ひーろー?

作:ちーこ


がちゃり
ドアに鍵がかけられて
音も立てず静かに
ゆっくりと動き出す
制限時間は30分




ワイドショーのGWのおすすめプランを真剣に見ている未夢を横目に「いくか?」とつぶやく。
「ん?」と振り向いた未夢のよく分かってないような表情が次第にぱぁっと明るくなる。
無意識なのだろうがこの表情はヤバい。
なにがというか俺が。
いわゆるお付き合いをはじめて2ヶ月。
前からかわいいとは思っていたが、それがさらに加速していくなんて思ってもみなかった。
何をしてもかわいい。
口に出してこそ言わないものの、それこそ怒った表情さえかわいいと思うんだから相当重症なんだと思う。
「うんっ」 と答えたその表情にまたノックアウトされたのも無理からぬことだろう。



散々遊び倒した遊園地。
だんだん日も暮れてあたりも暗くなってきた。
ジェットコースターで騒ぎ、お化け屋敷で叫び、メリーゴーランドで笑い、コーヒーカップで激しく回ったせいか未夢もさすがに疲れが見えてきた。
疲れたか?なんて聞いたとしても大丈夫と答えるんだろうけれど。
「あっ!」
未夢が声と同時に顔をあげる。
その視線の先には大きな観覧車。
「そろそろ夜景もきれいに見える頃だし、乗ってみるか」
こくりと頷いたその頬が少しだけ赤くて。
それもかわいいと思う自分に…というかそんな些細な変化にまで気がついてしまう自分に人間変われば変わるものだなんて思ってしまう。
観覧車の列の後ろに並ぶ。
さすがにこの時間に観覧車となれば、並んでる人達は言わずもがな。
手をつないだり、腰に手を回したり。
そんな甘い雰囲気に気がついたのか未夢がおろおろしはじめる。
そんな未夢の手をぐっと握って引き寄せてみた。
「かっ彷徨!」
「ん?」
何ごともなかったような表情を浮かべて見せると、未夢は口の中で何かゴニョゴニョとつぶやいた。
握った小さくて細いその手にきゅっと力を込めると、少し戸惑ったように小さくきゅっと反応がある。
きゅっきゅっ、2回握ると小さく2回。
かわいすぎるだろう…。
思わず赤面しそうになるのをポーカーフェイスでなんとかこらえる。
徐々に前の列が短くなっていく。
お互い何か話すわけじゃないけどこんな時間も悪くない。
ふだんならば待ち時間なんて勘弁、なんて言うところだけど、今日だけは大いに感謝したい。
「次のお客様どうぞ」
係員の声に前へ進む。
「ごゆっくり空の旅をお楽しみください」

が ちゃ り。

笑顔で係員がゴンドラの扉を閉め、外から鍵をかけた。
ゆっくりと動き出したゴンドラ。
乗る時に手を放してしまったせいなのか、ふたりきりの空間の中なぜか斜めに腰掛けている。
さっきまで心地よかった沈黙に無駄に緊張感が加わってしまったような気がする。
「あ、あの、この観覧車ってちょうどてっぺんにきた時にキスしたら永遠の愛が叶うんだっ…て」
沈黙に耐え兼ねて喋り始めてから話題のチョイスを間違えたことに気がついたんだろう、顔を真っ赤にしてうつむく。
…キスと言えばあの告白以来できないままでいる。
鈍い鈍いと言われる未夢だがそういう雰囲気を本能的に回避するのか、はたまた俺の運が限り無く悪いのか、ことごとく失敗に終わっている。
「せっかくの観覧車なのに下向いてたら何にも見えねーぞ」
その言葉に未夢がばっと顔をあげる。
「うわぁーきれー」
未夢がうつむいている間にも少しずつ上昇していたゴンドラは今やだいぶ高い位置まできていた。
「ほら、こっちには平尾タワーも見えるぞ」
「えっ!?ホント?」
未夢が立ち上がってこちらに一歩踏み出した瞬間。

ぐ ら り。

風に煽られたのかゴンドラが揺れた。
「きゃっ!!」
バランスを崩した未夢を抱き留める。
未夢の大きな瞳に映る俺の顔はこころなしか緊張しているようで。
ふっと未夢が目をふせるようにそらした。
い ま だ。
脳裏に響くのは悪魔の誘惑か。
思わずそのぷっくりとつややかな唇に目が吸い寄せられる。
そこに、そっと唇を重ねた。
再び未夢の目が大きく開かれる。
何度か瞬きした後、未夢は恥ずかしそうに俺の胸に顔をうずめた。

ど く ん。

高鳴っているのは俺の心臓か、はたまたふたりともなのか。
未夢もそうであってほしいと思うのは俺の願望かもしれない。
「…2回目だね」
しばらくして小さく未夢がつぶやいた。
「彷徨に観覧車で助けてもらうの、2回目…だね」
何となく、そっちか、と思ってしまうのも致し方あるまい。
「困った時とか危ない時とか…必ず彷徨が助けてくれるね。なんか彷徨って…映画のヒーローみたい」
そういうとまた胸に顔をうずめてしまう。
今の未夢のその顔が見たい。
「あのね」
くぐもった声が聞こえ、胸元が未夢の吐息で暖かくなる。
「…多分…わたし…あの頃から…彷徨のこと…好き…だったんだと思うよ」
言い終えた後未夢はさらに深く顔をうずめる。
かく言う俺はどストライクな未夢の言葉に脳みそがフリーズしたかのように何も出てこない。
今、未夢をもっと強く抱きしめたい、もう一度キスしたい、そう思い至るまでどのくらいの時間を費やしたのだろうか。

が ちゃ り。

「おつかれさまでしたー」
元気な声と共に扉が開かれる。
まるで抱き合っていたかのような体勢に未夢はあたふたと俺から離れ、転びそうになりながら観覧車から降りた。
それに続いて降りながら、肝心な所で働かない自分の頭を後悔したのは言うまでもない。




ふたりがキスをした瞬間、ちょうどてっぺんにゴンドラがきたというのは誰も知らない、内緒のはなし。


hero' cafeと言うことでベタにヒーローという単語を使ってみました。
ベタベタすぎる展開なので語り手はちょっと古くさい言い回しの彷徨。

中学生なのでキスにどっきどき。この認識で間違ってないですよね?

というわけで、2010年春企画開幕です!
作品も感想掲示板も自己紹介板もみなさま大歓迎ですv
どうぞご参加ください。どんどん盛り上がっていきましょう!


[戻る(r)]