Honey Sweet ☆ キミヘノコトバ

作:友坂りさ



「「はっぴーにゅーいやー♪かなた♪」」

「「あーーいっ!!だぁ!だぁ!だぁ!」」

「「彷徨さん、未夢さんあけまして??おめでとーございます〜・・・ってこれでよいのでしょうか?・・・あけまして?って意味がいまいちよくわかりません〜」」




                           *





(ん・・・いつの間にかオレ寝てしまってたのか・・・)


年始は寺である西遠寺は、忙しい。
もちろん彷徨も朝から父・宝晶に頼まれて、いろいろと家の仕事などを済ませてきたのだ。

そしてようやっと落ち着いたのが先ほど。
時刻は午後2時を少し過ぎたところ。


早朝から起きていたために、時間が空いたと思ったとたん、うとうとしだして。
ちょっと横になるつもりが、そのまま1時間ほど寝てしまっていたらしい。


しーんと静まり返っているところを見ると、どうやら宝晶はまた出かけてしまっているらしく。
だが、去年がにぎやかだっただけで。
正月に一人でいるのは、決して珍しいことではない。
むしろ、あの季節は特別だった。




・・・懐かしい夢を見ていた。
ちょうど1年前。

未夢と、ルゥと、ワンニャーとすごしたにぎやかな年明け。

だけど、あの後まもなくして。ルゥとワンニャーが帰って。
未夢もまたいってしまった。

だが、未夢は一月に一度は会いに来てくれている。
お互い一緒にいて、とても心地よい中。


だけど。最近は。別の気持ちがくすぶりだしている。
未夢に。
・・・「触れたい」という気持ちに抑えがきかなくて、まいっている。

とはいえ。
まだまだ無邪気な彼女には簡単には触れることができなくて。


(まぁ・・・オレが情けないっていうのもあるかもな・・・)


そう。
嫌われていないとは確信していても。

それが未夢にとって自分が恋愛対象として見られているのかがわからないのだ。

両親と離れていることの多い未夢にとって。
自分は恋愛対象というよりはルゥやワンニャーといたころの感情も含めて。
「家族」と見ているのではないか、ということなのだ。

そう考えてしまうとため息をつかずにはいられない。


そんなふうに彷徨が思いをめぐらせていると。

ふいに、玄関のチャイムの音。


元日の日に誰だろう?と。
だが、もし檀家だったりしたらあまりだらしない格好では出られないな、と少し服を正しながら玄関口へと向かう。


「はい、どちらさ・・・」


「ハッピーニューイヤー!!!あけまして、おめでと♪かなたっ」


「・・・・・・」


「あれあれ〜??どうしたの?彷徨っ??」





――たった今まで思い描いていた人物。


これって・・・デ・ジャ・ヴ?



今目の前にいる。


白いコートに身を包んで。
寒さで少し上気させた頬。

緑色のパッチリした目を何度も瞬きさせながら。

今、ここにいる。


   

    
    未夢。








ああ。
今年もきっとよい年なんだろうな。

なんて。

思ってしまう自分はなんて単純なんだろう。

でも、きっとたぶんこの気持ちは。
とても心地よい。


未夢がいるだけで。
心が甘く溶けて行く。


「・・・彷徨。どうしたの?来ちゃ迷惑だった・・・?」


何も反応を返さない彷徨に。
未夢は不安になって、彷徨に一歩近づいた。

瞬間。ふわっと、香る未夢の香り。

ここにいたころとは違う。

もっと甘い香り。。



「・・・ばぁか。迷惑なわけないだろ・・・」


迷惑なもんか。

オレの気も知らないで。

そういって。
未夢の頭に手をやる。

「よかった♪」


ほっと安心したように。
未夢は彷徨の腕に自分の腕を絡ませる。

さらにふんわり、甘い香り。

きっと未夢にとっては。

何気ないしぐさ。

前まではあまり感じなかったが。

今ではこんな何気ない接触にどきり、と心臓を高鳴らせずにはいられない。

(まったく。簡単にくっつくなよな〜)


