この作品は、2003年春に開催された「Special love white day〜Miyu day〜」の参加作品です。
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春の桜は、人々を魅了する。
散るときでさえ美しく、その姿は人々の心に深く刻み込まれる。
その日、西園寺では梅の蕾が開いた。
そして、それぞれの本来の場所に帰った日だった。
「またいつか、一緒に桜を見よう。」
ルゥと未夢が来たのは、桜の散ったあと。一回も西遠寺の桜を見た事がないのだ。
そんなルゥとワンニャーに、彷徨が言葉を送る。
未夢は苦しくて、「元気でね」としか言えなかった。
目の前の救助船が飛び立つ。
「ルゥ!」
「ルゥく―ん!!」
ものすごい熱風が二人を襲う。
思わず目を閉じたら、もう目の前にはルゥ達の姿はない。
「…行っちゃったな。」
「…行っちゃったね。」
風が吹く。もう、春の風だ。
桜、見せてやりたかったな…。
横を見る。
さびしげな顔で、雲1つない青空を見上げている。
そんな未夢を見ていられなくて、思わず声をかける。
「…そろそろ時間だろ?」
「え?」
「時間!」
「あ…うん…。」
視線を地上に戻して未夢が言った。
「おまえも、ルゥもワンニャーも、よかったな。」
これはみんなが望んだこと。
「彷徨のおじさんも、帰ってくるしね。」
いつかこうなるって、解かってたこと。
いつの間にか、長い西遠寺の石段の下。
さっき呼んだタクシーが、彼女の到着を待っていた。
「じゃあね。」
「じゃあな。」
精一杯の笑顔。
だけど―――――
本当に、これで終わらせていいのか?
「あの…さ、」
「ん、なに?」
「その…、今度来たときは一緒に桜、見ような。」
「・・・うん。」
言うのは今しかないのに―――――
「じゃあすみません、平尾駅まで。」
バタン、と俺の前でドアが閉まる。
「…っ未夢!」
窓越しに、深緑色した瞳が俺を見つめる。
「(彷徨)」
とくちびるが動く。声はもう、聞こえない。
車が動き出す。
徐々にスピードを上げ、あいつは俺から遠ざかってゆく。
「未夢―――――!!」
車は、もう見えなかった。
西遠寺が1年前の生活に戻ってから、一週間が経とうとしていた。
朝、軽めの食事を済ませ、学校へ向かう。
未夢やルゥ、ワンニャーがいなくても、俺は何とかやっていた。
だが、精神的にはかなり来ていた。
親父はまだインド(タイだったかな…)から帰ってきてない。
おとといの電話では、「明日帰るぞ〜」なんて言ってたけど、結局帰ってこなかった。
今日は、終業式と通知表、先生の話だけで、早く終わるだろう…。
早く終わっても、何もすることはないのだけれど。
ガラッ
教室のドアを開けた。まだ誰もいない。
ついこの間までは、いっつも遅刻ギリギリだった。
あいつが、寝坊してたから。
あいつが、いたから。
「よっ、彷徨。」
「ああ…、三太か。」
「なにボーッとしてんだよ。通れないじゃん。」
「ああ…悪い。」
「彷徨、お前大丈夫か?元気ないぞ。」
「…んなことね―よ。」
「やっぱ光月さんがいないとな…。」
ここんとこずっとこればっかだ。
…ったく、それを言うなって。人が考えてることを。
乱暴にかばんを置くと、ドスッと鈍い音が室内に響く。
「あーあ、やっぱあの時彷徨が言っとけばな〜。」
「…それを言うなって。」
「ったく、情けね―ぞ、彷徨。」
―――そう、俺が情けないんだ。
「わかってんだよ…俺が情けなかったんだ。」
「…。」
ツッコんでくるかと思ったのに…。
「…黙んなよ。」
「あ、スマン。」
はぁ、調子狂うな……。
「まったく、調子狂うよな…。」
「え!?」
「やっぱ、彷徨最近、変。」
は?俺?
