・。」
クリスの声にあまり元気が無い。
未夢が怪訝そうな表情を浮かべた時、彷徨が追いついてきた。
「あ、彷徨君もいらしたんですのね・・・。」
「オス、花小町。」
彷徨が声をかけても、やっぱりクリスは気だるげに頷いただけだ。
「クリスちゃん?」
未夢は不思議に思って眉をひそめた。
いつもならば、彷徨の姿を目にした瞬間、「まぁ、彷徨君!こんなところでお会いできるなんて、素晴らしい幸運ですわ〜〜!」などと大げさな台詞が飛び出してくるのに。
「どうかした?どっか具合、悪いの?」
心配そうに未夢が聞く。
よく見ると、彼女の目はどこか焦点が合っておらず、顔色も悪いように見える。
「いえ、別に・・わたくし・・・あの・・・。」
「?」
要領を得ないながらも答えようとするクリスだったが、不意にその体がグラリと揺れた。
細い体が横に傾く。そのまま地面へと流れていって・・・。

ドサリッ

「・・・・え?ちょっと、クリスちゃんっ!?」
突然のことで、何が起こったのかすぐにはわからなかった。
しかし地面に倒れたクリスを見た瞬間、未夢は速攻でパニックを起こしあたふたと慌て始めた。
「きゃああ!どうしよう、クリスちゃんが!ねえ彷徨、どうしよう!110番で救急車?119番で警察?ねえ、どうしたら・・・。」
「落ち着けって、未夢!お前までパニクってどうするんだよ!」
彷徨は未夢を落ち着かせると、クリスに駆け寄る。
「とりあえず、どっか涼しい場所に運ぶんだ!未夢、そっち持て!」
「う、うん!わかった!」



結局、西遠寺に運ぶには遠すぎるということで、より近い所にあるクリスの家に連れて行くことになった。
運び込まれたクリスを見て、出迎えた鹿田はひどく驚いていたが、すぐにいつもの落ち着きを取り戻すと
手早く氷や冷たい飲み物を用意し、クリスを涼しい部屋に運び込んだ。
たぶん、日射病か何かだろう、というのが彼の見立てだった。
「ごめんなさい、迷惑かけてしまって・・・。」
ソファーに腰掛けたクリスは、同じように目の前に座っている未夢と彷徨に申し訳なさそうに言った。
幸いそれほど危ない事態ではなかったらしく、彼女は運び込まれて数分で気がついた。
もっとも、まだ大声で話すのは辛い様だったが。
「ううん、いいよ。でも、起きてて大丈夫なの?」
「ええ、もうなんともありませんわ。」
「よかったぁ。」
安心したように笑う未夢に微笑み返すと、隣の彷徨に顔を向けた。
「彷徨君も、ありがとうございます。」
「ああ、それは別にいいけど・・・。一体どうしたんだ?突然倒れるからビックリしたんだぜ?」
彷徨の言葉に、未夢も頷いた。
クリスは恥ずかしそうに答える。
「その・・・このところ毎日暑かったので、うちの中で冷房を効かしてたんですけれど、さすがに毎日続くと体に悪いと思ってお散歩に出たんですの。けど、長いこと歩いてるうちに頭がふらふらしてきてしまって・・・気がついたらあんな事に・・・。」
ああ、と二人は納得いった表情で苦笑した。
無理も無い。かくいう彷徨や未夢達だって暑さでぶっ倒れそうになっていたのだから。
「そういう未夢ちゃんたちは、何してらしたんですの?」
「クリスちゃんとおんなじ。あんまり暑いからプール行こうと思ってたんだけどね・・・。」
「プール?」
クリスは首をかしげて問い返した。
「うん。でも、すっごく混んでて結局帰ってきちゃったんだ。あ〜〜あ、ホント、まいったよ・・・。」
未夢の言葉にクリスは下を向いて、何事か呟き始めた。
考え込んでいるように見える。
「クリスちゃん、どうしたの?」
「未夢ちゃん達は、この後何か予定あります?」
唐突な質問に二人は戸惑ったが、率直に答えた。
「ううん。なんにもないよ。ね、彷徨?」
「ああ、どうせ暇だしな。」
クリスは二人の返事を聞くと、「よかったですわ」と、手を打ち合わせた。なんだか妙に嬉しそうだ。
?という顔の二人に意味ありげに微笑むと、クリスは側にあったインターフォンを取り上げ、下に待機している鹿田を呼び出した。