思わず照れた顔を見られたくなくて。
口許に手をあてる。


それにしても、この甘い香り。
まるで甘いハチミツのような。

――honey・bunch  ・・・イトシイヒト


そんな言葉が頭をよぎった。


(って、何考えてんだ。オレはっ)


自分の中の甘い感情に自嘲気味に笑わずにはいられない。




「それにしても、未夢。突然だな〜、・・・びっくりしたぞ」

「うん・・・彷徨にね、あけましておめでとう、といいたくて。・・・あと、これを渡したくて」


かさこそとコートのポケットの中から、なにやら取り出して。
はい、と手のひらに乗せて見せられたのは。

かぼちゃの形をしたお守りらしきもの。


「今年・・・受験だから。彷徨より私のほうが頑張らないといけないんだけど。
でも、どうしても早くこれを渡したくて。格好はちょっぴり変だけど、お守りのつもりなの」

頑張って作ったんだよ〜、と少し得意げに胸を張る未夢に。
思わず笑みがこぼれた。


(だからって・・・なんでかぼちゃ?)


確かに。かぼちゃは大がつくほど好きだけれど。
まさかお守りにまでかぼちゃとは。
何だかこっけいだけど。

だけど、自分の好みに合わせて。
お世辞にもあまり器用とはいえない未夢が、自分のために一生懸命作ってくれたことが素直に嬉しい。


「・・・さんきゅ」


「・・・受験。頑張ってね、彷徨」

「・・・ってかお前もだろ」


「えっ?・・・あっ、あはは、そっか〜」


「・・・彷徨」

「ん?」


「高校に行っても、・・・また遊びに来てもいい?」

「当たり前だろ」


当然、と片目をつぶってうなずいてみれば。

よかった、とまたさらにしがみついてくる未夢。
彷徨の心臓はまたどきりと跳ね上がる。


それにしても、やっぱり甘い香り。


いつも以上にくらっときてしまいそうだ。

体中の隠れた熱をごまかすように、ふうっと、ひとつ息をはく。



「・・・と、とにかくこんなところでもなんだし。入れよ。」

「ん。ありがと〜。・・・ふふっ」

「なんだよ」

「うん、だって何だか嬉しくて」

「何が?」


ふいに離れた未夢の腕が名残惜しく思いながら、言葉を返す。

「だって、・・・また帰ってこれたんだな〜・・・って」

「え?」

「ここにくるとね、遊びに来るっていうより、“ただいま”って感じがするんだ。
だからきっとね、ルゥくんたちもいつか・・・何年後・・・ううん、何十年後かもしれないけど。
ただいま、って言って帰ってきてくれるような気がするんだ」

少しはにかみながら、未夢はきっとそうだよ、と彷徨に微笑みかける。
その笑顔が彷徨にはまぶしすぎて。

そして同時に湧き上がる想い。


(・・・みゆ)




白くてやわらかそうな頬。
ふっくらと桜色の唇。


自分を見つめる、大きな新緑色の瞳。

それは。

ほとんど無意識に。


触れたい、と願った。


だけど・・・


(ダメだっ、未夢は、まだ・・・)


突き上げてくるような感情を抑えこんで。
彷徨は、またため息をひとつ。



「ま、座れよ。何か温かい飲み物でも入れるからさ」

「うんっ、ありがと」


そうやってうなずく未夢は。
どこまでも無邪気な笑顔。
やっぱり、この笑顔を戸惑いの色で染めたくはない。
今はまだこのまま・・・と。


甘いハチミツのような。
ふんわりとした雰囲気の未夢は。

ある意味、彷徨にとっては甘い罠のような蜜。

本当に。
未夢の何気ないしぐさや笑顔だけで。こんなにも心動かされてしまうなんて。

きっとこんな感情、未夢は知る由もないだろう、と。

自嘲気味に笑いながら。
彷徨は台所へと足を運ぶ。
未夢の大好きな、甘いホットココアでも作ろうと。




(・・・彷徨、ただいま)



荷物を置き、久しぶりの西遠寺・居間を見回しながら、ゆっくりと座布団に座る。

心の中で、彷徨へも“ただいま”をつぶやいて。

離れてしまってから、何度も“ここ”へ帰りたいと思った。

ルゥやワンニャーだけじゃなく、彷徨とも離れなければならなくなって。

だけど。

今の彷徨と自分の関係は何なのだろう?と時に思う。

(友達・・・家族・・・?・・・だけど、きっとこの気持ちは・・・)