「やっぱり、光月さんが行っちゃったから…。」
「なっ///、なんであいつが出てくんだよ!」
「だってそうだろ?素直になれよ。」
「あのな〜〜〜!」
「あ、先生だ!早く座れよ。」
「は〜い、席について〜!」
「つまんない意地張んなよ!」
もうこれ以上何も言わないでおこう。
すべて…本当のことだから。
短かった2年生も終わった。
春休みといっても、特に予定もない。一日中本の前にいる。
春休みは宿題もないし、塾になんか行ってない。
やっとカラッポになった食器を、ぬるま湯に浸す。
こうすると、汚れがとれやすくなるんだ、と未夢に言ったら、
「へえ!そうなの、知らなかった!うちは食器洗い機だしねえ…。」
「食器洗い機でも取れやすく…悪かったな、古くて。」
「別にそんなこと言ってないでしょ!?」
「そういう意味だろ?。」
「誰もそんなこと言ってないじゃないのよ!プンプン(>_<)」
俺は1人で、あいつといた生活を思い出し、微笑した。
そして、気付いた。
あいつの存在は、俺の中でどうしようもないほど大きくなっていたということ。
ただの「好き」とか「愛してる」なんて言葉じゃ言い表せないほどに、かけがえのない存在だったということ。
いなくなってから気付いた。こんなにも、未夢が大切だということ。
「もう、遅いんだよ…。」
夜も12時を回ったのに、一向に眠気は来ない。
ここんとこ、ろくに寝てもいないのにな…。
なんとなくテレビをつける。
「…次のニュースです。日本人宇宙飛行士の光月未来さんの帰国が、2日後に決定しました…」
「・・・未夢?」
「…では早速、光月さんの会見をご覧下さい。」
―――ええ、また家族と暮らせて嬉しいです。楽しかったですよ、宇宙は。
みなさんもぜひ、行って見てください!!え?それは無理?残念ですね…。
未夢の母さんらしい。クスッと俺の口から笑いがこぼれる。
だが次の瞬間、俺から笑みが消える。
俺の瞳が、画面の中の未夢を見つけたからだ。
「未夢…。」
未夢は、父親と母親に挟まれて、インタビューを受けていた。
顔に満面の笑みを浮かべて。
―――はい。私も、お父さんやお母さんと暮らせて嬉しいです。
画面の中の未夢は、確かにこう言った、「嬉しい」と。
俺の手は、無意識のうちにテレビのリモコンを押していた。
プツッ、と未夢が消え、真っ黒な画面が広がる。
よかったんだ、これでよかったんだ。未夢がいいなら…。
ふと思い出した。
「大切な人が幸せなら、私も幸せだ。」
どこで見たんだろう?こんな言葉。
でも、今の俺にとっては、キレイゴトに過ぎない。
―――これでいい。未夢が幸せなら、俺は幸せなんだ。
そう、これでいい、これでいいんだ。
あいつは大切な人。
でも―――――
俺にはそんなキレイゴト、当てはまらない。
俺は、俺は、俺は―――
ポタッ
「?」
膝に置いた手に、冷たい感触が落ちる。
ポトッ
「え…?」
涙。
後から後から流れ出てくる涙と、枯れることなき未夢への想い。
寂しい。
悲しい。
そして孤独。
今思えば不思議だ。
どうして泣かずにいられただろう?
こんなにも深い悲しみを、
なぜ吐き出さずにいられたのだろう?