平尾町の住宅の中でも、屈指の大きさを誇る花小町邸。
おそらくこの町だけでなく、日本中を探してもここまで大きな屋敷はそうそうないだろう。
そのあまりの広さに、初めて来た者が迷わないように地図まで設置されているくらいだ。
単純に生活のための区域以外にも、いろいろな建物がある。
ちょっとした散歩ができる庭や、そこに設けられたささやかな休憩所。
メルヘンの世界からそのまま抜け出してきたようなお菓子館。
パーティーなどに使われる、精緻な装飾があちこちに施された大ホール。
そして・・・・・


「すっげえな〜〜!!モモンランドのプールにだって負けてないぜ!?」
目の前に広がる特大プールを目にして、三太は感動したように声を上げた。
側にいたななみが呆れ顔で突っ込む。
「黒須君ってば、もう5,6回は聞いたよ?その台詞・・・。」
「いいじゃんかよ〜。何度いっても足りないなんてコトないだろ?」
「まぁ、確かにね・・・。」
頷いたななみは、改めて辺りを見回した。
三太の言うことももっともだ。この光景を目にしたら、誰だって驚かずにはいられない。
ななみたちが今居るのは、花小町邸の裏庭にしつらえられたプールの一角である。
皆同じように暑さに参っていたところに、クリスからの電話を受けてやって来たのだ。
ただし裏庭といっても、普通のではなく、尋常でない広さを持つ花小町家の裏庭だ。
もちろんプールの広さも半端ではなかった。なにしろ、面積は庭一面に達しているのだから。
三太の言葉どおり、モモンランドのプールとほぼ同じ。いや、ウォータースライダーなどのアトラクションの面積を除いた、純粋にプールだけの広さならば、もしかするとそれさえも上回っているかもしれない。
「すごいよね〜。」
いつの間にか隣にやって来ていた綾が言った。
「クリスちゃん家だから広いだろうな、とは思ってたけど・・・。」
ななみもうんうんと頷いている。
「よっし!あたしたちも泳いじゃおう!」
「そうだよね!こんなチャンス滅多に無いし!よ〜し、泳ぐぞ〜!」
オオ〜と気合を入れて、二人は揃ってプールに入ろうとしたが、三太だけは何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回している。
「どしたの、黒須君?」
「いや、飛び込み台ないかなと思ってさ。」
「・・・・ないと思うよ。」
「ええ〜〜!飛び込みこそプールの醍醐味なのになぁ・・・。ええい、こうなったら台無しでもやってやる!!」
「ちょっと、黒須君!」
ななみが止める暇もあらばこそ。三太は思いっ切りプールの淵を蹴って水面に身を躍らせた。
派手な水音と共に水しぶきが上がる。
「・・・・・。」
三太はしばらくそのまま浮いていたが、やがてゆっくりと上がってくると苦しそうに腹を押さえてう〜んう〜んとうめき始めた。
「・・・お腹、打ったんだね。」
「うん・・・。」
ハァ〜とため息をつく二人。
「それじゃ、あたし達も行きますか!」
「行きましょう!」
のた打ち回る三太を残して、ななみと綾は再びときの声を上げてプールへ突撃した。


バシャバシャという音を立てて、未夢は端のほうにたどり着いた。
しばらく我慢した後、水面に顔を出して大きく息を吸う。
「ふ〜〜、気持ちいいな〜〜。」
ご満悦の表情の未夢。その側に、同じようにして彷徨がやって来て顔を上げる。
未夢は感心したような声を上げた。
「すっごいね〜!彷徨はっや〜い!!」
未夢が泳ぎ始めてから10秒ほど遅れてスタートしたのに、ほぼ同じに到着している。
さすがといったところだろうか。
「まぁな。」
素直な褒め言葉が照れくさいのか、彷徨はそっぽを向いて答えた。
「けど、最初ちょっと飛ばしすぎたな。この広さだから、終盤息切れしちまってさ・・・・。」
「へぇ〜〜。」
未夢は意外そうに笑った。彷徨でもそういうことがあるんだ、と。
彷徨は何か言おうと口を開いたが、またすぐに顔を赤くして視線をそらす。
「?どうしたの?」
「別に・・・・。」
きょとんとして聞く未夢に、思わず心の中で文句を言う。
(いいかげん、気付いてくれよな・・・。)
未夢は全く気付いていないようだが、ここに来てからというもの、彷徨は未夢の方を直視できないでいた。

