「彷徨、デートしようよ、デート。」
12月23日 PM17:47
未夢が騒ぎ始めた。
夕飯の準備をしているオレのまわりを子犬が自分の尻尾を追いかけるような猛烈な勢いでぐるぐるしている。
「ストップ未夢。話は聞く。だからそのぐるぐるすんのだけはやめろ。気持ち悪くなんぞ。」
それに夕飯の準備が進まない。
未夢はぴたっと動きを止めると台所の椅子に腰掛けた。
…手伝う気はないんだな。
みそ汁に入れる大根を刻み始める。
「ねぇ、デートしようよ、ねっ。」
「それはさっき聞いた。」
「だから〜デート!」
「うん。いつ?」
「明日。」
「どこで?」
「う〜ん。どこでもいいよ。」
「んじゃ、家。」
未夢がむっとした。
「もういい。彷徨なんか知らないもん。ばかぁぁぁぁぁ。」
ざっと椅子から立ち上がって台所から出て行く…のかと思いきや振り向いた。
「みそ汁、なめこがいい。」
…ホントしらねーよ、こっちこそ。
12月23日 PM18:42
リクエストどおりに作った大根となめこのみそ汁を未夢は無言ですすっている。
無言。
無言。
無言。
無言。
「わかった。ちゃんと話聞くから。」
「ホント?じゃぁデートしよ。」
にぱっと笑った顔はかわいい。
……最近いつもこの手で落とされてる気がする…。
弱いんだよ。これには。
「なんで?」
「ん?」
「いや、何でそんなにデートしたがんのかなぁと思ってさ。」
オレだって別にデートをしたくないわけじゃない。
むしろふたりで過ごすのは大歓迎だ。
ただ、なにもわざわざクリスマス戦線真っ只中の、街に出かけなくてもいいと思う。
家でのんびり過ごした方が、落ち着くし、何よりも人目が気にならない。
…別に人目を気にしなきゃいけねーような事をしようというわけではないけど。
「だってさ、クリスマスじゃん。」
「…オレ仏教。」
「ニッポンノ クリスマスハ シューキョートカ カンケイ アリマセーン。」
「…んだよ…それ。」
「ニッポンジン オマツリ スキアルヨ。ダカラ ナンデモ オマツリ ヨロコビマース。クリスマスダッテ オマツリノ ヒトーツ デース。」
…似非くさいことこの上ない。
「ダカラ ワターシト クリスマス…」
「おい、日本語でしゃべんねーなら聞かねーぞ。」
「だかーら、わたーしと、クリスマス過ごしまショウ。」
「…微妙…。ってか…明日、クリスマスイブじゃん。」
「なんだ、ちゃんと彷徨知ってるんじゃん。」
…オレのことなんだと思ってるんだ?
文明開化前?
「あっ、この魚おいし。…だって彷徨って仏教のくせにクリスマス生まれだったりするじゃん。
だから、とりあえず25日は彷徨の誕生日にして、仕方ないからクリスマスに一日ずれてもらおうかと思って。どーせイブって言ったってクリスマスはついてるんだしいいでしょ?」
付き合い始めてもう短くはないけど…ほんとにこいつの頭は時々わからない。
ねじがゆるんでるとか何本かないとかそういう次元じゃなくて…ペット用ロボと工業用トラクターぐらいシステムが違うような気がする。
「…だめ…かな?」
こう言われたらいいという台詞以外に何を返せるというのだろう。
そう答えたら未夢はまたにぱっと笑った。
12月23日 PM19:33
バラエティー番組のクリスマススペシャルだかを見ながら未夢が話し始めた。
「なんかさぁ…さっき雑誌読んでたら急にね。デートしたくなったの。」
「…クリスマス系の?」
「うん。」
テレビがコマーシャルに切り替わって未夢はオレの方を見た。
「わたし達ってあんまりちゃんとデートしたことないなぁって思って。」
「まぁ…家で毎日あってるしな。」
「普通のデートしてみたいなぁ…なんてね。」
「普通のデートって、例えば?」
「う〜ん…なんか、駅前とかで待ち合わせして映画見たりとかご飯食べたりとか…?」
「あとは?」
「ぬぅ…あとは…あとは…なんかいろいろ。」
それ以上は思いつかないらしい。
そこが幼いというか…かわいいというか。
「ね。いいでしょ。デートしよ。」
オレがそこでまた同意を示すと、未夢は嬉しそうに部屋に戻っていった。
明日の服何にしようかなぁと言いながら。
…デート。
なんとなくオレ達にはくすぐったい言葉だと思う。
毎日一緒に暮らしているし、買い物があれば一緒に出かけたりもする。
それなのに前もってデートだと言うだけで、なんとなく照れくさいような気持ちになる。
ばたばたと未夢の足音が戻ってきた。
「明日、10時半に駅前ね。」
それだけ言うとまたばたばたと戻ってゆく。
デート。
…悪くないかもしれない。
洗いものをしようと立ち上がった時に食器棚のガラスに映ったオレの顔は気付かないうちに笑っていた。
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