初めてわかった気がした。
『あいつはもういない』
想いは止まらない。
この悲しみを吸い取り、どうしようもない想いを優しく包み込む天使は…
もう、いない。
「…未夢―――――!!」
庭では、蕾がほころび始めた桜の木が、月光を浴びて静かに立っていた。
残酷なほどに、月が美しい夜だった。
4月、市立第四中学校では、光月未夢のいない新学期を迎えた。
といっても、生徒1人いなくなっただけで、先生たちはいちいち悲しんでいられない。
…ただ1人を除いては。
「はあ〜。」
「あの〜、み、水野先生?」
「…はい〜?」
「…転校生のコが来ましたよ。」
「あ?ど〜も〜。」
それは、水野だった。
未夢のいなくなった後のクラスの一週間は、まるでお葬式だった。
あの水野がこんなになるぐらいなのだから、相当のものだったのだろう。
水野はふと、昇降口のほうを見た。ちょうど、そこには彷徨が歩いていた。
遠くからでもわかるぐらい、彼の姿はさびしげだった。
「…西遠寺君が1番重症ネ。」
水野はため息をついて、転校生のほうに向き直った。
「先生、よろしくお願いします。」
「ええ、こちらこ…。???」
ガラッ
「は〜い♪みんな席について!」
「…なんだ?今日水野先生機嫌いいな…。」
「先生もいい加減、この雰囲気をどーにかしようと思ったんじゃない?」
「だよね。光月いなくなってから、先生まで暗くなっちゃうんだもんな…。」
「はい、そこおしゃべりしない!!
始業式でられなくてごめんなさいね。ちょっと転校生の子と話しちゃって…。」
「へ?転校生?」
さっきまでのお葬式ムードが一転、ざわめきに変わる。
「…このクラス転校生多いな…。」
「せんせ〜!それって女の子ですか?」
「それは、見てからのお・た・の・し・み☆」
「…?」
「じゃ、入って。」
ガラッ
「はい!ごあいさつっ!!」
「へ?え、えと…こんに…ちは…。」
「え?」
時が止まる。
でも俺にはどーでもよかった。最初は。
「「未夢…ちゃん??」」
「へ?」
ボーっと外を見ていた彷徨が、ななみと綾の声で転校生を見る。
ところが、見るタイミングをはずして、「未夢ちゃん!?」「光月さん?」とクラスメートに囲まれ、見えなくなってしまった。
「どーしたの!?」
「えへヘ…。来ちゃ…った。」
「じゃ、また一緒にいられるの?」
「…うん。迷惑?だったよね、やっぱ…。」
「「「んなことない!!」」」
「は〜い、みんな席について〜!」
少女が姿をあらわす。
―――そんな都合のいいことなんてあるわけがない。
―――未夢が…いるのか…?
期待したって余計に落ち込むだけ、という想いと
あんなにも想い焦がれたひとにあえるのか、という2つの想いが交錯する。
みんなが席につく瞬間を、俺は息を潜めて待ちつづける。
そして、次の瞬間、俺は幻覚を見たのかと思った。
そこには、俺の全人生の中で、たったひとりの大切なひと。
「未夢!!」
世界の全てを映す、その緑色の瞳。
振り向くたび俺を惑わす、まばゆい光を放つその髪。
―――未夢…。
「彷徨!」
「一体…、どうして…。」
一歩一歩、よろよろと足を進める。愛しい彼女の元へ。
「やっぱり、迷惑だったよね、私が来たら。」
「バカ!!」
「バカって…。」
「んなわけね―だろ!」
「え…?」
「なんで、言ってくれなかったんだよ…、来ること。」
「だって…。」
「はいはい。お熱いのはよろしいけど、いったん席についてね。」
「…///はい。」
クラス中がニヤニヤと笑っている。
とりあえず席につくが、また前を見たとき、未夢がいなくなってしまうんじゃないかって―――。
「じゃ、光月さんは西遠寺君の隣ね♪」
水野は心底楽しそうに言う。
「では、これで朝の会、おしまいね。」
水野は朝の連絡もせずに、ニコニコと教室を出ていった。
「未夢ちゃ〜ん!」
「光月さあん!!」
未夢の周りは再び、黒山の人だかり。
「ね、何で戻ってこれたの?」
「う…ん、私何か勘違いしてたらしくて、ホントはもともと転校なんてしないはずだったんだ。」
「え!?」
「アメリカにはあいさつするだけで、またここの中学に通うんだ。」
「じゃあ、家からここまで毎日通うの?」
「ちょっとみなさん!未夢ちゃんを独占しないで下さい!!西遠寺君が…。」
「あ、そーだった…。」
さあーっと、未夢の周りの人山が、くずれていった。
残されたのは、あの、未夢の姿。
「未…夢…。」
「あ、あ、あのね、彷徨……。」
間違いなく現実だ。
俺の目の前には、未夢がいる。
幻想や幻ではない、未夢がいる!