青を基調にした水着に、白い素肌がいつもより目立つ。

金色の長い髪は水に濡れて、太陽の光を反射して淡く光る。

いつも見慣れた未夢とはまた違っていて、本当に綺麗だな、と思う。

しかも、それを至近距離で、こんな無邪気な反応と一緒に見せられるのだ。

さっきまで悩んでいたものとは別の「熱さ」が彷徨を捉える。

「すごいよな、ここ。」
顔の赤さを悟られないように、彷徨は無難な話題を振った。
「うん!いいな〜、クリスちゃん。こんなプールが自分ちの庭にあるなんて。」
「ああ。これならいつでも入りたいときに入れるもんな。」
「そうそう!ここならいつでも入り放題・・・。」
・・・・・・・あれ?
何か引っかかるものを覚えて、未夢は言葉を切った。
庭にプールがあって、その広さは遊園地並み。しかも私有だから、混んでいて入れないなんて事もない。
けれど、だったらなんで・・・・
「クリスちゃん、なんであんな所であんなになってたのかな?」
「そういや、そうだな・・・。」
こんな大きなプールがあるのに、どうしてクリスはぶっ倒れるまで出歩いていたのだろうか。
暑いならそれこそ、プールに入るのが一番だというのに。
「鹿田さんっ!」
未夢はプールサイドのパラソルの下で、飲み物の用意をしていた鹿田に声をかけた。
「はい、なんでございましょう?」
「クリスちゃんて、よくここに来てたりするんですよね?」
今日だけでなく、今までに何回もこんな風に暑い日があった。
もしかしたらたまたま今日は入らなかったのかもしれない。そう未夢は思っていたのだ。
「いいえ。」
しかし、予想に反して彼は即座に首を横に振った。
「お嬢様が今日のようにプールに入られることはほとんどございません。時々軽く水浴び程度にはお入りになってはいますが・・・それも1、2分程度で出てこられます。」
未夢は驚いて問い返した。
「ええっ?でも、どうして?」
「わたくしもそれは気になっているのです・・・。何度かお嬢様にも申し上げたのですが、その度に寂しそうなお顔をされて黙り込んでしまわれるので・・・。」
鹿田は心配そうに言った。さすがの彼にも良くわからないらしい。
(どうしてかな・・・?)
未夢は首を捻って考え込んだ。
本人に聞いて、いいものだろうか。
「どうかなさいましたの、お二人とも。」
聞こえてきた声に振り向くと、クリスが不思議そうな顔で未夢たちを見ている。
「あ、ううん。なんでもないよ。」
「そうですの?」
クリスも未夢たちと同じようにプールに入ってくる。
「わたくしはまたて〜っきりお二人のなっかよっしさ〜んを邪魔してしまったのかと・・・。」
「違うってば!そうじゃなくて、プールがおっきいねっては・な・し!」
「そう、でしょうか・・・。」
未夢の言葉に、目をキラリと光らせていたクリスが、一転してどこか複雑な表情で周りを見渡す。
その様子が、なんだか寂しそうに見えて。
未夢がどうしたの?と聞こうとしたとき、
「未夢ちゃん、クリスちゃん!鹿田さんがゴムボート貸してくれたよ〜!乗らな〜い!?」
離れたところに居た綾が声をかけてきた。
「あ、うん!乗る乗る!」
未夢は元気よく叫び返した。そして、クリスのほうを振り向いて手を引っ張る。
「行こう、クリスちゃんも!」
「ええ。」
クリスも頷いて、二人はボートのほうへと泳ぎだした。