胸の辺りがもやもやする。

そう、気づいたのは。

彷徨とまだ一緒のころだった。


・・・きっとこれは、「好き」。


という気持ち。

だけどきっと彷徨にとっては自分にとって家族みたいなものに違いない。
そう思うと。

簡単に「好き」だなんて。
気持ちを伝える勇気なんて。とてもなかった。



「ほら、未夢。できたぞ〜。特製ホットココア」

ゆらゆらと湯気のたつマグカップからは、これもまた、甘い香り。


「あっ、ありがと。だけど、特製だなんて自分で言うかなぁ?」

「いいの!オレが作れば何でもおいしいんだ」

「ふふ。まぁ、そういうことにしておきますか〜」

そう言って笑いながら、未夢はホットココアの入ったカップで両手を温めるしぐさをした。

きっとここまで来るのにはだいぶ寒かったに違いない。
未夢が来るとわかっていたのなら、駅までくらいなら迎えに行ったのだけど。










何気ない会話が交わされていく。
今学校がどうだとか、こちら(平尾町)の近況だとか、共通の友人の話題とか。

時間があっという間に過ぎていく。


時計を見るのが、ためらわれた。

時間を感じると、未夢がまたすぐに"行ってしまう”ような気がして。



「ところで未夢。お前、この後・・・どうするんだ?」

聞きたくなかったけれど。
だけど、このまま何日かは未夢がいてくれるかもしれない、という淡い期待も込めても、いた。

少しの沈黙の後。
未夢はもう冷めてしまっているマグカップの取っ手に指を絡ませながら、小さく笑った。
少しだけさびしそうに見えるのは気のせいだろうか。


「今日だけ・・・ここに泊まってもいいかな?・・・・明日はもう帰らないといけないんだけど・・・」

「あっ、ああ。それはかまわないけど。・・・おじさんやおばさんは?」

「お正月もお仕事なの。だけど、3日には何とか都合つけて帰ってきてくれる、っていうから。
パパもママもね、凄いんだよ〜。宇宙から・・・アメリカから帰ってきてからもNASAのお仕事だけじゃなくて、雑誌やテレビいろんな取材があってて。彷徨もたまにニュースで見るでしょ?
パパとママがテレビにでてるの」

「・・・そうだな。確かにたまに見てるよ。本当に凄いよな。二人とも」

見間違いじゃない。
最後のほうは寂しそうに声が小さくなっているのがわかって。

彷徨は眉をひそめる。

そうだった。
未夢は寂しいのだ。
もうずっと小さいころから。

去年はルゥやワンニャーもいて。
寄せ集めの家族だけど、毎日がにぎやかで、めまぐるしくて。
未夢もいつも、笑っていた。

だけど。
今は一昨年前に初めて西遠寺(ここ)にきたときのように、時折、ふっとさびしそうに瞳をさまよわせることがある。

未夢の顔がどんどん、曇っていくのがわかって。
彷徨はあわてて話題を変えた。


「ところでさ、未夢。・・・学校、どこ受けるんだ?」

未夢にはココア、そして彷徨の前にはホットミルク。
ミルクのカップに口をつけながら、彷徨はずっと前から気になっていたことを口にした。


そう。
中学までは校区が決まっているが。
高校までは範囲も広く、行く学校はある程度選ぶことができる。
とはいえ、自分と未夢の家は離れているから、またここ(西遠寺)にでも住まない限りは無理
ではあるけれど。

最近、西遠寺に来ても、今まで以上に、一生懸命勉強している未夢。
一月に一、二度程度とはいえ、そのときだけは彷徨が先生役になって、教えているのだ。
まぁ、彷徨の場合、未夢と二人きりで至近距離で接することができて、思いもかけなく嬉しいことではあるのだが。