俺は耐えきれなくなって、未夢の腕を引っ張り走り出す。
「ちょっ///…彷徨!」
手のひらから、かすかなぬくもりが伝わってくる。
まるで、俺の心を癒すかのように。
いっきに、校庭まで出る。
「彷徨…?」
未夢が俺の顔を覗きこむ。
「ホンモノだよな…?」
「…え?」
「幻想なんかじゃないよな?」
「…え……?」
愛しい。
「ちょっと///彷徨あ〜///!」
俺は未夢を抱きしめる。
幻想じゃないことを確かめるように。
夢じゃないことを願うかのように。
「未夢…。」
あったかい。
「彷徨…。」
「俺…やっとわかったんだよ。」
「何?」
「いままで、俺はお前のこと好きなのかと思ってた。」
「…な///」
いきなりの告白に、戸惑う未夢。
―――でも、今までってことは、今は?
「だけど、違うんだ。」
「…。」
「未夢は、俺の全てなんだ。」
「…彷徨。」
「バカだよな…、俺、未夢がいなくなってから気付いたんだ…。」
この2週間ぐらい、俺死ぬかと思った…さびしくて。」
「…彷徨…、泣いてるの?」
頬を拭うと、暖かい液体がこぼれていた。
未夢の手がそっと、俺の涙を拭う。
「…泣いてるよ。」
「…私も彷徨のこと、スキ。」
「え…?」
「でも、『スキ』じゃない。」
「な…!?」
「彷徨は、私の全てなの。」
―――「ひゃあ!!大胆告白ですなあ。」
「ちょっと、おさないでよ!」
「静かに〜!バレちゃうよ!」
後をつけてきたクラスメート達。
ザワッ
風が吹く。
桜が散る。
「桜だね。」
「だな。」
次の瞬間、
「「「うわ///」」」
「そ、そんな人前で…///」
一瞬、2人の影が重なる。
照れくさくなって空を見上げる。
淡いピンクの花びらが、2人に降り注ぐ。
やっと……今、春が来たような気がした。
それから…
俺達は、クラスのみんなにからかわれた。
でも、もう、怖くないよ、未夢。
何を言われても、どんな風が吹こうとも―――
俺達を、離すことはできないから。
「彷徨ぁ〜!遅刻するよ〜!」
「ちょっと待て!!」
「まったく、私がいない間にだらしなくなっちゃって…。」
「…じゃ、ずっといろよ///」
「…え?///」
「ったく、中学生だというのにプロポーズは早いじゃろ…。」
庭では宝晶が、箒で桜の花びらを掃いていた。
そう、桜は散ってしまった。
未夢が帰ってきた3日後に。
まるで、2人を祝福するかのように…。
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☆★あとがき★☆
こんにちは、りんです。
今回、初めて小説というものを書かせていただきました。
ただ、私自身中学生という大変未熟なもので、文章も「ん?」なんてところがたくさんあるとおもいます。
おそらく、他のみなさんはホワイトデーや未夢の誕生日をテーマにお書きになると思うので、桜を主題にして見ました。もちろん、題名の「桜の精」とは未夢のことです。
では、またどこかで皆様に出会えることと、だぁ!だぁ!だぁ!がいつまでもみなさんの心に残りますように…
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