「お〜い、彷徨〜〜!!」
未夢が女の子同士で遊び始めてしまったので、30分ほど一人で泳いでいた彷徨の所へ、三太が呼びかけながら走ってきた。
よく見ると、望も一緒だ。
「何だよ、どうしたんだ?」
「競争しないか!?」
はい?という顔で見返してくる彷徨に、望が人差し指を立てて説明する。
「ボクたち三人で、端から端まで競争さ!」
「負けた奴は勝った奴にホットドッグおごるんだぜ!」
彷徨はおいおい、と呆気に取られてしまった。
「何でいきなり・・・っていうかなんでホットドッグなんだ?」
「何言ってんだよ!夏のプールの休憩といえばホットドッグだろ!?」
「そんなこといつ決まった?」
やれやれと彷徨はため息をついた。
が、ふとあることに気付いて視線をめぐらせる。

未夢が、いない。

さっきまでななみ達と一緒に遊んでいたはずの未夢の姿が、どこにも見当たらないのだ。
ななみと綾は、プールに上がって一休みしているのが見えるのだが。
「おい、天地!未夢知らないか?」
ななみは訝しげに問い返した。
「あたしたち疲れたから先に上がっちゃって・・・・。未夢はもうしばらく入ってるって言ってたんだけど・・・。その辺にいないの?」
答えを聞いて彷徨は一瞬考えた後、ザッとプールから勢いよく上がる。
「おい、彷徨!どうしたんだよ!?」
「試合放棄は駄目だよ!西遠寺君!」
「不戦敗ってことでいいぞ!」
三太と望にそう叫び返すと、彷徨は反対側へ走り出した。
残された二人は思わず顔を見合わせ、お互いに軽く肩をすくめる。
「光月さんが絡むと、ああだもんなぁ。」
「全くだね。ところで・・・。」
ん?と聞き返す三太に、望は周囲を見渡しながら、
「花小町さんもいないんだけど・・・どうしたのかな?」

未夢は、さっきまでとは明らかに違う風景を前に、しばしの茫然自失からようやく立ち直ろうとしていた。
自分がドジだという事は知っていた。
そのせいで、かなり危ない目にあったこともある。
今は別に危険があるわけではないが・・・自分のオッチョコチョイさ加減を見直さないわけにはいかなかった。
ななみ達が上がった後も、未夢はゴムボートに横になったまま、緩やかな流れに身を任せてすっかりくつろいでいた。
自分では気付かなかったが、その間にかなり遠くまで流されてしまっていたらしい。
気がついたときには漂流民よろしく、周りに誰も居なかったというわけだ。
どうもこのプール、普通の物と一緒に、流れがある物も作られているらしい。
未夢がボ〜ッとしているうちに、ボートがそっちの方に行ってしまったのだろう。

(友達の家のプールで迷子になるなんて、多分史上初だよね。)
バシャバシャと水を蹴ってみる。けれど、すぐに止めた。
周りが妙に静かで、心にポッカリと穴が開いたよう。
さっきまではみんながいて、あんなに楽しかったのに、今はなんだか寂しい。
別に山奥に一人きりというわけでもないのに。
(みんながいなくなると、こんなに寂しいんだ・・・。)
たぶん自分は、こんな雰囲気には耐えられないだろう。
初めて見たときは感嘆していたこの広さも、今となっては寂しさが増すだけだ。

未夢はハッとなった。
「もしかして・・・。」

クリスちゃんも、同じだったのかな・・・・?

未夢は立ち上がると、もう一度辺りを見回した。
広い広い家だ。大昔の貴族の暮らしは、きっとこんなだったのだろう。
けれどそこに、一緒に楽しむ人の姿はない。
本当なら聞こえて来るはずの、家族や友達の声が聞こえない。
未夢はクリスの親について、詳しく聞いたことは無い。
けれど、仕事で忙しくて、滅多に会えないらしい、ということは良く覚えている。
その気持ちが、すごく良く分かるから。
自分と、同じだったから。

どんなに大きな家だって、そこに家族も友達もいなかったらつまらないに決まっている。
西遠寺に来る前の、自分のように。


「そうだったんだ・・・・。だからクリスちゃん・・・・。」

未夢は、今日の彼女の様子を思い出した。
暑いのに、倒れそうになるまでプールに入らないで。
そして、みんな一緒と聞いたときに、ホントに嬉しそうな顔をしていて。
その理由も、今ならわかる。