そんな未夢を見て。
彷徨もまさかと思う心とはうらはらに、ほんの少しだけ、ひょっとしたら・・・と気になっていたのである。

――もしかしたら同じ学校にまた通えるかもしれない、という淡い期待。



「・・・えっ?そ、そんなの内緒だよっ」

突然ふいをつかれた質問に、未夢は動揺して目を泳がせる。
・・・何だか、自分の願いが気づかれているのではないかと。

「何だよ、それ」

未夢が何だか隠し事をしているようで。
彷徨は自然に、むすっとした口調になっていた。


「そ、そういう彷徨こそ、どこ受けるか・・・決まったの?」


「ん。・・・前にもちょっと言ったけど、平尾高校。家から近いし、な」

「へ、へぇ、そうなんだ〜」

その答えに、未夢は何気ないふりをしてみせる。


(・・・知ってるんだけど、ね)

気づかれないように、未夢はぺろり、と舌を出す。
・・・なんだか、少し似てきた“彼”と同じ仕草。

実は未夢は彷徨と同じ学校を受けるため、頑張ってきたのだ。
もちろん、彷徨と同じ平尾高校。
優等生である彷徨は、このへんでもレベルの高いこの高校へ行くだろうと思っていたし、以前何気なく聞いたときにその名前を口にしていたから。

「・・・だけど、彷徨きっと高校でもモテモテになっちゃうんだろうね」

「は?」

未夢の言葉に、彷徨は眉をつりあげる。


未夢自身、はっきりといえば。今までの成績で受かるわけないと思っていた。
それでも、彷徨のそばにいたくて。

だめかもしれないけど、彷徨が受け入れてくれるのならまた西遠寺(ここ)から一緒に通って。
それがだめでも、もう高校生になるのだから、彷徨と同じ学校に行くためであれば、ひとりで暮らしてもいい、と思ってもいた。

(どうせ、今でもひとりみたいなものだから・・・)


心の中でぽつり、とつぶやいてみる。

自分でも驚いているけれど。
彷徨のそばにいたい、という気持ちが未夢を突き動かしている。


「お前ね・・・」

未夢の早とちり勘違いに彷徨はまたため息。
想う相手に好かれていなければ、何の意味もないと言うのに。


まぁ。自分がはっきりしないのが悪いとは思うのだけれど。


「ね、彷徨」

そんなふうに考えていると。
いつの間にか、未夢が顔を覗き込むようにしてこちらを見ていた。

思った以上に近い距離に、どきりとさせられる。

綺麗な新緑色の瞳。
それに写っているのは自分だけ。

それを見ながら彷徨にまた独占欲が沸いてくる。


――他の誰も、この目に写したくない。


「な、なんだよ」

「ルゥくんたち、元気にしてるかな。あっちでも、“お正月”してるかな。・・・ワンニャーったら、またお餅のどにつまらせたりしてないかな」

「・・・未夢」

大きな新緑色の瞳の中に、寂しさと懐かしさが宿らせて。

・・・だけど、想いをはせているのは、自分ではなく。
ルゥとワンニャーへ向けられた気持ちだということにちょっとだけがっかりして。


でも、こんな未夢だからこそ。
好きになったのだ。


そんな彷徨の気持ちなど知るよしもなしに。
時間がまた。過ぎていく。

そして。
気がつけば、窓の外はすでに夜の訪れをつげ、薄暗くなっていた。


「・・・もう暗くなっちゃったね」

「そういえば、今日は満月・・・かな?」

「え。そうなの?」
「ん・・・」

言いながら、彷徨は立ち上がり、縁側のほうへ座った。
未夢もまた、それについて、ちょこん、と隣に座る。

いつもの居場所。
彷徨が座って、未夢が隣に座って。
先に未夢がいるときもあれば。
彷徨が先客のときもある。

どちらかが言い出すわけでもなく。
片方がこうして座っていれば、自然に隣に座って。

いつの間にか。
ココが、“いつもの居場所”になっていた。

隣に座った未夢を一度横目で確かめて。
また、ちらりと未夢を見つめる。


長いまつげと。

去年よりも少しだけ大人びた隣の少女を見ながら。

また。

彷徨の中に湧き上がる想い。


明日になればまた帰ってしまう。
今まではいつも、隣にいた、未夢。


「――お前さ。温泉堀りに行って、がけから落ちたことのこと、覚えてるか?」

満月といえば。
















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