この広い家に一人で居たって、そんなの寂しいだけ。


一人でじゃなくて、一緒に入りたかったんだ。


思いっきり笑って、はしゃいで、いろんなことが言い合える仲間と、一緒に。


「未夢っ!!」
急に聞こえてきた声に振り向く。
彷徨が息を切らせて立っていた。
「彷徨・・・。」
「お前、何やってんだよ・・・。探したんだぞ、全く!」
文句を言いながらも、彷徨の様子を見れば、心配していてくれたことがわかる。
だから未夢の口から出てきたのは、素直な言葉だった。
「うん。ゴメンね、彷徨・・・。心配かけちゃったね。」
ペコリと頭を下げた未夢に、彷徨のほうが面食らってしまう。
「・・・・まぁ、いいけどな。何にも無かったんなら、それで・・・。」
言いながら彷徨は未夢の手を引いて、元来た道を歩き始めた。
なぜか赤くなっている彷徨の顔を見上げながら、未夢は話しかけた。
「ね、彷徨。」
「ん?」
「私やルゥ君たちが来る前、彷徨、おじさんと二人で暮らしてたんだよね。」
「?・・・ああ。」
なんでいきなりそんなことを聞くのか、わからない。
「寂しかった?」
「なっ、なんだよ急に・・・。」
「いいから答えて!」
未夢の真剣な目に押されるように、彷徨は視線をそらして呟いた。
「・・・少しな。」
「そっか・・・。じゃ、今は?」
「今は、違うぞ。」
未夢はググッと顔を近づけて「どうして?」と聞いてくる。
彷徨はニヤリと笑うと、未夢のおでこをツンと軽くつついた。
「誰かさんのドジっぷりのおかげで、寂しがってる暇なんて無いからな。」
「な、なによ!彷徨のイジワル!!」
プイッと横を向いてしまった未夢に、彷徨は心の中でそっと付け足す。

今はもう、お前達が居るから。
お前が側に居て、笑っててくれる。だから、寂しくなんか無いんだ、未夢。

彷徨はポンポンと未夢の頭を叩いた。
「ほら、みんな待ってるぞ!」
「あっ、そうだった。急がなきゃね!」

未夢達が戻ってくると、真っ先に走り寄ってきたのはクリスだった。
「未夢ちゃん、どうしましたの!?いきなり居なくなっしまうからわたくし、何かあったのかと・・・。」
どうやら今まで、探し回ってくれていたらしい。
「ゴメンね、心配かけて・・・。」
すまなそうにいう未夢の横から彷徨が茶々を入れる。
「ゴムボートに乗って漂流なんて、ロビンソンクルーソーも真っ青だな。」
「うるさいなぁ!しょうがないでしょ、もう!」
またまた始まったいつも通りの言い合いに、その場の雰囲気が明るくなる。
「よっしゃあ!それじゃあみんな揃った所で、ホットドッグ争奪水泳大会をやるぞ〜!!」
「だからなんでだ?」
彷徨の突っ込みと同時に、爆笑する一同。

それを鹿田は遠くから見守っていた。
(ようございましたね、お嬢様・・・。)
友達と一緒にこうやって笑う、クリスの姿。ずっと待ち望んでいた光景。
自然と顔がほころんでくる。
黙って席を立つと、調理場へ向かう。
また新しい仕事ができたようだ。ホットドッグを、人数分。
今までの中でも、特別楽しい仕事になりそうだ。
いつに無く爽快な気分で、彼はいそいそと取り掛かった。



勝者は大方の予想通り、彷徨だった。
もっとも、最後に演じられた望とのデッドヒートはなかなかの物で、あまりの白熱振りにななみが興奮してプールに落ちてしまうというアクシデントまであったのだが。
それでも楽しい時間はあっという間に過ぎる。
夕焼けの中、5時を告げるチャイムが鳴ったのは、レースが終わった直後だった。


「じゃ、またね!」
「また、今度ね〜!!」
「じゃあな、彷徨〜〜!」
「今度は負けないよ〜!」
ななみと綾が手を振って、夕暮れの町に溶け込んでいく。
三太と望もすぐにその後に続いた。
残ったのは未夢と彷徨、そしてクリスの3人。
「じゃあ、俺たちも行くよ。またな。」
「ええ・・・。」
クリスが微笑みながら見送る。
未夢はクリスに歩み寄ると、真面目な口調で尋ねた。
「ね、クリスちゃん。」
「はい?」
「今日、楽しかった・・・よね?」
いきなりの、余りにもストレートな質問。
それでもクリスは、躊躇せずに答える。
「はい、とっても!」
未夢の顔が、パッと輝く。
「うん、私も!それでね、え〜〜っと・・・。」
「?」
しばらく言葉を捜していた未夢だったが、意を決して顔を上げた。


「またいつでも、付き合うからね、クリスちゃん!」


クリスの目が大きく見開かれる。
隣に居た彷徨は、?という顔をしていた。
たぶん、この言葉にこめられた本当の意味がわかるのは、言った本人と、言われた人間だけだろう。

ずうずうしかっただろうか?
未夢は少し不安になった。
けれど、次の瞬間クリスが見せたのは、ふわりと広がった花のような笑顔。
「・・・・はい!」
頷いたクリスを見て、未夢も「うん!」と笑って頷く。
「じゃあね!」
未夢が彷徨の方に駆けていくと、手を振りながら、二人は帰り道を歩き始める。

クリスはそれを見送ると、オレンジ色に染まった空を見上げた。

何年ぶりだろう。こんな晴れやかな気持ちになるのは。

道を見ると、二人の姿はもうほとんど見えなくなっていた。
(ありがとう・・・。)
そっと呟いてみる。

自分の気持ち、わかってしまったのだろうか、彼女には。
そう考えるとなんだか恥ずかしい。

けれど、それでも構わなかった。
最後に投げかけられた言葉の瞬間、彼女の緑色の瞳が言ってくれたような気がしていたから。




もう、一人じゃないよ、と。














はい、というわけで夏休み企画作品、お届けいたします。
私にとって初の短編となるわけですが・・・いや〜難しい(汗)
今まで続き物しか書いてなかったのでこれを機会に短編物に挑戦!と意気込んだところまでは良かったのですが・・・・
書きたいことが後から後から出てきて、うまくまとめるのに四苦八苦。
結局一話でまとめるために泣く泣く削ったりしてしまいました。
まだまだ修行が足りませんなぁ・・・。

今回の話は、読んでいただくとわかると思いますが、「夏のプール」が主題です。
ってそれ以外ないか(笑)
原作では海の家の話がありましたが、アニメではみんなで純粋にプールあるいは海を楽しむという話があまり無いんです。いつも何か起こっちゃいますから(苦笑)
なので、いつものメンバーがプールでワイワイやっている姿を書きたいなぁと思ったのがきっかけでした。

クリスについては、アニメや原作を見て前々から気になっていたことを書いて見ました。
彼女の家は皆さん存知のように豪邸のお金持ちですが、そのわりに花小町邸には鹿田さん以外に働いている人が居る様子がありませんよね。警備にしても、ボディーガードを雇うでもなく、警備会社との契約という形を採っているようですし。
その鹿田さんも原作には登場しませんから、ちょくちょく遊びに来るももかちゃんを除いて、原作では彼女は事実上、あの家で一人暮らしということになります。
あの広い家で一人、あるいは二人暮し、しかも両親はほとんど帰ってこないというのはどんな感じなのかなぁとか、いろいろ考えてしまって・・・。
もちろん、それでも良いという人ならば問題ないでしょうが、クリスちゃんの場合、やっぱり寂しいんじゃないかなと思うんです。この辺は後々、コラムなんかを書こうかなと思ってます。

結果的に、未夢とクリスの描写が多くなってしまいましたね(汗)
だぁ!では未夢&彷徨に続いて好きな二人なので、どうしてもそうなってしまうんです。
ほかのキャラもみんな好きなんですよ〜(笑)


最後になってしまいましたが・・・・
山稜さん、一周年おめでとうございます!
ネット初心者の私にも、いろいろ丁寧に教えてくださった時には、本当に嬉しかったです〜。
小説もホントに上手くて、私も見習いたいところがたくさんあります。
今回が初めての企画参加でしたが、投稿させていただきました。
いろいろ未熟な部分もあるかと思いますが、作品を楽しんでいただけたらとっても嬉しいです。(^^;
山稜さん、そして皆さん、これからもよろしくお願いいたします。
では。











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